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再発行特許のHatch-Waxman法の下での特許期間延長は、元の特許の発行日を基準として計算すべきであるという地方裁判所の判決を支持したCAFC判決

 再発行特許[1]のHatch-Waxman法に基づく特許期間延長(Patent Term Extension:PTE)の計算について、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、同法に基づき、延長の計算には、再発行日ではなく元の特許の発行日を使用すべきであると判示した地方裁判所の判決を支持しました。

   Merck Sharp & Dohme B.V. v. Aurobindo Pharma USA, Inc., Case No. 23-2254 (Fed. Cir. March 13, 2025) (Dyk, Mayer, Reyna, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)米国特許法下における特許の存続期間の原則と例外

 米国特許の存続期間は、原則として出願日から20年(特許法154条)であり、例外として、特許期間の調整(patent term adjustment: PTA、特許法154条等)、ターミナルディスクレイマー(特許法253条)、および特許期間の延長(patent term extension: PTE、特許法156条等)を考慮して決定されます。

 存続期間の原則である20年の起算日である出願日は、継続出願や分割出願等の継続的出願の場合は、親出願の出願日、PCT出願に基づく国内移行出願の場合は国際出願日、外国出願に基づく優先権主張出願の場合は米国出願日、米国仮出願に基づく優先権主張出願の場合は通常の出願日が該当します(特許法154条)。

 米国特許の存続期間の詳細については、下記「情報元3」をご参照下さい。

(2)Hatch-Waxman法について

 本件は、Hatch-Waxman法に基づく再発行特許の特許期間延長(PTE)に関するものです。Hatch-Waxman法は、新薬申請の長期にわたる規制当局の審査中に失われた時間を特許所有者に補償するために、特許期間を最大5年間延長するプロセスを提供することを目的としており、「特許の期間は、特許が発行された後で発生する規制当局の審査期間に等しい時間まで延長されるものとする。」と述べています。Hatch-Waxman法は米国特許法第156条等に反映されており、PTEの計算は、第156条(c)項の「特許の期間は、特許が発行された後の規制審査期間に等しい時間だけ延長されるものとする」との規定に基づいて行なわれます。

 本件では、事実関係についての争いがなく、控訴審の唯一の争点は、再発行された特許のPTEを元の特許または再発行された特許のいずれの発行日に基づいて計算する必要があるかという点のみです。言い換えれば、第156条(c)項における「特許」への言及が元の特許であるか、再発行された特許であるかが問題であり、元の特許の発効日よりも遅い再発行された特許の再発行日をPTEの算出に使用すると、当該再発行日より前に行われる規制当局による審査の期間はPTEの延長期間から差し引かれることになり、通常はPTEが短くなります。

(3)’340特許の概要およびFDA(食品医薬品局)への承認申請

 本件CAFC裁判の被控訴人(地裁裁判の原告)であるMerck Sharp & Dohme B.V.(以下「Merck社」)は、2000年11月23日の出願日(国際出願日)を有し2003年12月30日に発行された米国特許第6,670,340号(以下「’340特許」)を所有していました。’340特許の満了日は本来であれば出願日から20年の2020年11月23日ですが、米国特許商標庁(USPTO)はその審査遅延による65日のPTAを認め、満了日は2021年1月27日となりました。この特許は、6-メルカプト-シクロデキストリン誘導体の分類の一つ(a class)を対象としており、クレームに、BRIDION®として販売予定であったスガマデクス(sugammadex)の有効成分である6-per-deoxy-6-per-(2-carboxyethyl)thio-γ-cyclodextrinを含んでいました。

 ’340特許の発行日の約4か月後である2004年4月13日に、Merck社はスガマデックスの承認申請をFDAに提出しました。

(4)再発行特許の申請と再発行

 FDAによる審査が保留されている間、Merck社はUSPTOに’340特許の再発行を申請しました。再発行出願は、’340特許の元のクレームを維持し、さらにスガマデクスに向けられた12のより狭いクレームが追加されていました。より狭いクレームの例示として、たとえば、クレーム21には、「被験者における薬物誘発性神経筋ブロックの逆転のための方法であって、有効量の6-per-deoxy-6-per-(2-carboxyethyl)thio-γ-cyclodextrinのナトリウム塩を前記被験者に非経口的に投与することを含む。」という発明がクレームされています。

 Merck社が再発行の申請を提出したのは、2011年のIn re Tanaka, 640 F.3d 1246, 1251において、CAFCが、より狭いクレームの追加が再発行を求めるための適切な根拠となり得ることを明確にした後でした。

 2014年1月28日、’340特許は、元のクレームおよび追加された12のより狭いクレームのいずれもが取消されることなく含まれた、RE44,733特許として再発行されました。

(5)PTEの申請と、米国特許商標庁によるPTEの認定

 規制当局であるFDAの審査プロセスは、2004年4月13日のFDAへのスガマデックスの承認申請から当該申請が承認された2015年12月15日までほぼ12年間(正確には4,265日)続きました。したがって、Merck社は、2003年12月30日に発効し2021年1月27日に期限が切れる予定だった’340特許の当初の存続期間のうち、ほぼ12年間、スガマデクスを販売することができませんでした。

 そのためMerck社は、2016年2月10日、RE44,733特許のPTE申請を提出し、’340特許の当初の発行日に基づいて5年間の延長(同法で認められている最大の期間)を求める再発行特許のPTE申請を提出しました。USPTOはこれに同意し、5年間の延長を認めました。

 BRIDION®の規制審査期間は、2003年12月30日の’340特許の発行日以降である2004年4月13日に開始されたため、上記のPTEの長さの決定では、規制審査期間全体が考慮されています。

 2020年2月4日、USPTOは、’340特許の当初の発行日に基づいて、RE44,733特許に5年間のPTEを付与しました。これに伴い、RE44,733特許の有効期限は2021年1月27日から2026年1月27日に変更されました。

(6)後発薬メーカーによる略式新薬申請と、Merck社による特許侵害訴訟の提起

 i)略式新薬の申請

 再発行特許についてPTOが5年間のPTEを付与した頃である2020年1月から3月にかけて、Aurobindo Pharma USA, Inc.と他のジェネリック製造業者(以下総称して「Aurobindo社」)は、BRIDION®のジェネリック版を販売することを求める略式新薬申請(ANDA)[2]を提出していました。

 ii)特許侵害訴訟の提起と、当事者の主張

 米国特許法第271条(e)(2)(A)[3]に従い、Merck社は、Aurobindo社の略式新薬申請を侵害行為として扱い、連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起しました。

 地裁での裁判で、Aurobindo社は、「米国特許法第156条(c)はPTEが求められた特許の発行日に基づいてPTEを計算することを要求している」と解釈し、「USPTOが’340特許の元の発行日に基づいてRE44,733特許のPTEを計算することは誤りであり、RE44,733の特許は5年間のPTEを受ける権利がなく、したがって既に失効した」と主張しました。Aurobindo社の主張に基づけば、RE44,733特許のPTEは、BRIDION®の4,265日間の規制審査期間のうち、RE44,733特許の再発行日からFDAによる審査終了までの686日しか発生せず、PTEを含むRE44,733特許の有効期限は、’340特許の元の有効期限である2021年1月27日から686日後の2022年12月14日であることになります。

 iii)地裁の判断

 地方裁判所はこれに同意せず、Aurobindo社の特許法第156条(c)の解釈はHatch-Waxman法の目的を損なうと認定しました。地裁は、特許法第156条は同法第251条および第252条に照らして読むべきであり[4]、第156条(c)の「特許」は再発行された特許ではなく、元の特許を参照しなければならないと結論付けました。この解釈に基づき、地裁は、RE44,733の特許は5年間のPTEを受ける権利があるとの判決を下しました。

 ivAurobindo社による控訴

 上記地裁判決を不服としてAurobindo社は、CAFCに控訴しました。

 

2.控訴審における審理

(1)当事者の主張

 控訴人であるAurobindo社は、同法の「特許」への言及は、特許権者が期間の延長を求めていた特許であるため、再発行特許を指していると主張しました。それに対して被控訴人(地裁裁判における原告)であるMerck社は、他の特許法や特許再発行の歴史に照らして解釈すると、元の特許の発行日に基づくPTEを適用することが必要であると主張しました。

(2)CAFCの判断

 CAFCは、USPTOが指摘しているように、第156条(c)項の文言は単独では、「特許」が元の特許を指すのか、再発行された特許を指すのかが曖昧であることから、CAFCは、条文の文言とともに、その文脈を考慮することとしています。この判断は、Caraco Pharm. Lab’ys, Ltd. v. Novo Nordisk A/S事件の連邦最高裁判所判決[5]のアプローチに従い、法律の文言は使用される特定の文脈とより広い法律全体の文脈の両方で解釈されるべきであるという原則に基づいています。

 本件では、’340特許は、医薬品の有効成分に向けられたクレームを含んでおり、RE44,733特許は、これらと同じクレームを維持していました。このような状況下で、RE44,733特許は、FDAの規制当局の審査により、特許所有者がその期間中に特許を行使することを事実上妨げたため、’340特許の発行日に基づいて5年間のPTEを受ける権利がありました。したがってCAFCは、再発行特許に関する文脈では、第156条(c)項における「特許」への言及は、再発行許自体ではなく、元の特許を指すと判断し、USPTOがRE44,733特許のPTEを正しく計算したという地裁の判断を支持する判決を下しました。

 

3.実務上の留意点

 本件判決により、再発行特許について、元の特許の発行日に基づいてPTEが計算され得ることが確認されたことで、特許権者にとって、PTEの利益を失うというリスクを回避して特許の再発行を申請することが可能となり、特許の再発行を特許保護の有効な手段として活用しやすくなると言えます。

 ただし、本件は、前提として、元の特許のクレームが再発行特許においてすべて維持されていることから、元の特許のクレームの少なくともいずれかが、訂正により削除されたり、実質的な保護範囲の減縮が行なわれたりしたような場合については、本件判決において判断されていないことに留意すべきです。言い換えれば、元の特許の発行日に基づくPTEの利益の維持を意図して特許の再発行を申請する場合には、本件判決を根拠として元の特許の発行日に基づくPTEの利益が得られるように、再発行特許のクレームにおいて元の特許のクレームが実質的に維持されるように、クレームの訂正を行なうことを検討すべきです。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “What’s the (Re)issue? Patent Term Extensions for Reissue Patents” March 27, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/03/whats-the-reissue-patent-term-extensions-for-reissue-patents/

2.Merck Sharp & Dohme B.V. v. Aurobindo Pharma USA, Inc., Case No. 23-2254 (Fed. Cir. Mar. 13, 2025) 本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-2254.OPINION.3-13-2025_2481365.pdf

3.LES JAPAN NEWS Vol.59 No.1, March, 2018「(3)米国特許の特許期間 Patent Terms in the U.S.」
https://www.finnegan.com/a/web/190392/Patent-Terms-in-the-US.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登  


[1] 特許の再発行(reissue)とは、明細書に誤りがあるためにその特許が実施不能または無効である場合に、発明者の申請により、訂正した特許を再発行することを言います(米国特許法第251条)。再発行のためのクレームの訂正に際しては、新規事項の追加は認められませんが、原特許の開示の範囲内であれば、原特許の発行から2年以内にクレームされた発明の範囲を拡張することも可能です。原特許と再発行特許とが実質的に一致する発明の範囲では、原特許の発行日から継続して有効ですが、再発行により拡張した範囲の効力に基づいて、再発行前の侵害行為に対して権利行使することはできません(同法第252条)。

[2] 略式新薬申請(ANDA):後発薬メーカーが後発薬を販売するためにFDAに提出する承認申請。この申請に基づいて、FDAは新薬承認申請の承認プロセスを踏まずに、新薬の臨床データに基づいて販売を承認することから、後発薬メーカーは、後発薬の製品化に際して多額の研究開発費を回避可能。

[3] 米国特許法第271条(e)(2)(A)は、次のように規定されています。
 第271条 特許侵害
 (e)(2)次の書類を提出することは,侵害行為とする。
 (A)連邦食品医薬品化粧品法第505条(j)に基づく又は同法第505条(b)(2)に記載される申請書であって,ある特許においてクレームされているか若しくは特許においてその使用がクレームされている医薬品に関するもの、又は…

[4] 特に、特許法第251条(a)には、「……原特許に開示されている発明について,補正された新たな出願に従い,原特許存続期間の残存部分を対象として特許を再発行しなければならない。……」と規定されています。

[5] https://supreme.justia.com/cases/federal/us/566/10-844/case.pdf