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均等侵害についてUPC地方部が下した最初の実質的判決

1.事件の概要

 2024年11月22日、統一特許裁判所(UPC)の第一審裁判所であるハーグ地方部(オランダ)は、欧州特許EP 2 137 782B1(以下、「本件特許」)の有効性と侵害の可能性とについて争われた本件訴訟において、本件特許は有効でありかつ均等侵害が成立する、との判決を下しました。これは、均等論に基づく侵害の成否についてUPCが初めて下した実質的判決であり、特にハーグ地方部は、均等侵害をテストするための4つの質問を設定して適用しました。本稿においては、本件訴訟の第一審判決内容のうち、均等侵害に関する部分について説明いたします。(Plant-e Knowledge B.V. et al vs Arkyne Technologies S.L.事件:2024年11月22日付けハーグ地方部判決(UPC_CFI_239/2023))

 

2.本件発明の内容

(1)背景技術

 本件特許は、微生物燃料電池に関連する発明に関するものです。微生物燃料電池の基本原理は、20世紀初頭にすでに考え出されていました。微生物燃料電池は、微生物を使って電気を発生するというアイデアに基づいており、具体的には、還元化合物から酸化化合物に電子を供給することにより電気を発生します。電子は、「燃料」または電子供与体としても知られている還元化合物を、微生物によって酸化させることにより生成されます。酸化化合物は、それに応じて電子受容体となります。電子供与体は陽極にあり、電子受容体は陰極にあります。陽極および陰極は反応器内にあります。電子は外部の電気回路に向けられます。従来技術の微生物燃料電池には、電気の発生を維持するために外部から燃料を供給する必要があるという欠点がありました。

(2)侵害の成否が争われたクレーム

 本件特許は、2つの独立クレーム、すなわち、光エネルギーを電気エネルギーおよび/または水素に変換する装置に関する独立クレーム1、および光エネルギーを電気エネルギーおよび/または水素に変換する方法に関する独立クレーム11を有しています。本件特許の有効性および侵害が争われた本件訴訟において、侵害に関しては方法のクレーム11-16の侵害のみが争われ、特に、以下に示す方法の独立クレーム11の侵害の成否が争点となりました。

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11. Method for converting light energy into electrical energy and/or hydrogen, wherein a feedstock is introduced into a device that comprises a reactor, where the reactor comprises an anode compartment (2) and a cathode compartment and wherein the anode compartment comprises a) an anodophilic micro- organism capable of oxidizing an electron donor compound, and b) a living plant (7) or part thereof, capable of converting light energy by means of photosynthesis into the electron donor compound, wherein the microorganism lives around the root (8) zone of the plant or part thereof.

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 この独立クレーム11の日本語の仮訳を、第一審判決原文(第20頁の項目37)と同じように、要素ごとに分割して番号付けした形式で以下に示します。

(11.1)光エネルギーを電気エネルギーおよび/または水素に変換する方法であって、

(11.2)反応器を含む装置に原料が導入され、

(11.3)前記反応器は、陽極室(2)および陰極室を含み、

(11.4)前記陽極室は、(a)電子供与体化合物を酸化することができる陽極親和性の微生物を含み、

(11.5)前記陽極室は、(b)光合成によって光エネルギーを電子供与体化合物に変換することができる生きた植物(7)またはその一部を含み、

(11.6)前記微生物は、前記植物またはその一部の根(8)の領域の周りに生息する。

(3)本件発明の詳細な説明

 本件発明は、上記のクレーム11に記載されているように、燃料電池の陽極室に、生きた植物またはその一部を配置するという概念に基づいています。生きた植物が光合成によって光を有機物に変換すると、反応器内の微生物に有機物(燃料)が絶えず供給されます。このような方法は、以下に示す本件特許の図1に示されています。

 図1において、参照番号11は入射光を示し、この入射光は最終的に電気エネルギーに変換されて、抵抗等のデバイス12で消費されます(上記のクレームの要素11.1)。参照番号1は反応器を示しており、参照番号2は陽極室を示しており、参照番号3は陰極室を示しています(クレームの要素11.3)。原料の一部は反応器の陽極室2において「粒状の陽極材料」として示されています(クレームの要素11.2および11.4)。参照番号7は、生きた植物(クレームの要素11.5)を示しており、その根8は陽極部にあり、粒状の陽極材料に囲まれています(クレームの要素11.6)。

 

3.事件の経緯

(1)訴訟の提起

 Plant-e Knowledge B.V.は本件特許の所有者であり、そのライセンシーであるPlant-e B.V.とともに本件訴訟の原告であります(両社を集合的に「Plant-e社」と称します)。本件特許は、UPC協定の締約国であるオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、ドイツ、フランス、イタリアで効力を有しております。Plant-e社は、Arkyne Technologies S.L.(以下、「Arkyne社」)が“Bioo”という名称で販売している製品(以下、「被疑侵害品」)が本件特許を侵害しているとして、Arkyne社をUPCのハーグ地方部(以下、「地方部」)に訴えました。

(2)原告の主張

 原告であるPlant-e社は、Arkyne社による方法クレーム11の文言侵害を主張するとともに、クレーム11の文言侵害が認められない場合には、均等論による侵害が成立すると主張しました。侵害に関する争いは、クレームの解釈、および、被告の被疑侵害品がクレーム11の保護範囲に含まれるかどうか、に焦点が当てられました。

 

4.地方部の判断

(1)文言侵害の成否について

 地方部は、被疑侵害品について下図を参照して次のように説明しました。

 クレームの解釈と証拠から、地方部は、被疑侵害品は、1つの装置に2つの独立した室が組み込まれており、高さ方向の約半分の位置に陰極、底部に陽極が含まれている、と結論付けました。陽極と陰極とは土壌で隔てられています。土壌および肥料からの微生物および有機物は、灌漑および雨水によって被疑侵害品の下部に引き込まれます。これらは原料として機能します。地方部はまた、頂部に植物が存在すること、および被疑侵害品の根が、主張されているように光エネルギーの変換に寄与していることを確認しました。

 均等についての判断の必要性を生じさせることになる差異は、生きた植物の配置に関連しています(クレームの要素11.4および11.5)。本件特許のクレームでは、生きた植物の陽極室への配置が求められていましたが、被疑侵害品では、生きた植物を被疑侵害品の頂部に配置し、陽極室を底部に配置している、と判断されました。そして地方部は、このような差異により被疑侵害品は、文言上の保護範囲には入らない、と結論付けました。

(2)均等侵害の成否について

 ① 均等侵害の根拠条文

 文言上の侵害を否定した地方部は、次にUPC協定には特許の保護範囲に関する規定、特に均等論に関する規定が含まれていないことを認めました。そこで、地方部は、UPC控訴裁判所の判例法によって確認されているように法源として適用可能な欧州特許条約(EPC)第69条に保護範囲の指針を求め、特にEPCと一体をなす部分である、EPC第69条の解釈に関する議定書を検討しました。この議定書は、欧州特許によって付与される保護の範囲を決定する目的で、クレームで特定された要素と均等の要素を適切に考慮しなければならないと述べています。

 その後、地方部は、上記議定書の指針に従い均等論に基づく侵害を調査することで、侵害の成否の分析を続けようとしました。しかしながら、EPCの上記議定書にもUPC協定にもそのような均等論に基づく分析を行うための確立されたテスト方法に関する規定は存在していません。UPC協定第24条第1項は、UPCの各裁判所に、法源として、(a)EU法、(b)UPC協定、(c)EPC、(d)特許に適用されかつUPC協定のすべての締約国に拘束力のあるその他の国際協定、および(e)国内法に基づいて判決を下すことを要求しています。しかし、これらの法源のいずれにも均等論をどのように適用するかに関する規定は存在していません。

 ② 均等論の適用のためのテスト

 本件判決から見られるように、地方部も、適用可能な法源にそのような均等侵害のテスト方法に関する規定を見出すことができなかったため、「本件で両当事者が提案した内容(一部は裁判所の質問に基づく)に沿って、さまざまな国内法域の慣行に基づくテストを適用する」ことを決定しました。

 より具体的に、本件判決において地方部は、均等侵害の成否を判断するためのテストとして、以下の4つの質問Ⅰ~Ⅳを設定し、これらの質問全てに肯定的に答えられる場合、被疑侵害品における差異はクレームで特定された要素と均等であると結論付けました(判決原文の強調部分を太字および下線で示す)。

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質問Ⅰ.技術的均等性:差異は、特許発明が解決する(本質的に)同じ問題を解決し、この文脈で(本質的に)同じ機能を実行するか?

質問Ⅱ.クレームの保護を均等にまで拡張することは、技術への貢献を考慮した場合、特許権者の公正な保護に相応なものか?そして特許の公開によって均等の要素をどのように適用するのかが当業者にとって自明であるか(侵害の時点で)?

質問Ⅲ.第三者に対する合理的な法的確実性:当業者は、特許から、発明の範囲が文言通りクレームされているものよりも広いことを特許から理解しているか?

質問Ⅳ.被疑侵害品は、先行技術に対して新規でありかつ進歩性を有しているか?

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 ③ 4つの質問に対する地方部の判断

 以下に、4つの質問のそれぞれに対する地方部の判断について説明します。

(ⅰ)質問Ⅰの技術的均等性について

 質問Ⅰは、被疑侵害品では、栄養素と微生物が、上部室に存在する根から下部室に通過できるものと地方部が納得したため、肯定されました。そしてエネルギー変換が、クレームされた原理に基づいて機能します。

(ⅱ)質問Ⅱの特許権者の公正な保護について

 本件特許は、装置/反応器に植物を導入し、その植物による光合成から生じる有機物から、つまり光エネルギーから電気を得ることで、微生物燃料電池の新しいカテゴリをクレームしていると判断されたため、質問Ⅱである特許権者に対する公正な保護は肯定されました。被疑侵害品は本件特許と同じカテゴリの製品でした。地方部は、上部室で生成された有機物が原料として下部室に到達できることは自明であったと判断しました。特許の公開からこの自明の差異にどのようにして到達できたかについては本件判決では述べられておりません。

(ⅲ)質問Ⅲの第三者に対する合理的な法的確実性について

 地方部によると、特許の教示が明らかにクレームの文言よりも広くかつ当業者から見てクレームされている装置の使用方法にクレームの保護範囲を限定する適当な理由が見当たらないために特許クレームには均等の余地があると当業者が理解する場合には、法的確実性の要件は満たされます。この質問Ⅲを適用するにあたり、地方部は、本件特許の教示を、微生物燃料電池に植物を追加して追加の原料を提供し、燃料電池を外部から提供される原料から独立させることであると述べ、被疑侵害品の差異はこの結果を類似の方法で得るための別の方法であると当業者であれば理解したであろう、と指摘しました。

(ⅳ)質問Ⅳの先行技術に対する新規性および進歩性について

 地方部は、被疑侵害品は本件特許の優先日において、バッテリー反応器用の追加燃料の供給源として装置の一部として植物を導入していたため、先行技術に対して新規でありかつ進歩性を有していたはずである、と判断しました。当事者は、その他の(または異なる)主張を行いませんでした。

 地方部はこれらの質問を検討し、4つの質問に対する答えはすべて肯定的であり、最終的に被疑侵害品が均等の手段でクレーム11を侵害している、と判断しました。

 

5.均等侵害の結論に対する評価

(1)均等侵害の判決の背景事情

 特許の保護範囲に関してUPC協定の起草時における締約国の判例法は完全には調和されていませんでした。本件においてUPCのハーグ地方部は、締約国の1つであるオランダにおけるある判例を参照しました。すなわち、ハーグ地方部は、UPC協定の下で均等侵害のテストとしての質問を作り上げるにあたり、2020年11月27日のハーグ控訴裁判所のEli Lilly/Fresenius事件(ECLI:NL:GHDHA:2020:2052)の判決を参照しました。これはUPCで下された判決ではありませんが、欧州各地の複数の裁判所がそれぞれの均等侵害のテストを提案し適用した、抗がん剤の一種である「ペメトレキセド(Pemetrexed)」の多国籍訴訟の一部であるオランダでの国内訴訟の判決であり、大きな注目を集めた判決です。

 UPCの訴訟である本件訴訟において、オランダ法人である原告Plant-e社とスペイン法人である被告Arkyne社は双方ともオランダの弁護士が代理を務めていることから、両当事者からオランダの国内裁判所の判決を参照するように提案がなされ、そのようにされたたことは、UPCのハーグ地方部が、おそらくすべての訴訟関係者がよく知ってるオランダの国内裁判所の以前の注目判例を単純に取り入れたことを示唆しています。前述のようにUPC協定第24条第1項(e)は、UPCの各裁判所に、法源として、国内法に基づいて判決を下すことを要求しています。しかしながら、今回のハーグ地方部の判断がUPC協定第24条第1(e)に沿っているかどうかについては議論の余地があると考えられます。この点に関して本件はUPC控訴裁判所(ルクセンブルク)に控訴される可能性があります。

(2)欧州主要国での均等侵害の判断基準との比較

 以下に、本件訴訟のハーグ地方部による第一審判決が他の欧州主要国の判断基準とどのように相違するかについて考察いたします。

 例えば、上記の「ペメトレキセド」事件の多国籍訴訟の一部であるドイツでの国内訴訟において、ドイツ連邦最高裁判所が均等侵害の判断のテストを適用しました(Decision of June 14, 2016: X ZR 29/15, with reference to, inter alia, X ZR 193/03, Crimpwerkzeug IV, margin note 35; see also X ZR 1/05, Pumpeinrichtung)。そのテスト項目の中でドイツ連邦最高裁判所は、「この点に関する当業者の考慮は、変更された手段を伴う逸脱した実施形態を(文言通りの)解決策と同等の価値を持つ解決策であると当業者が考えるように、クレームで保護されている教示の文言通りの意味に向けられなければならない。」と述べております。

 一方、UPC協定の非締約国ではありますが、イギリスの最高裁判所は「ペメトレキセド」事件訴訟のイギリス部分において、均等侵害のテストの質問事項を策定し適用しました(Decision of July 12, 2017: Actavis UK Limited and others v Eli Lilly and Company; [2017] UKSC 48)。そのテスト項目の中でイギリスの最高裁判所は、「特許を読んだ者は、特許の対応クレームの文言通りの意味に厳密に準拠することが発明の必須要件であると特許権者がそれでも意図していた、と結論付けたか?」という質問を行いました。

 ドイツとイギリスの裁判所はクレームの文言通りの意味に従うことに焦点を当てていますが、ハーグ地方部は逆、つまり特許から得られる範囲が文言通りの意味よりも広いという理解を求めているようです。ドイツとイギリスの裁判所の考えによりますと、特許クレームの一次的な文言、文字通りの文言、または非文脈的な文言でカバーされていない実施形態は、たとえその変更が発明の効果に重大な影響を及ぼさず、この事実が当業者に明らかであったとしても、特許の保護範囲に含まれない可能性があります。もしも当業者が、一次的な文言への適合が発明の必須要件の1つであるとクレームから推論できる場合には、侵害は否定されるでしょう。

 いずれにしても、前述のようにハーグ地方部がそのテストを得るにいたった過程は、1つの判例法(「ペメトレキセド」事件訴訟のオランダ国内部分)を拾い上げたものであって、UPC協定第24条第1項(e)の規定(法源として、国内法に基づいて判決を下すこと)に適合しているのかは議論の余地があり、この点において不適切であるとして異議を申し立てられる可能性があります。本件が控訴されるとするとこの点が争点になるものと予想されます。

 

[情報元]

情報元①

HOFFMANN EITLE QUARTERLY:“DOE at the UPC”
https://www.hoffmanneitle.com/news/quarterly/he-quarterly-2024-12.pdf?_hsenc=p2ANqtz-9jxxrQuynCLNaj9SHpx8LPnb5aqyAHMrLrr7UhIT97DRC45mcKuD47arUNbQcEAc6YSptuI8OcHZ69QaD5NtL5S_w_Mw&_hsmi=100862684#page=10

 

情報元②

DECISION ON THE MERITS of the Court of First Instance of the Unified Patent Court 
Local Division The Hague delivered on 22 November 2024 concerning EP2137782(UPCハーグ地方部第一審判決(侵害訴訟)原文)
https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/files/api_order/24FDA62A30C8A8D7838D5739CE610873_en.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊