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侵害訴訟で主張されたクレームの全範囲が出願当初の明細書の記載によって十分サポートされていないとして、特許の有効性を支持した連邦地方裁判所の第一審判決を破棄したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、訴訟対象特許の明細書は、主張されたクレームの全範囲を明細書の記載が十分にサポートしていないこと(米国特許法(pre-AIA)第112条第1段落違反)を明確に証明していると判断し、特許の有効性を支持する連邦地方裁判所の第一審判決を破棄しました。

Mondis Technology Ltd. v. LG Electronics Inc., Case Nos. 23-2117; -2116 (Fed. Cir. Aug. 8, 2025) (Taranto, Clevenger, Hughes, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)訴訟の提起

 Mondis Technology Ltd.、Hitachi Maxell, Ltd.、n/k/a/ Maxell Holdings, Ltd.、およびMaxell, Ltdの4社(以下、「Mondis社」と総称)は、画像を表示するディスプレイユニットの技術に関する米国特許第7,475,180号(以下、「本件特許」)を所有しています。

 Mondis社は、LG Electronics Inc.およびLG Electronics U.S.A., Inc.の2社(以下、「LG社」と総称)が製造販売するテレビジョンが、本件特許の独立クレーム14およびその従属クレーム15を侵害していると主張して、ニュージャージー州連邦地方裁判所(以下、「連邦地裁」)に特許侵害訴訟を提訴しました。

(2)第一審の判断

 第一審の連邦地裁において陪審は、Mondis社に有利な評決を下し、LG社に4,500万ドルの損害賠償を命じました。

 本件特許の権利化段階において、Mondis社は先行技術を克服するためにクレームを補正しており、後で詳細に説明するように、特定のディスプレイユニットを特定する限定をディスプレイユニットの種類を特定する限定に変更していました。LG社は、補正により導入されたディスプレイユニットの種類を特定するクレーム限定をサポートする明細書の記載が欠如しているため本件特許は無効であると主張し、「法律問題としての判決(judgement as a matter of law: JMOL)」[i]を申し立てました。これに対して陪審は、本件特許の無効は証明されずLG社の被疑侵害品は本件特許を侵害していると判断し、連邦地裁はJMOLの申し立てを却下しました。一方で連邦地裁は、損害賠償に関しては再審理を認め、2回目の陪審は1,400万ドルを超える賠償を命じました。

 原告であるMondis社は損害賠償額の減額認定の誤りを主張してCAFCに上訴し、被告であるLG社は本件特許の無効を主張したJMOLが却下されたことを不服としてCAFCに交差上訴しました。

 

2.本件特許の争点となったクレームの記載

(1)出願当初のクレーム

 本件特許の出願当初のクレーム40(本件特許のクレーム14に対応)は以下のように記載されていました。クレーム中に争点となった記載を太字・斜体で示します。また、クレームの弊所仮訳も以下に示します。

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40. A display unit for displaying an image based on video signals inputted from an externally connected video source, comprising:

a video circuit adapted to display an image based on the video signals sent by the externally connected video source;

a memory in which at least display unit information is stored, said display unit information including an identification number for identifying said display unit and characteristic information of said display unit; and

a communication controller capable of bidirectionally communicating with said video source;

wherein said communication controller is capable of communicating said display unit

information other than said characteristic information to said video source.

(40. 外部接続されたビデオソースから入力されたビデオ信号に基づいて画像を表示するディスプレイユニットであって、

 外部接続されたビデオソースから送信されたビデオ信号に基づいて画像を表示するように構成されたビデオ回路と、

 少なくともディスプレイユニット情報を記憶するメモリとを備え、前記ディスプレイユニット情報は、前記ディスプレイユニットを特定するための識別番号および前記ディスプレイユニットの特性情報を含み、

 前記ディスプレイユニットはさらに、

 前記ビデオソースと双方向に通信が可能な通信コントローラを備え、

 前記通信コントローラは、前記特性情報以外の前記ディスプレイユニット情報を前記ビデオソースに通信することができる。)

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(2)審査段階の補正

 審査段階においてMondis社は、先行技術拒絶を克服するために“at least a type of”という文言を挿入する補正を行いました。その結果、出願当初のクレーム40は最終的に下記のクレーム14として発行しました(補正による挿入個所を下線で示します)。

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14. A display unit for displaying an image based on video signals inputted from an externally connected video source, comprising:

a video circuit adapted to display an image based on the video signals sent by the externally connected video source;

a memory in which at least display unit information is stored, said display unit information including an identification number for identifying at least a type of said display unit and characteristic information of said display unit; and

a communication controller capable of bidirectionally communicating with said video source;

wherein said communication controller is capable of communicating said display unit

information other than said characteristic information to said video source.

(14. 外部接続されたビデオソースから入力されたビデオ信号に基づいて画像を表示するディスプレイユニットであって、

 外部接続されたビデオソースから送信されたビデオ信号に基づいて画像を表示するように構成されたビデオ回路と、

 少なくともディスプレイユニット情報を記憶するメモリとを備え、前記ディスプレイユニット情報は、前記ディスプレイユニットの少なくとも種類を特定するための識別番号および前記ディスプレイユニットの特性情報を含み、

 前記ディスプレイユニットはさらに、

 前記ビデオソースと双方向に通信が可能な通信コントローラを備え、

 前記通信コントローラは、前記特性情報以外の前記ディスプレイユニット情報を前記ビデオソースに通信することができる。)

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3.CAFCの判断

(1)明細書の記述要件について

 CAFCは、連邦地裁によるJMOLの却下の判断を審理するために、地域的な法基準(ここでは第3巡回区の法基準)を適用しました。第3巡回区の法基準では、JMOLの却下の判断は、合理的な陪審であれば適正にその評決に至ることができたか否かについて証拠が存在するか否か、について検討されます[ii]特許は本来有効と推定されるものであり、この推定を覆すためには明確で納得のいく証拠が必要とされます[iii]

 CAFCは、米国特許法第112条第1段落の明細書の記述要件(written description requirement)[iv]に基づく特許の有効性を評価するにあたり、権利化段階において行われた補正を含めて、クレームされた発明を発明者が保有していることを明細書が十分に示しているかどうか、ということに重点的に注目しました。特に、CAFCは、実質的な証拠が陪審による特許の有効性の認定を裏付けたかどうかを検討し、その結果、LG社は、特許の有効性に異議を唱えるために、外部証拠を必要とすることはなく明細書に適切に依拠したものである、と結論付けました。

 問題となっているクレーム補正は、クレームされた「識別番号」の性質を、特定のディスプレイユニットを特定する番号からディスプレイユニットの種類を特定する番号に変更するものであり、LG社は、このような変更は当初出願による記述要件のサポートを欠いていると主張しました。ディスプレイユニットの種類を限定することを明細書が明示的に開示していないことについては、両当事者双方の専門家証人もそのように証言している通りであり、両当事者の間で争いはありませんでした。本件特許の明細書において「ディスプレイ装置の種類」という言葉は背景技術の項目で一度出てくるだけであり、この言葉はクレームされた発明に言及するものではなく先行技術のマルチスキャンモニターを指すものであるため、記述要件のサポートをもたらすものではありませんでした。むしろ本件特許は、特定のコンピュータと関連付けられた「識別子(identifier)」を一貫して開示していました。

 明細書の記述要件を満たすためには、本件の場合は種類の限定も含む発明を発明者が所有していたことを、特許明細書の開示によって当業者に対し証明する必要があります。CAFCは、本件特許および専門家証言のみに基づいて、特許の隅々まで客観的に調査する合理的な陪審であれば、発明者は特定のディスプレイユニットを特定することのみを所有し開示したと認定せざるを得ないであろう、と判断しました。

(2)Mondis社の専門家証言

 Mondis社の専門家証人は、本件特許明細書の第5欄第62行~第67行の以下の記載を指摘しました。

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Namely, an ID number is sent to the computer 1 from the display device 6 so that the computer 1

identifies that the display device 6 having a communication function is connected and the computer

1 compares the ID number with the ID number registered in the computer 1.

(すなわち、ディスプレイ装置6からコンピュータ1にID番号が送信され、これによりコンピュータ1は、通信機能を有するディスプレイ装置6が接続されていることを認識し、コンピュータ1は、そのID番号とコンピュータ1に登録されているID番号とを比較する。)

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 Mondis社の専門家証人は、この明細書の記載を以下のように解釈しました。

 「基本的に、ID番号は、通信機能を持つディスプレイ装置が接続されていることを識別する。この場合、ここで言及されている通信機能とは、実際のビデオフォーマットのことである。つまり、ID番号は、ディスプレイが受信できるビデオフォーマットを定義している。」

 CAFCは、Mondis社の証言が主に、特許の有効性よりも侵害に関するものであり、「種類の限定」については何ら触れられておらず、このような証言の断片をつなぎ合わせて明細書における黙示的なサポートを主張しようとした試みは不十分であったと判断しました。Mondis社は、この「通信機能」と「種類の限定」とを結びつけることにより合理的な陪審が記述要件のサポートを認定できるような証拠を陪審に提示しませんでした。

 明細書の文言の通常の意味に従って読めば、明細書は、出願当初の補正前のクレーム限定のみをサポートしており、補正後の「種類を特定する限定」をサポートしていないため、CAFCは、Mondis社の専門家の証言を考慮したとしても、明細書の文言の通常の意味に従って解釈したときには、陪審の認定を十分に裏付けるには至らなかったと判断しました。陪審は黙示的なサポートを推論することはできるかもしれませんが、Mondis社はそのような推論を正当化するのに十分な具体的な証言を提出しませんでした。

(3)審査経過による立証

 Mondis社はまた、審査官が補正後のクレームを許可したことは明細書に十分なサポートがあることを示しており、発行済み特許の有効性の推定がその立場を裏付けていると主張しました。CAFCは、審査官の焦点は先行技術の克服に向けられており、記述要件を評価することには向けられていなかったことを指摘し、この主張を退けました。Mondis社の立場を受け入れれば、特許を許可した審査官が拒絶理由を見逃していた場合でも、ほとんどの特許が後日の無効化から事実上保護されることになりますが、CAFCはそのような結果は現実的ではないと判断しました。

 したがって、CAFCは連邦地裁の判決を破棄し、主張されたクレームは記述要件の欠如のため無効であると判断しました。

 

4.留意点

 米国特許法(pre-AIA)第112条第1段落は、発明の記述要件(written description requirement)を規定していますが、その主たる目的の1つは、発明者がクレームされた発明を発明日において所有していたことを明確にすることであり、そのためには出願当初の明細書がクレーム発明に対する十分なサポートを提供していることが要求されます。出願後にクレームを補正する場合にも、補正後のクレームが出願当初の明細書に明記されていない限定事項を追加するときにはそのような限定事項が暗黙にまたは内在的に記載されていることが立証されない限り、記述要件違反になります。本件のように当初の明細書全体を通じて追加事項に対するサポートが見出されないような補正は、たとえ審査段階で審査官が許可した補正であっても、後の審判段階や訴訟段階において記述要件を満たさないと判断される可能性がありますので、クレームの補正時には記述要件違反にならないか十分に注意する必要があります。

[i] 米国における陪審員裁判では、陪審員が証拠に基づいて当事者の主張が事実かどうかを判断して評決を行ない、その評決に基づいて地裁が判決を下します。ただし、提出された証拠が事案を合理的に裏付けるに足りないと相手方の当事者が判断した場合には、米国民事訴訟規則50条に基づき、法律問題としての判決(Judgment as a matter of law,略してJMOL)を求める動議を出すことができます。

[ii] TransWeb, LLC v. 3M Innovative Props. Co., 812 F.3d 1295, 1301 (Fed. Cir. 2016) (quoting Gomez v. Allegheny Health Servs., 71 F.3d 1079, 1083 (3d Cir. 1995))

[iii] Ariad Pharms., Inc. v. Eli Lilly & Co., 598 F.3d 1336, 1354 (Fed. Cir. 2010) (en banc)

[iv] 35 U.S.C. 112 (pre-AIA) Specification

“The specification shall contain a written description of the invention, and of the manner and process of making and using it, in such full, clear, concise, and exact terms as to enable any person skilled in the art to which it pertains, or with which it is most nearly connected, to make and use the same, and shall set forth the best mode contemplated by the inventor of carrying out his invention.”

 

[情報元]

1.McDermott Will & Emery IP Update | August 21, 2025 “Specification controls: Written description must be clear”

https://www.ipupdate.com/2025/08/specification-controls-written-description-must-be-clear/

2.Mondis Technology Ltd. v. LG Electronics Inc., Case Nos. 23-2117; -2116 (Fed. Cir. Aug. 8, 2025) (Taranto, Clevenger, Hughes, JJ.)(判決原文)

https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-2117.OPINION.8-8-2025_2555742.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊