ロイヤルティ支払いに関する国際仲裁判断の効力を確認した連邦地裁判決に対して、CAFCは上訴管轄権を有しないと判示したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許ライセンス契約および供給契約に基づくロイヤルティ支払いをめぐる紛争に対するアメリカ仲裁協会・紛争解決国際センターの仲裁判断の効力を確認した連邦地方裁判所の判決について、特許法上の実質的な問題を必ずしも提起するものではないと判断し、CAFCはこのような判決に対する上訴管轄権を有しない、との判決を下しました。
Acorda Therapeutics Inc. v. Alkermes PLC, Case No. 2023-2374 (Fed. Cir. July 25, 2025) (Taranto, Hughes, Stark, JJ.)
1.事件の背景事情
(1)特許ライセンス契約および供給契約の締結
Acorda Therapeutics Inc.(以下、「Acorda社」)は、多発性硬化症患者の歩行機能を改善するための治療薬であるAmpyra®の開発企業です。一方、Alkermes PLC(以下、「Alkermes社」)は、当該治療薬の有効成分であるダルファムプリジン(Dalfampridine)に関する米国特許第5,540,938号(以下、「本件特許」)を所有していました(存続期間満了により既に失効)。
1998年に、Acorda社およびAlkermes社は、当該治療薬の正味販売額の18%のロイヤルティと引き換えに、Acorda社がAlkermes社から本件特許のライセンス供与を受けかつAlkermes社から当該有効成分を直接調達するという内容のジョイントベンチャー契約を締結しました。2003年に、法規制上の懸念事項のため、両社はジョイントベンチャー契約を解消し、新たに特許ライセンス契約および供給契約を締結しました。これら2つの契約の下で、Acorda社は、特許ライセンス契約による10%のロイヤルティおよび供給契約による8%のロイヤルティからなる計18%のロイヤルティをAlkermes社に支払うことになりました。2010年にアメリカ食品医薬品局(FDA)は、当該治療薬の新薬承認申請を認可し、Acorda社は、当該治療薬の販売を開始しました。
(2)本件特許の満了およびその後のロイヤルティの支払い
本件特許の存続期間は2018年7月30日に満了し、その後、当該治療薬のジェネリック製品がすぐに市場に流通するようになりました。Acorda社は、本件特許の満了に鑑み、ロイヤルティの調整をAlkermes社に求めましたが、Alkermes社はこれを拒否しました。Acorda社はそれ以降も、書面による正式な異議申立をすることなく2年間にわたってロイヤルティの支払いを継続しておりました。2020年4月にAcorda社は再度、本件特許の満了によりライセンス契約のロイヤルティ条項は執行不能であることをAlkermes社に主張しましたが、一方でAcorda社は正式な異議申立をすることなく支払いを継続しました。本件特許の満了から2年後の2020年7月に、Acorda社は、ライセンス契約に基づいて、ロイヤルティの支払い毎に書面による正式な異議申立を含めることを始めましたが、供給契約に基づく支払いについてはそのような異議申立を行いませんでした。
2.国際仲裁の申立
(1)仲裁の開始
2020年7月28日に、外国企業であるAcorda社は、ライセンス契約および供給契約の仲裁条項にしたがって、Alkermes社との仲裁の申立を、アメリカ仲裁協会(American Arbitration Association: AAA)の紛争解決国際センター(International Centre for Dispute Resolution: ICDR)に提出しました。とりわけAcorda社は、ICDRの仲裁廷(arbitration tribunal)に対して、本件特許の満了に伴いライセンス契約のロイヤルティ条項は連邦法の下で執行不能となるとの宣言を求めるとともに、2018年7月の特許満了以降に支払われたロイヤルティについては州法上の不当利得の返還の法理の適用を主張してその回収を求めました。ライセンス契約違反の問題は州の契約法に基づいて処理されるものであり、両社は、ニューヨーク州法の下で仲裁が行われることに同意しました。ニューヨーク州法では、異議申立は書面で行なわれ、主張される権利が明確に示されることが必要とされます。
(2)仲裁廷の判断
2022年11月7日に仲裁廷は仲裁判断を下し、ライセンス契約のロイヤルティ条項が特許満了後に執行不能であることについてはAcorda社に同意しました。仲裁廷は、ライセンス契約および供給契約は、どの点から見ても事実上は1つの契約であり、供給契約のロイヤルティ条項もまた執行不能であると判断しました。
仲裁廷は次に、金銭的救済の問題、具体的には、Acorda社が「不当利得/返還」の理論に基づき特許満了後に支払われた金額を回収する権利を有するかどうかを検討しました。そして、ライセンス契約に関しては、仲裁廷は、ニューヨーク州の自発的支払の法理(the
New York Voluntary Pay Doctrine :NYVPD)を適用しました。この法理では、「事実を完全に認識した上で支払われた金額は、たとえ法律上の錯誤に基づいて支払われたとしても、回収することはできない」とされており、Acorda社が書面による正式な異議申立をすることなく支払った金額の回収を禁じました。この結果、仲裁廷は、Acorda社には2020年7月以降に正式な異議申立の下で支払われた金額のみを回収する権利がある、と結論付けました。一方、供給契約について仲裁廷は、Acorda社はAlkermes社宛ての書簡においてロイヤルティについて異議申立したことがなかったので、Acorda社はロイヤルティの支払いを回収できないと結論付けました。
3.連邦地裁への出訴
(1)連邦地裁の裁判管轄権
上記の仲裁廷の判断は、前述のように、事実を十分に認識した上で行われた支払いは、たとえ法律の錯誤によるものであっても書面による異議申立がない限り回収できないというニューヨーク州法の法理に依拠したものであり、このようなライセンス契約違反の問題は、原則として連邦裁判所に裁判管轄権を生じさせるものではありません。しかしながら、外国企業であるAcorda社は、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)[i]の米国裁判所での適用を認める連邦仲裁法(Federal Arbitration Act: FAA)第2章[ii]の下に、州籍相違管轄権(diversity jurisdiction)[iii]を行使して、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所(以下、「連邦地裁」)に訴訟を提起しました。
(2)連邦地裁の判断
Acorda社は、連邦地裁に以下の事項を申し立てました。
(ⅰ)仲裁廷の仲裁判断の有効性を確認すること(2018~2020年に行った6,500万ドルを超える支払いの回収が否認されたことを除く)
(ⅱ)2018~2020年に行った6,500万ドルを超える支払いの回収を否認した仲裁判断の修正
Acorda社は、上記の(ⅱ)については、仲裁廷が連邦特許法およびその他の法の原則を「明白に無視」して行動したとして、この仲裁廷の判断の修正を求めました。Acorda社はその根拠として、2つの択一的な理論を提示しました。1つは仲裁廷が連邦特許法を逸脱して州法を不適切に適用したという主張であり、もう1つは、当該仲裁が違法なライセンス契約を事実上執行したという主張です。これに対してAlkermes社は、Acorda社による上記の(ⅱ)の仲裁判断の修正の請求についてのみ争いました。
連邦地裁は、仲裁廷が「明白に無視」して行動したというAcorda社の主張を却下し、仲裁廷の判断を全面的に支持しました。Acorda社は、この判決を不服として、CAFCに上訴しました。
4.CAFC判決の判断
CAFCは実体審理に進む代わりに裁判管轄権を審査しました。Acorda社およびAlkermes社の両当事者は、CAFCまたは第2巡回区連邦控訴裁判所のいずれが本件に対する上訴管轄権を有するかで対立し、Acorda社は、CAFCで審理されることを支持し、Alkermes社は、第2巡回区連邦控訴裁判所で審理されることを支持しました。CAFCは、当事者の主張に制約されることなく、自身の管轄権については自信で判断することが義務付けられています。
CAFCでは、「十分に主張された訴状(well-pleaded complaint)」の原則に基づき、十分に主張された訴状が、「連邦特許法が訴訟原因を生じさせること」という一般的要件、または「原告の救済を受ける権利が連邦特許法に関する実質的な問題の解決に必然的に依存すること」という例外的要件、を立証できる場合にのみ訴訟を提起することができます。連邦最高裁判所は、1988年のChristianson v. Colt Industries判決[iv]および2013年のGunn v. Minton判決[v]において、救済を受ける原告の権利が特許法に関する実質的な問題の解決に必然的に依存する場合、すなわち、関連する連邦法が訴訟原因を作り出すという一般的な要件に対する例外的な要件である「特別かつ小規模」な第2のカテゴリーに相当する状況は「極めて稀」であることを明確にしました。
本件において、Acorda社の訴状は特許上の訴訟原因を主張していませんでした。仲裁判断についてのAcorda社の確認の請求は、特許法の司法解釈を必要とせずに解決できるものでした。CAFCはまた、仲裁判断の修正についてのAcorda社の請求は、仲裁判断の執行不能性の認定を前提としていたものの、2つの択一的な論拠を提示しており、そのうち特許法に関連するのは1つだけであると指摘しました。連邦地裁は特許法に言及することなくAcorda社に有利な判決を下すことができたため、CAFCは特許法が「必然的に提起された」わけではないと結論付けました。その結果、CAFCは控訴に対する管轄権を有していないと判断し、事件を第2巡回区連邦控訴裁判所に移送しました。
5.実務上の注意事項
本件のように控訴審において裁判管轄権の問題で訴えが実体審理されることなく門前払い(他の裁判所への移送)される場合が起こりえます。連邦地方裁判所に訴訟を提起する場合には、将来の控訴に備えてどの控訴裁判所を希望するかを、訴状を作成する際に予め検討しておく必要があります。特に連邦地方裁判所で不利な判決が出された場合にCAFCに控訴する予定の場合には、先に述べた「連邦特許法が訴訟原因を生じさせること」という一般的要件または「原告の救済を受ける権利が連邦特許法に関する実質的な問題の解決に必然的に依存すること」という例外的要件を立証できるように、予め訴状において十分な主張を行っておくことが望まれます。
[i] ニューヨーク条約(New York Convention)とは、外国における仲裁判断の効力を加盟国間で承認するとともに執行を相互に保障する条約です(正式名称:the Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards, June 10, 1958)。この条約は外国仲裁判断の承認・執行の要件を定めており、2025年時点の締約国は172か国です。
[ii] 連邦仲裁法の第2章は、ニューヨーク条約が米国裁判所で執行される場合について規定しています(“The Convention on the Recognition and Enforcement of Foreign Arbitral Awards of June 10, 1958, shall be enforced in United States courts in accordance with this chapter.”)。
[iii] 州籍相違管轄権とは、本件のように州法が適用される事案であっても、異なる州または国に居住する原告と被告の間で起こった訴訟については、連邦裁判所が審理できる管轄権を意味します。
[iv] Christianson v. Colt Industries Operating Corp., 486 U.S. 800, 808–09 (1988)
[v] Gunn v. Minton, 568 U.S. 251, 257–58 (2013) (quoting Empire Healthchoice Assurance, Inc. v. McVeigh, 547 U.S. 677, 699 (2006)))
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | August 7, 2025 “Federal Circuit lacks jurisdiction over award that doesn’t raise issue of patent law”
2. Acorda Therapeutics Inc. v. Alkermes PLC, Case No. 2023-2374 (Fed. Cir. July 25, 2025) (Taranto, Hughes, Stark, JJ.)(判決原文)
(https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-2374.OPINION.7-25-2025_2549800.pdf)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊