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時機遅れの専門家の非侵害の証言を認める地裁の決定を覆すとともに、 地裁裁判官の不適切な発言を理由に別の裁判官への差し戻しを命じたCAFC判決

 ノースカロライナ州東部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)は、被疑侵害者の非侵害についての専門家の時機遅れの証言を認め、侵害についての特許権者による法律問題としての判決の申立て(JMOL)[1]および新たな裁判(new trial)の申立てを却下しました。

 それに対して連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許権者の法律問題としての判決の申立ての却下については地裁を支持しましたが、非侵害についての専門家の時機遅れの証言を認めたこと、および新たな審理の申立ての却下については、地裁の判断を覆して、差し戻しました。

 またCAFCは、地裁裁判官の発言が不適切であることを理由に、差し戻し審での裁判官の変更(reassignment)を求めた特許権者の申立てに同意し、裁判官の発言が正義と公正さを損なうものと結論付けました。

        Trudell Medical Intl., Inc. v. D R Burton Healthcare, LLC, Case Nos.23-1777;-1779 (Fed. Cir. Feb. 7, 2025) (Moore, C.J.;Chen, Stoll, JJ.)

 

1.事件の背景

 Trudell Medical International Inc.(以下「Trudell社」)は、振動式呼気陽圧療法[2]を実施するための携帯機器に関連する米国特許第9,808,588号(以下「’588特許」を所有しています。Trudell社は、2018年1月29日に、’588特許を侵害するとして、D R Burton Healthcare, LLC.(以下「Burton社」)を地裁に提訴し、訴状において特許侵害に関する略式判決を申立てました。

 訴訟のスケジュールとして、地裁は、すべての証拠開示(discovery)の終結を2022年9月30日に設定しました。この証拠開示の期限前に、Trudell社は、侵害と損害賠償に関する専門家の報告書を提出しました。

 証拠開示期限が過ぎた後、Burton社は、専門家であるCollins博士による宣言書を提出しました。この宣言書には、Trudell社が提出した侵害に関する略式判決の申立てを却下することを支持する宣言が含まれていました。なお、米国特許侵害訴訟における専門家証人については、下記「情報元3」をご参照下さい。

 地裁での事実審理に先立ち、Trudell社は、特許無効と非侵害に関するCollins博士の証言を除外することを求める申立てを提出しました。しかしながらTrudell社の略式判決の申立ては、最終的に地裁によって却下されました。

 地裁での事実審理の3日目である最終日に、地裁はCollins博士が証言することを許されたと裁定しました。事実審理の後、陪審員は、評決により、’588特許の主張されたクレームは有効であるが、侵害されていないと認定しました。その後、Trudell社は、陪審員の評決に対して、特許侵害についての裁判所のJMOLまたは新たな審理を求める新たな申立てを提出しましたが、地裁は、事実審理開始前の会議において、そのいずれも却下しました。

 その後、Trudell社は、地裁の判決に対してCAFCに控訴し、地裁によるCollins博士の非侵害証言の認容、JMOLの否定、および新たな審理の申立ての却下に異議を唱えました。

 Trudell社はまた、地裁での裁判官の不適切な発言を指摘して、差し戻し審で裁判の担当を地裁の別の裁判官に変更することを要求しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)控訴審における当事者の主張

 Trudell社は、地裁がCollins博士に証言を許可した点で誤りを犯したと主張しました。CAFCは、裁量の濫用基準[3]を適用した地方巡回区裁判所(ここでは第4巡回区控訴裁判所)の法律に基づく証拠を認めるか除外するかの決定を改めて審理することを示しました。この点についてTrudell社は、Collins博士が非侵害に関する専門家報告書を適時に提出しておらず、それを怠ったことは実質的に正当化されず無害でもなかったため、地裁は証言を許可する裁量権を濫用したと主張しました。

 Burton社は、侵害の略式判決に対する反対を支持するCollins博士の7ページの宣言書を提出していましたが、Trudell社は、その宣言書に関してCollins博士の証言を退ける機会は与えられておらず、したがって、証言の許容によって不利益を被ったと主張しました。Trudell社は、認められたCollins博士の証言もまた、宣言の範囲を超えており、「地方裁判所のクレーム解釈とは異なる解釈に基づいている」と主張しました。

(2)CAFCの判断

 (i)上記当事者の主張について

 CAFCはTrudell社の主張に同意し、米国民事訴訟における証拠開示に関する連邦民事訴訟規則26の規定に反してBurton社が適時にCollins博士の非侵害の意見を開示しなかったため、地方裁判所がCollins博士の非侵害証言を認めたことによってその裁量権を濫用したと認定しました。この宣言について、CAFCは、証拠開示の終了後1か月後に提出されたため、適時に送達されなかったと認定しました。CAFCは、適切な救済策は、開示の不履行が実質的に正当化されるか、または無害であることの説明がない限りは、Collins博士の非侵害の証言を排除することであると結論付けました。

 (ii)JMOLの申立てを地裁が却下したことについて

 CAFCは、Trudell社は侵害についてJMOLを申立てる権利を確立していないと判断し、Trudell社のJMOLの申立てに対する地方裁判所の却下を支持しました。Trudell社は、もしCollin博士の証言が適切に除外されていたならば、陪審員は非侵害を認定するのに十分な証拠を欠いていただろうと主張しました。それに対してCAFCは、Collins博士の証言がなければ、Burton社には最小限の証拠しか残らないことには同意しましたが、Trudell社の証人からの証言を含む証言の信頼性は陪審員に委ねられており、地裁は裁判で提示された証拠を改めて検討しないことから、地裁がTrudell社のJMOLの申立てを却下したことに誤りはないと指摘しました。

 (iii)新たな審理を求めるTrudell社の申立てについて

 CAFCは、地裁がCollins博士の証言を認めたことは、Trudell社にとって有害かつ不利なものであるとして、地裁が裁量権を濫用したことを認定し、それによって、Trudell社の新たな審理の申立てを却下した地裁の決定を覆しました。CAFCはまた、差し戻し審においてディスカバリーを再開することによって、Burton社が怠っていた証言の開示要件の遵守を是正させることは、不適切であると指摘しました。

 (iv)裁判官の変更の申立てについて

 CAFCは、差戻しに際して、この事件の裁判を地裁の別の判事に割り当てることを命じました。別の裁判官への変更は、裁判官のため、また裁判の公正性を図るために有益であり、特に偏った判断がなされるという疑いを最小限に抑えるという点で、公共の利益にかなう場合に適しています。裁判官の変更が正当化されるかどうかを決定するにあたり、CAFCは、次の3項目について検討しました。

 (a)元の裁判官が、誤っていると判断された元の裁判における見解あるいは審理結果を、後の裁判において取り除くことが著しく困難であることが、合理的に予想可能であるかどうか。

 (b)裁判官の変更が、訴訟の公正性を図る上で望ましいことが明確かどうか。

 (c)裁判官の変更により、変更しない場合に比べて著しく無駄や重複をもたらすことがないかどうか。

 CAFCは、地裁が事件を受理した直後から、本件の争点に関して公正な裁判を行なう意図はなかったものと考えていました。これは、裁判官の裁判での発言の多くが、審理の迅速さを不当に重視していたことを表しており、また、陪審員や当事者について不適切な表現を含んでいたためです。

 また、裁判官が本件訴訟の4年間のうち1年間だけ担当していたため、差戻し審において裁判官を変更したとしても、不当な遅延や司法資源の浪費につながることはないものと判断しました。

 さらにCAFCは、第4巡回区控訴裁判所が地裁の別の判事への変更を命じた、2019年のBeach Mart, Inc. v. L&L Wings, Inc.判決[4]を、本件と類似の事件と見なして、その判決と同様の結論、すなわち、差し戻し審において異なる裁判官に変更することが妥当であると判断しました。

 これらの理由から、CAFCは判決において、差戻し審の新たな裁判のために、別の裁判官に割り当てることを命じました。

 

(3)CAFCの判決

 上記審理結果に基づいてCAFCは、Collins博士の非侵害証言を認めた地裁の判決を覆すとともに、侵害に関する新たな審理を求めるTrudell社の申立てを却下した地裁の判決を覆す判決を下しました。またCAFCは、特許侵害についてのTrudell社によるJMOLの申し立てを地裁が却下したことについては支持を表明しました。その結果CAFCは、この判決と整合する、侵害に関する新たな審理を行なうように、裁判を地裁に差し戻しました。

 

3.実務上の留意点

 本件判決により、特許侵害訴訟を扱う実務者は、以下の点について留意すべきであることが読み取れます。

(1)特許の有効性や特許侵害の有無について、専門家証言に基づいて主張する場合には、専門家証言を開示する時期的要件の遵守等、連邦民事訴訟規則26条に規定する証拠開示義務の厳格な適用が求められ、開示義務に違反すると、証言自体が考慮されない恐れがあります。

 また、開示される証拠は、連邦証拠規則702条[5]の規定を満たす信頼性を有する内容であることが要求されます。

 そのような証拠の提示を可能にするため、特許侵害訴訟に際しては、侵害主張の裏付けとなる証拠を適切に準備する必要があります。また、相手方当事者の証言や証拠に基づく有効な主張を阻止するため、相手方当事者の証言や証拠の開示が適切に行われているかどうかを、連邦民事訴訟規則や連邦証拠規則に照らして見極めることも、重要な戦略となり得ます。

(2)特許侵害訴訟を扱う裁判所には、公平、公正な判断が求められることから、裁判の迅速さのみを優先して審理を進めることは、公正な判断を損なうおそれを高めることになります。よって、裁判官が迅速さのみ重点を置いて審理を進めようとする場合には、その旨を当事者が指摘すべきであり、場合によっては、公正な審理を可能にするために、裁判官の入れ替えを要求することも考慮する必要があります。

(3)証拠開示(discovery)の手続が厳格であることなど、米国特有の訴訟手続を詳細に理解した上で、特許侵害訴訟を公正かつ戦略的に遂行することが望まれます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Judicial Bias and Erroneous Admission of Expert Testimony Prompt Case Reassignment” February 13, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/02/judicial-bias-and-erroneous-admission-of-expert-testimony-prompt-case-reassignment/

2.Trudell Medical Intl., Inc. v. D R Burton Healthcare, LLC, Case Nos. 23-1777; -1779 (Fed. Cir. Feb. 7, 2025) 判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1922.OPINION.1-13-2025_2449602.pdf

3.パテント2016, Vol. 69 No. 13 「米国特許侵害訴訟における専門家証人」
https://www.jpaa.or.jp/old/activity/publication/patent/patent-library/patent-lib/201611/jpaapatent201611_100-105.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登  


[1] JMOL(Judgment as a Matter of Law)は、当事者が提出した事実関係の証拠が、事実問題を審理する陪審裁判の評決を支持する合理的な裏付けがないと判断される場合に、法律の適用に関する法律問題の審理に基づいて出される判決を言います。

[2] 振動式呼気陽圧療法:呼気陽圧療法に機械的振動を組み合わせて、気管支分泌物の移動や排出を促し、気道内の痰や異物を排出しやすくする療法。

[3] 裁量権の濫用基準とは、「地裁は、適用法を誤って理解または誤用した場合、その裁量権を濫用する」という基準を意味します。

[4] https://caselaw.findlaw.com/court/us-4th-circuit/2013104.html

[5] 米国連邦証拠規則702条は、次のように規定しています(日本語訳は下記「情報元3」を参照しています)。知識,技能,経験,訓練又は教育により専門家としての適格性を有する証人は,意見又は他の形式で証言することができる。ただし,以下の場合に限る:

(a) 専門家の科学的,技術的又はその他の専門的な知識が,事実認定者(trier of fact)による証拠の理解又は争点事実の判断を助けるものであり;

(b) その証言が十分な事実又はデータに基づいており;

(c) その証言が信頼性のある原則及び方法の産物であり;かつ

(d) 専門家が当該原則及び方法を事案の事実に信頼できる形で適用した場合。