明細書を参酌したクレーム解釈の基準に言及したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、クレーム用語の解釈において不適切にクレーム範囲を狭めたとして、地方裁判所による非侵害の略式判決を破棄しました(IQRIS Technologies LLC v. Point Blank Enterprises, Inc. et al., Case No. 2023-2062 (Fed. Cir. Mar. 7, 2025) (Lourie, Linn, Stoll, JJ.)).
1.背景
(1)本件特許の概要
IQRIS Technologies LLC(以下「IQRIS」)は、戦術用ベスト等の防弾服に関する米国特許第7,814,567号(以下「’567特許」)および米国特許第8,256,020号(以下「’020特許」)を所有しています。’567特許および’020特許は明細書を共通としており、いずれも「プルコード(pull cord)」を引くことでフックが外れ、防弾服の前後部分が分離する構成がクレームされています。
これらの特許は、兵士、法執行官、その他の緊急対応要員が着用する戦術用ベストのクイックリリースシステムに関するものです。明細書の背景技術セクションには、戦術用ベストの着用者である緊急対応要員が負傷した場合に医療処置を受けるためにベストを素早く脱ぐ必要があること、あるいは、戦術用ベストの重さで溺れる危険にさらされている兵士がベストを素早く脱ぐ必要があることが説明されています。背景技術セクションには、さらに、従来、脱ぐことでリリースされたベストを再組み立てするための時間がかかり、そのプロセスが面倒であることも説明されています。ここでは、代表例として、’567特許のクレーム1を以下に記載します(下線は筆者による)。
クレーム1
1. A ballistic garment, comprising:
a front panel of the ballistic garment;
a rear panel of the ballistic garment;
a plurality of rings, wherein each of the plurality of rings is fastened to a first end of a respective anchor element and each of a second end of each respective anchor element is fixed to the rear panel of the ballistic garment;
at least one releasable hook for releasably attaching the front panel of the ballistic garment to the rear panel of the ballistic garment, wherein the at least one releasable hook is fastened to the front panel of the ballistic garment;
wherein each of the plurality of rings is releasably clasped by the at least one releasable hook;
wherein a cover at least partially covers the plurality of rings and the at least one releasable hook; and
a pull cord coupled to the at least one releasable hook, wherein the pull cord actuates the at least one releasable hook to disengage the at least one releasable hook to which the pull cord is coupled from the at least two rings to allow detachment of at least a part of the front panel of the ballistic garment from at least a part of the rear panel of the ballistic garment.
(試訳)
1.防弾服であって、
前記防弾服のフロントパネルと、
前記防弾服のリアパネルと、
複数のリングとを備え、前記複数のリングの各々は、それぞれのアンカー要素の第1の端部に固定され、それぞれのアンカー要素の第2の端部の各々は、前記防弾服の前記リアパネルに固定され、
前記防弾服はさらに、
前記防弾服の前記フロントパネルを前記防弾服の前記リアパネルに解放可能に取り付けるための少なくとも1つの解放可能なフックを備え、前記少なくとも1つの解放可能なフックは、前記防弾服の前記フロントパネルに固定され、
前記複数のリングの各々は、前記少なくとも1つの解放可能なフックによって解放可能に留められ、
カバーは、前記複数のリングおよび前記少なくとも1つの解放可能なフックを少なくとも部分的に覆い、
前記防弾服はさらに、
前記少なくとも1つの解放可能なフックに結合されたプルコードを備え、前記プルコードは、前記少なくとも1つの解放可能なフックを作動させて、前記プルコードが結合される前記少なくとも1つの解放可能なフックを少なくとも2つの前記リングから係合解除し、前記防弾服の前記フロントパネルの少なくとも一部を前記防弾服の前記リアパネルの少なくとも一部から取り外すことを可能にする。
(2)本件特許に対する地方裁判所の判断
National Molding, LLC(以下「Molding」)は、戦術用ベストのクイックリリースシステム「Quad Release」および「Evil Twin」を製造しており、Point Blank Enterprises, Inc.(以下「Point Blank」)は、Moldingのクイックリリースシステムを組み込んだ戦術用ベストを販売しています。
IQRISは、Point BlankおよびMolding(以下、総称して「被告ら」)が’567特許および’020特許を侵害していると主張してフロリダ州南部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起しました。
被疑製品は、トリガーマニホールドと呼ばれるトリガーベースの上に設置されたトリガーを備えており、ユーザがトリガーを操作することで内部のボーデンケーブルが引っ張られてバックルが外れ、ベストが解除されます。
被告らは、被疑製品にはクレームで要求されている「プルコード」が存在しないと主張し、非侵害の略式判決を求める申立てを行いました。被告らは、クレームの「プルコード」とは「防弾服の外部にあってユーザによって把持され、ユーザが引くことで、リリース可能なファスナーまたはフックを解除できるコード」であると主張しました。この主張は、「被疑製品はボーデンケーブル自体をユーザが直接に引くように構成されていないので、クレームの『プルコード』を具備しない」という被告らの主張をサポートするものです。これに対してIQRIS社は「プルコード」とは「張力が加えられた際に、リリース可能なファスナーを作動させ得る構成要素」として解釈すべきである(被告らのように限定解釈すべきでない)と反論し、被疑製品がクレームの「プルコード」を具備すると主張しました。
このように原告と被告とでクレームの解釈に隔たりが生じたのは、本件特許明細書の記載が原因でした。本件特許明細書では、(1)「プルコード」に関してユーザがそれを直接に引く実施形態しか記載されておらず、(2)さらには、「リリースされたベストの再組み立てに時間がかかり、面倒である」という従来技術の問題点が、ケーブルに取り付けられたハンドルをユーザが引くように構成された「カットアウェイベスト」を例として説明されていました。
ユーザが直接にプルコードを引く形態は、トリガーを介してボーデンケーブルを引くように構成された被疑侵害品と異なり、また、背景技術セクションでデメリットが指摘されている「カットアウェイベスト」の構成(ハンドル+ケーブル)は、被疑侵害品の構成(トリガー+ボーデンケーブル)と重なります。
地裁は、本件特許明細書の記載を参酌し、クレームの「プルコード」に関して、(1)ユーザが直接引くことを要求するものと解釈し、(2)ハンドルを含むコードを除外するものと解釈し、被告らの申立てを認めました。地裁は、被疑製品は文言上も、法律上の均等論上も特許を侵害していないと結論付けました。
IQRISは、CAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
CAFCは、IQRISの主張に基づいて、(1)「プルコード」が、ユーザが直接引くことを要求するものであるとの解釈の妥当性、および(2)「プルコード」がハンドルを含むコードを除外するものであるとの解釈の妥当性を順に検討しました。
(1)に関して、CAFCはクレームの記載自体に着目し、そこには、プルコードを誰があるいは何が引くのかについては何も記載されていないことを認定の上、クレームの文言自体が、「プルコード」とは、引かれた際に解放可能なフックを作動させるコードであることを示唆しており、直接引くか間接的に引くかをクレームが特定していないと認定しました。
一方、CAFCは、明細書を参酌すると、地裁が指摘したとおり、直接引かれる要素(16)を「プルコード」と称し、間接的に引かれる要素(18)を単に「コード」と称しており(つまり、明細書は直接引くか間接的に引くかで用語を使い分けており)、このことは、地裁のクレーム解釈を支持する最も強力な証拠であると認定しました。CAFCは、この点を判断が難しい問題(close question)と評価しつつも、明細書中のすべての実施形態が「直接に引かれる」プルコードを記載している場合であっても、判例(Playtex Prods., Inc. v. Procter & Gamble Co., 400 F.3d 901, 907–08 (Fed. Cir. 2005))に従えば、クレームに明示的にそのような要件(「直接に引かれる」)が規定されていない限り、この要件をクレームに読み取るべきではなく、明細書に照らしてクレームを読むことと、明細書の限定をクレームに持ち込むことの間には微妙な境界線があり、プルコードの通常の意味が直接引っ張られるコードに限定されることを示唆する証拠が存在しない本件においては、好ましい実施形態の限定をクレームされた発明に持ち込むべきでないと判断しました。
進んで、CAFCは、発明の範囲を定めるのは好ましい実施形態ではなくクレームであり(Phillips v. AWH Corp.,415 F.3d 1303, 1312, 1323 (Fed. Cir. 2005) (en banc).)、特許権者が明示的に用語を再定義するか、その全範囲を放棄しない限り、特許権者は用語を自由に選択し、その明白かつ通常の意味の全範囲を取得することを期待できることを説示した後、本件では、クレームの文言、および辞書編集や放棄がないことに鑑み、プルコードをユーザが直接引くことを要求する地裁の解釈を採用しないと判断しました。
(2)に関して、背景技術セクションには、ユーザが従来のカットアウェイベストを脱ぐためには、ケーブルに取り付けられたハンドルを引く必要があり、これによりベストからケーブルが引き抜かれ、ベストの各セクションが分解されること、およびカットアウェイベストを再組み立てするためには、ケーブルを一連のリングとループに通して手動で再配線し、ベストの様々なコンポーネントを再び組み立てる必要があるため、再組み立てに時間がかかり、面倒な作業になる可能性があることが記載されていました。その上で、背景セクションは、「したがって、現在使用されているシステムよりも操作部品の削減、より速い解放、およびより速い再組立てを提供する迅速な解放システムを有する保護用外衣が必要とされている。」という記載によって締め括られていました。地裁は、背景技術セクションの記載を考慮し、ハンドルを含むコードが本件クレームから除外されるべきものと判断しました。
CAFCは、(2)に関して、「『プルコード』の平易かつ一般的な意味も、主張されているクレームの文言も、共通の明細書も、『プルコード』という用語の意味をハンドル以外のコードに限定するものではない」とのIQRISの主張に同意し、地裁の解釈を退けました。
初めにCAFCは、クレーム自体の文言に着目し、クレームの文言はプルコードの機能について述べているものの、プルコードの構造については言及していないことを指摘しました。さらに、CAFCは、プルコードにハンドルを取り付けることができないという結論を明細書がサポートしていないと断言しました。特に、CAFCは、本件特許図面においてプルコード16の端部に、「ハンドル」を示唆する球体が描かれていること(上記FIG.1B参照)を指摘し、そのことがハンドル付きのプルコードを発明者が想定していたことを示唆していると解釈しました。
背景技術セクションの記載に関して、CAFCは、「時間のかかる面倒な作業」に関する明細書中の批判は、ハンドル自体に向けられているのでなく、ベストの再組み立てという時間のかかる面倒な作業自体に向けられていると解釈し、カットアウェイベストのハンドルを特に批判している記載が明細書に見当たらないことを指摘しました。その上で、CAFCは、「放棄の基準は厳格であり、クレームされた発明が特定の特徴を含むか否かについて、明確かつ明白な証拠を必要とする。」という判例(Poly-Am., L.P. v. API Indus., Inc., 839 F.3d 1131, 1136 (Fed. Cir. 2016))を示し、この高い基準は、「ハンドル」に特化していない先行技術の欠陥を明細書がせいぜい特定しているだけである本件では満たされないと判断しました。
以上を踏まえ、CAFCは非侵害の略式判決を破棄し、本件を地裁に差し戻しました。
3.コメント
本事案において、被疑侵害品は、ユーザがボーデンケーブルを直接引くのでなくトリガー(言わばハンドルに対応)を介してボーデンケーブルを間接的に引くように構成されていていました。
これに対し、本件特許明細書では、(1)「プルコード」というクレームの文言に関してユーザがそれを直接に引く態様しか記載されておらず、(2)さらには、「リリースされたベストの再組み立てに時間がかかり、面倒である」という従来技術の問題点が、ユーザによって引かれるハンドルを備えるカットアウェイベストを例として説明されており、これら2点が被疑侵害品に関する本件クレーム解釈に議論を生じさせました。
CAFCは、(1)(2)に関する地裁の限定解釈を誤りと判断しましたので、結果的には原告の主張が認められた訳ですが、我々実務家は、(1)に関しては、従来技術を考慮した実施形態の多様化(間接的にコードを引く態様の追加)に務める必要があること、(2)に関しては、限定解釈による攻撃を受けるおそれのある記載を背景技術セクションに盛り込まないようにすること、の2点に留意すべきことを今一度、肝に銘ずる必要がありそうです。
今回の事案では、背景技術セクションに「ベストを素早く脱げるようにすること」および「より速い再組立てを提供すること」の2つの発明の目的が記載されています。仮に、前者の目的を背景技術セクションに記載するのみで明細書のストーリを構築できるようであれば、ベストの再組み立ての際の手間についての説明を背景技術セクションにする必要がなく、この場合、議論の火種の1つとなった「カットアウェイベスト」の記載を明細書から省けたかもしれません。このような仮想例からは、「クレームに対応する発明の目的(課題)を背景技術セクションに記載する必要があるとしても、複数の目的をそこに記載することを避けるべきである」という教訓が得られるでしょう。この教訓は、日本国出願明細書の課題欄を作成する際にも活かされるように思われます。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | March 20, 2025 “Get a Grip: Not All Cords Have Handles”
https://www.ipupdate.com/2025/03/get-a-grip-not-all-cords-have-handles/
2.IQRIS Technologies LLC v. Point Blank Enterprises, Inc. et al., Case No. 2023-2062 (Fed. Cir. Mar. 7, 2025) (Lourie, Linn, Stoll, JJ.)) (判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-2062.OPINION.3-7-2025_2478261.pdf