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先行文献の組合せに基づく特許審判部の自明性の決定を覆した連邦巡回控訴裁判所判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許審判部(PTAB)の自明性に関する決定を覆し、複数の先行文献に渡ってすべてのクレーム要素を開示しても、それらを組合せる動機付けの証拠がない限り、自明性を立証しないと判断しました。

              Virtek Vision Int’l ULC v. Assembly Guidance Systems, Inc. d/b/a Aligned Vision, Case No. 22-1998 (Fed. Cir. Mar. 27, 2024) (Moore, C.J.; Hughes, Stark, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)本件特許の概要

 Virtek Vision Int’l ULC(以下「Virtek社」)は、「レーザープロジェクターを作業面に対して位置合わせするための改良された方法」を開示する特許(米国特許第10,052,734号、以下「本件特許」)を保有しています。本件特許発明においてレーザーは、「テンプレート画像を作業面に投影して、製造プロセスを指示する」ために使用されます。この特許は、従来技術よりも効率を向上させる2段階のプロセスを開示しています。

 レーザーは、製造プロセスを指示するためにテンプレートイメージを作業面に投影する手段としてよく使用されます。テンプレートを3次元の作業面に正確に投影するには、「作業面とレーザープロジェクターの間の相対位置を正確に調整」する必要があります。

 従来技術では、レーザープロジェクターは、作業面上に反射ターゲットを配置し、作業面の3次元座標系を基準にしてターゲット座標を測定し、次に作業面に対するプロジェクターの位置を特定することによって位置合わせされていました。このスキャンプロセスは、ツールに対するプロジェクターの位置の変化による投影されたパターンの位置の変化をチェックするために、定期的に停止されます。何らかの変化が検出された場合、ターゲットの位置が変更され、レーザープロジェクターの位置も再調整する必要があり、プロセスの進行が遅くなって、効率が低下します。

 これらの欠陥を考慮して、本件特許発明は、次のような改良された2段階の位置合わせステップを有する方法に関しています。

 本件特許発明の最初のステップでは、二次光源(すなわち非レーザー光源)が作業面に光を照射し、作業面上のターゲットのパターンを決定します。第2のステップでは、識別されたパターンの指示に従ってレーザービームがターゲットを走査し、ターゲットの正確な位置を計算して、レーザーテンプレートイメージを投影する場所をレーザープロジェクターに指示します。

(2)当事者系レビューの請願

 Assembly Guidance Systems, Inc. d/b/a Aligned Vision (以下「Aligned Vision社」は、当事者系レビュー(IPR)を請願し、本件特許のすべてのクレームに異議を唱えました。Aligned Vision社は、4件の先行技術文献(Keitler引例、Briggs引例、Bridges引例、’94 Rueb引例)の4通りの組合せ(以下に示す特許無効主張の理由1~4)に基づいて、すべてのクレームに記載された発明は自明であると主張しました。Aligned Vision社は本件特許無効の主張に際して、クレーム(全13クレームで、クレーム1のみが独立クレーム)を、クレーム1, 2, 5, 7, 10-13(以下「グループA」とします)およびクレーム3, 4, 6, 8, 9(以下「グループB」とします)の2グループに分けて、次の特許無効の理由を主張しました。

 グループAのクレームに記載の発明:

  Keitler引例およびBriggs引例により自明(理由1)

  Briggs引例およびBridges引例により自明(理由3)

 グループBのクレームに記載の発明

  Keitler引例、Briggs引例、および’094 Rueb引例により自明(理由2)

  Briggs引例、Bridges引例、および’094 Rueb引例により自明(理由4)

(3)PTABの判断

 i)グループAのクレームについて、特許無効と認定

 PTABは、上記グループAのクレームについて、上記理由1および2の2通りの引用文献の組合せよって自明であると判断しました。引用文献の開示に関連する部分において、独立クレームは、「3次元座標系における作業面上の反射ターゲットのパターンを識別する」と記載しています。3次元座標系関連のクレーム要素を除いて、他のすべてのクレーム要素はBridges引例およびKeitler引例に開示されています。

 PTABは、当業者は、Bridges引例あるいはKeitler引例に示された方位角座標系(angular direction system、方位角と距離により位置を特定する座標系)ではなく、Briggs引例で開示された3次元座標系(3D coordinate system)を使用することを動機付けられたであろうと判断しました。その理由としてPTABは、Briggs引例が3次元座標および方位角座標系の両方を開示しているため、これらの引用文献の開示を組合せることは、当業者にとって自明な試みであると述べました。

 PTABの上記決定に対してVirtek社は、CAFCに上訴しました。

 ii)上記グループBのクレームについては、特許性が否定されないと認定

 上記グループBのクレームについてPTABは、Aligned Vision社による先行文献の組合せに基づく自明性の主張(上記理由2および4)によっては、特許性欠如は立証されていないため、特許性は否定されないと判断しました。

 この決定に対してAligned Vision社は、CAFCに交差上訴(cross-appeal)しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)Virtek社による上訴について

 i)先行文献の組合せの動機付けについて

 グループAの特許クレームが無効であるとのPTABの決定に対するVirtek社による上訴に関してCAFCは、上記理由1および3のように先行文献を組合せることの動機付けについて、PTABが法律上の誤りを犯したと認定しました。その理由としてCAFCは、「単一のカメラを使用する方位角座標系システムおよび2つのカメラを使用する3次元座標系システムのような2つの代替的な配置が、いずれも当該技術分野において公知であったことを認識することは、先行文献を組み合わせる動機付けとしては十分ではない。むしろ、特許に異議を申し立てる者は、当業者が、ある文献の要素を別の文献の要素と交換するであろう理由を示さなければならず、これらの可能な配置が先行技術に存在したという事実だけでは、当業者がKeitler引例あるいはBridges引例の1カメラの方位角座標系システムをBriggsの開示された2カメラの3次元座標系に置き換えたであろう理由にはならない。」と述べました。

 本件特許に異議を申し立てたAligned Vision社は、IPR請願書において、なぜ当業者がこのような置き換えを行なうのかについて、2つの異なる座標系が「使用されることが知られている」こと以外、いかなる理由も示しませんでした。具体的には、たとえば、Briggs引例は、方位角座標系システムに代えて3D座標系システムを用いることによる利点についても言及していません。またAligned Vision社の専門家は、先行文献を組み合わせる理由を提示できないと何度も証言していました。

 iiKSR最高裁判決への言及

 さらに、Aligned Vision社は「クレームの記載により特定される予測可能な解決策の数には限りがある」という証拠を提示しませんでした。そのような証拠があれば、当業者は、限られた解決策を予期することにより、クレームされた発明を自明に導くことができるものと判断されます。

 この点に関連して2007年のKSR最高裁判決は、さまざまな先行文献から読み取れる限定を組合せて、クレームされた発明が自明であったと結論付けることができる状況についての重要な解釈を提供しています。KSR判決で最高裁判所は、「問題を解決するための設計上の必要性や市場の圧力があり、特定された予測可能な解決策の数が有限である場合、通常の技術を有する者には、技術的に把握できる範囲内で既知の選択肢を追求する十分な理由がある。もしこれが予想通りの成功につながったとしたら、それはイノベーションの産物ではなく、通常のスキルと常識の産物である可能性が高い。」と説明しました。ただし、KSR最高裁判決は、「当業者が複数の先行文献の開示を組合せてクレームに係る発明を導くためには、先行技術文献の開示を組合せることの動機付けが存在しなければならない」という要件を排除しませんでした。KSR最高裁判決の概要については下記「情報元3」を、より詳細な判示内容については下記「情報元4」をご参照下さい。

 上記KSR最高裁判決を考慮した上でCAFCは、各クレーム要素が異なる先行文献により既知であったとしても、それらの先行文献を組合せることの動機付けが示されなければ、そのクレームに記載の発明の自明性を証明するには不十分であると結論付けて、グループAのクレームについてのPTABによる自明性の判断を取り消しました。

(2)Aligned Vision社による交差上訴について

 i)交差上訴におけるAligned Vision社の主張

 Aligned Vision社は交差上訴において、グループBのクレームに記載の発明が、上記理由2および4の先行文献の組合せによって自明であったことを証明できなかったとするPTABの決定に異議を唱えました。

 Aligned Vision社はIPR請願書の中で、’094 Rueb引例が従属クレーム3における追加の限定事項を開示していると主張しました。具体的には、たとえば、’094 Rueb引例は本件特許のクレーム3に記載のマルチメガピクセルセンサーを備えたカメラを開示していると指摘しました。それに対してPTABは、Aligned Vision社が’094 Rueb引例と残りの先行文献とを組合せることの動機付けを示せなかったと認定しました。

 それに対してAligned Vision社は、当業者は先行文献を組合せることを動機付けられないというPTABの判断は実質的な証拠によって裏付けられていないと主張しました。

 Aligned Vision社はさらに、従属クレーム3記載に記載の追加要素は’094 Rueb引例に開示されており、その意図された目的に使用されているため、当業者であれば「常識」の問題として、先行文献を組合せることを動機付けられたであろうと主張しました。Aligned Vision社は、IPRの審理においては、一度もそのような主張をしませんでした。また、当業者の「常識」に関する証拠については何も提供されませんでした。

 (ii)CAFCの判断

 Aligned Vision社の主張は、IPRにおける審理および控訴審の両方において、各クレーム要素が異なる先行技術文献によって既知であるという事実のみに基づいています。しかしながら、これだけでは先行文献の開示の組合せへの動機付けが立証されていません。この点についてCAFCは、「複数の要素で構成される特許発明は、その要素のそれぞれが独立して従来技術で知られていたことを証明するだけでは自明であるとは証明されない。……関連分野の当業者がクレームされた新規発明のように要素を組合せる理由を特定することが重要な場合がある。」という、KSR最高裁判決の判示を引用しています。

 Aligned Vision社によって提示された先行文献の組合せへの動機付けを裏付ける唯一の証拠は、Aligned Vision社の専門家であるDr. Mohazzabの証言でした。クレーム3に関してDr. Mohazzabは、’094 Rueb引例がマルチメガピクセルセンサーを備えたカメラを開示していることから、当業者であれば「2016年半ばにはマルチメガピクセルセンサーを備えたカメラを使用することも知っていただろう」と証言しました。この証言では、当業者が’094 Rueb引例、Keitler引例および Briggs引例で開示されたカメラを組合せることを動機付けられたかどうか、あるいはその理由について言及されていません。Aligned Vision社も同様に、グループBのクレームの主題を満たすために、なぜ当業者が’094 Rueb引例の教示と他の先行文献を組み合わせることを動機付けられたのかについて、いかなる証拠も提示できませんでした。

 以上のような状況下においてCAFCは、上記理由2および4の両方の先行文献の組合せについて、それらの開示を組合わせることを当業者が動機付けられることを示せなかったというPTABの判断を裏付ける実質的な証拠が存在すると結論付けて、グループBのクレームについてのPTABの決定を支持しました。

(3)CAFCの判決

 上述のように、Virtek社による上訴について、PTABによる特許無効の決定を覆し、Aligned Vision社による交差上訴について、特許性を認めたPTABの決定を支持した結果、CAFCは、本件特許のすべてのクレームについて、特許性を認める判決を下しました。

 

3.実務上の留意点

 本件は、複数の先行文献の開示の組合せに基づいて特許に異議を申し立てる者にとって、特許クレームに記載の各要素が異なる先行文献の開示により既知であったという証拠とは別に、当業者にとって、先行文献の開示を組合せることが動機付けられることを立証する証拠を提供することの重要性を強調しています。したがって、本件判決から、特許に異議を申し立てる者は、先行文献自体を通じてであれ、専門家の証言を通じてであれ、当業者が主引例に欠けているクレーム要素を開示する副次的引例に依存する理由についての証拠を提供する必要があることが読み取れます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Is Evidence of All Claimed Elements in Prior Art Enough? Not Without Motivation to Combine” (April 4, 2024)

              https://www.ipupdate.com/2024/04/is-evidence-of-all-claimed-elements-in-prior-art-enough-not-without-motivation-to-combine/

 

2.Virtek Vision Int’l ULC v. Assembly Guidance Systems, Inc.,CAFC判決原文

              https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1998.OPINION.3-27-2024_2292085.pdf

 

3.JETRO NY 「KSR事件、連邦最高裁は本件特許の進歩性を認めず、CAFCに差し戻し」(2007年4月30日)

              https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/n_america/us/ip/news/pdf/070430.pdf

 

4.米国情報 「U.S. Supreme Court No. 04-1350 (April 30, 2007). KSR INTERNATIONAL V. TELEFLEX INC」KSR 判決訳_JPAA ジャーナル 2007.7

              https://www.jpaa.or.jp/cms/wp-content/uploads/2017/03/ksr200707report.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登