がん治療の投与計画に関する特許出願のクレームを拒絶した地裁判決を支持したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(以下「CAFC」)は、がん治療のための投与計画に関するクレームの投与量の限定を用いることの動機付けを否定する事項がクレームに記載されていなかったため、先行技術に対してクレームが自明であるとした地方裁判所の判決を支持しました。
ImmunoGen, Inc. v. Coke Morgan Stewart, Case No. 23-1763 (Fed. Cir. Mar. 6, 2025) (Lourie, Dyk, Prost, JJ)
1.事件の背景
(1)特許出願クレームの概要
争点となっているImmunoGen社の特許出願(出願番号:14/509,809、以下「809出願」)のクレームは、特定のがんの治療に使用される既に特許が取得されている抗体薬物複合体(以下「ADC」)であるIMGN853を、患者の調整理想体重(AIBW)1キログラム(kg)あたり6ミリグラム(mg)の用量で投与するための投与計画に関するものでした。
以下に、809出願のクレーム1を示します。
1. A method for treating a human patient having an FOLR1-expressing ovarian cancer or cancer of the peritoneum comprising administering to the patient an immunoconjugate which binds to FOLR1 polypeptide,
wherein the immunoconjugate comprises an antibody or antigen-binding fragment thereof that comprises the variable light chain (VL) complementarity determining region (CDR)-1, VL CDR-2, VL CDR-3, variable heavy chain (VH) CDR-1, VH CDR-2, and VH CDR-3 of SEQ ID NOs: 6-9, 11, and 12, respectively, and a maytansinoid, and
wherein the immunoconjugate is administered at a dose of 6 milligrams (mg) per kilogram (kg) ideal body weight (AIBW) of the patient.
(1. FOLR1発現卵巣癌または腹膜癌を有するヒト患者を治療する方法であって、FOLR1ポリペプチドに結合する免疫複合体を患者に投与することを含み、前記免疫複合体は、それぞれ配列番号6~9、11、および12の可変軽鎖(VL)相補性決定領域(CDR)-1、VL CDR-2、VL CDR-3、可変重鎖(VH)CDR-1、VH CDR-2、およびVH CDR-3を含む抗体またはその抗原結合断片、ならびにメイタンシノイドを含み、
前記免疫複合体は、患者の理想体重(AIBW)1キログラム(kg)あたり6ミリグラム(mg)の用量で投与される、方法。)
本発明の発明時点で、IMGN853を用いてFOLR1発現卵巣癌または腹膜癌を治療する方法は、当該技術分野において公知であったことは争いのない事実でした。したがいまして、809出願のクレームの特許性は、投与量の限定(上記の太字部分)のみに左右されることになりました。
(2)USPTOの判断
米国特許商標庁(以下「USPTO」)の審査官は809出願のクレームを新規性(102条(a)(1))、自明性(103条)及び自明型のダブルパテントを理由に拒絶しました。特許審判部(以下「PTAB」)は審査官の新規性についての判断を覆したものの、自明性についての判断の一部及び自明型のダブルパテントについての判断のすべてを支持しました。
(3)当事者の主張
ImmunoGen社はUSPTOの判断を不服として米国特許法第145条に基づき地方裁判所(バージニア州東部地区)(以下「地裁」)に提訴しました。
サマリジャッジメントにおいて、政府(the government)は、以下の(1)~(3)の観点から、ImmunoGen社の809出願のクレームは特許性を有しない旨を主張しました。
(1)クレームの「AIBW」の記載によりクレームは不明確である。
(2)投与量の限定を特徴とするクレームは先行技術から自明である。
(3)クレームは自明型のダブルパテントにより特許性を有しない。
(4)地裁の判断
地裁は、政府の主張を認めて、ImmunoGen社の主張を退けました。地裁は、クレームの不明確性について、クレーム中に「AIBW」の定義がされておらず、また当業者が選択可能な「AIBW」について様々な式があるため、クレームは当業者に理論的に確かな発明の範囲を伝えていない、と述べました。また、地裁は、クレームの自明性について、クレームは、IMGN853を用いた卵巣癌および腹膜癌の治療において「総体重」(「TBW」)投与法を開示するImmunoGen社自身の先行技術、および他の化合物のAIBW投与法を開示するその他の先行技術に対して自明である、と述べました。特に、地裁は、以下の(i)~(ⅲ)の理由により、当業者は、クレームの投与量の限定に到達することが動機付けられたであろう、と述べました。
(i)眼毒性の問題は公知であった。
(ⅱ)当業者は眼毒性等の副作用に対する潜在的な解決策として投与量を変更することがあることを認識していた。
(ⅲ)先行技術は眼毒性を排除又は改善する潜在的な手段としてAIBW投与法を開示していた。
(5)CAFCの判断
CAFCは、ImmunoGen社の809出願のクレームが自明性を有しないとした地裁の判断を支持しました。なお、CAFCについては、当該クレームが自明性を有しないことを理由に、当該クレームの明確性については判断しませんでした。
まず、ImmunoGen社は、本発明の発明当時、当業者はIMGN853がヒトにおいて眼毒性を引き起こすことを知らなかったであろうことは疑いの余地がなかったため、地裁のmotivation-to-combine(組み合わせの動機付け)分析は誤りであると主張しました。しかしながら、CAFCは、以下の理由により、ImmunoGen社の主張を認めませんでした。
(a)まず第一に、ImmunoGen社は「当該技術分野において問題が知られていない場合、その問題に対する解決策は自明ではない可能性がある」と正しく主張している(Forest Lab’ys, LLC v. Sigmapharm Lab’ys, LLC, 918 F.3d 928, 935 (Fed. Cir. 2019))が、これは、未知の問題に対するクレームされた解決策が必ずしも自明でないことを意味するものではない。実際、最高裁判所は、「特許クレームの主題が自明であるかどうかを判断する際には、特許権者の特定の動機や公言された目的は影響しない。重要なのは、クレームの客観的な範囲である」と明確に述べている(KSR Int’l Co. v. Teleflex Inc., 550 U.S. 398, 419 (2007))。
したがって、809出願の発明者がクレームの投与計画によって解決しようとした特定の問題が未知であったということは、必ずしも投与計画自体が自明ではなかったことを意味するものではない。したがって、この点に関するImmunoGen社の主張に説得力があるとは考えない。
いずれにせよ、先行技術は「IMGN853がヒトにおいて眼毒性を引き起こすことを具体的に開示していない」ことを明示的に認めた後、地裁は、原因となる眼毒性は「DM4として知られるメイタンシノイドを毒性ペイロードとして含む免疫複合体の投与においてよく知られた有害事象である」と述べ、IMGN853にはそのDM4ペイロードが含まれているため、当業者は「眼毒性の潜在的なリスクを理解し、ヒトにおいてIMGN853を試験する際に眼毒性をモニタリングしたであろう」と述べた。
地裁が認定したように、ImmunoGen社と政府双方の専門家は、「ウサギにIMGN853を投与した際に眼毒性が認められなかったとしても、同じ薬剤をヒトで試験した場合、前臨床結果が必ずしも臨床安全性につながるとは限らない」という点で一致していた。したがって、当業者はIMGN853の眼毒性を知らなかったにもかかわらず、ヒトに薬剤を投与する際にはこれらの副作用を監視する動機があったであろうという地裁の判断に明確な誤りは認められない。
(b)次に、ImmunoGen社は、当業者であればIMGN853の眼毒性を排除するための投与方法としてAIBW投与を試みる動機があったであろうとの地裁の判断には明らかに誤りがあると主張している。
この点に関して、地裁は、DM4ペイロードに関連するものを含め、薬物毒性は「通常、用量依存性」であるため、IMGN853の「治療効果を維持しながら毒性を低減するために投与方法を変更する実験を行うことは自明であった」と判断した。また、地裁は、AIBWは、大小の抗癌剤の両方において既知の投与方法であるとも判断した。さらに、地裁は、先行技術が「[抗生物質]薬エタンブトールを投与されている患者の眼毒性を軽減するために」AIBWを使用することを開示しており、基準日以前に「研究者らは、放射性免疫複合体に関する臨床試験において、毒性副作用を軽減するためにAIBW投与を試みる動機を持っていた」と判断した。したがって、地裁は、証拠に基づき、当業者はAIBWを「眼毒性に対する潜在的な解決策」と理解していたであろうし、「IMGN853に関連する毒性を排除または軽減するためにAIBWを実験することは自明であったであろう」と結論付けた。これらの地裁の判断に明らかな誤りは見当たらない。
それにも関わらず、ImmunoGen社は、「AIBWが809出願より前から存在していたからといって、特にAIBWを用いてADCが投与された例がこれまでなかった場合、試みることが自明であったことを意味するわけではない」と主張している。ImmunoGen社の見解では、地裁は「この特定の投与方法を選択した動機付けを説明することなく、多数の可能性の中からAIBW投与を単に選び出したにすぎない」とされている。
地裁の認定は、AIBW投与は、ADCには用いられなかったものの、投与誘発性毒性、特に投与誘発性眼毒性に直面した際には、当業者の知識の範囲内であったであろうという結論を合理的に支持するものである。AIBW投与は、IMGN853よりも小さい薬剤と大きい薬剤の両方に実施され、特に眼毒性を低減するために用いられてきた周知の方法論であった。さらに、地裁および当事者らが依拠した主要な先行技術文献である、米国特許出願公開第2012/0282282号(以下「Lutz’282」)(ImmunoGen社自身の刊行物であり、IMGN853およびDM4ペイロードと眼毒性の関係を開示している)は、「[開示されたADC]の投与レジメンおよび投与量は、治療対象となる特定の癌、疾患の程度、および当該技術分野の医師に周知のその他の要因に依存し、医師によって決定することができる」と開示している。したがって、この開示によれば、当業者であれば、IMGN853を用いたAIBW投与を試みる動機付けはなかったであろうというImmunoGen社の主張は説得力に欠ける。
(c)次に、地裁が、当業者であれば、合理的な成功の期待を持って、クレームの6mg/kg AIBWの投与量を選択する動機があったであろうと判断するにあたり、明らかに誤りを犯したか否かという問題に移る。背景として、本件では、体重に基づく3つの異なる投与方法、すなわち、総体重、理想体重、及びAIBWに関する知識が必要となります。総体重(「TBW」)は患者の実際の体重です。理想体重(「IBW」)は「性別、身長、および任意で体格を考慮して補正された体重の推定値」です。最後に、AIBWは「性別、総体重、及び身長を考慮したサイズ表記を指します」。
地裁が認定したように、809出願の基準日時点では、「AIBWを定義する方法は多数存在し、その全てが以下の一般的な式のバリエーションを含んでおり、ここで「CF」は「補正係数(correction factor)」の略である。
AIBW = IBW + CF(weight in kg – IBW)
これら3つの測定値を分かりやすく説明すると、「理想体重(「IBW」)と全く同じ総体重(「TBW」)の患者は、AIBW又はTBWのいずれかに基づいて投与された場合、同一のIMGN853の投与量を受けることになる」。
この理解を念頭に、地裁は、Lutz’282においてIMGN853を患者の体脂肪重量(TBW)の約6mg/kgで投与することが開示されており、米国臨床腫瘍学会(ASC)の2013年の抄録ではIMGN853がヒトに対して5mg/kg TBWの用量で試験されたことが開示されていると判断した。したがって、AIBW投与は先行技術において周知であったことを鑑み、地裁は、当業者は「AIBWの約5mg/kgまたは6mg/kgの用量から開始し、その後、日常的な最適化に基づいて正確な用量を決定するであろう」と結論付けた。
実際、地裁が認定したように、「理想体重と全く同じ総体重の患者の場合、6 mg/kg AIBW の投与量は 6 mg/kg TBW の投与量と同一である」。これは、Lutz ’282において適切な投与量として明示的に開示されている。したがって、ImmunoGen 社の「Lutz ’282の 6 mg/kg TBW の投与量が 6 mg/kg AIBW の投与量につながったと示唆するのは特に不合理である」という主張は、少なくともいくつかのケースにおいて、6 mg/kg AIBWはLutz’282で開示されている6 mg/kg TBWと同一であるため、不十分である。
そうでなければ、地裁が適切に認識したように、「医師が従来技術で既に開示されていることを、患者の理想体重において実施することを妨げることになる」。
我々は、「開示が、教示通りの操作から生じる自然な結果が、問題の機能の遂行につながることを示すのに十分であるならば、その開示は十分であるとみなされるべきであると十分に確立されているように思われる」と説明した(In re Oelrich, 666 F.2d 578, 581 (CCPA 1981)を引用)。本件もまさにその通りである。医師が患者のIBW(直腸重量)でIMGN853を6mg/kg TBW(直腸重量)の用量で投与する場合、必然的に、クレームされているように、その患者に6mg/kg AIBW(直腸重量)を投与していることになる。これは、医師がAIBW投与量を知っていたかどうかに関係なく当て嵌まる。
(d)ImmunoGen社の最後の主張は、たとえ当業者が、合理的な成功の期待を持って、AIBW投与を用いて眼毒性を排除することを動機付けられたとしても、地裁は、「当業者が、6mg/kgのAIBW投与で眼毒性が解決されるという合理的な成功の期待を持っていたとは実際には判断していない」ため、明らかに誤りを犯したという点である。
ImmunoGen社は、眼毒性は予測不可能であると主張する。しかし、ImmunoGen社による合理的な成功の期待分析の枠組みは不適切である。前述のように、自明性の問題は、一般的に発明者の特定の動機とは無関係である。つまり、本件において地裁は、当業者が6mg/kg AIBW投与量を用いることで眼毒性を排除できるという合理的な成功の期待を有していたであろうと判断する必要はなかった。実際、クレームには眼毒性の問題については一切触れられていない。むしろ、地裁に求められていたのは、6mg/kg AIBWをヒトに投与すれば、クレーム通り卵巣癌及び腹膜癌の治療に効果的であろうという合理的な成功の期待を当業者が有していたであろうことが証拠によって立証されたか否かを判断することのみであった。Teva Pharms事件参照。 USA, Inc. v. Corcept Therapeutics, Inc., 18 F.4th 1377, 1381 (Fed. Cir. 2021)(「合理的な成功の期待の分析は、クレームされた発明の範囲と結び付けられなければならない。」)。
本件において、上記のとおり、地裁は、先行技術は、IMGN853を卵巣癌および腹膜癌の治療のためにヒトに投与する場合、6mg/kg TBWの投与量に適していることを教示しており、したがって、クレームされたAIBW投与量の「パラメータ」を提供していると判断した。これらのパラメータは「『多くの選択肢のうちどれが成功する可能性が高いかについての指針』を提供している」ため、地裁は、当業者であれば成功の合理的な期待を有していたであろうと判断した。これは明らかに誤りではなかった。さらに、AIBW投与量は、患者のIBWにおけるTBW投与量と同じであること、およびLutz’282が「様々な投与量でDM4含有抗体薬物複合体の眼毒性を克服する方法」を明示的に教示しており、本件において成功の合理的な期待をさらに確立する必要はない。Lutz’282はこの限定を明確に開示しており、少なくとも患者のIBWにおいては、IMGN853をAIBW 6mg/kgで投与することで成功を期待することが合理的であったことを規定している。
したがって、地裁が、809出願のクレームが自明であったと判断したことは、法的にも誤りがなかったと結論する。したがって、当該クレームは特許を受けることができない。
3.実務上の留意点
日本国の特許実務では、先行技術文献の組合せに基づいてクレームの進歩性を否定する拒絶理由に対して、クレームに記載されていない先行技術文献の課題を理由に、先行技術文献を組み合わせることに動機付けがない又は阻害要因がある旨を主張して反論することがあるが、本事案ではクレームに記載されていない眼毒性の問題に基づいて地裁のmotivation-to-combine(組み合わせの動機付け)分析に誤りがあるとした控訴人の主張が認められず、却って控訴人が主張した眼毒性の問題からクレームが自明であることが理由付けられている点で興味深い。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Inventor’s Motivation to Combine Does Not Control Obviousness” March 14, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/03/inventors-motivation-to-combine-does-not-control-obviousness/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-03-13%2014%3A00&utm_content=post_title
2.ImmunoGen, Inc. v. Coke Morgan Stewart, Case No. 23-1763 (Fed. Cir. Mar. 6, 2025) (Lourie, Dyk, Prost, JJ) 本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1762.OPINION.3-6-2025_2477708.pdf