先端技術分野等の特許審査体制強化に関する最近の韓国特許庁の発表について
2025年1月から3月にかけて、先端技術関連分野の特許審査促進のための新たな取り組みについて、韓国特許庁の発表がありました。以下、その代表的な事項の概略について、項分けして紹介します。なお、以下の内容については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」(URL:https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/13324/)において2025年4月4日付で配信した韓国関連記事において既に項目として挙げて紹介しておりますが、その後複数の韓国事務所より、より詳細に説明したニュースレターが届きましたので、それらを踏まえ、改めてご報告致します。
1.優先審査申請の対象となる技術分野の拡大
韓国特許庁は、2025年2月19日付で「特許・実用新案の優先審査の申請に関する告示」を改正し、半導体、ディスプレイ、二次電池分野に続いて、人工知能分野等の先端技術を優先審査対象に新しく指定するとともに、二次電池分野については適用範囲を拡大して再指定しました。カーボンニュートラル・グリーン技術の優先審査も、従来の二酸化炭素捕集技術に加えて、国家戦略技術関連や再生可能エネルギー分野等に拡大されました。
ただし外国出願人の場合は、下記(1)の先端技術関連の優先審査申請において国内で生産/準備中という要件を満たすことが困難なことも多いと思われます。一方、下記(2)、(3)の技術関連の出願において優先審査申請の対象となる技術分野は、関連特許分類(CPC)で定められる(1)の場合とは異なり、韓国特許庁が別途付与するコードが基準となるため、技術分野に該当するかどうかの判断が容易ではなく、審査官に説明して判断を受けなければならない点に留意する必要があります。
改正後の優先審査対象となる技術分野は、以下の通りです。
(1)優先審査をバイオ、先端ロボット、人工知能を加えて6分野に拡大
今回新たに指定された優先審査対象は、バイオ(生命工学)、先端ロボット、人工知能技術と直接関連した出願であって、CPCが主分類として付与されており、韓国国内で生産中または生産準備中の企業、国家研究開発事業の結果物または特性化大学[1]の出願です。
二次電池の優先審査対象は、これまで二次電池の素材・部品・装備に限られていましたが、二次電池の製造または設計、性能検査・評価、制御管理(BMS)またはリサイクル技術にまで拡大されました。
(2)カーボンニュートラル・グリーン技術の優先審査の拡大
これまで温室効果ガスの削減のための二酸化炭素の捕集・運送・貯蔵技術に限られていた優先審査対象が、次世代原子力、再生可能エネルギー技術等カーボンニュートラル・グリーン技術の全般に大幅拡大されました。具体的には、水素・アンモニア、次世代原子力(小型モジュール原子炉(SMR)、高レベル放射性廃棄物の管理等)、先端モビリティ(電気自動車、水素電気自動車等)等の国家戦略技術関連分野、再生可能エネルギー生産技術(太陽光、風力、水力、海洋エネルギー、地熱、水熱等)が優先審査対象に追加されました。
当該分野の優先審査は、原則として特許庁が付与するグリーン技術の特許分類であるGコードを与えられた出願が対象となりますが、Gコードが付与されていなくても、分野により優先審査の申請が可能で、審査官が該当するか否かを職権で判断してGコードを付与する場合もあります。
(3)第4次産業革命関連の出願
全世界的に第4次産業革命[2]の影響が大きくなり、AI、ビッグデータ、自律走行などの分野の研究が活発になる中、2020年にはCOVID-19によるオンラインと非対面分野への移行がさらに加速されました。
韓国でもこのような傾向が強く反映され、2018年4月24日から、韓国特許庁では第4次産業革命に関連した技術分野の優先審査対象として、人工知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、3Dプリンティング、自律走行車、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、知能型ロボットの7つの分野を指定しており、さらに2019年6月10日から、スマートシティ[3]、仮想現実(virtual reality: VR)・拡張現実(augmented reality: AR)[4]、革新的新薬、再生可能エネルギー、オーダーメイド型ヘルスケア、ドローン、次世代通信、知能型半導体、先端素材の9つの技術分野が追加され、計16の技術分野となって現在に至っています。
第4次産業革命関連の出願とされるためには、原則として、特許庁が付与する第4次産業革命関連の新特許分類であるZコードを与えられた出願であることが必要です。ただし、Zコードが付与されていなくても、技術分野によっては優先審査の申請が可能であり、その場合には、審査官が該当するか否かを職権で判断してZコードを付与します。
2.優先審査の申請要件の緩和
優先審査申請者に大きな負担となっていた独自の先行技術調査要件が優先審査申請の必須要件から除外されました。また、「自己実施による優先審査」の申請要件も緩和され、実施中または実施準備中であることを立証するための書類として、事業者登録証のほかに技術移転契約書等も使用可能となりました。
先端技術の優先審査の場合、韓国国内で生産中または生産準備中という要件があり、国内生産設備がない海外出願人が活用するには依然として制限があり得ます。反面、カーボンニュートラル・グリーン技術の優先審査には、韓国国内で生産中または生産準備中という要件がなく、優先審査申請時における独自の先行技術調査要件も除外されました。したがって、カーボンニュートラル・グリーン技術分野の海外出願人は、韓国の優先審査を通して特許権を迅速に獲得し、これにもとづきPPHを通して海外出願に対する優先審査を図ることによって、グローバル特許ポートフォリオの早期権利化を図ることができるものと思われます。
第4次産業革命関連の出願についても、従来要求されていた先行技術調査の結果の提出は、要件から除外されています。
3.韓国特許庁、バイオおよびヘルスケア分野の特許審査専担組織を発足
韓国特許庁は、2025年3月10日、特許審査組織を改編し、バイオ分野およびヘルスケア関連の特許審査を専門的に扱う新たな組織を発足させる旨を発表しました。これによりこれらの分野での「特許ファーストトラック」[5]が本格稼働し、出願人は優先審査の請求により、迅速に特許審査の結果を受け取ることができるようになることが期待されています。
これに先立つ2025年1月23日、韓国政府は、バイオ分野の産業を新たな成長動力源とすることを国家戦略として提示しています。これを受けて韓国特許庁は、バイオ分野を積極的に支援するため、今回、バイオ産業生態系全分野に対する専門的な審査が可能となるように、以下のとおり既存の「バイオヘルスケア審査課」を改編し、新たに4課を設置して、計5課120人規模のバイオ分野専担審査組織を発足させることとしました。
これにより、バイオ分野として「バイオ基盤審査課」、「バイオ診断分析審査チーム」及び「バイオ医薬審査チーム」が、ヘルスケア分野として「ヘルスケア機器審査チーム」及び「ヘルスケアデータ審査チーム」が発足し、これらの組織によりバイオ産業生態系の全工程の一貫した特許審査が可能になったと評価されています。
特に最近5年間、韓国国内のバイオおよびヘルスケア分野の特許出願は年平均8.2%で急増しており、これは特許全体の出願増加率(2.3%)の約3.5倍にあたります。このため韓国特許庁は、今年2月、民間のバイオ分野専門家35人を特許審査官として採用するとともに、上述したとおりバイオ分野を優先審査の対象として追加指定をした中、これに続いて今回のバイオ分野専担審査組織の新設がなされることとなりました。
バイオ分野専担審査組織には、新たに採用された35人の審査官と既存の各審査局に散在していたバイオ分野の審査官85人を集中配置しました。これにより計120人に達するバイオ分野審査官の審査能力を結集し、今後、韓国特許庁は協議審査などにより審査品質を高めるとともに、現在18.9ヶ月かかっている審査処理期間も優先審査時に2ヶ月程度に短縮できることを見込んでいます。
4.拒絶決定不服審判において審判官が直ちに登録決定可能に
韓国の特許審判院は、2025年1月から、特許及びデザイン登録に関する拒絶決定不服審判において登録決定が妥当で追加の争点がないと判断した場合には、審査官に差し戻すことなく審判官自らが審決により登録決定することとしています(韓国特許法第52条第1項第3号)。これによる審判実務の変更点および留意点は、次のとおりです。
従来は拒絶決定不服審判の審理の結果、出願人の審判請求に理由があると認められれば拒絶決定を取り消し、審査局に差し戻して審査官が再度審査してきました。これにより審査局で再度の審査を行なうために、登録決定までの時間がさらにかかっていました。
このような登録遅延を改善するために、特許審判院は、拒絶決定不服審判の請求を認容する場合において、審査段階で検討されなかった争点が残っている場合や新たな拒絶理由が発見された場合など追加の審査が必要な場合のみ審査官に差し戻すこととし、追加の争点がない場合には審判官が審決により直接登録決定をすることができることとしました。これにより審判官が審決で直接登録決定することで、出願人が特許出願やデザイン登録出願について従来より1~2ヶ月程度早期に登録できる効果が期待されます。
審決において審判官が登録決定をしなければならない場合と、取消差戻しをしなければならない場合は、以下のとおりです。
(i)審判官が登録決定をしなければならない場合
原拒絶決定の理由では拒絶できないと判断されるとともに、差戻しをして再度審査に付すことは、審判で行える判断および手続きを審査で行うことになり、行政経済上望ましくない場合。
(ii)審査官に差戻しをしなければならない場合
・審判で追加検索を行なって決定した場合等のように、特許審判院が登録決定を行なうと審査、審判という審級を備えることの実質的意義が失われる場合。
・補正機会の付与等のために、審判官が意見提出通知書(拒絶理由通知書)を送付しなければならなかった場合。
・審査官が法理を誤って適用していて、出願人が実質的な意見提供の機会が与えられなかった場合。
特許審判院で登録決定をする場合の手続きについては、審査官が通常送付する様式の特許決定書は送付されず、審判の審決文が送付され、その審決文の主文として「原決定を取り消し、本件出願を特許決定する」旨が記載されます。その際、分割出願が可能であるかについては、審査段階で特許決定がされた場合(特許決定書が送達された日から3ヶ月以内に分割出願が可能)と同じく、特許拒絶決定取消審決の謄本が送達された日から3ヶ月以内に分割出願が可能です。
[情報元]
1.[Lee International IP & Law] Newsletter Spring 2025
(1)バイオ、先端ロボット、人工知能等先端技術の優先審査を6分野に拡大
https://www.leeinternational.com/home/bbs/board.php?bo_table=Newsletter2025_SPR&wr_id=9?stx=&lang=jp
(2)韓国特許庁、Biotech and healthcare分野の特許審査専担組織を発足
https://www.leeinternational.com/home/bbs/board.php?bo_table=Newsletter2025_SPR&wr_id=10?stx=&lang=jp
2.HA&HA[Newsletter]2025-05:特許&技術レポート
「特許庁、『バイオ特許専門組織』発足···『特許ファストトラック』本格稼動」
https://www.siks.jp/wp-content/uploads/2025/05/info434.pdf
3.ジェトロソウル事務所 知的財産ニュースより
(1)「バイオ・先端ロボット・AI技術の特許出願を優先審査対象に指定」2025年2月19日
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2025/250219.html
(2)「韓国特許庁、バイオ分野に特化した特許審査組織を発足」2025年3月10日 https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/ipnews/2025/250310.html
4.KIM & CHANG IP Newsletter | 2025 Issue2 | Japanes
(1)韓国特許庁、優先審査申請の対象拡大とバイオ分野特許審査専担組織の新設の動き
ttps://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=31944
(2)拒絶決定不服審判において審判官が直ちに登録決定可能に
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=31945
5.パテント 2021 Vol. 74 No. 9「韓国における AI 関連発明について」
https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3861
[担当]深見特許事務所 野田 久登
[1] 韓国では、特定の分野で高い専門性を有する大学あるいは理工系の研究と教育に特化した大学を「特性化大学」と呼んでいます。
[2] 第4次産業革命とは、IoT、AI、ビッグデータ(従来のデータベース管理システムでは扱いきれないほど巨大で複雑なデータ群)などの技術革新が、社会や経済の構造を大きく変革する現象を言います。
[3] AIやIoTなどの先端技術を活用して、都市の抱える課題を解決し、持続可能でより良い都市生活を実現しようとする取り組みを、スマートシティと言います。
[4] コンピューターによって創り出された仮想的な空間などを現実であるかのように疑似体験できる仕組みを仮想現実(VR)というのに対して、拡張現実(AR)とは、肉眼で直接見ることができる現実の世界に重ねて、本来その現実空間に存在しない情報を表示する技術を言います。
[5] 特許ファーストトラック:特許庁が特定の分野や出願に対して、通常よりも迅速な審査を行う制度。