国・地域別IP情報

「表面上明らか」であれば図面はクレームの限定を教示できると判断した米国特許商標庁長官レビュー

 米国特許商標庁(PTO)長官は、先行技術文献の図面に「表面上明らかな」教示が含まれているとする当事者系レビュー(IPR)の請願人の主張に対処することなくIPRの開始を拒否した特許審判部(PTAB)の決定を破棄して差し戻しました。

              MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano, IPR2023-00861 (PTAB Decision Review, Apr. 5, 2024) (Vidal, PTO Dir.)

 

1.事件の背景

(1)Catalanoの特許

 Catalanoの特許(US RE47494、以下「494特許」)は、電気分解によって引き起こされる自動車ラジエータの腐食を防ぐ犠牲アノード(sacrificial anode)として知られる装置に関します。494特許には、以下の図4Aのanode(13)がinlet connection(16)の中心軸から10 inches内に取り付けられてもよい旨が記載されています。

 494特許の図4A

 争点となった494特許のクレームの1つであるクレーム12は、sacrificial anodeがhot liquid inlet to the radiatorから「10インチ以内」に配置されていることを要求しています。494特許のクレーム12は以下のとおりです。

              12. A method of preventing corrosion of a radiator, the method comprising:

              installing a sacrificial anode assembly including a sacrificial anode within the radiator,

              wherein the sacrificial anode is placed within 10 inches of a hot liquid inlet to the radiator.

(2)IPRの請願

 MAHLE Behr(MAHLE)は、Catalanoの494特許にIPR請願をしました。MAHLEは、IPR請願において、先行技術(Godefroy et al., WO 03/100337 A2、以下「Godefroy」)の図1には、sacrificial anodeがhot liquid inlet to the radiatorの「10インチ以内」に配置されていることが記載されているため、494特許のクレームのいくつかが新規性または非自明性を有しないと主張しました。Godefroyの図1を以下に示します。

 Godefroyの図1

 MAHLEの主張は、Godefroyの図1には正確な大きさは示されていないが、494特許のクレーム12のsacrificial anodeに相当するsacrificial resist(14)はconnecter(12)の内側に配置されていることから、当業者はGodefroyの図1をsacrificial anode(14)の全体又は少なくとも重要部分がinletの中心軸の10インチ以内であることを示すものと理解するであろう、という専門家証言に依拠しています。

(3)PTABの決定

 PTABは、CAFC判決(Hockerson-Halberstadt, Inc. v. Avia Group International, Inc., 222 F.3d 951 (Fed. Cir. 2000))を引用して、「特許図面は要素の正確な比率を定義しておらず、明細書がその問題に関して完全に沈黙している場合には特定のサイズを示すのに依拠できない可能性がある」とし、Godefroyの図1はMAHLEの専門家証言で認めているように正確な寸法が示されていないため、494特許のクレームを無効にすることができない、としてIPRの開始を否定しました。MAHLEは、PTABの決定に対するPTO長官レビューを請求しました。

 

2.PTO長官レビュー

 MAHLEは、PTO長官レビューの請求において、PTABは、先行技術の教示としての特許図面の使用について連邦巡回裁判所判例法の適用に誤りを犯したと主張しました。PTO長官は、以下の理由により、MAHLEの主張を認めてPTABの決定を退け、先行技術の図面が「表面上明らかにしている」ことと、その図面が当業者に合理的に示唆したであろうことを検討するようとの指示とともにIPR請願を差し戻しました。

 ・PTABは、先行技術の図面が当業者に何を明確に示しまたは合理的に示唆しているかということに関して適切にMAHLEの主張に対処していない。

 ・連邦巡回裁判所判例法は、先行技術の図面がクレームの限定を明確に開示している場合に新規性または非自明性を否定するということを確立している。

 ・当業者が特許の開示からクレームの寸法を導き出すことができる場合、明細書が正確な比率や特定のサイズを明示的に開示する必要があるという追加の要件は存在しない。

 ・先行技術の図面はクレームで特定された正確な比率や測定された量を開示していないが、クレームの要素がクレームに記載されたとおりに配置(すなわち、sacrificial anode(14)がinletの中心軸の10インチ以内に配置)されていることを示しているので、PTABは先行技術の図面がクレームに記載された要素が互いに10インチ以内にあることを当業者が理解できたかどうか検討すべきであった。

 

3.実務上の留意点

 本件において、PTO長官は、先行技術の特許図面に寸法が記載されていないからといってそれで硬直的に先行技術の特許図面に寸法が記載されていないと認定するのは妥当ではないと述べています。

 米国出願のオフィスアクションで先行技術の図面に基づいて数値限定クレームの新規性が否定されることがありますが、先行技術の図面に寸法が記載されていないという理由だけで、数値限定クレームの新規性が認められると判断するのは早計であり、先行技術の図面の要素の配置も考慮して本当に先行技術の図面にクレームの数値が記載されていないのか検討する必要があると思われます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) ” Drawing Can Teach Claim Limitations If “Clear on Its Face” (April 18, 2024)

              https://www.ipupdate.com/2024/04/drawing-can-teach-claim-limitations-if-clear-on-its-face/

 

2.MAHLE Behr Charleston Inc. v. Catalano, IPR2023-00861 (PTAB Decision Review, Apr. 5, 2024) (Vidal, PTO Dir.) PTO長官レビュー原文

             https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/Paper15.pdf

 

[担当]深見特許事務所 赤木 信行