知財論趣

デジタル技術と山寨革命

筆者:弁理士 石井 正

山寨革命
 山寨革命という言葉を聞いて、ただちにその意味を理解するひとは、かなりの中国通であるといってよいでしょう。筆者自身、この山寨革命という言葉を最初に目にしたときには、どのような意味がまったく分かりませんでした。それどころかこの「寨」という漢字が現在使用しているパソコンのかな漢字ソフトのなかに用意されているだろうかと心配した程です。寨という漢字を日本では通常にはほとんど使うことはないからです。さてこの山寨革命ですが、この山寨という漢字には、山のなかの砦という意味があります。これが中国革命時に、農民が山に隠れて反体制運動をすることの意味に使われ、それが現代における中国の偽物製造闇工場や、違法模倣品製造工場、さらには街の隅で行なわれる違法コピー製造所等々を山寨工場と呼ぶようになったようです。そうした工場における中国型産業革命が山寨革命なのです。

山寨携帯電話製造会社
 中国のShenzhen(シンセン)科学技術パークには山寨携帯電話会社が山ほどあります。その製造する携帯電話の価格は驚くほど安いのです。それを狙って世界各地からバイヤーが押し寄せてきています。世界と言っても米国、日本、欧州等の先進国というわけではありません。アフリカや中東、東欧、南米などの国々からで、ともかく安い携帯電話というところが狙いなのです。どの程度の価格で製造するかと言えば、数年前の価格事情でみて、全体で400元といいますから日本円換算で5000円程度なのです。同じ機能の携帯電話が世界ブランドのものですと、この3倍、4倍となります。コストの内訳は金型コストが20元、回路系が200元、加工費が17元、電池、カメラ、キーボード等110元、その他に50元というところでしょうか。ところがこうした価格は数年前のもので、現在ではこの価格の数分の一というところでしょうか。ともかく世界中で最も安いと言えます。だから世界のバイヤーが買い付けにくるわけですが、この結果、山寨携帯電話は年間1億個以上が輸出されているというわけです。

デジタルカメラの場合
 携帯電話だけではありません。デジタルカメラとなればもっと安いのです。全体で200元、日本円では2600円程度でしょうか。コストの内訳は、液晶モニターが25元、レンズ系が25元、電池、ボディがそれぞれ8元、人件費が20-30元程度のものであります。なにしろその製造台数がすごいのです。8年前の2007年で年間に1億5000万台、およそ半数の7000万台強が輸出されているというのです。なぜこれほどのコストで大量に生産することができるのかと言えば、携帯電話の場合、全体のコストの半分を占める回路系を台湾のメディアテック社が生産し、これを中国の山寨企業に供給したことが大きな要因でした。中核技術である回路系が台湾企業により安価にしかも大量に提供されれば、あとは中国国内あるいは世界から必要な部品を安価に入手すればよいのです。デジタルカメラなどはその典型例ともいえるでしょう。

デジタル技術と山寨工場の組合わせ
 デジタルとなるとすべては標準化され、接続は保証され、各部品もその性能は事実上、保証されていますから、低価格で調達できれば商品の競争力は確保できます。 山寨工場のすごさは、その動きの速さと組織の単純さです。設計部門などありません。もちろん開発部門などもなく、工場の隅で、製造しつつその仕様を変えていくだけです。だから早いし、客が望めば、すぐに対応するだけの話なのです。株取引専用携帯電話、偽札鑑定機能付き携帯電話、指紋認証機能付き携帯電話など、驚くほどの対応なのです。北京オリンピックの時に、どの世界ブランド携帯電話よりも早く、テレビ付き携帯を中国国内市場に提供したという笑えるような話もあります。日本の電気産業は、民生用デジタル機器に関しては、こうした中国の山寨工場と競争していかなければならないわけです。まことに厳しいことで、デジタル技術を活用した技術商品の宿命ともいえましょう。結局は、独自の商品開発戦略によって対抗していくより他にないのです。