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数値限定発明の進歩性に関する最近の韓国大法院判決

 本件特許発明は、先行発明と比べて異質な効果又は限定された数値範囲内外で顕著な効果の差が生じないものとみて、特許発明の進歩性を否定した原審の判断を首肯し、上告を棄却しました。(大法院2023.7.13.宣告2022HU10180[取消決定(特)])

 

I.本件大法院判決の概要

 1.確立された判例への言及

 出願前に公知となった発明の有する構成要素の範囲を数値として限定して表現した特許発明の進歩性の有無を判断する方法に関して、本件大法院判決では、まず以下の確立された判例に言及しました。

 『ある特許発明が、その出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値として限定して表現した場合には、その特許発明に進歩性が認められる他の構成要素が付加されていて、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないものでない以上、その特許発明が、同技術分野で通常の知識を有する者が通常の繰り返し実験を通じて適切に選択できる程度の単純な数値限定であって、公知の発明と比較して異質な効果又は限定された数値範囲内外において顕著な効果の差が生じないものであれば、進歩性が否定される(大法院2001.7.13.宣告99HU1522判決等を参照)』

 2.本件特許発明の概要

 本件特許の請求項1の発明および原審判決に記載の先行発明1は、いずれも腸洗浄組成物に関するものであり、本件特許の請求項1の発明は、上記先行発明1に開示された構成要素であるポリエチレングリコールおよびアスコルビン酸成分の含有量の範囲などを数値として限定したものです。

 3.大法院の判断

 大法院は、本件特許の請求項1の発明(以下「本件特許発明」)に上記先行発明1に開示された構成要素の他に進歩性を認めることのできる他の構成要素が付加されておらず、上記先行発明1の明細書の実施例で使用された対照溶液のポリエチレングリコールおよびアスコルビン酸の成分含量比が、その成分含量の数値範囲の限定に関する否定的な教示とも言えないため、本件特許発明は、上記先行発明1と比べて異質な効果又は限定された数値範囲内外で顕著な効果の差が生じないものとみて、本件特許発明の進歩性を否定した原審の判断を支持し、上告を棄却しました。

 

II.数値限定発明の進歩性に関する韓国法院のこれまでの主な判決について

 上記項目「Ⅰ.1.」で述べた「確立された判例」に基づいて、本件判決以前にも多くの韓国特許法院、大法院判決が出されています。以下、参考にすべき主な判決を紹介します。

 

 1.大法院判決2007年11月16日付宣告[拒絶査定(特)]

 この判決において大法院は、数値限定発明の場合に、進歩性の認められる他の構成要素が付加されていてその発明における数値限定が補充的な事項に過ぎない場合でなければ、限定された数値範囲の内外で異質的又は顕著な効果の差が生じない限り、単純な数値限定に過ぎないため、その進歩性は否定されるとの判断を示しました。

 また、出願発明が公知の発明と課題が共通であり、数値限定の有無だけが相違する場合には、その数値の採用による顕著な効果などが記載されていなければ、特別な事情がない限り、限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じるとは判断し難いと判示しました。この大法院判決の詳細は、下記「情報元2」をご参照下さい。

 

 2.大法院2021.12.10.言渡し2018HU11728判決

 この判決において韓国大法院は、セラミック溶接支持具に関する数値限定発明の進歩性が問題になった事案で、先行発明が特許発明の構成に関して否定的な教示を含み、特許発明の構成の長短所を共に記載しており、特許発明の方向に変形を試みさせる動機や暗示と受け入れられにくいため、特許発明の進歩性は否定されないと判断しました。この判決の詳細については、下記「情報元3」をご参照下さい。

 

 3.大法院2022.1.13.言渡し2019HU12094判決

 韓国大法院は、(a)先行発明の全体的な記載を通じてその数値範囲を出願発明の第1の数値範囲に変更することが先行発明の技術的意義を喪失させるものであるとき、そのような変更は通常の技術者には容易に考えにくいこと、および(b)先行発明において出願発明の第2の数値範囲に対する否定的教示をしている場合、先行発明の数値範囲を出願発明の第2の数値範囲に変更することは困難であること、を判示しました

 この大法院判決の詳細につきましては、2023年4月12日に弊所ホームページにてすでに配信した「出願発明と先行発明における数値範囲の技術的意義の差と先行発明の否定的教示を考慮して、数値限定発明の進歩性を認定した韓国大法院判決の紹介」(下記URL)をご参照下さい。

              https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9482/

 4.特許法院2022年01月13日言渡し2020HO7722判決(特許登録無効、上告棄却により判決確定)

 この判決が対象とする特許発明は、化粧料組成物に関する発明であって、組成物中の特定成分の有無、含量または含量比等に特徴があります。

 原告は、特許発明の請求の範囲が数値により限定されているため、臨界的効果または異質的効果が認められなければならない数値限定発明であることを前提として、特許発明は先行発明の結合により進歩性が欠如し、請求の範囲の数値範囲に対してサポート要件欠如の記載不備があることを主張しました。

 特許法院は、特許発明の技術的特徴を具現する構成の結合関係が先行発明に開示されていないため、特許発明が数値限定発明であると認めることはできないとし、特許発明に進歩性の欠如と記載不備の無効事由はないと判断しました。この判決の詳細は、下記「情報元4」をご参照下さい。

 

III.実務上の留意点

 1.上述した判決例の判示から導かれる、数値限定発明の進歩性判断に関する留意点

 (1)数値限定発明に関して、まず、2010年以前の大法院判決により確立された法理として、以下の点が挙げられます。

 ① 特許発明の課題および効果が公知となっている発明の延長線上にあり、数値限定の有無においてのみ差がある場合には、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じなければ、その特許発明は、通常の技術者が通常的かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性が否定される。

 ② ただし、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されており、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎない場合、あるいは、数値限定が公知発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的なものであれば、数値限定の臨界的意義がないからといって特許発明の進歩性が否定されない。

 (2)先行発明に開示された構成要素の他に進歩性を認めることのできる他の構成要素が付加されていない場合でも、限定された数値範囲の成分含量に関する否定的な教示が先行文献に記載されている場合、進歩性が認められる場合がある。(上記「項目I」で述べた本件大法院判決より)

 (3)請求の範囲に数値範囲が記載されていたとしても、特許発明の技術的特徴を具現する構成の結合関係が先行発明に開示されていない場合、当該数値範囲に臨界的効果または異質的効果が認められなければ、数値限定発明であるとは認められない。(上記「項目II.4」で述べた特許法院判決より)

 

 2.数値限定発明の記載要件および権利範囲について

 以上はいずれも、数値限定発明の進歩性判断に関する判決例について述べたものですが、数値限定発明については、その記載要件および権利範囲についても、多くの韓国法院による判決が出されています。下記「情報元5」には、韓国の数値限定発明における記載要件の充足性および権利範囲への属否を争点とした裁判例を調査・分析した結果が詳細に記載されています。下記「情報元5」で述べられた分析結果から、実務上の留意点として、以下の点が挙げられます。

 (1)数値限定発明において、規定されている物性等の測定条件が、明細書の記載や出願当時の技術常識等から一義的に導かれず、測定条件の違いにより変化する場合、記載不備に判断される傾向にある。そのため、数値限定に係る数値の具体的な測定方法および測定条件を含めて出願時に明記しておくことが重要である。

 (2)出願当時の常識的な製造誤差範囲を考慮して、請求項に記載されている数値範囲よりも広く解釈される場合もある。また、「約」、「程度」の記載は、審査段階で不明確として拒絶される可能性があるが、それらの語を含む請求項がすでに特許になっている場合には、出願当時の常識を考慮して広く判断される場合もある。

 (3)均等論の適用や製造誤差の考慮については、日本では権利範囲に属さないとされるケースであっても、韓国では権利範囲に属すると判断される場合がある。

[情報元]

1.[Newsletter]2023-08/HA&HA「大法院2023.7.13.宣告2022HU10180 [取消決定(特)]」

              https://www.siks.jp/wp-content/uploads/2023/08/info397.pdf

2.新興国等知財情報データバンク 国別・地域別情報より「(韓国)数値限定発明の進歩性に関する判断基準を判示した事例」(2013年05月07日)」

              https://www.globalipdb.inpit.go.jp/judgment/2740/

3.Kim&Chang 「先行発明の否定的教示などを理由に数値限定発明の進歩性を認めた事例(大法院2021.12.10.言渡し2018HU11728判決)

              https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=24886

4.ジェトロ 知財判例データベース「特許発明が数値限定発明であるとは認められず、進歩性の欠如および記載不備の無効事由は認められないとされた特許法院判決」(2020HO7722特許登録無効2022年01月13日)

              https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2023/_500368.html

5.知財管理Vol.70, N0.5, 2020 「韓国の数値限定発明に関する裁判例の研究」

              http://www.jipa.or.jp/kaiin/kikansi/honbun/2020_05_664.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登