知財論趣

ハッカソンとオープン・イノベーション

筆者:弁理士 石井 正

ハックとマラソン
 ハッカソンという言葉をご存知でしょうか。最近はカタカナで新しい技術や文化、さらには新商品等を表すことが多いのですが、このハッカソンもその一つと言ってよいかもしれません。ただあまり知られていない言葉で、もしもこの言葉を当たり前のようにご存知であるとすれば、なかなかの事情通であるといえましょう。
 このハッカソンは、ハック(hack)とマラソン(marathon)とを組み合せた言葉で、米国のソフトウエア関係者の間で作られたものです。Hackは、叩き切るとか、うまく処理するとかの意味がありますが、ハック農法と言うと焼畑農法の一つであるようで、かなり多様な意味があるのです。ただコンピュータの世界では、このhackはハッカーにつながり、ソフトウエアにやたらに強く、いささか世間の常識を欠くものの、天才的な能力のある「コンピュータおたく」のことを称します。
 ちなみにネットワークを介して、他人のコンピュータに入り込んだり、他人のデータを盗み見るような行為をする者をハッカーということがありますが、これは正確とは言えないようです。そうした者は、クラッカーとかスクリプト・キディーという蔑称が与えられるのが普通です。

ハッカソンとは何か
 さてハッカソンです。Hackとmarathonとを組み合せた言葉で、抜きん出たコンピュータ知識を持つ才能あるおたく達が集まり、1週間から2週間という決められた期間に集中的にある課題を解決するためにマラソンのように競いあい努力する開発モデルを意味します。時には複数のチームが競い合い、その成果を評価して賞金を出すという場合もありますし、それぞれのチームの開発したソフトウエアを相互に評価して、それらを融合していくという場合もあるようです。競技としてハッカソンが行われる場合、その会場には寝袋等が持ち込まれ、食事もピザなどを会場で食べることで済ませると言う厳しいことにもなるようです。ただそうした厳しい状況を却って楽しむといのもまたハッカソンの独特のところです。

ソフト開発競争から拡大
 当初、ハッカソンはコンピュータソフトの優秀な、あるいはおたく的な性格を有する専門家が集まり、開発競争をするのが基本でした。コンピュータソフトの開発の場合、優秀であれば、限られた期間でもかなり高水準のソフトウエアを開発することができ、それだけにその限られた期間で開発された成果の内容と評価が興味深いのです。そんなに短い期間で、極めて優れたソフトウエアが創り出されることに人々は熱狂し、そうした才能あるハッカーを賞賛したのです。そうした競争する場として、ハッカソンは最適なモデルとなったのです。しかし、際立って優秀な人材が集まり、期間を制限して、特定の課題を解決する、あるいは開発するというモデルは、ソフトウエアの開発に止まることはなく、むしろ他の分野においても幅広く関心を持たれていきます。アートハッカソン、自動車ハッカソン、金融ハッカソン等々、さんざまなハッカソンが国際的に立ち上がり、ネットワークが作られ、また競技会も開催されているようです。

自動車ハッカソンの場合
 たとえば自動車ハッカソンの場合、2015年1月にトヨタIT開発センターとGUGENの共催による「ものづくりハッカソン『未来の車』 -IoTで未来のクルマをハックする-」が開催されています。1月17日にアイデアソンとして、車の課題を探し出し、その課題解決デバイスのアイデアを考え出します。その1週間後の24日、25日にハッカソンとして、その課題解決のデバイスのプロトタイプを製作するというもので、もちろんその成果は評価され、優秀者には高額な賞金まで用意されているのです。自動車は、今、大きな技術変革期を迎えているようです。人工知能を活用した自動運転の車がいつも話題になります。そうであれば、多くの才能ある人材に集まってもらい、自動車の新しい技術の方向を提示してもらうことも大事ですし、また、その解決の手段を考えてもらうこともそうした技術変革の波を超えていくための貴重な機会となることでしょう。オープン・イノベーションが活発に推進される機会として、ハッカソンはこれからさらに広がっていくことでしょう。