クレームを拒絶するために依拠する公開特許出願の開示部分はすべて、基礎となる仮出願により支持されなければならないとしたCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、2013年3月施行のAIA改正法の改正前の米国特許法第102条(e)[1](以下「pre-AIA 35U.S.C.§102(e)」)に基づいて米国特許商標庁(USPTO)がクレームを拒絶するために引用する公開特許出願の、拒絶の根拠となるすべての部分は、当該公開特許出願の基礎となる仮出願により十分に支持されなければならないと判示して、特許審判部(PTAB)の決定を取消すとともに、本件をPTABに差し戻しました。
この判決によりCAFCは、仮出願に基づいて先の出願日の利益を主張する公開特許出願が、仮出願日を有効出願日として、pre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術とみなされるかどうかを判断するための、より厳しい基準を確立しました。
In re Riggs, Case No. 22-1945 (Fed. Cir. Mar. 24, 2025) (Moore, Stoll, Cunningham, JJ.)
1.事件の背景
(1)本件特許出願の概要
Odyssey Logistics & Technologies Corp.で働く数人の発明者は、さまざまな荷送人からさまざまな輸送手段(鉄道、トラック、船舶、航空など)にわたるさまざまな運送業者による商品の輸送のための物流システムと方法を対象とした特許出願(米国特許出願第11/005,678号、以下「本件出願」)を、2004年12月7日に提出しました。本件出願は、仮出願の出願日(2000年7月28日)の利益を主張しています。
この物流システムは、様々な荷主からの顧客注文情報と複数の運送業者に関する情報を連携・共有することで、「関係当事者全員にとって良好な貨物の可視性と管理」を実現します。この物流システムには、荷主と運送業者に関するデータを保存するデータベースと、コンポーネントモジュールが含まれています。モジュールは、データベース内の情報を用いて、例えば契約の締結やレポートの作成など、システムが貨物の輸送を管理できるようにします。さらに、明細書には、これらのモジュールは「リソースの許す限り、または荷主、運送業者、輸送手段の数の変化に応じて、機能モジュールおよび/またはソフトウェアモジュールを段階的に追加できるように拡張可能」であると記載されています。
(2)本件特許出願の審査および審判の経緯
USPTOは、2000年4月27日に出願された仮出願第60/200,035号の出願日の利益を主張した米国特許出願公開第2002/009622号(以下「Lettich引例」)によって新規性を阻害されているとしてpre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づいて、また、Rodek引例[2]を考慮してLettich引例に基づいて自明であるとして、pre-AIA 35U.S.C.§103に基づいて、当該特許出願を拒絶しました。
この判断に際して審査官は、Dynamic Drinkware, LLC v. National Graphics, Inc.事件CAFC判決(2015年)[3]およびMPEP2136.03[4]に鑑みて、Lettich引例のクレーム1がその仮出願によってサポートされていることから、Lettich引例は仮出願の出願日の利益を受けることができ、pre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術としての適格性を有すると判断しました。
本件出願およびLettich引例のそれぞれの実際の出願日と、それぞれが先の出願日の利益を主張する出願の出願日との時系列的な関係は、以下のとおりです。
|
基礎となる出願の出願日 |
実際の出願日(提出日) |
本件出願 |
2000年7月28日 |
2004年12月7日 |
Lettich引例 |
2000年4月27日 |
2001年4月26日 |
なお、本件判決には、本件出願の基礎となる出願の種別についての説明はありませんが、その出願日が本件出願の出願日の4年以上前であることから、本件出願は、基礎となる出願から派生した継続出願等であると考えられます。
本件出願の出願人は、Lettich引例に基づく拒絶に対してPTABに審判を請求し、Lettich引例は§102(e)に基づく先行技術として適格ではないと主張しました。PTABは当初、発明者らに同意しましたが、出願の審査を担当した審査官は、PTABが§102(e)に規定する先行技術について誤った基準を適用したと主張して、PTABに再審理を要請しました。PTABは最終的に、35U.S.C.§6(b)(審判部の職責)の規定に基づいて管轄権を有するとして、審査官の再審理要請について再審理を行ないました。再審理の結果、§102(e)に基づくLettich引例の先行技術としての地位に関する審査官の主張は正しいと認め、Lettich引例は§102(e)に基づく先行技術として適格であるとの決定を下しました。
このPTABの決定に対して発明者らは、CAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
(1)審査官によるPTABへの再審理要請について
審査官がPTABに対して再審理を要請したことについて、控訴人である出願人は、控訴に際して、PTABに審査官の再審査要請について決定する権限はないと主張しています。本件出願に関しては、出願人は、本件訴訟の前にも、(以下変更)CAFCに複数回の上訴を行なっており、そのうちのOdyssey Logistics & Tech. Corp. v. Iancu事件では、バージニア州東部地区連邦地裁およびCAFCでの審理において、「PTABは審査官の再審理要請について決定する権限を有しないと主張していました。それに対してCAFCは、Odyssey Logistics & Tech. Corp. v. Iancu事件CAFC判決[5]において、同一出願人による同一内容の主張が却下された事実に基づいて、CAFCは、出願人の主張は副次的禁反言(collateral estoppel)あるいは争点効(issue preclusion)により認められないと判断しました。
(2)Lettich引例の先行技術適格性について
CAFCはまず、本件出願、Lettich引例、およびそれぞれが出願日の利益を主張する最先の出願日の時系列的関係を考慮して、Lettich引例がその仮出願の出願日の利益を受けることができるかどうかが、Leittich引例のpre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術としての適格性を左右することを、確認的に指摘しました。
次に、審査官およびPTABが、「Dynamic Drinkware, LLC v. National Graphics, Inc.事件CAFC判決で示されたテストを正しく適用して、Lettich引例のクレーム1がその仮出願によってサポートされていると認定し、pre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術としての適格性を有する」と判断したことについて、CAFCは、これまでの判決において「仮出願の記載によってクレームが支持されない限り、公開された特許または特許出願は、当該仮出願の出願日の利益を受けることはできない」としていることから、審査官およびPTABの判断がこれまでの判決に沿ったものであることは認めました。
しかしながらCAFCは、今回の事案は、審査官が1つのクレームについて仮出願により支持されていることを示したものの、拒絶理由の根拠とした明細書の他の記載部分についての仮出願による支持に言及しなかったことが、他の判決の事例とは異なっていることを指摘しました。そして、これまでの判決で明確には示されていなかった、「仮出願の出願日の利益を主張する特許あるいは特許出願公開がpre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術として適格かどうかは、明細書における拒絶理由の根拠となる特定の記載部分が仮出願により支持されていなければならない」との判断を示しました。この判断についてCAFCは、これまでのCAFCの判決およびMPEP2136.03の規定に矛盾するものではないと述べました。
CAFCは、審査官が拒絶理由の根拠となるLettich引例の記載部分が仮出願によって支持されていることを特定していたことをPTABが認めてはいたものの、この点に関する検討がPTABではなされていなかったことに着目し、PTABの決定を取消しました。
出願人はまた、特定のクレームを支持するLettich引例の明細書の記載に対応する記述が、同引例の仮出願には記載されていないために、当該クレームは仮出願により支持されていないと主張しましたが、CAFCは、出願人がその証拠を提示していないとして退けました。
(3)引例の組合せに基づく自明性の拒絶について
Rodek引例およびLettich引例の組合せに基づいて自明であるとして、pre-AIA 35U.S.C.§103に基づいて、審査官が当該特許出願を拒絶したことの妥当性について、CAFCは、Lettich引例の先行技術適格性についてのPTABの決定を取消したことから、本件控訴審では判断しませんでした。
(4)CAFCの判決
以上の理由によりCAFCは、Lettich引例がpre-AIA 35U.S.C.§102(e)に基づく先行技術として適格かどうかのPTABの決定を取消すとともに、本件判決の判旨に沿って改めて審理するように、本件をPTABに差し戻しました。
3.実務上の留意点
(1)本件判決は、仮出願の先の出願日の利益を主張する、特許あるいは特許公開公報に基づいて、当該先の出願日の利益を有する先行技術として、新規性、進歩性の欠如を主張する場合に、その根拠となる特許あるいは特許公開公報の明細書の記載部分が仮出願の開示によって支持されていなければならないことを示した最初のCAFC判決として、実務上重要です。
(2)CAFCも認めているように、本件において審査官およびPTABは、先行技術の適格性に関して、一見して過去のCAFC判決に沿ったテストを正しく適用して結論を導いているように見えるものの、拒絶理由の根拠とした明細書の他の記載部分についての仮出願による支持に言及しなかったという本件特有の状況を無視した結果となっています。判例の判旨に基づく主張を行なうに際しては、判例の事案との具体的な状況の共通点および相違点を十分把握した上で、適切な議論を行なうことが望まれます。
(3)本件は、AIA改正法の施行日である2013年3月16日以前の有効出願日を有する出願に適用されるpre-AIA 35U.S.C.§102(e)が適用された事例ですが、改正法施行後の有効出願日の出願に適用されるAIA 35U.S.C.§102(d)が適用される事例においても、改正により先行技術に該当する文献の範囲がより広くかつ複雑になっているものの、仮出願の開示によるサポートと先行技術としての適格性との関係については、実質的に共通の考え方が成り立つものと言えます。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Detour Ahead: New Approach to Assessing Prior Art Rejections Under § 102(e)” April 3, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/04/detour-ahead-new-approach-to-assessing-prior-art-rejections-under-%C2%A7-102e/
2.In re Riggs, Case No. 22-1945 (Fed. Cir. Mar. 24, 2025) 本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1945.OPINION.3-24-2025_2486478.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[1] 第102条(改正前特許法) 特許要件;新規性及び特許を受ける権利の喪失(日本特許庁HPより)
次に該当する場合を除き,何人も特許を受ける権原を有する。
(e) その発明が,次のものに記載された場合
(1) 当該特許出願人による発明の前に合衆国において他人によってなされ,第122条(b)に基づいて公開された特許出願,又は
(2) 当該特許出願人による発明の前に合衆国において他人によってなされた特許出願に対して付与された特許。ただし,第351条(a)において定義される条約に基づいてなされた国際出願は,当該出願が合衆国を指定国としており,同条約第21条(2)に基づいて英語によって公開された場合に限り,本項の適用上,合衆国においてなされた出願の効果を有する。
[2] Rojek, Karen, How Baxter Improved Data Exports,26 AS/400 SYS. MGMT. No. 5, at 52–53 (1998)
[3] https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/15-1214.opinion.9-2-2015.1.pdf
[4] 拒絶引例としての特許や特許出願公開が仮出願の出願日の利益を主張する場合、当該特許や特許出願公開の少なくとも1つのクレームが仮出願の記載によって十分にサポートされている必要があるとの規定を含みます。
[5] https://caselaw.findlaw.com/court/us-federal-circuit/2067054.html