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独占的通常実施権を認めず、複数の専用実施権等の権利侵害に対しては権利別に損害額を特定すべきであるとした大法院判決

 コンクリートブロックに関連する複数の知的財産権について実施許諾を受けていた原告は、被告[1]に対して上記知的財産権に関する再実施権を許諾しましたが、被告からの技術料が一部未払いであるという理由で再実施許諾契約を解除し、未払い技術料の支払い、専用実施権および独占的通常実施権[2]の侵害に基づく損害賠償の支払いを求める訴訟を提起しました。

 一審と二審(原審)は原告の請求を大部分認めましたが、大法院は、原告には独占的通常実施権が認められず、複数の知的財産権侵害に基づく損害賠償額の算定に不備があるとして二審判決を破棄し、事件を二審に差し戻しました(大法院2024.10.25.言渡し2023ダ280358)。

 

1.事件の背景

(1)事実関係

 原告は2003年4月ごろ、訴外人との間で、特定のコンクリートブロックおよびそのブロックの製造に使用される金型などの工具(以下「本件製品」)に関する技術ノウハウ、2件の特許権、デザイン権(日本の意匠権に相当)、商標権を使用して、原告が本件製品を国内で製造・販売できるように実施許諾を受けるライセンス契約を締結しました。この契約には、原告が国内の第三者にサブライセンスを許可することもでき、国内で第三者による上記特許権、デザイン権の侵害が発見された場合、原告がその侵害を防ぐ措置を講じる必要があるという内容が含まれていました。原告は、2013年7月に、2件の特許権、デザイン権、および商標権について、訴外人である特許権者から専用実施権を取得しました。

 一方、原告は2005年6月6日、被告が本件製品を国内で製造・販売できることとし、原告に対して本件製品の純売上高に各製品ごとの技術料率を掛けて算定された技術料を支払うこととする契約(以下「本件契約」)を締結しました。本件契約は、原則として2011年6月15日に終了し、双方の合意により延長できると規定されていましたが、2011年6月15日以降、原告および被告のいずれも契約延長や終了に関する明示的な意志表示をせず、被告は本件製品の製造・販売を続けながら原告に本件製品の技術料の算出書を送付し、技術料を支払っていました。

 その後原告は、2015年2月10日、被告に技術料の一部未払いを理由として本件契約の解除を通知しました。被告は、2005年6月6日から2015年2月10日までの間に本件製品を製造・販売した売上の一部を原告に通知せず、2015年2月11日以降もなお本件製品を製造・販売していました。これに対して原告は、2015年2月10日の契約解除時点までの技術料のうち未納分約2億6千万ウォン(後に二審で約3億9千万ウォンに増額)、および当該時点以降の製造・販売分については原告の本件製品に対する独占的通常実施権の侵害と、各特許権、デザイン権、および商標権についての各専用実施権の侵害とに対して約3億6千万ウォン(後に二審で約5億8千万ウォンに増額)の支払いを求める本件訴訟を提起しました。

(2)地方法院の判断

 一審(大邱地方法院2020年12月17日言渡)は原告の請求を全て認容し、本件契約は原告の2015年2月の契約解除の意志表示によって解除されたとした上で、被告は原告が求める技術料未納分約2億6千万円ウォンを支払う義務があり、契約解除以降、被告の本件製品の製造・販売行為は原告の本件製品に対する独占的通常実施権と、各特許権、デザイン権、および商標権の各専用実施権とを侵害したものであり、その侵害による原告の損害額は本件契約上の技術料相当額である約3億6千万ウォンであると認定しました。

(3)特許法院の判断

 これに対し二審(特許法院)は原告の請求の大部分を認容し、一審と類似の論理で、2015年2月の原告の契約解除以前の期間については技術料未納分の支払い義務が、以降の期間についてはデザイン権および商標権に係る専用実施権および独占的通常実施権侵害による損害賠償の支払い義務が被告にあると認定しました。ただし、2件の特許権のうちの1件については、請求項の一部の構成要件を満たしていないことにより非侵害と判断され、他の特許権は、進歩性が否定され無効となるべきことが明白であるとして、侵害が認定されませんでした。

 権利侵害による損害額の算定については、その損害額を証明するために必要な事実を明らかにすることが極めて困難な場合に該当するとして法院の裁量により相当な額の損害額を定めたところ(商標法第110条第6項)[3]、セメント分野の一般的な限界利益率(45%前後)が本件契約で定められた技術料率(純売上高の5%~7%)よりもはるかに高いことなどに照らすと損害額は原告の請求額を超えることが明らかであるとして、本件契約上の技術料に基づく原告の請求金額(約5億8千万ウォン)をそのまま認定しました。

 

2.大法院の判断

(1)独占的通常実施権について

 独占的通常実施権について大法院は、「特許権等を対象とする権利に過ぎず、特定の製品を対象とする権利ではないため、特定の製品を独占的に製造・販売できる権利に対して、独占的通常実施権という表現を使用するのは不適切である」との見解を示しました。

 この見解に基づいて大法院は、「原告と特許権者である訴外人との契約には、訴外人が国内で原告を除く他の者に本件製品に関する特許権等に関する通常実施権を許諾することができないことが明記されておらず、訴外人が原告に黙示的に独占的通常実施権を許諾したとみるだけの事情もないことから、原審である特許法院は、独占的通常実施権を認定する前に、釈明権を行使して原告が侵害されたと主張する独占的通常実施権の意味を明らかにし、その上で原告が主張する権利が付与されたのかどうかを審理すべきであった」と指摘しました。

(2)損害賠償額の算定について

 特許法院による損害賠償額の算定について大法院は、次のように指摘し、原審の判断を破棄しました。

 (i)債権者が同一の債務者に対して複数の損害賠償債権を有している場合でも、それらの損害賠償債権が発生時期と発生原因等が異なる別の債権である以上、これは別の訴訟に該当し、その損害賠償債権を各々の時効の起算日や債務者が主張できる抗弁が異なり得るため、これを訴えにより請求する債権者としては損害賠償債権別に請求金額を特定すべきであり、法院もそれにそって損害賠償債権別に認容金額を特定すべきで、このような法理は、債権者が複数の損害賠償債権のうち一部のみを請求している場合でも同様である(大法院判例2007.9.20.言渡し2007ダ25865号、大法院判例2008.10.9.言渡し2007ダ5069など)。

 (ii)原告は、本件契約解除後における被告の本件製品製造・販売行為について、営業秘密侵害、特許権等の専用実施権侵害、および独占的通常実施権侵害に関する損害賠償請求をした。

 しかしながら、損害賠償額に関しては上記複数の損害賠償債権の各損害額の合計のうちの一部を請求したのみで、損害賠償請求権別に請求金額がいくらかであるかを特定していなかった。

 原審は、釈明権を行使して侵害行為に関する損害賠償請求権別に請求金額を具体的に特定した上で、各損害賠償請求権に関する具体的な根拠を審理し、各損害賠償請求権が認定された場合にはそれぞれの損害賠償額がいくらになるかを算定し判断すべきであった。

 (iii)原審はそのような審理・判断を行わず、商標権の専用使用権侵害行為として認定される損害賠償額が原告の請求金額を超過するとの理由だけで、商標権の専用使用権侵害行為を除外した残りの侵害行為に対する損害賠償額を具体的に算定しなかった。

 さらに原審は、原告の独占的通常実施権に係る被告の侵害に関しては漠然と被告が原告の独占的通常実施権を侵害したと認定するのみで、具体的にどの権利に関する独占的通常実施権を侵害したのかも明らかにしていない。

 このような原審の判断には、商標法第110条第6項に基づく損害額認定、損害賠償債権別の請求金額の特定および算定に関する法理を誤解し、必要な審理を尽くさず、釈明権を行使しなかったことから、判決に影響を及ぼした誤りがある。

 

3.実務上の留意点

(1)独占的通常実施権について

 本件判決で大法院は、「独占的通常実施権」は特許権等を対象とする権利であって特定製品を対象とする権利ではないとし、本件ライセンス契約では第三者に通常実施権を付与しない不作為義務について明示的又は黙示的に約定したものとは認められないため、原審の判断を支持することができないと判断しました。

 こうした判決の態度を鑑みると、特許権等の通常実施権契約の際に第三者に対して通常実施権を付与しない義務を含める場合には、両者間の合意に基づいてその事項を明示的に記載しておくことが望ましいといえます。

(2)複数の権利侵害による損害賠償の認定について

 本件の原審判断では、商標権の専用使用権侵害のみによって認定される損害賠償額が原告の請求金額よりも大きいことが明らかであるとして、当該請求金額の全額を損害賠償額として認定しました。しかしながら大法院は、これを違法と判断し、債権者が同一の債務者に対して複数の損害賠償債権を有しているとしても、それらが別個の債権であれば別個の訴訟物に該当するため、損害賠償債権ごとに請求金額を特定して認容金額が特定されなければならないと判示しました。

 本件判決は、複数の知的財産権が許諾された専用実施権・独占的通常実施権者による損害賠償請求を争ったものとして、韓国での実施権許諾契約等において参考とすべき事例であると言えます。特に、本件判決の判示を踏まえて、複数の権利に対する侵害に基づく損害賠償額請求をする際は、権利別に損害賠償請求金額を特定すべきであることに留意すべきです。

 

[情報元]

1.Kim&Changニュースレター「独占的通常実施権を認めず、複数の専用実施権等の権利侵害に対しては権利別に損害額を特定すべきであるとした事例」2025.05.16
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=31974

2.ジェトロ 知財判例データベース 「独占的通常実施権を認めず、複数の知的財産権侵害による損害額を算定する際には各知的財産権侵害ごとにその損害額を算出すべきであるとした事例」
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2024/_532938.html

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登


[1] 一審(地方法院)および二審(特許法院)のいずれも、一審における原告の主張の大部分が認められていることから、特許法院および大法院への上訴はいずれも、一審の被告によりなされているものと推測されますが、現地からのニュースレターでは、本件訴訟に関し、一審、二審および大法院のいずれの裁判の当事者についても、権利者側を原告、被疑侵害者側を被告と称していることから、本稿ではそれに合わせています。

[2] 独占的通常実施権は、特許権者が通常実施権者に対して、第三者へ実施権を重ねて許諾しないという特約を設けた、債権的権利であり、排他的、独占的効力を持たず、特許庁への登録を必要としない点で、専用実施権と異なります。

[3] 商標権の侵害に関する韓国の商標法第110条第6項は、商標権侵害の罪は親告罪ではないと定めており、商標権者が告訴しなくても、検察官が加害者を訴追することができます。