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地裁の侵害認定を支持したものの、損害賠償認定については 無効として差し戻したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、連邦地方裁判所(以下「地裁」)の特許侵害を認めた判決部分を支持しましたが、請求された損害賠償額に、侵害された特許クレームと機能的な関連性を有しない付随的製品に基づく逸失利益が不適切に含まれていたため、地裁判決の損害賠償部分については無効とし、差戻しました。

                 Wash World Inc. v. Belanger Inc., Case No. 2023-1841 (Fed. Cir. 2025年3月24日) (Stark, Lourie, Prost, JJ.)

 本件CAFC判決は、特許製品と一緒に販売される非特許製品(付随的製品)について逸失利益を回収するための要件が厳格に適用された点で、注目すべき判決です。

 

1.事件の背景

(1)本件特許の概要

 Belanger Inc.(以下「Belanger社」)は、スプレー式洗車システムに関する特許(米国特許第8,602,041、以下「本件特許」)を保有しています。

 本件特許のクレーム7が、控訴審において争点となった洗車システムの構成を記載しています。当該特許クレーム7の原文および弊所仮訳を以下の『』内に示します。下記の仮訳において括弧内で示す参照番号は、参考のため筆者が付記したものです。クレーム7に記載の構成は、本件特許の図1及び図2[i](文末に脚注として添付しています)に示す実施形態に対応します。

『[本件特許のクレーム7原文]

7.A spray-type car wash system comprising:

                 a carriage for translating a vertically oriented spray arm relative to a predefined wash area;

                 wherein the vertically oriented spray arm is dependingly mounted from the carriage so as to extend substantially vertically into the wash area for controlled travel relative to a vehicle in the area; said arm comprising a fluid conduit and a plurality of vertically spaced apart nozzles arranged along a

vertical axis for directing fluids laterally of the arm toward a vehicle in the wash area; and

                 a lighting system comprising a plurality of light sources carried by the arm and distributed along substantially the entire vertical length of the arm so as to be capable of producing illumination along substantially the entire vertical length of the arm, wherein at least a portion of the light sources and at least a portion of the nozzles are partially enclosed within an outer cushioning sleeve that encloses the fluid conduit of the spray arm.

(弊所仮訳)

7.スプレー型洗車システムであって、

 垂直に配向されたスプレーアーム(30, 32)を所定の洗浄領域(10)に対して平行移動するためのキャリッジ(18)と、

 前記スプレーアームによって保持され、前記スプレーアームの実質的に垂直方向の長さに沿って照明を生成することができるように、前記スプレーアームの垂直方向の実質的に全長に沿って分布する複数の光源(43)を含む照明システムと、

を備え、

 前記垂直に配向されたスプレーアームは、前記洗浄領域内の車両に対する制御された移動のために、実質的に垂直に前記洗浄領域に延びるように、前記キャリッジから垂れ下がるように取り付けられ、前記スプレーアームは、流体導管(50)と、前記スプレーアームの横方向に流体を洗浄領域内の車両に向けるための垂直軸に沿って垂直方向に間隔を空けて配置された複数のノズル(34)とを含み、

 前記照明システムは、光源の少なくとも一部およびノズルの少なくとも一部が、スプレーアームの流体導管を囲む外側のクッションスリーブ内に部分的に封入されている。』

(2)訴訟の提起

 2018年5月、Belanger社は、別の洗車システムメーカーであるWash World Inc.(以下「Wash World社」)に停止通告書(Cease and desist letter)を送りました。Belanger社は、Wash World社の「Razor EDGE」洗車システムが本件特許の上記クレーム7を侵害していると主張しました。Razor EDGEは、アームが車を洗うときに車の周りを移動するように設計された「LumenArch」と呼ばれる単一の照明付きスプレーアームを採用しています。LumenArchのスプレーアームは、青色のプラスチックカバーで囲まれています。Belanger社の書簡に応えて、Wash World社はBelanger社に対して地裁に訴訟を提起し、同社のRazor EDGE洗車システムが本件特許を侵害していないという宣言的判決を求めました。

 それに対してBelanger社は、特許侵害を主張して反訴し、損害賠償を求めました。

(3)第一審での審理および地裁の判断

 (i)陪審員の評決

 4日間の審理の後、陪審員は、Wash World社のRazor EDGE洗車システムが本件特許の独立クレーム7を侵害しているとの一般的な評決を下しました。陪審員はまた、Belanger社に対し、逸失利益として980万ドル、合理的ロイヤルティとして260万ドルの支払いを命じ、合計1240万ドルの損害賠償を命じました。地裁はこの評決に一致する判決を下し、Wash World社によるRazor EDGE洗車システムの使用、製造、または販売を差し止めました。

 (ii)Wash World社の主張

 その後、Wash World社は、本件特許のクレーム7は侵害されていないとの法律問題としての判決を求め、代替案として、損害賠償額の減額または再審理を求める申立てを行ないました。この申立てにおいてWash World社は、地裁の裁判で争ったクレームの3つの限定について、それぞれ以下のように主張しました。

 (a)「外側のクッションスリーブ」は「損傷を防ぐ保護クッションとして機能する押し出し成形された発泡プラスチックの厚いスリーブ」と解釈されるべきである。

 (b)「所定の洗浄領域」の限定は、「洗浄を行なう機器の位置によって定められた態様でスプレーアームが移動すること」を要求している。

 (c)LumenArchはキャリッジに直接取り付けられていないため、「垂れ下がるように取り付けられている」わけではない。

 Wash World社はまた、陪審の損害賠償裁定に対して、いくつかの理由で異議を申し立てたましたが、その中には、Belanger社が付随販売(convoyed sales)に基づく逸失利益を請求する権利があることを証明できなかったことも含まれていました。ここで「付随販売(convoyed sales)」とは、Rite-Hite Corp. v. Kelley Co.事件CAFC判決(1995)[1]で確立された概念であって、特許製品に付随して販売される非特許製品が特許製品とともに単一の機能ユニットを構成する場合に、非特許製品についての遺失利益による損害賠償請求を可能とする侵害形態を言います。

 (ii)地裁の判断

 しかしながら地裁は、Wash World社の申立てを全面的に却下しました。「外側クッションスリーブ」について、地裁は「『外側クッションスリーブ』をクッションのように機能するスリーブと解釈したことは一度もない」と説明し、「『外側クッションスリーブ』の明白かつ通常の意味がWash World社が示唆するように狭く解釈し得るものではない」と説明しました。

 地裁はまた、Wash World社の「所定の洗浄領域」に関する主張を却下し、その理由として、「クレームは、スプレーアームが、車と所定の洗浄領域に対して相対的に動くことを必要としており、陪審員が、Wash World社の製品はその両方を実現していると判断することを妨げるものではない」と説明しました。

 さらに、「垂れ下がるように取り付けられている」という限定に関して、地裁は、LumenArchがキャリッジに間接的に取り付けられているため、「垂れ下がるように取り付けられている」と陪審が判断できたはずであり、「クレームの限定には、本件特許明細書の記載を考慮しても、スプレーアームがキャリッジに直接取り付けられていることを必要とするものではない」と指摘しました。

 損害賠償の問題について地裁は、陪審の判断を支持し、Belanger社の付随販売の証拠に対するWash World社の異議申し立てを、Belanger社が「配分(apportionment)」に関する十分な証拠を提示できなかったという主張と解釈し、Wash World社の主張を却下しました。

 すなわち、地裁は、損害賠償の認定に際して、本件におけるWish World社のRazor EDGE洗車システムの販売形態を「付随販売」ではなく「配分」の問題として、Panduitファクターを適用して分析しました。ここで「配分」とは、多機能の特許製品について特許権者が遺失利益に基づく損害賠償を請求する際に適用される概念であって、遺失利益算出の根拠として、当該特許製品全体に対して特許機能が寄与する割合を評価します。

 Panduitファクターは、Panduit Corp. v. Stahlin Bros. Fibre Works, Inc.事件判決(1978年)[2]で確立されたもので、特許侵害における遺失利益の算定のために広く認められています。

 (iii)Wash World社による控訴

 Wash World社は、Wash World社が非侵害を方向付けると主張した3つのクレーム用語の地裁の解釈に対して、また、付随販売による遺失利益として約260万ドルのロイヤルティを損害賠償額に不適切に含んだことに対して異議を唱えて、CAFCに控訴しました。

 

2.CAFCにおける審理

(1)Wash World社(控訴人)の主張

 Wash World社は控訴審において、地裁で争点となった3つのクレーム用語のうちの2つについて、地裁での主張内容を変更して、次のように主張しました。

 (a)「外側のクッションスリーブ」の適切な構造は、柔らかく弾力性のある(つまり、クッションのように圧縮して元の形状に戻すことができる)アウタースリーブである。

 (b)「所定の洗浄領域」は、車両が洗車場に入る前に定まり、洗車場に入った後も変更されない。

(2)CAFCの判断

(i)クレーム用語の解釈について

 CAFCは、控訴審において当事者が、地裁で提示した解釈の文言に必ずしも縛られるものではないものの、控訴審では原則として、地裁で主張した内容と本質的に同じ議論を提示しなければならないことを強調しました。この原則を覆すような例外的な状況は認められず、CAFCは、Wash World社がクレームの2つ用語に関する主張が、地裁での主張と異なることから、控訴審において放棄したとみなしました。残りの用語については、Wash World社が控訴に際して地裁での主張を維持しましたが、CAFCは地裁の解釈が正しいと認定しました。

(ii)損害賠償について

 損害賠償の問題に関してCAFCは、Wash World社が、地裁で損害賠償の減額を求めた際に正確な減額の金額を特定しなかったものの、Belanger社が付随販売による遺失利益、すなわち本件では、特許発明の保護範囲に含まれない「乾燥機」が付随して販売されることによる遺失利益に基づく損害賠償を受けることに対して明らかに争っていたため、損害賠償の減額の主張は放棄されたものとは見做されませんでした。その後、CAFCは、「Belanger社が付随販売による逸失利益を受け取る権利があることを証明するのに十分な証拠が、Belanger社が指名した専門家による証言の内容を含めて、裁判記録には含まれていない」として、控訴審で指定された損害賠償について、ロイヤルティとしての約260万ドルを遺失利益として含むのは不適切であると判断しました。

 この判断に際してCAFCは、付随販売による逸失利益の権利は、特許を取得していない製品と特許取得済みの製品が一緒になって、完全な機械の部品のような「機能ユニット」を構成する場合にのみ存在すると説明しました。Belanger社の専門家は、その顧客の4分の3が、特許クレームを実施する洗車システムに、特許を取得していない乾燥機を予め内蔵したシステムを購入していることや、Belanger社の典型的なシステムは、特許を取得していない乾燥機を含む「完全なシステム」として販売されていることを証言しました。しかしながら、特許された洗車システムとともにこのような追加の部品がパッケージとして販売されることは、Belanger社が追加の逸失利益を受け取るために必要な機能的関係について何ら示してはおりません。複数の製品をともにパッケージとして販売することは、便宜上のまたはビジネス上の必要性からなされることに分類され、それ自体が損害賠償に寄与するものではありません。CAFCは、これらの証言を含む記録上の証拠は、付随販売に関するそのような認定を裏付けるものではないことから、特許を取得していない製品の販売に対して与えられた損害賠償は不適切であると指摘しました。

 さらに、陪審員が損害賠償について精査することなく一般評決を行なったことに関連して、CAFCは、陪審員の評決には、付随販売に対する許容できない損害賠償が含まれていた可能性が極めて高いと指摘しました。

(iii)CAFCの判決

 以上の理由に基づいて、CAFCは、本件訴訟を地裁に差し戻す判決を下し、特許を取得していない部品の販売に対応する損害賠償額である260万ドルの支払いを免除するように、地裁に指示しました。

 

3.実務上の留意点

(1)特許権者の立場での留意点

 (i)特許製品と関連する非特許製品を、特許製品と一緒に販売する被疑侵害行為に対して、非特許製品についても遺失利益に基づく損害賠償を請求可能にするため、特許出願のクレーム作成の段階から、特許機能を有する製品部分のみではなく、システム全体を包含するクレームを含めることが好ましいと言えます。システム全体を権利化することにより、「付随販売」の要件を満たさない場合にも、特許機能を有しない製品部分についても遺失利益を主張する可能性が高まります。本件の場合、乾燥機を含めた洗車システムについてのクレームが権利化されておれば、「付随販売」の要件を満たさないとの理由で、乾燥機に関する遺失利益の主張ができないという問題は生じなかった可能性があります。

 (ii)専門家証言の適切な活用

 特許訴訟において、特許製品との組合せで販売される非特許製品についての遺失利益を主張可能にするために、被疑侵害製品の販売形態が「付随販売」の要件を満たすことを立証する観点から、特許権者が指名する専門家証人は、特許製品と非特許製品の間の機能的関連性をより具体的に説明することが重要になります。

(2)被疑侵害者の立場での留意点

 被疑侵害者にとって、付随販売に基づく損害賠償を回避するためには、一緒に販売している特許製品と非特許製品との間に機能的関連性がないことを示すことが有効です。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Impermissible Convoyed Sales Wash Away Damages Award” April 3, 2025
        https://www.ipupdate.com/2025/04/impermissible-convoyed-sales-wash-away-damages-award/

 

2.Wash World Inc. v. Belanger Inc., Case No. 2023-1841 (Fed. Cir. Mar. 24, 2025) (Stark, Lourie, Prost, JJ.)本件CAFC判決原文
        https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1841.OPINION.3-24-2025_2486454.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登  


 

[1] https://caselaw.findlaw.com/court/us-federal-circuit/1199004.html

[2] https://law.justia.com/cases/federal/appellate-courts/F2/575/1152/372272/

[i] 本件特許の図1および2

[本件特許の図1]

[本件特許のFIG.2(FIG.1の2-2断面図)]