知財論趣

オーディオという趣味

筆者:弁理士 石井 正

音を楽しむオーディオ・ファンという存在
 世の中にはオーディオ・ファンという特殊な種族がいる。ひたすらよい音を求め、自ら信じる耳によい音を再現することにこだわる。良い音といってもただ単純な音を楽しむということは少なく、普通はクラシック音楽をよい音で聴くパターンが多い。
 筆者も長くこのオーディオ狂いの一人であった。高校生の頃、クラッシック音楽を好むようになり、そうなるとコンサートで音楽を楽しむことに加えて、レコードでそれを聴きたい、それもよい音で聞きたいということとなり、自然にオーディオ狂となっていった。
 東京の電気街、秋葉原に通ったのはそれが一因である。男の子は小学生、中学生の時に、生物系にこだわるタイプと工作系にこだわるタイプに二大別されるのであるが、筆者ははっきりと後者のタイプであった。秋葉原の交通博物館へ遊びにいった帰りに、ガード下のジャンク屋に寄って、ゴミのような電気部品の中から使えそうなものを探すのがなによりの楽しみと言う種族であった。

オーディオ設備は自ら作る
 なにしろ当時は日本全体が貧しく、そうしたなかでの高校生であるから、懐は徹底的に寂しく、良い音を再現するために必要な、完成品のアンプやスピーカー・セットなどは高価で贅沢で、とうてい買うことができない。そうであれば自ら汗をかき、智慧を出す自作でいくより他にない。秋葉原で中古のセットや安い部品を買ってきて、苦労しつつもレコード・プレーヤからスピーカー・セットまでのオーディオ・システムを作り上げていった。
 今、思い出すとそうして作り上げたオーディオ・システムの音が本当に高い水準のものであったのか、確信がもてない。なにしろ音の良さ、あるいは再現性を計測する装置もないし、他のよい音のする装置を聴いた経験もほとんどないのだから、自ら製作した設備がはたしてよい音を出しているのか、高度の再現性を発揮しているのかなどという判断はできないといえよう。しかし若いときには自ら苦労して作った装置の出す音は絶対的に美しいものであると信じていた。その装置のいくつかを思い出すまま、列挙してみよう。

レコード・プレーヤが問題
 まずはレコード・プレーヤであり、ピック・アップである。そもそもレコードに凝縮されて格納されてある音楽情報をどこまで正確に取り出せるかが、オーディオ・ファンにとって大きな課題となる。現在のようにコンパクト・ディスクに音楽ソースを格納した場合には、情報はデジタル化されているから、話は随分異なる。ところがレコードの場合にはアナログ情報であるから、回転するレコードに接するピック・アップ、レコードを回転させるターン・テーブル、ピックアップを頭部に持つトーン・アーム等々がすべて良い音の再現に関わってくる。オーディオ・システムの入口に相当するだけに、ここがしっかりしていないと良い音の再現など、夢のまた夢と言うこととなるわけだ。
 当時、市販のレコード・プレーヤの多くはどうにも安っぽくて、音質等はひどく低級で、これは到底採用できない。他方、高級なものはびっくりする程高価であった。これも採用できない。そうであれば納得のいくように自ら製作するしかない。

米軍払い下げが主役
 まずはターン・テーブルであった。レコード・プレーヤの中心にあり、これが決まらないと他は決まらない。秋葉原のジャンク屋で見つけた米軍の払い下げた見るからに重いターン・テーブルとやや大きめのモーターを組み合わせることとした。このターン・テーブルはひどく重いもので、両手にどっしりくる。重いから慣性が大きく、ワウ、フラッターが無いだろうという判断で選んだ。これは正しかった。クラシック音楽が好きになったときから、音程の少しのずれにも気付くことができた。それだけにレコードからの音楽を聴いていると、音の揺れ、ワウやフラッターはひどく気になった。特にピアノ曲の時にはこの音程の揺れがどうにも気になったので、重いターン・テーブルは必須のパーツということとなった。
 問題はターン・テーブルとモーターとの連動関係であり、テーブルの駆動方法であった。いろいろ考えた末に糸を使うこととした。モーターから木綿糸でターン・テーブルに回転を伝える。一番苦労したのが、この木綿糸の接続である。糸の端部をほぐして、ほぐした木綿を少しずつからませて、相互に結んだあと、それを少しの接着剤でつないだような記憶がある。

トーン・アームとピック・アップ
 ターン・テーブルとモーターが決まれば、次はピック・アップとトーン・アームである。最初、ピック・アップの自作に挑戦してみた。なにしろ原理は簡単なのだから、一度は自作してみようと考えたのだが、これは少し挑戦してギブ・アップした。自作は本当に難しい。なにしろきわめて精密な工作が求められ、しかもわずかな精度差が音質にもろに影響するのだ。秋葉原のジャンク屋に話し、その推薦する安くて高級な出物を使うこととなった。その後、あるオーディオ・マニアの方がこのピック・アップを自作していると言う記事を音楽雑誌に見出した時には、心から尊敬の念を抱いたものだ。
 トーン・アームは自作した。材料は木であり、市販のものよりも大きく、バランスのよいものを設計して製作した。木でできたトーン・アームのなかをピック・アップからの信号線を通す。トーン・アームがレコードの外側の溝に接する角度と内側の溝に接する角度の差を少なくすることを考えたとき、大きなトーン・アーム程、幾何学的にみて有利なことは諸姉諸兄はすぐにご理解できることであろう。

アンプはどうするか
 アンプはもちろん自作である。このアンプの自作で苦労するのが、しっかりした出力トランスを入手できるかである。真空管の出力側のインピーダンスとスピーカーのインピーダンスが異なるから、そこをトランスでマッチングさせる必要があるわけだ。アンプ製作においては、真空管も大事なのであるが、それ以上に大事なのがこの出力トランスで、これが音質に影響を与える。ところがよいトランスは重いし大きいし、そうなれば価格が高いものとなる。
 これもまた秋葉原のジャンク屋で探した。回路設計をして、その出力側のインピーダンスと使用予定のスピーカーのインピーダンスに合致する出力トランスを探し出すのは簡単ではない。半年近い期間が必要であったが、日頃のジャンク屋のおやじさんとの付き合いもあり、なんとか確保できた。

スピーカー・ボックス
 スピーカー・セットは大きなスピーカー・ボックスを自作した。これはさまざまなものを作った。密閉型がよいといったり、あるいは特殊な形式のバスレフ形がよいといったりして、そのたびに自作した。一度、ホーン型を自作したことがあったが、これは期待した程のことはなかった。このホーン型でしっかりした性能を発揮させることはひどく難しいもので、多分、スピーカーの性能との一致性が問題になったに違いない。

いまはのんびりと
 思えば随分、苦労したものである。すべては若い頃の話、昔の話である。今、楽しんでいるオーディオ・システムでは手作りものはなく、いささか高価な大型スピーカーの音に満足し、CD500枚分を情報圧縮することなくそのままハード・ディスクに格納し、かなり高精度でデジタル・アナログ変換できるシステムから、大型アンプにつないで1日、書斎で音楽を聴き満足している。
 先日、あるオーディオショップに出かけたところ、最近は真空管アンプが大人気なのだそうで驚いた。トランジスタのアンプの歪のない音にはかえって人は美しさを感じないようで、むしろ真空管アンプの少し歪があるほうが音の美しさを感じるという店員の説明に納得したものである。
 ただその真空管アンプが段々と品質アップしていって、なかには200万円というものがあった。歪を少なくするために高性能になったからとのことだ。それを聞いていてやや矛盾を感じたのだが、これはそうした超高級真空管アンプを買うことのできないがゆえの、ひがみであったのだろうか。