国・地域別IP情報

連邦地裁によって特許適格性(米国特許法第101条)違反に基づく無効判決が出されている場合にPTABによるIPR開始決定を却下したUSPTO長官レビューの決定

 米国特許商標庁(USPTO)長官は、Fintiv事件[i]の枠組みの下で、特許クレームを無効とする連邦地裁の最終判決がUSPTOにおける当事者系レビュー(IPR)の開始に対して大きく不利に働くことを強調する長官レビューの決定を下し、この決定を重要な情報に指定しました。この長官レビューの決定は、重複した訴訟を最小限に抑えるというUSPTOの姿勢を強固に示すものであり、USPTOは今後の手続きに対するこの決定の重要性を広く知らしめました。

Hulu LLC v. Piranha Media Distribution LLC, IPR2024-01252; -01253 (PTAB Director Review Apr. 17, 2025) (Stewart, PTO Dir.)

 

1.事件の背景

 USPTOは、IPR、付与後レビュー(PGR)などのUSPTOにおける米国改正特許法AIAの付与後手続(post-grant proceedings)と、地裁における訴訟との双方において、特許の無効の申立てが同時に主張された場合に、USPTOの特許審判部(PTAB)がその申立ての審査を開始するかどうかを判断するための指針を発表しております。

 特にこの指針においては、上記のように特許の有効性に関する訴訟が地裁で並行して進行している場合におけるPTABによる付与後手続の審理開始の裁量権について、その判断要素であるFintiv事件の要素の適用の枠組みが明確化されました。具体的には、USPTOは、Fintiv事件において以下の①~⑥の判断要素(以下、「Fintiv要素」)を提示しました。

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 ① 並行する地裁の訴訟手続が保留されているか否か。

 ② 地裁の訴訟公判日はIPRの最終書面決定の予定日にどの程度近いか。

 ③ 訴訟において裁判所・当事者がどの程度のリソースを費やしているか。

 ④ 訴訟で審理されている問題とIPRで提起された問題は重複しているか。

 ⑤ IPRの当事者は訴訟当事者と同じであるか。

 ⑥ PTABの裁量権行使に影響を及ぼすその他の要因があるか。

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 なお、Fintiv要素につきましては、弊所HPの「国・地域別IP情報」の「米国」における下記の記事において取り上げておりますのでご参照ください。

 (ⅰ)「地裁で無効とされたクレームに対するIPRの開始の是非に関するUSPTO長官の職権レビュー」(2023年7月25日付け配信)[ii]

 (ⅱ)「地裁/ITCでの無効訴訟と並行する付与後手続(IPR/PGR)開始の裁量的却下に関してUSPTOが新たな指針を発表」(2025年6月3日付け配信)[iii]

 

2.事件の経緯

(1)特許侵害訴訟の提起とその結果

 Piranha Media Distribution LLC(以下、「Piranha社」)は、広告コンテンツをデジタルメディアストリームに統合することに関する米国特許第11,463,768号(以下、「本件特許」)を所有しています。Piranha社は、Hulu LLC(以下、Hulu社))が本件特許のクレームを侵害していると主張して特許侵害訴訟を連邦地裁に提起しました。

 侵害訴訟においてHulu社は、主張されている本件特許のクレームは米国特許法第101条に基づく特許適格性を有していないと主張し、訴状の却下を申し立てました。地裁は、主張されている本件特許のクレームは、著作権で保護されたコンテンツへのアクセスと引き換えに広告を表示するという抽象的概念、ならびにデータの受信、整理、および表示という抽象的概念を対象としており、発明概念を含んでいないと判断しました。

 そして地裁は、Hulu社の訴状却下の申立てを認め、主張されている本件特許のクレームは特許不適格であり米国特許法特許法第101条に基づき無効である、との最終判決を下しました。

(2)IPRの提起

 侵害訴訟の被告であるHulu社はさらに、USPTOに対しても本件特許の無効を主張して2件のIPRを提起しました(IPR2024-01252、IPR2024-01253)。USPTOの特許審判部(PTAB)はIPRの開始を認める決定を行いました。

(3)長官レビューの請求

 Piranha社はこのIPR開始の決定についてUSPTO長官によるレビューを要請しました。Piranha社は、PTABによってIPR開始決定が下される前に地裁が下した本件特許のクレームを無効とする最終判決を引用し、Fintiv要素の下では、地裁による無効の判決はIPR開始の決定を否定する方向に作用することを明確にするために長官レビューが認められるべきである、と主張しました。そして、USPTO長官に対して、地裁での無効判決に鑑み、PTABによるIPR開始決定を否定する裁量権を行使してPTABの開始決定を覆すように求めました。

 これに対してHulu社は、IPR開始決定に対する長官レビューは不当であると主張しました。

 

3.長官レビューの結論

 USPTO長官は、地裁が既に本件特許のクレームを無効と判断しているため、他の根拠に基づいて特許性を評価するために別途IPRを開始する必要はない、と説明しました。長官はまた、連邦地裁の上級審である連邦巡回控訴裁判所(CAFC)が地裁の無効判決を覆した場合でも、Hulu社は、差戻し審の審理中に特許の無効を主張し続けることができると指摘しました。USPTO長官は、現状では、IPR開始を却下することがより効率的かつ現実的な方法であると述べました。

 PTABは、IPR開始の決定に際してFintiv要素の枠組みを適用しましたが、Fintivの枠組みは特許の有効性に関する訴訟が地裁で同時に進行している場合におけるPTABによる付与後手続の審理開始の裁量権に関するものであることから、長官は、PTABのIPR開始決定に先立って地裁の第101条に基づく最終判決が出されている本件の事実関係には当てはまらない、と指摘しました。

 このように時系列的な関係ではFintiv要素の枠組みは適用されないと考える一方で、USPTO長官は今回の決定において、Fintiv要素の枠組みは効率性に関する懸念を重視しており、当事者に対し、訴訟手続きにおけるその他の事実および状況が特許制度の効率性と完全性に与える影響を説明することを推奨していると指摘しました。本件においては、上述のとおり、無効を申し立てられたクレームについて地裁が既に無効と判断した場合に、特許制度の効率性と完全性は、審理開始を拒否することで最もよく守られます。USPTO長官は最終的に、地裁によってクレームが現在無効とされている現状を踏まえると、二度目のレビューを行うことには理由がない、と結論付けました。

 

[情報元]

1.McDermott Will & Emery IP Update | May 15, 2025 “Designated Informative: PTO Director Declines IPR Institution Following District Court § 101 Invalidation”
https://www.ipupdate.com/2025/05/designated-informative-pto-director-declines-ipr-institution-following-district-court-%c2%a7-101-invalidation/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-05-15%2014%3A00&utm_content=post_title

 

2.Hulu LLC v. Piranha Media Distribution LLC, IPR2024-01252; -01253 (PTAB Director Review Apr. 17, 2025) (Stewart, PTO Dir.)(USPTO長官決定原文)
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2024_01252_Paper_27.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊  


[i] Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR2020-00019, Paper 11 (PTAB Mar. 20, 2020)
https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2020-00019,%20Apple%20v.%20Fintiv,%20Paper%2011%20(3.20.20).pdf

[ii] https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9725/

[iii] https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/13813/