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新規臨床試験の実施および当時実施中であった臨床試験のオープンラベル延長の提示に対する地裁の禁止の判断を覆し、適応追加申請を禁止することが適切であったかどうかについて更なる検討をさせるために事件を地裁に差し戻したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(以下「CAFC」)は、ハッチ・ワックスマン法[1]に基づく臨床試験等に対する差止命令の許容範囲を分析し、新規臨床試験の実施および当時実施中であった臨床試験のオープンラベル延長(以下「OLE」)[2]の提示に対する地裁の禁止の判断を覆し、適応追加申請に対する地裁の禁止の判断については適切であったかどうかについて更なる検討をさせるために事件を地裁に差し戻しました。

Jazz Pharmaceuticals, Inc. v. Avadel CNS Pharmaceuticals LLC, Case No. 24-2274 (Fed. Cir. May 6, 2025) (Lourie, Reyna, Taranto, JJ.)

 

1.事件の背景

 この判決は、ナトリウムオキシベート製品をめぐるJazz Pharmaceuticals(以下「Jazz社」)とAvadel CNS Pharmaceuticals(以下「Avadel社」)との間の複数の紛争の1つです。Jazz社は、日中の過度の眠気と特定の脱力発作の治療薬として承認されている「Xyrem」(以下「ザイレム」)と、ザイレムの適応症に加えて特発性過眠症の治療にも使用できる「Xywav」(以下「ザイウェーブ」)という2つの製品を販売しています。

 Avadel社は、自社製品である「Lumryz」(以下「ラムリーズ」)を販売するために、合衆国法典第505条(b)(2)に基づく新薬承認申請(以下「NDA」)を米国食品医薬品局(以下「FDA」)提出しました。Avadel社のラムリーズのNDAがFDAに係属中にJazz社は特許を取得しました。Jazz社は、ハッチ・ワックスマン法の一部である米国特許法第271条(e)(2)[3]に基づき、Avadel社のラムリーズのNDAの提出は、Jazz社の特許権を侵害している旨の主張をして地裁に特許権侵害訴訟を提起しました。Jazz社の特許はオレンジブック[4]に掲載されていなかったため、Avadel社はいかなる特許証もFDAに提出する必要はありませんでした。

 FDAはラムリーズを承認しました。Avadel社によるラムリーズの販売に伴い、Jazz社は、米国特許法第271条(a)-(c)項の特許権侵害を主張するように訴状を変更しました。

 最終的に、地裁は、Avadel社のラムリーズの販売行為はJazz社の特許権侵害に該当することを認め、Jazz社の特許は無効ではないと判断し、陪審はAvadel社のラムリーズの販売行為による特許権侵害に基づく損害賠償を認めました。その後の手続の後、地裁は、Avadel社に対し、(1)ラムリーズについての新規臨床試験の開始、(2)当時実施中だったラムリーズの特発性過眠症臨床試験のOLEの提示、(3)ラムリーズの特発性過眠症への適応追加申請を永久的に禁止しました。Avadel社は、地裁による(1)~(3)の禁止はいずれも不適法であると主張してCAFCに控訴しました。

 

2.CAFC判決

 CAFCは、以下の理由により、Avadel社の主張を概ね支持し、地裁による(1)~(2)の禁止を破棄し、(3)の禁止について更なる検討を行わせるため、事件を地裁に差し戻しました。

 まず、CAFCは、地裁による(1)新規臨床試験の開始の禁止について、FDAへの提出を目的とした新規臨床試験の開始は、実験に関するハッチ・ワックスマン・セーフハーバー[5](特許法第271条(e)(1))に完全に該当するため差し止めることはできない(特許法第271条(e)(3))と判断しました。Jazz社は、Avadel社がセーフハーバーの立場を放棄したと主張しましたが、事実関係の解明が必要であったため、却下されました。

 次に、CAFCは、地裁による(2)OLEの提示の禁止について、地裁がこのような特別な救済措置の妥当性を判断する際に、最高裁判所が示した差止命令の4要素テスト(eBay(2006年))(以下「eBay要素」)[6]を適用していないと結論付けました。CAFCは、OLEの提示がセーフハーバーに該当するかどうかについては判断せず、当該行為が、セーフハーバーの保護の対象外であると判断され、かつ地裁がeBay要素を満たしていると認めた場合にのみ、永久的に禁止できると説明しました。

 最後に、CAFCは、地裁による(3)適応追加申請禁止について、当該禁止の判断の妥当性は、当該申請がハッチ・ワックスマン法の要件を満たすかどうかにかかっていると結論付け、地裁の差止命令は差止命令による救済の範囲に関する特許法第271条(e)(4)[7]に抵触する可能性があると推察しました。CAFCは、この問題は、判例法では解決されていない重要な問題、すなわち、オレンジブックに掲載されていない特許に関する医薬品の申請書の提出がハッチ・ワックスマン法の適用を誘発するかどうか、またどのように誘発するかという問題にかかっているとし、更なる検討のために審理を地裁に差し戻しました。

 

3.実務上の留意点

 本件訴訟は、Jazz社の特許がオレンジブックに掲載される前に、それと競合するナトリウムオキシベート製品に関するAvadel社によるNDAの提出がなされたために生じた事例であり、米国におけるハッチ・ワックスマン法の適用される限界を解明する上で注目すべき判決と考えられます。今回の控訴審判決において地裁に差し戻されたように、FDAに対するどのような申請行為がハッチ・ワックスマン法の下で侵害を構成するのかという重要な争点について、今後どのような司法判断がなされるのか注目されます。なお、日本でも厚生労働省に承認された後発医薬品の販売が知財高裁で特許侵害品と判断された事例があり、先発薬メーカーと後発薬メーカーとの特許に関する争いは各国で注目されています。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Hatch-Waxman or Not, Clinical Trials Aren’t Subject to Injunction” May 15, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/05/hatch-waxman-or-not-clinical-trials-arent-subject-to-injunction/?utm_source=Eloqua&utm_medium=email&utm_campaign=EM%20-%20IP%20Update%20-%202025-05-15%2014%3A00&utm_content=post_title

 

2.Jazz Pharmaceuticals, Inc. v. Avadel CNS Pharmaceuticals LLC, Case No. 24-2274 (Fed. Cir. May 6, 2025) (Lourie, Reyna, Taranto, JJ.) 本件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-2274.OPINION.5-6-2025_2509887.pdf

[担当]深見特許事務所 赤木 信行


[1] 1984年に米国で制定された法律で、ジェネリック医薬品の承認を簡略化し、新薬の特許期間を延長することを目的としている。

[2] 臨床試験において、被験者が薬物を投与されていることを、医師や被験者自身が知っている状態で、試験の期間を延長すること。より長期にわたる薬物の安全性や有効性に関する情報を収集するために用いられる。

[3] 特許にクレームされている医薬品に関する合衆国法典第505条(b)(2)に基づくNDAの提出は特許権侵害行為であることが定められている。

[4] FDAにより発行され、医薬品製品に関連する特許が公開されている。後発医薬品メーカーが先発医薬品メーカーの医薬品に関する特許権の存続期間を監視する上で重要な役割を担っている。

[5] 特許期間中であっても、FDAの承認を得るために必要な試験は、特許侵害とみなされない、というもの。

[6] 米国の特許権侵害訴訟における差止命令の可否を判断するために用いられる要素。具体的には、(1)継続的な侵害行為による回復不能な損害の可能性、(2)法律による救済の不十分さ、(3)衡平な利益の考慮、(4)公益への影響の4つの要素。

[7] 連邦食品医薬品化粧品法(FDCA)に基づく医薬品の承認申請に関連する特許侵害訴訟における救済に関する規定。具体的には、271条(e)(2)に違反して製造された製品の輸入、販売、使用によって生じた救済の範囲を定めている。