クレーム解釈および専門家証人の当業者としての資格を争ったCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、米国特許商標庁(USPTO)の当事者系レビュー(IPR)で対象特許のクレームの半数を無効とした特許審判部(PTAB)の決定に対する控訴審において、クレーム解釈に関する争点と、新規性および自明性について証言するために必要な専門家の資格に関する争点とを取り上げました。そしてCAFCは、PTABの決定を取り消して差し戻し、特許権者が指名した専門家が実際に「当業者(a person of ordinary skill in the art)」として適格かどうかを明確にするようPTABに命じました。
Sierra Wireless, ULC v. Sisvel S.P.A., Case Nos. 23-1059; -1085; -1089; -1125(Fed. Cir. Mar. 10, 2025) (Moore, CJ: Schall, Taranto, JJ.)
1.本件特許の説明
(1)本件特許のクレーム
Sisvel S.p.A.(以下、「Sisvel社」)は、無線送信中に失われたデータを回復する方法に関する米国特許第7,869,396号(以下、「本件特許」)を保有しています。本件特許はクレーム1-10を含み、そのうち方法クレーム1および装置クレーム8が独立クレームです。これら2つの独立クレームはカテゴリの相違以外はほぼ同一の限定事項を含んでいますので、代表的な独立クレームとして方法クレーム1の原文およびその弊所仮訳を以下に示します(なお、クレーム原文中の斜体による強調部分、および各構成要素の冒頭の括弧書き[a]~[d]は判決原文においてCAFCによって付されたものです)。
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1. A method of performing automatic repeat request (ARQ) in a wireless communication system, the method performed by a receiver and comprising:
[a] detecting whether at least one data block to be received from a transmitter is missed;
[b] starting a timer when the at least one data block is detected as missed;
[c] stopping the timer when the at least one data block is received from the transmitter while the
timer is running, in order to prevent a triggering of a status report before the timer expires; and
[d] transmitting the status report to the transmitter after the timer expires, wherein the status report comprises a positive acknowledgement indicating receipt of at least one received data block.
(弊所仮訳)
1. 無線通信システムにおいて自動再送要求(ARQ)を実行する方法であって、前記方法は、受信機によって実行され、前記方法は:
[a] 送信機から受信されるべき少なくとも1つのデータブロックが欠落しているかどうかを検出するステップ、
[b] 前記少なくとも1つのデータブロックが欠落していると検出されたときにタイマーを起動するステップ、
[c] 前記タイマーが満了する前にステータスレポートがトリガされるのを防止するために、前記タイマーの動作中に前記送信機から前記少なくとも1つのデータブロックが受信されたときに前記タイマーを停止するステップ、および
[d] 前記タイマーが満了した後に前記ステータスレポートを前記送信機に送信するステップを備え、ここで、前記ステータスレポートは、少なくとも1つの受信されたデータブロックの受信を示す肯定応答を含む。
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(2)本件特許の動作原理の概略説明
データ通信の分野において、データは、送信のための基本的なデータユニットとして、プロトコルデータユニット(PDU)にパッケージ化されます。PDUには通常、受信機が、欠落したPDUを検出しかつ受信したPDUを順序通りに並べることができるように、シーケンス番号が割り当てられます。
データ通信の際のデータ損失を低減するための従来技術には、ARQ方式があります。このARQ方式では、受信機は、予測されるPDUが受信されない場合に送信機にメッセージを送信し、これにより送信機は、欠落したPDUを再送信することができます。
本件特許は、信頼性と効率性の向上を目的としたARQ方式のバリエーションをクレームしています。本件特許のクレームされた方式(上記の方法の独立クレーム1を参照)では、受信機はPDUの欠落を検出するとタイマーを起動します。タイマーが満了する前に欠落したPDUが受信されない場合、受信失敗が検出され、送信機に報告されます。タイマーが満了する前に欠落したPDUが受信された場合、タイマーは停止されます。
本件特許の明細書に背景技術として記載された従来のARQ方式では、PDUが欠落した場合に、送信機が送信を再試行できるように、欠落したPDUを送信機に報告するように構成されていました。これに対して本件特許には、PDUの欠落を送信機に通知するまでの経過時間を規定するタイマーが含まれており、これによりPDU欠落を都度送信機に通知することなしに送信を完了することができます。本件特許の各独立クレームは4つの限定事項[a]~[d]を含んでおり、そのうちの1つは、紛失したPDUが見つかった場合にステータスレポートを発行する前にタイマーを停止すること([c])に関し、もう1つはタイマーの満了時にステータスレポートを発行すること([d])に関するものです。これらの限定事項は「および(and)」という語で結び付けられています。
2.事件の経緯
(1)IPRの請願
Sierra Wireless, ULC(以下、「Sierra社」)は、本件特許のクレーム1-10のすべてがWO 02/091659(Sachs引例)の先行特許文献に鑑み新規性を欠きかつ自明であると主張し、USPTOに当事者系レビュー(IPR)を請願しました。
(2)PTABの判断
PTABは、上記の2つの独立クレーム1および2を含むクレームの半数(クレーム1, 2, 6-8)が、Sachs引例に鑑み新規性を欠きかつ自明であるため特許性を有さないと判断しました。一方でPTABは、Sisvel社の専門家の証言に依拠して、本件特許の残りのクレーム(クレーム3-5, 9,10)は特許可能であると判断しました。
(3)CAFCへの控訴
Sierra社は、PTABはSisvel社の専門家の証言に依拠することによってその裁量権を濫用したと主張して、クレーム3-5, 9, 10を許可可能であるとしたPTABの決定についてCAFCに控訴しました。Sisvel社は、クレーム1, 2, 6-8を許可不能であるとしたPTABの決定についてCAFCに交差控訴しました。
3.CAFCの判断
(1)Sisvel社の交差控訴におけるCAFCの判断
① Sisvel社の主張内容について
Sisvel社は、PTABが特許性を有さないと判断したクレーム1, 2, 6-8の特許可能性を裏付ける2つの主張を提示しました。第一の争点として、Sisvel社は、PTABが上記の2つの限定[c]および[d]を相互に排他的であると誤解していると主張しました。Sisvel社は、このクレームを無効にするには、先行技術が限定[c]および[d]の両方を教示していなければならないと主張しました。第二の争点として、Sisvel社は、PTABがSachs引例の教示を上記の2つの限定[c]および[d]のうち最初の限定[c]を含むと解釈したことは、実質的な証拠によって裏付けられていないと主張しました。
② Sisvel社の主張に対するCAFCの判断
CAFCはSisvel社のこれら2つの主張に同意しました。クレーム解釈に関する上記の第一の争点について、CAFCは、独立クレームの文言が「および」という語句を用いて2つの限定[c]および[d]を結び付けているため、争点となっている2つの限定は相互に排他的ではないと判断しました。これらの限定[c]および[d]を相互に排他的であると解釈することは、クレームの明確な文言と矛盾します。したがって、このクレームを無効にするには、先行技術が両方の限定[c]および[d]を教示していなければなりません。
先行技術に関する第二の争点について、CAFCは、PTABがSachs引例が2つの限定[c]および[d]のうち最初の限定[c]を教示していたと判断した際に、PTABが依拠したSachs引例の図5を参照しました。
CAFCは、Sachs引例の図5および明細書の対応部分の文言のいずれも、そこで言及されている時間はPDUの並び替えに依存するものであり、欠落しているPDUの受信に依存するものではないことを明確にしていると判断しました。したがって、CAFCは、PTABのクレーム1, 2, 6-8の無効の判断を、実質的な証拠に裏付けられていないとして取り消しました。
(2)Sierra社の控訴におけるCAFCの判断
① Sierra社の主張内容について
CAFCへの控訴において、Sierra社は、PTABがSisvel社の指名した専門家の証言に依拠して特定のクレームが特許不能ではないと判断したことは裁量権の濫用である、と主張しました。
② Sierra社の主張に対するCAFCの判断
CAFCは判決文において、Sisvel社の交差控訴に対する上記の結論において、独立クレーム1および8の特許性を認めなかったPTABの決定を取り消しているので、従属クレーム3-5, 9, 10に関するSierra社の主張については結論を出す必要はないと述べました。しかしながらCAFCは、Sierra社の主張に同意し、Sisvel社の指名された専門家が当業者としての資格を満たしていることが認定されていないので、PTABは、当該専門家の証言に依拠したことで裁量権を濫用した、と判断しました。
CAFCは、指名された専門家の資格は、PTABが当業者の資格を定義する際に自身で設定した基準の範囲外であると判断しました。より詳細に、PTABは、本件特許の当業者は、「電気工学または類似分野の学位を有し、データの送信および再送信のための無線通信システムの設計または実装の経験を含む、少なくとも3年間の関連する業界または研究経験を有するであろう」と判断しました。Sisvel社の専門家は電気工学またはその他の工学または科学分野の技術学位を取得していませんでした。彼の専門的経験は「電気通信システムの多くの側面における設計、構築、最適化、および他者のトレーニング」に関連していますが、具体的には「セルラーネットワークにおけるデータの送信および再送信のためのチャネルおよび方法の設計」は含んでいません。Sisvel社の専門家の経験は、表面上はPTABの要求する当業者の要件を満たしていません。Sisvel社の専門家の宣誓供述書は、新規性および自明性について意見を述べていますが、これらは当業者の観点から検討されるべき問題であります。
このようにCAFCは、Sisvel社が指名した専門家はPTABが求める必要な電気工学の学位を取得しておらず、その実務経験が当該技術分野における熟練度の採用された水準と一致していないとも指摘しました。新規性および自明性はどちらも当該技術分野における通常の知識を有する者の視点から判断されるため、Sisvel社の指名された専門家の証言にPTABが依拠したことは不適切でした。
したがって、CAFCはPTABの決定を取り消し、指名された専門家が当業者の資格を満たしているかどうかをPTABが判断するよう指示してPTABに差し戻しました。
4.実務上の注意点
先行技術によって特許の無効を主張しようとする場合、当該特許が構成要素AおよびBを「および(and)」によって結合して構成されているときには、「および」の前後の構成要件のうちいずれか一方が満たされることで発明が成立することを適切に立証できておれば、先行技術の一方の構成要件の開示のみで特許性を否定し得る場合があると思われます。このように2つの構成要件の一方のみの開示により特許性を否定する場合には、構成要件同士の相互排他性(同時に成立し得ないこと)を明確に立証する必要があります。それが立証できなければ、先行技術は「および」で結合される構成要素AおよびBをすべて開示している必要があり、安易にこれらの構成要素を相互排他的であるとして、そのいずれかの開示だけで済ませることはできません。
また、IPRを請願して、特許のクレーム解釈、有効性、侵害等について当業者の見地から専門家証言を提出する場合は、証人の資格がPTABの設定している当業者の基準に厳格に適合しているかどうか確認する必要があります。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | March 20, 2025 “Construing Unambiguous Claim Language and Qualifying Challenged Expert as POSITA”
(https://www.ipupdate.com/2025/03/construing-unambiguous-claim-language-and-qualifying-challenged-expert-as-posita/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-03-20%2014%3A00&utm_content=post_title)
2.Sierra Wireless, ULC v. Sisvel S.P.A., Case Nos. 23-1059; -1085; -1089; -1125(Fed. Cir. Mar. 10, 2025)(判決原文)
(https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1059.OPINION.3-10-2025_2479158.pdf)