“クレームは抽象的なアイデアに向けられている”とする地裁判決を破棄した米国連邦巡回控訴裁判所判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、原告の特許クレームに対する、米国特許法第101条に基づく地方裁判所の部分的な却下を覆し、クレームはAliceのステップ1に基づく抽象的なアイデアに向けられていないと判示しました。
PowerBlock Holdings, Inc. v. iFit, Inc., Case No. 24-1177 (Fed. Cir. Aug. 11, 2025) (Taranto, Stoll, Scarsi, JJ.).
1.背景
(1)本件の概要
PowerBlock Holdings, Inc.(以下「PowerBlock」)は、ダンベルに関する米国特許7,578,771号(以下「’771特許」)を侵害したとして、iFit, Inc.(以下「iFit」)を相手取ってユタ州連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起しました。iFitは、米国特許法第101条(以下「101条」)に基づき請求棄却をするよう地裁に申し立てました。
地裁は、最高裁による2ステップフレームワーク(いわゆるAlice/Mayoの2ステップテスト)を適用して問題のクレームを評価し、クレーム19を除く全てのクレームが101条に基づき特許適格性がないと判断しました。PowerBlockは控訴しました。
(2)本件特許
’771特許は、セレクタ式ダンベルの重量を選択および調整するための総合的な統合システムに関し、ダンベルの重量を調整するために使用されるセレクタを、ユーザが使用するために選択した所望の運動重量に対応する調整位置へ移動させることを可能にします。
’771特許の明細書によれば、ユーザが直接にセレクタを握ってその位置を調整することが必要とされるような、’771特許とは異なる機械式のセレクタを備えるシステムの場合、ユーザがセレクタを完全にまたは正しく操作しない可能性が常に存在し、そうなると、ダンベルの使用中に1つまたは複数のウェイトがハンドルから誤って外れてしまう可能性があるようです。
代表例として、’771特許のクレーム1を以下に示します。
クレーム1
- A weight selection and adjustment system for a selectorized dumbbell, which comprises:
(a) a selectorized dumbbell, which comprises:
(i) a stack of nested left weight plates and a stack of nested right weight plates;
(ii) a handle having a left end and a right end; and
(iii) a movable selector having a plurality of different adjustment positions in which the selector may be disposed, wherein the selector is configured to couple selected numbers of left weight plates to the left end of the handle and selected numbers of right weight plates to the right end of the handle with the selected numbers of coupled weight plates differing depending upon the adjustment position in which the selector is disposed, thereby allowing a user to select for use a desired exercise weight to be provided by the selectorized dumbbell; and
(b) an electric motor that is operatively connected to the selector at least whenever a weight adjustment operation takes place, wherein the electric motor when energized from a source of electric power physically moves the selector into the adjustment position corresponding to the desired exercise weight that was selected for use by the user.
(試訳)
- 1. セレクタ式ダンベル用の重量選択および調整システムであって、
(a)セレクタ式ダンベルと、
(b)電動モータとを備え、
前記セレクタ式ダンベルは、
(i)入れ子になった、左ウェイトプレートおよび右ウェイトプレートの各々のスタックと、
(ii)左端と右端を有するハンドルと、
(iii)複数の異なる調整位置に配置可能な可動セレクタとを備え、
前記可動セレクタは、
選択された数の左ウェイトプレートをハンドルの左端に、選択された数の右ウェイトプレートをハンドルの右端に連結するように構成され、連結されるウェイトプレートの選択された数は、セレクタが配置されている調整位置に応じて異なり、これにより、ユーザは、前記セレクタ式ダンベルによって提供される所望の運動重量を選択して使用することができるように構成され、
前記電動モータは、少なくとも重量調整操作が行われるたびにセレクタに作動的に接続され、電源から通電されると、ユーザが使用するために選択した所望の運動重量に対応する調整位置へセレクタを物理的に移動させる、システム。
’771特許は、一言で言えば、セレクタを人間が操作するようなマニュアル式の従来の構成を、電動モータによって自動化したシステムであり、クレーム1の構成で表現すれば、「(a)セレクタ式ダンベル」を、「(b)電動モータ」で自動化したシステムと言えるでしょうか(下図参照)。
(3)地裁の判断
101条に関する主要な争点は「自動化」でした。地裁は、これに関して、CAFCによる一連の判例を展開しましたが、その判例の中には、「汎用コンピュータを使用した手動プロセスの単なる自動化は、コンピュータ技術における特許可能な改良を構成するものではない。」という判例(Elec.Power Grp., LLC v. Alstom S.A., 830 F.3d 1350, 1354 (Fed. Cir. 2016))などが含まれていました。
地裁は、まず、Alice/Mayoの2ステップテストの原則に言及しました。このテストのステップ1では、争点となっているクレームが抽象的なアイデア等の司法例外に向けられたものであるか否かを判断し、ステップ2では、クレームは、司法例外を遙かに超える追加要素を記載しているか否かを分析します。地裁はまず、2ステップテストのステップ1に関して、771特許のクレーム1~18および20は、「以前はマニュアルで行われていたプロセスの自動化による結果、という特許不適格な主題、つまり手段ではなく特定のプロセスの『結果』を対象とし」、「抽象的なアイデアを対象としており、汎用的なコンポーネントを用いて同一の基本的プロセスの実行を要求するように実装され」、「特許全体を考慮すると、…自動セレクタライズドダンベルウェイトスタッキングの一般的な結果または効果によって定義されているため、’771特許のこれらのクレームは、記載されたとおりのクレームが表面上、あらゆるウェイト選択および調整システムを先取りすることになるという先取権の問題を生じさせる」と判断しました。
続いて、ステップ2に関して、各クレームは「自動セレクタライズドダンベルの最終結果という抽象的アイデアをはるかに超えるものを付加していない」と判断し、クレーム19を除く全てのクレームが101条に基づき特許適格性がないと判断しました。
2.CAFCの判断
CAFCは、’771特許のクレーム1がステップ1でテストに合格(pass)すると判断しました。CAFCは、ステップ1に関して、CAFC判例(CardioNet, 955 F.3d, 1367頁)に依拠して「ステップ1では、クレームを『全体として』検討し、その性質が除外対象に向けられているかどうかを確認する。また、特許明細書も検討する。これは、クレームの理解を深める上で役立つからである。」と述べています。
CAFCは、ステップ1に関する地裁の判断誤りの核心が「クレーム1が自動ウェイトスタッキングという抽象的な概念を対象とし、『先取特権の問題を引き起こす』」という判断にあると断定しました。CAFCによれば、地裁は、クレーム1が「セレクタ式ウェイトスタッキングの特定の(particular)システムまたは方法ではなく、2つまたは3つの『一般的な(generic)』構成要素からなるウェイト選択および調整システムを含むシステムをクレームしようとしている」ため、クレーム1は、「自動ウェイトスタッキングの一般的な目的に向けられている」と結論していました。
CAFCは、「クレーム1は、特定の種類のダンベル、すなわち、入れ子状の左側ウェイトプレートのスタック、入れ子状の右側ウェイトプレートのスタック、ハンドル、および異なる調整位置を持つ可動セレクタを備えたセレクタ式ダンベルに限定されており、セレクタを異なる調整位置に動かすと、ダンベルに連結された左側および右側のウェイトプレートの数が変化する。さらに、クレームには、電動モータが『セレクタに動作可能に接続』され、ユーザが選択した所望の重量に対応する異なる調整位置にセレクタを物理的に移動させることが記載されている。したがって、クレーム1は、セレクタ式ダンベルの『技術的改良の具体的実装に限定されている』。…本クレームの限定は、101条を満たすのに十分な具体性と構造性を備えていると判断する。」と判示しました。
iFitは、クレーム1が特定の構造を対象としているのか、それとも抽象的な概念を対象としているのかを判断する際に、先行技術に存在するクレーム限定を無視するよう求めていましたが、CAFCは、この主張を採用しませんでした。CAFCは、ステップ1においては、クレーム全体を「全体として、その性質が除外対象に向けられているかどうかを確認する」ことが必要であり、「裁判所は、クレームを一般的に見て、クレームの具体的な要件を考慮に入れないことによって『クレームを過度に単純化し過ぎないように注意しなければならない』と警告してきた」と付言しました。
CAFCはさらに、101条に関する重要判決の1つであるDiehr最高裁判決(Diamond v. Diehr, 450 U.S. 175, 188 (1981))から「クレームを新旧の要素に分析し、その後で [101条] の分析において古い要素の存在を無視するのは不適切である。」という判示を引用し、加えて、脚注において、「当事者および裁判所に対し、それぞれ米国特許法第102条および第103条に基づく新規性および自明性の調査を、101条に基づくステップ1の調査と混同しないよう警告する。」と述べています。
CAFCは、「ステップ1に基づいて、’771特許のクレーム1は抽象的なアイデアに向けられていないと結論付けられるため、ステップ2には至らず、クレーム2~18および20についても有効性の判断において「当事者はこれらのクレームを個別に主張していないため、これらのクレームは一体となって成立するか、一体となって成立しないゆえに、同様の結論に達する」として、’771特許のクレーム1~18および20が特許不適格な主題を記載しているという地裁の判断を破棄し、更なる審理のために差し戻すと結論しました。
3.コメント
本事案は、CAFCが地裁の判断を翻してクレームの特許適格性を認めた判決として注目されますが、画期的な判決という訳ではなく、むしろ、最高裁判例によって確立された2ステップフレームワークに則った真っ当な判決と評価されるべきと思われます。
地裁は、Aliceのステップ1を判断する際に、クレームの構成要素を従来技術と比較するという致命的な誤りを犯し、既知のダンベル要素と、汎用のコンポーネント(電動モータ)とにクレームの構成要素を分解し、既知の要素を無視してステップ1不合格と判断しました。また、CAFCが諫めるように、地裁は、「クレームを全体として、その性質が除外対象に向けられているかどうかを確認」せず、「クレームを一般的に見て、クレームの具体的な要件を考慮に入れないことによってクレームを過度に単純化」し、クレーム1が自動ウェイトスタッキングという抽象的な概念を対象としていると判断しました。
地裁は、問題のクレームの本質は以前から人間が行ってきたスタッキング調整というプロセスを単に電動モータで自動化した点にあるに過ぎず、これは、最高裁判例が示すようなプロセスの単なる自動化と変わらないと解釈したのでしょう。最高裁判例に関わるプロセスとは、たとえば、数学的アルゴリズムやビジネスモデル、自然法則といった司法例外であり、このような司法例外に、コンピュータを単に適用(apply)するようなケースについて、最高裁判例は繰り返し特許適格性を否定してきました。しかしながら、本事案で地裁がプロセスとして注目した対象は、セレクタ式ダンベルという構造物であり、それ自体は抽象概念(司法例外)ではありません(下図参照)。
もちろん、セレクタ式ダンベルの構成の背景には、人間がマニュアルでセレクタを調整するという抽象概念が含まれる(include)ものの、クレーム1は、基本的には、そのような抽象概念自体を記載(recite)している訳ではありません(クレーム1には、「これにより(thereby)、ユーザは、前記セレクタ式ダンベルによって提供される所望の運動重量を選択して使用することができるように構成され、」という結果句(thereby句)が挿入されており、これが地裁の心証に影響した余地があるものの、判決では直接にはその点について述べられていません。)。
したがいまして、クレーム1は、地裁が誤認したような、特定のプロセスの『結果』を対象としているとはいえません。むしろ、CAFCが判断したように、クレーム1は、101条を満たすのに十分な具体性と構造性を備えていると評価されるべきでしょう。
ご承知のとおり、ステップ1は、USPTOが提供する特許適格性審査フローチャート(MPEP§2106)において、ステップ2A-Prong oneと、ステップ2A-Prong twoとの2つに分かれています。ステップ2A-Prong oneでは、「クレームは抽象的なアイデア、自然法則、または自然現象を記載(recite)しているか」が判断され、これにクレームが不合格の場合に、ステップ2A-Prong twoに進んで、「クレームは、司法上の例外を実用的適用に統合する追加要素を記載しているか」が判断されます。
USPTOの立場からしますと、裁判所は、これらステップ2A-Prong one, Prong twoを包括的に含むステップ1に基づいて、「クレームは、司法例外に向けられるか」を判断している、という整理になります(もちろん、裁判所は、Prong one, Prong twoの判断基準を考慮せず、専ら最高裁判例による2ステップフレームワークに基づいて判断している訳ですが)。
本事案に関して、CAFCは、「クレーム1は、セレクタ式ダンベルの『技術的改良の具体的実装に限定されている』」と判断し、クレーム1がステップ1に合格する(司法例外に向けられていない)と結論しましたが、特許適格性審査フローチャートに沿ってクレーム1を評価した場合、ステップ2A-Prong oneですんなりと合格の評価が得られたのではないかと思われ(結果句(thereby句)が少々気がかりですが)、そうであれば、難解な2ステップフレームワークの審査がより迅速かつ正確に進められるようにと現在の特許適格性審査フローチャートをUSPTOが採用した意図を、そこに垣間見ることができます。
以上に説明したように、本事案では、Alice/Mayoの2ステップテストに関する地裁の理解のなさが目立つように思われます。しかし、このように地裁が基礎的な判断手法を誤る要因は、2ステップフレームワークに基づく判断の複雑さ、特異性にあり、101条を巡る特許業界全体の混迷を本事案が物語っているようにも感じられます。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | Aug 21, 2025 “Feel the burn: Mechanical improvement is patent eligible under § 101”
2. PowerBlock Holdings, Inc. v. iFit, Inc., Case No. 24-1177 (Fed. Cir. Aug. 11, 2025) (Taranto, Stoll, Scarsi, JJ.) (判決原文)
3.PowerBlock Holdings, Inc. v. iFIT, Inc., No. 1:22-cv-00132-JNP-CMR (D. Utah Sept. 29, 2023) (判決原文)
https://fedcircuitblog.com/wp-content/uploads/2025/09/iFit-Opinion-Below.pdf
[担当]深見特許事務所 中田 雅彦