地裁/ITCでの無効訴訟と並行する付与後手続(IPR/PGR)開始の裁量的却下に関してUSPTOが新たな指針を発表
1.本稿の概要
米国特許商標庁(USPTO)はこの度、2025年3月24日付け発表の覚書(Memorandum)において、当事者系レビュー(IPR)、付与後レビュー(PGR)などのUSPTOにおける米国改正特許法AIAの付与後手続(post-grant proceedings)と、連邦地方裁判所(地裁)における訴訟(または米国国際貿易委員会(ITC)における調査)との双方において、特許の有効性に関する申立てが同時に主張された場合に、USPTOの特許審判部(PTAB)がその申立ての審査を開始するかどうかを判断するための新たな指針(Guidance)を発表しました。
特にこの指針においては、上記のように特許の有効性に関する訴訟が地裁(またはITC)で並行して進行している場合におけるPTABによる付与後手続の審理開始の裁量権について、その判断要素であるFintiv要素の適用が明確化されました。なお、Fintiv要素につきましては、2023年7月25日付け配信の弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」の記事「地裁で無効とされたクレームに対するIPRの開始の是非に関するUSPTO長官の職権レビュー」をご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9725/)。
2.付与後手続の開始についての条文
代表的な付与後手続としてIPRの請願について、米国特許法311条(a)および(b)は以下のように規定しています(弊所仮訳も併せて掲載します)。
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(a) In General
Subject to the provisions of this chapter, a person who is not the owner of a patent may file with the Office a petition to institute an inter partes review of the patent.(以降の条文は省略)
(b) Scope
A petitioner in an inter partes review may request to cancel as unpatentable 1 or more claims of a patent only on a ground that could be raised under section 102 or 103 and only on the basis of prior art consisting of patents or printed publications.
[弊所仮訳]
(a)原則
本章の規定に従い、特許の所有権者以外の者は、当該特許に対する当事者系レビューの開始の請願をUSPTOに提出することができる。(以降の条文は省略)
(b)範囲
当事者系レビューの請願人は、米国特許法102条または103条の下に提起され得る理由によってのみ、かつ特許または刊行物からなる先行技術を根拠としてのみ、特許の1つまたは複数の特許性を有さないクレームを取消すことを請願することができる。
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さらに、米国特許法314条(a)は、IPRの審理開始の裁量的拒否について以下のように規定しています。
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(a) Threshold
The Director may not authorize an inter partes review to be instituted unless the Director determines that the information presented in the petition filed under section 311 and any response filed under section 313 shows that there is a reasonable likelihood that the petitioner would prevail with respect to at least 1 of the claims challenged in the petition.
[弊所仮訳]
(a) 基準
USPTO長官は、米国特許法311条の下に提出された請願および313条の下に提出された答弁において提示された情報が、当該請願において争われている少なくとも1つのクレームについて請願人が勝つであろう合理的可能性が存在することを示していると判断しない限り、当事者系レビューの開始を承認することができない。
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3.新たな指針発表に至る経緯
地裁での訴訟やITCでの調査において特許の有効性が争われている場合において当該特許に関するIPRがUSPTOに提起されたときに、上記の米国特許法314条(a)の下にPTABが当該IPRの開始に関して決定する裁量を有するかについて、USPTOは近年下記のような経緯でその指針を示してきました。
(1)2020年3月20日付けのFintiv事件におけるPTABの決定
地裁での訴訟と並行してIPRが提起された場合におけるPTABの審理開始の裁量的拒否について、USPTOは、Fintiv事件(Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR2020-00019, Paper 11 (PTAB Mar. 20, 2020))(情報元②参照)で以下の6つの判断要素(Fintiv factor)を提示しました。
① 並行する地裁の訴訟手続が保留されているか否か。
② 地裁の訴訟公判日はIPRの最終書面決定の予定日にどの程度近いか。
③ 訴訟において裁判所・当事者がどの程度のリソースを費やしているか。
④ 訴訟で審理されている問題とIPRで提起された問題は重複しているか。
⑤ IPRの当事者は訴訟当事者と同じであるか。
⑥ PTABの裁量権行使に影響を及ぼすその他の要因があるか。
(2)2022年6月21日付け発表のUSPTOの覚書
この覚書は、「地裁の訴訟が並行しているAIA付与後手続きにおける裁量的却下に関する暫定手続」と題するもので(情報元③参照)、USPTOは、AIA付与後手続における、並行する訴訟を考慮したUSPTO長官(およびその委任を受けたPTAB)による審理開始の裁量権行使に関する最終規則を将来的に提案すること、および、この覚書の暫定手続が、USPTOが規則制定の可能性を検討している間の暫定的な指針を提供すること、を意図していました。その指針によれば、特許性がないことを示す説得力のある証拠がある場合に、PTABが付与後手続において有効性に関する申立を却下することを禁じることが示されていました。
USPTOは、この覚書においては、Fintiv要素の適用方法を明確にするための指針を示しました。それによりますと、初めにFintivの6つの判断要素のうち①から⑤を分析し、その分析結果が審理開始拒否を支持する場合にのみ、IPR請願人が特許無効を示す説得力ある証拠を提示しているかどうかを検討し、提示された場合にはFintiv要素の分析による審理開始を拒否しない、とするものです。このようなFintiv要素の分析の根底をなすものは、並行する地裁での訴訟において費やされたリソースに対して、PTABがIPRの審理を開始することが訴訟手続の効率を損なうか、すなわち訴訟手続の「非効率(inefficiency)」が生じるかどうかという基準です。
(3)2025年2月28日付け発表USPTOの告示
USPTOはその後、そのような裁量権行使に関する最終規則の提案を結局は行わなかったことから、USPTOは、2022年6月21日に発表した上記の覚書の暫定手続を撤回し、この分野における政策を暫定手続以前のガイダンスに戻すことを告示しました(情報元④参照)。
(4)2025年3月24日付け発表のUSPTOの覚書
この覚書は上記の告示に続くもので、「『地裁の訴訟が並行しているAIA付与後手続きにおける裁量的却下に関する暫定手続』のUSPTOによる撤回に関する指針」と題されています(情報元⑤参照)。この新たな指針は、先の暫定手続を撤回して、暫定手続以前の指針(上述のFintiv事件およびSotera事件(Sotera Wireless, Inc. v. Masimo Corp., IPR2020-01019, Paper 12 (PTAB Dec. 1, 2020))(情報元⑥参照)におけるPTABの先例を含む)に戻ることを示すとともに、追加の指針を示しています。その内容について以下に説明します。
4.新たな指針の内容
(1)暫定手続の撤回の適用
暫定手続の撤回は、PTABが未だ開始決定を下していない案件、または開始決定の再審理もしくはUSPTO長官による見直しの請求が提出されておりかつ係属中の案件に適用されます。PTABは、暫定手続の撤回の適用に関する追加説明の請求が適時にされればケースバイケースで検討します。USPTO長官による見直しまたは再審理を求める期限が過ぎた場合、特別な事情がない限り、PTABはIPRの開始決定を再検討することはありません。
(2)ITCで並行手続がある場合
PTABは、ITCで並行して調査手続が行われている場合に、Fintiv要素を適用します。Fintiv事件の決定が説明しているように、ITCの最終的な無効判断には法的拘束力はありませんが、ITCが無効と判断した特許クレームを主張することは実際上困難です。さらに、ITCが調査を終わらせる(すなわち、ITC全体が最終決定を出す)目標日を、PTABが同一の特許クレームの有効性に関する申立てについて最終書面決定を下す期限よりも早く設定している場合に、IPRまたはPGRを開始すると、複数の法廷が同時に有効性の判断を下す可能性があり、当事者と法廷に対して重複と費用を増加させる可能性があります。したがって、ITCの予測される最終決定日がPTABの最終書面決定の期限よりも早い場合にはPTABが開始を却下する可能性が高く、ITCの予測される最終決定日がPTABの最終書面決定の期限の後である場合にはPTABがFintiv要素の下に開始を却下する可能性は低くなります。
(3)「Soteraの合意」の取り扱い
IPRまたはPGRが開始された場合にIPR/PGRで提起されたまたは合理的に提起できたであろう根拠を請願人が地裁(またはITC)で追求しない旨の合意(Sotera事件の合意)を請願人が適時に提出したときには、そのことは非常に重要性が高いものではありますが、それ自体は決定的なものではありません。PTABはむしろ、Fintiv要素に基づく全体的な分析の一環としてこのような合意を検討します。
(4)Fintiv要素と証拠
Fintiv要素を適用するにあたり、PTABは、当事者が記録に残した、地裁の公判期日またはITCの最終決定目標日の近さに関するあらゆる証拠(並行訴訟が係属している地裁における民事訴訟の公判までの期間の中央値統計を含む)を考慮することができます。
(5)関連状況のバランスの良い評価
Fintiv事件で述べられているように、裁量権の行使において考慮される要素は、訴訟の実体面での強さを含む、当該事件におけるすべての関連状況をバランスよく評価することの一環です。しかしながら、本案訴訟の実体面だけ評価することを強要しても評価を行う上で決定的な要素とはなりません。
5.結論
この新たな指針に基づき、地裁またはITCの最終決定予定日がPTABの最終書面決定の期限よりも早い場合、PTABは地方裁判所またはITCの判断に従う可能性が高くなります。USPTOがIPRまたはPGRを開始する場合には他の手続において同一の無効の主張を提起しないという請願人の合意について、USPTOは、非常に重要性は高いものの決定的なものではないと指摘しました。
この方針変更により、地方裁判所またはITCの手続が並行して行われている状況において、PTABが裁量却下する可能性が高まりそうです。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | April 3, 2025 “Fintiv Guidelines for Post-Grant Proceedings Involving Parallel District Court Litigation”
(https://www.ipupdate.com/2025/04/fintiv-guidelines-for-post-grant-proceedings-involving-parallel-district-court-litigation/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-04-03%2014%3A00&utm_content=post_title)
2.Fintiv事件(Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR2020-00019, Paper 11 (PTAB Mar. 20, 2020))決定原文
(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2020-00019,%20Apple%20v.%20Fintiv,%20Paper%2011%20(3.20.20).pdf)
3.2022年6月21日USPTO付け覚書原文
(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/interim_proc_discretionary_denials_aia_parallel_district_court_litigation_memo_20220621_.pdf)
4.2025年2月28日付け告示原文
(https://www.uspto.gov/about-us/news-updates/uspto-rescinds-memorandum-addressing-discretionary-denial-procedures)
5.2025年3月24日付け覚書原文
(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/guidance_memo_on_interim_procedure_recission_20250324.pdf)
6.Sotera事件(Sotera Wireless, Inc. v. Masimo Corp., IPR2020-01019, Paper 12 (PTAB Dec. 1, 2020))
(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/SoteravMasimoWirelessIPR2020-01019Paper12.pdf)