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クレームの範囲と先行技術の範囲との間に重複がない場合でも結果効果のある変数の法理は適用できると判断した非自明性要件に関するCAFC判決紹介

 当事者系レビュー(IPR)における特許審判部(PTAB)の特許無効の決定に対する控訴において、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、クレームの範囲と先行技術の範囲との間に重複がない場合でも「は適用できるとの判断を下しました。また、CAFCは、PTABがIPR手続における特許権者からの補正の申立(motion to amendment)を却下する前に、PTABは当該補正の申立で提案されたクレームのすべての要素について要素ごとの分析(element-by-element analysis)をしなければならないと判断しました。また、CAFCは、米国特許商標庁(PTO)によって受けた不利益を当事者が示すことができない場合には、当事者は行政手続法(APA)に基づく異議申立をすることはできないと判断しました。

              Pfizer Inc. v. Sanofi Pasteur, Inc., Case No. 19-1871 (Fed. Cir. Mar. 5, 2024), (Lourie, Bryson, Stark, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)IPRの請願

 Sanofi Pasteur, Inc.(Sanofi社)は、Pfizer Inc.(Pfizer社)の所有する連鎖球菌抗原の免疫原性複合多糖(すなわち、免疫応答を誘発することができる連鎖球菌の表面に見出される糖分子の組み合わせ)に関する5件の特許を対象としたIPRを請願しました。Sanofi社にIPRを請願されたPfizer社の特許(U.S. Patent 9,492,559 (以下、「559特許」))の独立クレームは、22F連鎖球菌血清型由来の多糖とクレームの範囲内の分子量とで複合多糖を特定しており、従属クレームは、特定の糖の組み合わせを要求することにより、独立クレームをさらに限定していました。Pfizer社の559特許の独立クレーム1は以下の通りです。

 1. An immunogenic composition comprising a Streptococcus pneumoniae serotype 22F glycoconjugate, wherein the glycoconjugate has a molecular weight of between 1000 kDa and 12,500 kDa and comprises an isolated capsular polysaccharide from S. pneumoniae serotype 22F and a carrier protein, and wherein a ratio (w/w) of the polysaccharide to the carrier protein is between 0.4 and 2.

 Sanofi社は、GSK-711とMerck-086という2つの先行技術文献の組み合わせに基づいてPfizer社の559特許の独立クレーム1は非自明性を有しない旨の主張をしました。GSK-711は22F由来の糖を使用したワクチンを記載しており、Merck-086は連鎖球菌糖複合多糖を使用した免疫原性組成物を記載していました。

(2)PTABの決定

 Sanofi社が提出したいずれの先行技術文献も、Pfizer社の559特許の独立クレーム1の22F複合多糖の分子量については記載していませんでしたが、PTABは当該分子量が「結果効果のある変数」(result-effective variable)(すなわち、結果に影響を与える変数)と認定し、当業者は22F連鎖球菌血清型複合多糖の分子量を最適化することによってクレームの範囲の分子量に到達できると判断しました。PTABPfizer社は、新たなクレームを追加する補正申立を行いましたが、PTABはPfizer社の補正申立を却下しました。Pfizerは、PTABの決定についてPTO長官のレビューを請求しましたが、PTO長官は当該請求を却下しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)控訴審におけるPfizer社の主張

 Pfizer社は、(ⅰ)PTABが結果効果のある変数の法理を不適法に適用したこと、(ⅱ)PTABがPfizer社の補正申立を不適法に却下したこと、(ⅲ)PTO長官によるPfizer社のレビューの却下はAPAに違反していることを主張してCAFCに控訴しました。

(2)CAFCの判断

 CAFCは、(ⅰ)PTABによるPfizer社の特許クレームの無効決定を肯定し、(ⅱ)Pfizer社の補正申立の却下に関しては、PTAB、残りは差し戻し、(ⅲ)APAのすべての違反は無害(harmless)であると判断しました。

 (i)特許クレームの無効決定について

 CAFCは、結果効果のある変数の法理の分析から始めました。Pfizer社は、GSK-711とMerck-086のいずれの先行技術文献にも22F複合多糖に有効な分子量の範囲について記載されておらず、分子量と効果との間の関係は予測できないため、結果効果のある変数の法理は適用され得ないため、独立クレームはこれらの先行技術文献に記載の発明に対して非自明性を有すると主張しました。

 しかしながら、CAFCは、以下のように述べて、Pfizer社の主張を認めませんでした。すなわち、先行技術とクレームとの間に差異がある場合には、結果効果のある変数の法理が適用できるか否かは、先行技術とクレームとの間の差異が結果に効果があるかどうか当業者が認識できるかどうかによると説明しました。そして、仮に当業者が先行技術とクレームとの間の差異が結果に効果があると認識する場合には、結果効果のある変数の法理が適用され、クレームは通常自明であると判断しました。本件において、先行技術は、複合多糖の分子量が安定性が向上するとともに良好な免疫応答を有する複合体を提供することに影響を与えること、複合体を作製する技術が日常的であること、およびクレームの分子量が有効な免疫複合体の典型的なものであることを開示していたため、先行技術とクレームとの間の差異(クレームの分子量)は結果効果のある変数であると認められ、当業者は通常の最適化によりその差異を埋めることを動機付けられると述べて、PTABの判断に過誤はないと判断しました。

 (ⅱ)補正申立の却下について

 次に、CAFCは、裁量権の濫用基準に基づき、Pfizer社の3つの新クレームを追加する補正申立をPTABが不適法に却下したかどうかについて判断しました。CAFCは、Pfizer社の1つの新追加クレームについてはPTABがクレームの要素ごとの分析を行い、クレームの各要素が先行技術文献のどこに記載されているか確認していることを認めてPTABの補正申立の却下を認めました。しかしながら、残り2つの新追加クレームについては、CAFCは、PTABがクレームの特定の要素についての説明を省略したと認定し、PTABのこれらの2つの新追加クレームについての補正申立の却下の決定は、実質的な証拠によって裏付けられておらず、PTABは裁量権を濫用したと判断しました。

 (ⅲ)PTO長官によるレビューの却下について

 最後に、CAFCは、PTOがAPAに違反したことを理由にPTABの決定を取り消すべきか否かという問題に移りました。Pfizer社は、PTOが、告知と意見に基づく規則制定の要件(に従うことなく長官レビュー手続を変更したたため、PTO長官レビュー手続はAPAに違反したと主張しましたが、CAFCは、Pfizer社のPTO長官レビューの請求は手続上の理由で却下されたのでなく実質的な理由で却下されたものであり、Pfizer社はPTOによる手続の変更によってどのような不利益を被ったかについての説明を怠ったため、APAの違反は無害であると判断しました。

 

3.実務上の留意点

 本件はクレームの分子量の数値範囲が先行技術文献に記載されていないにもかかわらず、クレームの分子量は結果効果のある変数(先行技術で認識された結果を達成する変数の日常的な最適化)に相当するとして、クレームの非自明性が否定された事案です。従前は、先行技術文献にクレームの数値範囲外の数値範囲が記載されている場合に結果効果のある変数の法理が適用されることが多かったようですが、本件においてCAFCは先行技術文献に数値範囲の記載がなくても結果効果のある変数の法理が適用されることがあると判断しています。

 今後、米国で数値限定クレームを権利化する際には、先行技術文献の記載にもよりますが、クレームの数値範囲が結果効果のある変数に該当すると判断されないような工夫(たとえば、クレームの数値範囲によって予期せぬ効果が発現する等)を明細書に記載しておくことが必要かもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Optimizing Obviousness: Routine Optimization Can Fill in Prior Art Gaps” (March 15, 2024)

              https://www.ipupdate.com/2024/03/optimizing-obviousness-routine-optimization-can-fill-in-prior-art-gaps/

 

2.Pfizer Inc. v. Sanofi Pasteur, Inc., Case No. 19-1871 (Fed. Cir. Mar. 5, 2024), (Lourie, Bryson, Stark, JJ.) CAFC判決 原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/19-1871.OPINION.3-5-2024_2280462.pdf

[担当]深見特許事務所 赤木 信行