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韓国の職務発明に関する最近の発明振興法改正

 韓国では近年、職務発明補償金請求訴訟が次々に起こされている中、2024年1月9日、発明振興法の一部改正案が国会本会議で可決されました。この改正法は、政府により2024年2月6日に公布されており、公布日から6カ月が経過した日に施行される予定です。

 以下、韓国の職務発明制度の概要を述べるとともに、改正法における主な改正事項を説明し、日本の職務発明制度との対比にも言及します。さらに、職務発明に関連して最近言い渡された2件の韓国特許法院判決を紹介します。

 

1.韓国の職務発明制度の概要

 韓国における職務発明制度は、2006年9月2日以前は特許法と発明振興法でそれぞれ規定されていましたが、現在は発明振興法においてのみ規定されています。韓国に籍を置く会社は、発明振興法に定められている規定により職務発明を管理する必要があります。2021年に発明振興法および発明振興法施行令の職務発明関連規程が改正されており、それを反映させた、韓国の職務発明制度の概要を説明します。以下、特に断らない限り条文番号は現行の発明振興法を指します。

 なお、下記「情報元3」は、現行の発明振興法ではなく、2024年2月6日公布(本稿作成時未施行)の改正発明振興法の条文の日本語訳です。

(1)職務発明の定義

 職務発明とは、「従業員、法人の役員または公務員(以下「従業員等」という)がその職務に関して発明したものが性質上使用者・法人または国家若しくは地方自治体(以下「使用者等」という)の業務範囲に属しその発明をするようになった行為が従業員等の現在または過去の職務に属する発明をいう」(第2条)と定められています。

(2)職務発明の対象、および、職務発明に基づく特許権等の通常実施権

 特許・実用新案・意匠(以下「特許等」)が対象であり、商標は対象とされていません。職務発明に対して従業員等が特許等を受けるか、特許等を受ける権利を承継した者が特許等を受けた場合、使用者等はその特許権等に対して通常実施権を有します(第10条第1項)。

(3)使用者等による契約・勤務規定等の整備

 国家や地方自治体を除く使用者等は、職務発明の承継をするためにはその旨を定める契約か勤務規定を用意しなければならず、勤務規定等がない場合には、使用者等は従業員等の意思に反して当該発明の承継を主張することはできません(第13条)。

(4)職務発明完成事実および承継に関する通知

 従業員等は、使用者等に職務発明の完成事実を遅滞なく文書で通知しなければならず(第12条)、通知を受けた使用者等は、大統領令で定める期間内(通知を受けた日から4か月以内)に承継するか否かを従業員等に文書で通知しなければなりません(第12条、第13条、発明振興法施行令第7条)。

 使用者等が前記期間内に通知をしなかったときは、使用者等はその発明についての権利を放棄したものとみなされ、また、使用者等が承継を放棄した時には、追って従業員等の同意を得なければ通常実施権を有することはできません(第13条第3項)。

(5)職務発明に対する補償

 従業員等は、職務発明に関する権利を使用者等に承継した場合、または専用実施権を設定した場合には、正当な補償を受ける権利を有します(第15条第1項)。従業員等への補償の手続きや補償額の基準については、第15条第2項~第6項に規定されています。

(6)出願保留時の補償

 使用者等が職務発明を承継した後、出願せず、または出願を放棄もしくは取下げた場合にも、従業員等が受けることができた経済的利益を考慮して正当な補償をしなければなりません(第16条)。

(7)承継した権利の放棄および従業員等の譲受け

 「技術の移転および事業化の促進に関する法律」に定める公共研究機関が、国内または海外で職務発明に対して特許等を受けることができる権利または特許権等を従業員等から承継した後、これを放棄する場合、該当職務発明を完成した全ての従業員等は、その職務発明に対する権利を譲り受けることができます(第16条の2第1項)。

(8)秘密維持の義務(第19条)

 従業員等は、使用者等が職務発明を出願するまで、その発明の内容に関する秘密を維持しなければならないことが規定されています。

 

2.改正発明振興法の主な改正事項について

 2024年2月6日に公布された改正発明振興法は、使用者等にとって職務発明に対する権利承継要件を緩和することで使用者等の利便性を改善する一方、職務発明の補償金算定に必要な資料の提出を法院が命じることができる根拠規定を設けて、従業員等の利便性も改善する方向で改正されました。すなわち、改正法の主な改正内容は、以下の2点です。

(1)使用者等の職務発明承継要件の緩和

 改正前の発明振興法では、使用者等が従業員等から職務発明に対する権利を承継する契約や勤務規定が存在する場合であっても、使用者等が当該権利を承継するためには、大統領令で定める期間(職務発明の申告を受けた後4カ月)内に職務発明に対する権利の承継について従業員等に書面で通知しなければならないとされ、このため承継通知前において不確定な権利関係により従業員等が第三者に職務発明に対する権利を承継した場合等に二重譲渡の問題が発生するおそれがありました。

 改正発明振興法では、従業員等から職務発明完成の事実の通知を受けた使用者等が従業員等と協議して職務発明に対する権利を承継することとする契約や勤務規定を予め定めた場合、職務発明に対する権利は、発明が完成した時から使用者等に自動で承継されるように規定し、例外的に使用者等が職務発明に対する権利を承継しないこととする場合には、4カ月以内に従業員等に通知することとされました(改正法第13条第1項)。

 ただし、職務発明に対する権利を承継する契約や勤務規定がない使用者等が職務発明完成の事実の通知を受けた場合は、使用者等が当該権利を承継するために、これまでと同様に4カ月以内に発明に対する権利承継の意思を従業員等に書面で知らせなければならず、この場合、使用者等は、従業員等の意思と異なって職務発明に対する権利の承継を主張することはできません(改正法第13条第2項)。

 上記の第13条改正規定は、改正法の施行後に完成した職務発明から適用されます。

(2)特許法院が職務発明の補償金算定に必要な資料提出を命じることを可能とする根拠規定の導入

 改正前の発明振興法では、職務発明の補償金に関する訴訟において、判決に必要な証拠資料の提出へと誘導するための法院の資料提出命令や秘密維持命令制度について規定しておらず、営業秘密等の理由により当事者が証拠資料を提出しない場合、合理的な補償金算定のための審理を進めることが難しいという批判がありました。

 改正法は、法院が当事者の申立てにより相手方当事者に対して補償額算定に必要な資料の提出を命じることができるようにする資料提出命令規定(改正法第55条の8)を新設し、これに対して相手方当事者の秘密保護の観点から秘密維持命令規定(改正法第55条の9~11)も併せて新設しました。本改正規定は改正法施行後に提起された職務発明補償金に対する訴訟から適用されます。

 

3.日本の職務発明制度との対比

 日本では、職務発明については、その定義から制度内容について特許法第35条に規定されているのに対して、韓国では、上述のように、特許法とは別の発明振興法第2条で職務発明の定義を規定し、職務発明に基づく通常実施権や権利承継、補償等について、発明振興法第2節「職務発明の活性化」(第10条~第19条)において規定されている点において、法体系に相違はみられるものの、実質的には類似した職務発明制度となっています。

 職務発明に基づく特許を受ける権利については、韓国は日本と同様に、原始的に発明者である従業員等に帰属するとする発明者主義を採用し、使用者等があらかじめ契約や勤務規程を通じてこれを事後的に継承することを可能とする、いわゆる”予約承継”条項を採用していました。

 2015年7月10日に公布の日本特許法では、こうした発明者主義を一部修正し、職務発明についての特許を受ける権利の予約承継の契約等がある場合には、特許を受ける権利を発明の完成と同時に使用者等に帰属するとして、発明者主義の一般原則を採りつつ、契約や勤務規定を通じて使用者等に原始帰属させることも可能にしました。

 これに対して、韓国の改正前の発明振興法では、依然として発明者主義の原則を採用しており、特許を受ける権利は原始的に従業員等側にあり、使用者等はこれを事後的に継承可能であると規定していましたが、今回の改正による発明振興法第13条(職務発明の権利承継)第1項において、特許権等の予約承継の契約等がある場合には、「発明を完成した時から使用者等に承継される」ことが規定され、この点についての日本との相違はほぼなくなりました。

 ただし、韓国の発明振興法における職務発明の規定は、以下に述べるように、日本の特許法第35条の規定といくつかの点で相違しています。

 韓国の発明振興法第13条第2項では、予約承継の契約等がない場合、従業者等が職務発明を完成した事実の通知を受けた場合、所定の期間内に使用者等がその発明に対する権利の承継可否を従業員等に通知しなければならないことが規定されており、また同条第3項には、使用者等がそのような承継可否の通知をしなかった場合には、従業員等の同意を得なければ、通常実施権を有することができないと規定されています。

 また、発明振興法の第19条に規定する従業者等の秘密保持義務規定や、今回の改正で導入された、補償金算定に必要な資料提出を命じることを可能とする根拠規定(第55条の8)については、現時点では日本の特許法に対応する規定がありません。

 

4.職務発明に関する最近の特許法院判決紹介

 以下、2023年に言い渡された、職務発明に関する2件の韓国特許法院判決の概要を紹介します。

(1)2023年05月11日言渡し、2022ホ1278判決

 「特許を受ける権利が使用者に当然承継されると認めることはできないと判断した事例」

(詳細は、下記「情報元6」をご参照下さい)

 [争点]従業員である発明者が使用者に職務発明の完成事実を知らせずに職務発明を従業員の名義で出願し登録を受けた事案において、特許を受ける権利が発明完成の時点で使用者に当然承継されるか否か。

 [特許法院の判断]

 発明者が特許発明を完成後に直ちに発明振興法が定めた勤務規程に該当する使用者の知的財産管理及び技術移転指針に従って、使用者に対する職務発明完成事実の通知をしたか否かや、使用者の発明者に対する承継如何の通知をしたか否かを問わずして、特許を受ける権利が使用者に当然承継されると認めることはできない。

(2)特許法院2023.8.31.言渡し、2021ナ1664判決

 「承継した職務発明による原価節減により市場で有利な位置を占めることになったとして、使用者の独占的排他的利益を認めた事例」(詳細は、下記「情報元7」をご参照下さい。)

 [争点]職務発明について特許を受ける権利を被告に承継し、これにより被告が本件各特許発明を実施して原価を節減する利益に基づく独占的排他的利益を得たか否か。

 [特許法院の判断]原審は、被告が本件各特許発明によって独占的排他的利益を得たと認めるには不十分だとして原告の請求を棄却しましたが、特許法院は、本件特許発明を実施することで、原価節減により被告が競争事業者に比べて市場で有利な位置を占めることになったとして独占的・排他的利益を得ていたと認めました。

 

5.実務上の留意点

 韓国と日本の職務発明制度は、ほぼ共通する類似した内容ではありますが、いくつかの点で相違する点もあり、韓国における職務発明制度の法律改正や最近の特許法院判決を踏まえて、韓国で事業を行なう企業は、次のような点に留意する必要があります。。

 (i)韓国の現地法人等に職務発明規程を置かない場合や、日本の職務発明規定をそのまま用いた場合、そこで発生した知的財産権を会社が取得できなくなったり、あるいは従業員等から高額の報奨・報酬の請求を受ける等のリスクが高まるおそれもあります。

 したがって、韓国の法令を熟知して、適切な職務発明規定(特に、権利の承継や補償・報奨等の定め)を整えることが望ましいと言えます。

 (ii)また、職務発明補償金請求訴訟における資料提出命令及び秘密維持命令制度が新たに導入されたことから、職務発明に関連する訴訟が予想される場合には、本改正による関連訴訟の進行上の影響を考慮し、より戦略的な訴訟遂行案を講じる必要があります。

[情報元]

1.Kim&Chang:IP Legal Updates「職務発明に関する最近の法改正の内容」2024.1.19

 

2.ジェトロ・ソウル事務所「[公布]発明振興法の一部改正法律(法律第20197号)」2024.2.6

        https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/law_amendments/2024/240206.html

 

3.韓国改正発明振興法(2024.2.6公布)条文(日本語訳:崔達龍国際特許法律事務所作成、改正または追加された条文が、赤字で示されています。)

        https://www.choipat.com/pds/siryou/choipat_73_20240206.pdf

 

4.ジェトロ・ソウル事務所「職務発明制度の改善に向けた「発明振興法」の改正案が国会で成立」2024.1.10

        https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2024/240110.html

 

5.独立行政法人 工業所有権情報・研修館「韓国における職務発明制度」2023年4月4日

        https://www.globalipdb.inpit.go.jp/application/34137/

 

6.ジェトロ知財判例データベース「使用者の勤務規定に基づいて、職務発明が完成した時点に特許を受ける権利が使用者に当然承継されないと判断された事例」(特許法院2023年05月11日言渡し2022ホ1278登録無効(特)判決)

        https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2023/_510994.html

 

7.KIM & CHANG ニュースレター(2024.2.8)より、「承継した職務発明による原価節減により市場で有利な位置を占めることになったとして、使用者の独占的排他的利益を認めた事例」(特許法院2023.8.31.言渡し2021ナ1664判決)

   https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=28810

[担当]深見特許事務所 野田 久登