確立された機械学習手法を新しいデータに適用した特許は、特許法第101条に基づく特許適格性がないという地裁判断を支持したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、確立された機械学習手法を新しいデータに適用した特許は、米国特許法(35USC)§101(以下「§101」)に基づく特許適格性がないという地方裁判所の判断を支持する判決を下しました。
Recentive Analytics, Inc. v. Fox Corp. et al., Case No. 23-2437 (Fed. Cir. Apr. 18, 2025) (Dyk, Prost, Goldberg, JJ.)
本判決は、機械学習の発明の特許適格性についてCAFCが初めて判断したものであり、AI技術の特許取得のための指針として重要な先例的判決であると言えます。
1.事件の背景
(1)本件特許の概要
Recentive Analytics, Inc.(以下「Recentive社」)は、エンターテインメント業界やテレビ放送局が直面する課題の解決を目的とした、機械学習の使用に関する4件の特許[1](以下総称して「本件特許」)を有しています。
本件特許は、放送業務の効率化と番組制作の効率化を目的としており、ネットワークマップの作成と機械学習トレーニングの2つのカテゴリに分類されます。
機械学習トレーニングの特許は、会場の空き状況、チケット価格、出演料、その他の関連要素などのパラメーターを使用して機械学習モデルを繰り返し訓練することにより、最適化されたイベントスケジュールを生成することに焦点を当てています。
ネットワークマップの特許は、異なる地理的地域のテレビ局にライブイベントを割り当てるネットワークマップを動的に生成することに特徴があります。
これらのカテゴリーの発明はいずれも、機械学習を利用して、イベントを各地域のテレビ局に割り当ててマッピングし、スケジュールや基本的な基準の変更に基づいてネットワークマップをリアルタイムで更新することで、テレビの視聴率を最適化します。本件特許の明細書は、その方法が汎用コンピューティングマシンを使用した「任意の適切な機械学習技術」を採用していると説明しています。
(2)訴訟の提起
Recentive社は、本件特許を侵害するとして、Fox Corp.およびその関連会社(以下総称して「Fox社」)を連邦地方裁判所(以下「地裁」)に提訴しました。
それに対してFox社は、本件特許が§101に基づいて特許不適格な主題であるという理由で訴訟を却下するように求めました。Recentive社は、ネットワークマップを作成するという概念が以前から存在していたこと、および、本件特許が機械学習自体の技術をクレームしていないことを認めました。それにもかかわらず、Recentive社は、本件特許が、機械学習を使用し、機械学習モデルのトレーニングに基づいて顧客のニーズに合ったカスタムアルゴリズムを生成することを含んでいるため、適格な主題をクレームしていると主張しました。Recentive社はさらに、「本件特許は、ライブイベントやライブイベントスケジュールを放送するためのネットワークマップを生成するという、未成熟でありかつ従来の機械学習技術ではカバーされていなかった先行技術分野に機械学習モデルを適用する点に特徴がある」と主張しました。
(3)地裁の判断
地裁はこれに同意せず、Fox社の申し立てを認めました。地裁はAliceテスト[2]を適用して、ステップ1で、権利主張されたクレームが「既知の一般的な数学的手法を使用して、それぞれネットワークマップとイベントスケジュールを作成するという抽象的なアイデアに向けられている」と判断しました。またステップ2で、地裁は、機械学習の限定は、「従来の一般的なコンピューティングデバイスに含まれる機能的な特徴を有する周知の技術」にすぎないと判断し、その結果、本件特許は§101に規定する特許適格性を有しないとして、本件特許は無効であるとの判決を下しました。
Recentive社は訴状の修正を許可することを要求しましたが、地裁は、訴状をどのように修正しても特許適格性欠如は解消しないと判断し、要求を却下しました。この地裁判決に対してRecentive社は、CAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
この訴訟は、「確立された機械学習の方法を新しいデータ環境に適用しただけのクレームが特許適格性があるかどうか」というCAFCにとって先例のない論点を提示しました。
本件特許の特許適格性の評価に際してCAFCは、Aliceテストを適用して、以下の2つのステップで評価しました。
(1)ステップ1
控訴審においてRecentive社は、本件特許発明の機械学習アプローチが独自のダイナミックさを持ち、隠れたパターンをリアルタイムで発見できると主張しましたが、CAFCは、これらの機能は機械学習の動作方法の標準的な側面にすぎないと判断しました。またCAFCは、反復的なトレーニングとモデルの更新はブレークスルーではなく、テクノロジー自体の基本であると説明しました。Recentive社は、同社の特許が機械学習アルゴリズムを強化するための新しい方法を開示しておらず、日常的な適用のみを行なっていることを認めました。Recentive社はまた、機械学習が登場する前は、イベントプランナーはチケット販売、天気予報、その他のデータなどの「イベントパラメータ」に頼ってスケジュールの決定を導いていたこと、および、本件特許明細書に記載のプロセスは伝統的に手作業で行われており、変化への対応が困難であったことを認めています。ネットワークマップについても同じことが言え、ネットワークマップは歴史的に人間が複数のチャンネルに渡るコンテンツ配置を決定するために作成してきました。
CAFCは、「このようなネットワークマップの作成に機械学習を適用することは、抽象的な概念以上のものであることから、クレームされた発明に特許適格性を有する」というRecentive社の主張には実体的な根拠がないと判断しました。CAFCは一貫して、抽象的なアイデアを新しい使用分野に単純に適用することによっては、特許適格性を有する発明に変換するものではないと判断してきました。
またCAFCは、既存の機械学習技術を新しいデータベースまたはデータ環境(データ分析などのデータを活用するプロセスを実行するための環境)に適用すること自体が特許適格性を付与するものではないことを明確に示しました。
これらの状況を考慮してCAFCは、「Recentive社の特許が単に機械学習をイベント計画とネットワークマッピングに組み込んでいるという理由だけで特許適格性を有する」というRecentive社の主張は、§101の特許適格性に関する確立された判例と矛盾すると指摘しました。
(2)ステップ2
Recentive社は、同社の特許には、機械学習を使用してリアルタイムデータに基づいて最適化されたマップとスケジュールを動的に作成し、状況の変化に応じて更新するという独創的なコンセプトが含まれていると主張しました。しかしながらCAFCはこれに同意せず、Recentive社の主張は単に抽象的なアイデア自体を説明したに過ぎないという地裁の判断を支持しました。またCAFCは、機械学習を使用してイベントスケジュールとネットワークマップを生成するという抽象的な概念を特許適格な発明に変換するための技術を、特許明細書およびクレームのいずれにも記載しなかったと認定しました。
(3)Recentive社の訴状の修正要求について
CAFCは、地裁が訴状を修正するための許可を与えるべきであったというRecentive社の主張を退け、Recentive社は具体的な修正内容を提案しておらず、§101の分析に影響を与える事実問題も特定できなかったことから、訴状をどのように修正したとしても無駄であるとして修正要求を却下した地裁の結論に誤りはないと指摘しました。
3.実務上の留意点
(1)機械学習モデル自体の技術的改良の重要性
本判決においてCAFCは、機械学習の分野が急成長しており、今後益々重要性を増して、特許適格性を有する技術の向上につながる可能性があるという認識を示しましたが、「本判決において判断されたのは、『汎用的な機械学習を、改良を加えることなく新たなデータ環境に適用しただけの発明は、§101に基づく特許適格性がない』という点に限られる」ことを強調している点に留意すべきです。言い換えれば、機械学習の分野で特許を取得するためには、開発に際して機械学習モデル自体の技術的改良を実現することが不可欠であると言えます。
(2)特許明細書の開示の重要性
地裁およびCAFCが本件特許の特許適格性を認めず、また如何なる訴状の修正も無駄であると判断したのは、特許明細書が単に抽象的なアイデアの適用を開示しているに過ぎないことや、「任意の適切な機械学習技術」という明細書の表現は一般的な機械学習技術を使用していると解釈されたことが要因であると推測されます。言い換えれば、特許明細書において、適用される機械学習自体のモデルについて、より具体的な開示がされておれば、裁判所がRecentive社に対して訴状の修正を認めた可能性があると言えます。したがって、本件判決より、機械学習技術を適用したAI技術の発明について特許を取得するためには、特許出願戦略として、機械学習モデル自体の具体的特徴を明細書に開示することの重要性が示唆されます。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Broadcast Alert! Applying Conventional Machine Learning to New Data Isn’t Patent Eligible” April 24, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/04/broadcast-alert-applying-conventional-machine-learning-to-new-data-isnt-patent-eligible/
2.Recentive Analytics, Inc. v. Fox Corp. et al., Case No. 23-2437 (Fed. Cir. Apr. 18, 2025) (Dyk, Prost, Goldberg, JJ.)本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-2437.OPINION.4-18-2025_2500790.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[1] 米国特許第10,911,811号、第10,958,957号、第11,386,367号、および第11,537,960号
[2] Aliceテストは、Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)におけるMayo/Aliceの法理に基づいて、次の2つのステップにより特許適格性を判断するものです。
ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。
ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。
なお、Aliceテストを適用した判決事例については、たとえば下記URLの弊所配信記事をご参照下さい。
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/10272/
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9043/
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9582/