ジェプソン形式のクレーム等の前提部分について 明細書の記載による裏付けがないとの理由で特許性を否定したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、ジェプソン形式[1]のクレームは、明細書が先行技術ですでによく知られていたことを記載するクレームの前提部分について、それを裏付ける適切な説明を明細書が提供していない場合、特許性がないと判断しました。
In re Xencor, Inc., Case No. 24-1870 (Fed. Cir. Mar. 13, 2025) (Hughes, Stark, Schroeder, JJ.)
なお、本件控訴の前審である審判レビューパネルの決定については、2024年8月に既に配信しています(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/12052/)が、以下の項目「1.(3)」で述べるように、着目する争点が相違することから、内容的には直接には関連していません。
1.事件の背景
(1)本件対象特許出願の概要
Xencor, Inc.(以下「Xencor社」)は、特定のアミノ酸置換による改良型抗C5抗体治療をクレームする特許出願(米国特許出願番号16/803,690号、以下「本件出願」)を提出しました。これにより、血清半減期が長くなり、より頻繁な治療の必要性が減少します。本件出願には以下のクレーム8および9が含まれます。
(a)ジェプソン形式のクレーム8:
[英語原文]
8. In a method of treating a patient by administering an anti-C5 antibody with an Fc domain, the improvement comprising:
said Fc domain comprising amino acid substitutions M428L/N434S as compared to a human Fc polypeptide,
wherein numbering is according to the EU index of Kabat,
wherein said anti-C5 antibody with said amino acid substitutions has increased in vivo half-life as compared to said antibody without said substitutions.
[仮訳]
8. Fcドメインを有する抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法において、以下の改良点を含む:
前記Fcドメインは、ヒトFcポリペプチドと比較して、アミノ酸置換M428L/N434Sを含み、
番号付けはKabatのEUインデックス[2]に従い、
前記アミノ酸置換を有する前記抗C5抗体は、前記置換を有しない前記抗体と比較して、生体内半減期が延長している。
(b)非ジェプソン形式のクレーム9:
[英語原文]
9. A method of treating a patient by administering an anti-C5 antibody comprising:
a) means for binding human C5 protein; and
b) an Fc domain comprising amino acid substitutions M428L/N434S as compared to a human Fc polypeptide,
wherein numbering is according to the EU index of Kabat,
wherein said anti-C5 antibody with said amino acid substitutions has increased in vivo half-life as compared to said antibody without said substitutions.
[仮訳]
9. 抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法であって、
a) ヒトC5タンパク質に結合する手段;および
b) ヒトFcポリペプチドと比較してアミノ酸置換M428L/N434Sを含むFcドメイン
を含み、
番号付けはKabatのEUインデックスに従い、
前記アミノ酸置換を有する前記抗C5抗体は、前記置換を有しない前記抗体と比較して、生体内半減期が延長している。
なお本願の明細書では、抗C5抗体の一例である5G1.1と、抗C5抗体の潜在的な3つの使用例が記載されています。
(2)米国特許商標庁における本件出願の手続きの経緯
本件出願の審査段階において審査官は、明細書の記載(written description)の欠如を理由に、クレーム8および9を拒絶しました。Xencor社は、これを不服として特許審判部(PTAB)に査定系再審査(EPR:Ex Parte Reexamination)を請求[3]しましたが、拒絶は覆りませんでした。その後、Xencor社はPTABの審判レビューパネル(Appeals Review Pannel、以下「ARP」)[4]に再検討を申し立てましたが、不成功に終わりました。Xencor社はCAFCに控訴し、その結果、ARPに差し戻されました。
ARPは、ジェプソン形式のクレームの前文(preambles)は明細書の記載の裏付けが必要であり、「患者を治療する」という前文の文言は、ジェプソン形式のクレームではなくても、「生体内半減期の延長」と「投与」というクレームの記載に生命と意味を与えるため、限定的であると結論付けました。本願明細書には、広範な抗C5抗体属を支持する代表的な種数、抗C5抗体で成功裏に治療できる条件の説明、またはクレームされた修飾による抗C5抗体による治療を説明する単一の実例さえ提供されていなかったため、ARPは、クレームには明細書の記載が欠けており、Xencor社は抗C5抗体がよく知られていることを示さなかったと判断しました[5]。
Xencor社は再びCAFCに控訴(本件控訴)し、「患者の治療」は発明を限定するものではなく、Jepson形式のクレームの前文は明細書の記載のサポートを必要としないと主張しました。
(3)前審であるARPの決定と本件CAFC判決との関係について
なお、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2024年8月20日付で「単一の種概念のみにより支持されるミーンズプラスファンクションクレームの有効性に関する審判レビューパネルの決定」と題して配信した記事で、本件控訴の対象であるARPの決定について報告しました(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/12052/)。ただし、当該記事では、本願のクレーム9の「ヒトC5タンパク質に結合する手段」という、機能で特定された手段に対応する構造の均等物の開示が明細書になくても、米国特許法第112条(a)および(b)の要件に違反しないというARPの判断に着目して報告したものであるのに対して、今回のCAFC判決は、クレームの前提部分(前文)について明細書の記載による裏付けが必要がどうかという論点に着目していることから、内容的には、続報として位置づけられるような関連性はありません。
2.CAFCの判断
控訴審におけるCAFCの判断は以下の通りです。
(1)クレーム9(非ジェプソン形式の方法クレーム)について
方法クレーム9の前文に関してCAFCは、「Xencor社は、『抗C5抗体を投与する』の部分が限定的であることに同意したが、『患者の治療』はそうではないと主張した」と指摘した上で、クレームの前文は一般的に限定的な部分と限定的でない部分に分けることができるものの、方法クレーム9においては、「患者を治療する」というフレーズが「by」という単語を通じて「抗C5抗体を投与する」というフレーズに直接関連しており、各フレーズが他のフレーズに意味を与えるため、クレーム9の前文を別々の部分に明確に分離することはできないと推論しました。CAFCはさらに、限定された抗C5抗体で患者が治療されると、生体内半減期[6]の延長よって治療はより長く続き、治療の頻度が減少することから、前文全体がクレームされた方法の存在意義をもたらした認定しました。したがって、CAFCは、「患者を治療する」という記載が限定的であるというARPの判断に同意しました。
次に、CAFCは、本願明細書の記載が特定の疾患の治療に限定していないため、クレーム9の「患者を治療する」は「あらゆる患者とあらゆる疾患を治療する」ことを意味するものと解釈しました。また、明細書は、クレームされた治療から利益を得る可能性のある疾患に分類される3つの例を提供していましたが、CAFCは、この開示は、すべての疾患は言うまでもなく、特定の疾患を治療する方法をカバーすることを実証するには不十分であるというARPの見解に同意しました。その結果、CAFCは、本願明細書がクレーム9の「患者の治療」を裏付ける開示を含まないというARPの判断を支持する実質的な証拠があると結論付けました。
(2)クレーム8(ジェプソン形式のクレーム)について
最後に、CAFCは、ジェプソン形式のクレーム8の前文(前提部分)が、明細書の記載による裏付けを必要とするかどうかの判断を示しました。結論としてCAFCは、ジェプソン形式のクレームの前文はクレームされた発明の範囲を規定するために使用されており、発明の特定に限定的な意味を持つことから、明細書による説明の裏付けが必要であると指摘しました。
またCAFCは、「特許権者は、ジェプソン形式のクレームを用いることにより、クレームされた発明が発明者によって創出されたことを立証するための明細書による開示要件を回避することはできない[7]」と警告するとともに、ジェプソン形式のクレームについて適切な明細書による説明を提供するために、出願人は、当該技術分野において周知であると主張されているものが、実際に当該技術分野において周知であることを立証しなければならないと指摘しました。その理由の説明としてCAFCは、以下のような自動車の改良発明およびタイムマシンの改良発明の例を挙げています。
たとえば自動車の改良発明について、19世紀にクレーム用語として「自動車」を使用するために、明細書での十分な説明を要したとしても、機械関係の発明に関する特許における今日の「自動車」の用語は、明細書での詳細な説明を要しません。しかしながら、ジェプソン形式のクレームの前提部分について明細書の記載による裏付けを要しないとすれば、特許権者は、例えばタイムマシンの改良発明に関し、発明者がタイムマシンの改良発明を創出したことが当業者に明確になるのに十分な程度にタイムマシンについて説明することなく、タイムマシンが周知であると記載した前文を有するジェプソン形式のクレームによって特許を取得することができることになりますが、それは不可能です。
同様に、本願のジェプソン形式のクレーム8の前文に記載の「抗C5抗体を投与することにより患者を治療する方法」は、当業者に周知であると主張して、明細書の記載による適切な説明によって裏付けることを省略することは不可能です。
このように、クレームの前文の記載を裏付けるのに必要な、明細書の開示の程度は、当業者の知識レベル、クレームされた技術の予測可能性、および技術の新しさの程度によって相違することになります。
以上述べた理由によりCAFCは、ジェプソン形式のクレーム8の前文の記載が、クレームされた発明の特定に限定的な意味を持つことから、「ジェプソン形式のクレーム8の前文について明細書の記載による適切な説明による裏付けが欠けている」として特許性を否定したARPの判断を支持しました。
3.実務上の留意点
ジェプソン形式のクレームは、米国出願ではその前提部分(preamble)の記載について従来技術を記載したものと解釈され、特許性判断において不利であるとの観点から、構成要件列挙型のクレームが推奨される傾向にあります。ただし本件訴訟の判決から、ジェプソン形式であるか非ジェプソン形式であるかにかかわらず、クレームされた発明の前提部分を記載する前文(preamble)が、単に発明の目的または意図した結果を記述しているだけでなく、クレームのその他の記載部分の発明を特徴付ける限定的な記載と直接的に関連する場合には、当該前提部分は限定的であると解釈されることが読み取れます。
そのような場合には、本件判決によれば、当該前提部分の記載について明細書の記載により裏付けられていること、すなわち明細書によるサポートが要求されます。言い換えれば、クレームの前提部分の記載が、単に発明の目的や意図する結果を記載するのみで、当業者にとって周知の技術的事項に過ぎないことが立証されれば、前提部分について必ずしも明細書の記載による裏付けは必須ではないことになります。
したがって、クレームにおける発明の前提部分の記載について、当該前提部分が、発明を特徴付ける限定的な記載に特定の意味を与えるものではないことや、当業者により周知の技術を記載しているに過ぎないことが立証されれば、当該前提部分について明細書の開示によるサポートがなくても、クレームの記載要件に反しない可能性があると言えます。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Even Jepson Preambles Require Written Description Support” March 27, 202
https://www.ipupdate.com/2025/03/even-jepson-preambles-require-written-description-support/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-03-27%2014%3A00&utm_content=post_title
2.In re Xencor, Inc., Case No. 24-1870 (Fed. Cir. Mar. 13, 2025) (Hughes, Stark, Schroeder, JJ.)本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1870.OPINION.3-13-2025_2481245.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[1] ジェプソン(Jepson)形式は、「… において、…を特徴とする、…」、 「… であって、…を特徴とする、…」のように、最初に既に知られている内容(公知部分)を述べた上で、この発明の特徴となる部分(新規部分)を記述する形式であり、「米国特許規則§1.75(クレーム)」の(e)項に規定されています。ただし、米国特許実務では前文に述べられた構成要素の扱いが定まっていないため、特に必要がない限りは使わない方がよいとされています。
[2] KabatのEUインデックス:抗体の構造や機能が個体や抗原によって変化する可変領域の抗体中のアミノ酸残基に番号付けするための指標の一種
[3] Appeal No.2022-001944
[4] 審判レビューパネル(Appeals Review Panel):審判の決定をUSPTO長官が再検討する長官レビューの際に長官が自発的に招集可能な、長官、特許局長(Commissioner for Patents)、およびPTABの主席審判長(Chief Administrative Patent Judge.)で構成される、2023年7月に新たに制定されたパネル。
[5] Appeal No.2022-001944 (ARP, May 21, 2024)
[6] 生体内半減期とは、体内に取り込まれた物質が、代謝や排泄などの生物学的過程によって、その量が半分になるまでの時間を指します。特に薬物の半減期は、薬が体内でどのくらい長く作用するのかを把握する上で重要な指標となります。
[7] 「要件を回避する」という表現は、一般的に、特定の要件や条件を直接満たすことなく、義務や必要性を満たす方法を見つけることを意味します。これは、要件の文字通りの条件に従わずに、望ましい結果を達成する回避策や代替アプローチを意味します。