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クレームに記載のない技術的詳細は、明細書に開示されていても35U.S.C.§101に基づく特許適格性判断を左右しないと認定したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、リモート小切手預金技術[i]に関する特許に関連して、明細書には記載されているがクレームには記載されていない技術的詳細は、発明の特許適格性の判断を左右しないとの理由で、35U.S.C.§101(以下「§101」と略記します)に基づく特許適格性についての略式判決における地方裁判所の判断を覆しました。

        United Services Automobile Association v. PNC Bank N.A., Case No. 23-1639 (Fed. Cir. June 12, 2025) (Dyk, Clevenger, Hughes, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)本件の対象となる特許について

 問題となっている特許(米国特許第10,402,638、以下「本件特許」)は、顧客が自分の携帯端末を使用して小切手を換金し口座に入金することができるシステムを対象としており、「顧客の指紋を表すデータを使用して顧客を認証するように構成されたシステム」をクレームしていました。なお、本件控訴においては、3件の米国特許が対象となっていましたが、本件特許以外の2件については、CAFCが個別にそれぞれのIPRの決定を支持していたことから、本件における議論は、本件特許のうちの唯一の権利主張されたクレームであるクレーム20のみに限定されています。当該クレーム20は以下のように記載されています。

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   20. A system for allowing a customer to deposit a check using a customer’s handheld mobile device, the system configured to authenticate the customer using data representing a customer fingerprint, the system including:

                 a customer’s handheld mobile device including a downloaded app, the app associated with a bank and causing the customer’s handheld mobile device to perform the following steps:

                    instructing the customer to take a photo of the check;

                    using a display of the customer’s handheld mobile device to assist

the customer in taking the photo of the check;

assisting the customer as to an orientation for taking the photo; and

                    using a wireless network, transmitting a copy of the photo from the customer’s handheld mobile device and submitting the check for mobile check deposit;

                 a bank computer programmed to update a balance of an account to reflect an amount of the check submitted for mobile check deposit by the customer’s handheld mobile device;

                 the system being configured to check for errors before the submitting is performed by the customer’s handheld mobile device; and

                 the system being configured to confirm that the mobile check deposit can go forward after optical character recognition is performed on the check in the photo.

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(2)特許侵害訴訟の提起

 本件特許の所有者であるUnited Services Automobile Association(以下「USAA社」)が特許侵害で、テキサス州東部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にPNC Bank N.A.(以下「PNC社」)を訴えました。証拠開示(discovery)手続きの後、両当事者は、クレームされた特許発明(以下「本件特許発明」)が§101に基づく特許適格性があるかどうかについての裁定を求める略式判決の申し立て(cross motion)を提出しました。

(3)地裁の判断

 地裁はUSAA社の申し立てを認め、本件特許発明は抽象的なアイデアに向けられておらず、したがって特許適格性があると認定する略式判決を下しました。5日間の裁判の後、陪審員は本件特許発明の無効性を認めず、PNC社が侵害したと認めました。

 地裁の最終判決の後、PNC社は、地裁の略式判決に対してCAFCに控訴しました。

 

2.CAFCの判断

 PNC社による控訴を受けて、CAFCは、本件特許発明の§101に基づく特許適格性について、Aliceテスト[ii]により特許適格性なしと判断し、地裁の略式判決を覆して、訴訟を地裁に差し戻しました。AliceテストによるCAFCの判断内容の詳細は、以下の通りです。

(1)Aliceテストのステップ1による判断

 CAFCは、Aliceテストのステップ1において、権利主張された本件特許発明は、携帯端末を使用して小切手を換金して口座に入金するという抽象的な考えに向けられていると認定しました。より具体的には、CAFCは、本件特許が「顧客に小切手の写真を撮るように指示し、無線ネットワークを使用して写真のコピーを送信し、設定されたシステムにエラーをチェックさせることにより、モバイル小切手預金のプロセスを実行するためのステップ」をクレームしていると認定し、これは、汎用デバイスによって実装された日常的なプロセスに相当すると判断しました。

 言い換えれば、CAFCは、本件特許のクレームには、小切手のレビュー、関連データの認識、エラーのチェック、および結果データの保存という、銀行や小切手を預ける人々が伝統的に行なってきた日常的なデータ収集と分析の手順が含まれているに過ぎないと認定しました。

 USAA社は、「消費者向けデバイスで小切手の預け入れを実現するには、極めて非自明なアルゴリズムの開発が必要だった」と主張しましたが、CAFCはこの主張を退け、裁判所は特許適格性を判断するために明細書ではなくクレームに焦点を当てていると指摘し、「本件特許の明細書に記載の技術的詳細のレベルは、抽象的な概念のみを記載するクレームを特許適格のシステムまたは方法に変換するものではない」との判断を示しました。クレームはアルゴリズムを記載しておらず、明細書もクレームも「クレームされたシステムがどのように構成されているかについての明確な説明」を含んでおらず、「小切手預金プロセスを改善するという概念」のみを含んでいたため、裁判所は、クレームされた主題は抽象的なアイデアのみに向けられていると認定しました。

(2)Aliceのステップ2による判断

 地裁は、Aliceテストのステップ1において、本件特許発明は抽象的なアイデアに向けられていないとして、特許適格性を認めたことから、ステップ2に基づく判断を行ないませんでした。それに対してCAFCは、地裁の判断を覆して、ステップ1において本件特許発明が抽象的なアイデアのみに向けられていると認定したことから、さらにステップ2に基づく判断を行ないました。

 Aliceテストのステップ2において、CAFCは、クレーム要素が抽象的なアイデアを特許適格性を有する出願に変換するのに十分な発明概念を含んでいるかどうかを検討しました。CAFCは、コンピュータを介したルーチンまたは従来公知の活動の実施は、発明的概念を提供するのに十分ではないため、本件特許発明に発明的概念は存在しないと判断しました。

 USAA社は、2014年のCAFCのDDR Holdings, LLC v. Hotels.com, L.P.の判決[iii](以下「DDR判決」)を引用し、要素の順序付けられた組み合わせを考慮して、全体として読み取られたクレームには、汎用モバイルデバイスを使用した小切手のデジタル画像からの情報の正確な検出と抽出の技術的問題を解決したため、独創的な概念が含まれていると主張しました。(この主張については、次の項目(3)で補足します。)

 CAFCはこれに同意せず、クレームは日常的な画像キャプチャ、光学式文字認識、およびデータ処理ステップのみを記載しており、これらはすべてよく知られており、日常的なものであるとともに、技術の機能に根本的な変更はなく、技術的な改善は認められないことから、特許適格性を有する応用に変換するのに十分な発明概念がクレームに含まれないと結論付けました。

(3)DDR判決を引用したUSAA社の主張についての補足

 DDR判決は、Aliceテストを適用してクレームが特許適格性を有すると認められた最も早い代表的な例であり、DDR社の2件の米国特許(No.6,993,572およびNo.7,818,399)を対象としています。これらの特許は、「オンライン小売業者のウェブサイト(ホストサイト)において、当該ウェブサイトへの訪問者が第三者の製品へのリンクをクリックした際に、訪問者を第三者のサイトに移動させることなく、クリックした製品の詳細情報とホストサイトとを仮想的に統合した商品詳細ベージを生成するシステム」の発明をクレームしています。このシステムによれば、ホストサイトへの訪問者が、クリックした第三者の製品の詳細ページに移動してしまってホストサイトへは戻らないという事象の発生を抑止することができ、ホストサイトを運営するオンライン小売業者の利益が保護されます。

 このような発明についてDDR判決では、Aliceテストのステップ2において、「通常ならば他のサイトに移動してしまう動作を、ホストサイト内で仮想的に第三者ページを表示させるという、典型的なインターネット上のビジネス慣行とは本質的に異なる動作をコンピュータに行なわせている」ことから、インターネット特有の技術的問題を解決しているものと認定し、特許適格性を認めました。

 USAA社はこの判決を引用し、本件特許発明も同様に、モバイルデバイスを用いたシステムに特有の技術的課題を解決していると主張しました。それに対してCAFCは、本件特許のクレームには、技術的課題を解決するアルゴリズムが記載されていない点で、DDR判決の特許発明とは異なり、明細書のみに開示されたアルゴリズム等の技術に基づく主張では、Aliceテストのステップ2において非自明性をもたらす発明的概念の存在が認められないとして、本件特許発明の特許適格性を否定しました。

(4)地裁の略式判決についてのCAFCの判断について

 地裁の略式判決についてCAFCは、略式判決における§101の特許適格性の分析の根拠となった事実自体には、略式判決による解決を妨げる重要な当事者間の争いはないことを認めました。その結果、裁判による証拠調べを要することなく法律的判断のみで裁決する略式判決を地裁が行なったこと自体を否定することなく、略式判決における特許適格性ありとの判断を覆して、差し戻しました。その結果として、差し戻し審において地裁は、CAFCの判断に従って、さらなる証拠調べを行なうことなく、特許適格性欠如による特許無効の略式判決を行なうことになり、その結果として、陪審による特許侵害の成否に関する判断を要しないことになります。

 

3.実務上の留意点

 USAA社は、上述のように、DDR判決を引用して、自己の特許発明の特許適格性を主張しようとしましたが、CAFCはその主張を認めませんでした。

 DDR判決は、Aliceテストに基づく特許適格性判断の肯定例として極めて珍しい存在であり、CAFCも本件判決以降の判決(2017年言渡しのSmart Systems v. Chicago Transit判決[iv]等)で、「DDR判決は非常に限られた事案に適用されるべき特異なケースである」として、その適用範囲を慎重に制限しています。したがって、判例に基づいて§101に規定する特許適格性を主張する場合において、今回のUSAA社のように判例を安易に引用することは必ずしも得策ではなく、引用する判例において問題となった特許発明と自身の特許発明とを比較精査し、当該判例の判旨に基づく自身の特許発明に関する主張の説得性を十分に吟味した上で、慎重に進める必要があることが、本件判決から読み取れます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “In Determining Subject Matter Eligibility, the Name of the Game Is the Claim” June 18, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/06/in-determining-subject-matter-eligibility-the-name-of-the-game-is-the-claim/

2.United Services Automobile Association v. PNC Bank N.A., Case No. 23-1639 (Fed. Cir. May 6, 2025) (Dyk, Clevenger, Hughes, JJ.)(本件判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1639.OPINION.6-12-2025_2529490.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登


[i] リモート小切手預金技術(remote check deposit technology)とは、端末機器を用いた遠隔操作によって、小切手を換金して銀行等の口座に入金する技術を言います。端末機器としては、スマートフォン等の携帯端末やATM端末が用いられます。

 

[ii] Aliceテストは、Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)におけるMayo/Aliceの法理に基づいて、次の2つのステップにより特許適格性を判断するものです。

 ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。

 ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。

 なお、Aliceテストの適用事例については、たとえば下記URLの弊所配信記事をご参照下さい。

 https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/10272/
 https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9043/
 https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/9582/

[iii] https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/13-1505.opinion.12-3-2014.1.pdf

[iv] https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/16-1233.opinion.10-13-2017.1.pdf