当事者系レビューでの無効決定の地裁訴訟における二次的禁反言適用範囲に関する地裁判決を覆したCAFC判決に対してなされた再審理申立を棄却したCAFC決定
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)で特許性を有しないと判断されたクレーム以外の未審査のクレームについて、その後地方裁判所での訴訟において特許権者が侵害を主張することを二次的禁反言(collateral estoppel)として妨げられることはないと判断をしていましたが、この判断に対してなされた再審理の申立を棄却しました。
Kroy IP Holdings, LLC v. Groupon, Inc., Case No. 23-1359 (Fed. Cir. Aug. 1, 2025) (per curiam) (Moore, J., concurring) (Dyk, J., dissenting)
1.事件の経緯
本稿は、弊所ホームページの2025年4月4日付け配信記事「当事者系レビューでの特許審判部の決定に基づく二次的禁反言を適用した地方裁判所判決を覆して差し戻した連邦巡回控訴裁判所判決」(文末の情報元①参照)の続報であり、当該CAFC判決に対して提起された再審理の申立に対するCAFCの棄却の判断を報告するものです。当初のCAFC判決に至るまでの経緯については上記の弊所配信記事において詳細に説明しておりますが、その要点を以下に説明いたします。
Kroy IP Holdings, LLC(以下「Kroy社」)は、米国特許第6,061,660号(以下「’660特許」)を所有し、Kroy社は2017年10月に、’660特許の13のクレームを侵害したとして、デラウェア州連邦地方裁判所(以下「地裁」)にGroupon, Inc.(以下「Groupon社」)を提訴しました。
Groupon社は、2018年10月に、’660特許の21のクレームに異議を唱えるIPRの請願書を提出し、PTABは、2020年4月に、‘660特許の異議を申し立てられた21のクレームすべてについて特許性がないと判断しました。
Kroy社は2022年3月に訴状の修正を行ない、IPRで特許性がないとされた21のクレームを訴訟対象から削除し、IPRにおいて特許性が争われなかった14のクレームを新たに訴訟対象として、Groupon社の特許侵害を主張しました。
地裁は、2022年12月に、PTABで特許性がないと判断したクレームとその他のクレームとが実質的に相違しないという最終判断を下した場合、二次的禁反言は当該その他のクレームを無効にするために適用されると認定しました。
CAFCは、2025年2月に、特許クレームの無効性についての地方裁判所における立証責任よりも、特許クレームに特許性がないことを証明するためのIPR手続における立証責任の方が軽いため、本件には二次的禁反言は適用されるべきではないとのKroy社主張を認める判断をしました。ここまでが上記の弊所配信記事で説明した内容の要点となります。
これに対し、Groupon社は、CAFCに対し、合議体による再審理と大法廷による再審理の申し立てをしました。
2.再審理の申立に対するCAFCの判断
(結論)
CAFCは大法廷の合議体によるパーキュリアム(per curiam)の判決[i]において、Groupon社による合議体による再審理と大法廷による再審理の申立を却下しました。そして、特許のIPRで未審査のクレームについて特許権者がその後の地裁での訴訟において侵害を主張することについて、二次的禁反言として妨げられることはないとの2025年2月のCAFCの判断を維持しました。この判決に対しては、複数の判事より以下の賛成意見と反対意見が提出されました。
(結論に賛成意見)
Moore首席判事およびStoll判事は、合議体の結論に賛成し、以下の論点を示しています。
(1)PTABと地方裁判所での証明基準の差異
PTABにおけるIPRでは、無効性を判断する際にPreponderance of the evidence(証拠の優越)の基準が用いられるのに対し、地裁における特許無効訴訟ではClear and convincing evidence(明白かつ説得力ある証拠)の基準が適用されます。
賛成意見では、無効性を判断する上でこの証明基準の違いが極めて重要であり、クレームが証拠の優越によって無効であるということは、それが明白かつ説得力ある証拠によっても無効であることを意味するものではないと指摘し、その根拠としていくつかの裁判例および文献が列挙されています[ii]。このことから賛成意見は、同一特許のクレームであっても、PTAB決定の既判力を地方裁判所で自動的に認めることは当事者の適正な権利行使を制限する可能性があり適切ではない、との立場を取っているものと考えられます。
(2)AIA制度設計との整合性
賛成意見では、Leahy‑Smith America Invents Act(AIA)が政策的見地から設計したIPR制度の目的、すなわちIPRでのPTABの判断を地裁での無効訴訟の代替とすることは、異なる主題に対する統一的な法の適用に優先するものではなく、未審査のクレームについてもIPRを請求すれば良い旨を結論付けていると考えられます。
(反対意見)
Dyk判事およびHughes判事は、本件における合議体の結論に対して反対意見を述べています。主な論点は以下の通りです。
(1)先例との整合性
合議体は、PTABによるIPR決定に基づく二次的禁反言は存在しないと判断しましたが、これはCAFCの先例であるXY, LLC v. Trans Ova Genetics, L.C., 890 F.3d 1282, 1294 (Fed. Cir. 2018)と矛盾していると指摘しています。
同判例では、IPRで特許が無効とされた場合、地裁が支持すれば「即時の争点排除効果(immediate preclusion)」が認められると判断されています。さらに、賛成意見が、最高裁判例が二次的禁反言の適用を議会の意図に依存させていることを考慮していない点、およびAIAの主たる目的であるIPRでのPTABの判断を地裁での無効訴訟の代替とすることを軽視している点も批判しています。
(2)証明基準の差異
反対意見は、証明基準(PTAB: preponderance of the evidence vs 地裁: clear and convincing evidence)が異なることを理由に二次的禁反言を認めないことは、司法の経済性を促進し矛盾した結果を回避するという二次的禁反言の価値を著しく損なうことになると述べ、賛成意見のように二次的禁反言を否定することが法令の構造および目的と両立しないことになる、と主張しています。
3.考察
・本判決は、2025年2月10日のCAFCの判断を維持したものと解されます。
・IPRで無効化決定を得たとしても、同一特許の未審査の他クレームを侵害訴訟で主張できないとする地裁における二次的禁反言を、CAFCが限定的に扱ったことで、特許権者の主張可能性が広がったとも解せます。つまり、IPRで争われていないクレームを地裁訴訟で主張できる可能性が生まれました。
・一方、IPRを請求する側にとっては、短期間での対応を要求されますが、IPRを活用して多くのクレームを無効化するのが望ましいとも言えます。IPRで未審理のクレームが残ると、地裁での二次的禁反言を狙うことは、現状難しいと言えます。
[i] 特定の裁判官によってではなく事件を審理した裁判所全体(合議体)が集合的に判断を下した判決であり、必ずしも裁判官の全会一致を意味するわけではなく、本件のように賛成意見と反対意見が混在する場合もあります。
[ii] ・B & B Hardware, Inc. v. Hargis Indus., Inc., 575 U.S. 138, 154 (2015)
・Grogan v. Garner, 498 U.S. 279, 284–85 (1991)
・18 Charles Alan Wright, Arthur R. Miller & Edward H. Cooper, Federal Practice & Procedure § 4422 (3d ed. 2016)
[情報元]
1.深見特許事務所 「国・地域別IP情報 当事者系レビューでの特許審判部の決定に基づく二次的禁反言を適用した地方裁判所判決を覆して差し戻した連邦巡回控訴裁判所判決」2025.04.04
https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/13323/
2.Kroy IP Holdings, LLC v. Groupon, Inc.事件判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1359.OPINION.2-10-2025_2465811.pdf
3.Kroy IP Holdings, LLC v. Groupon, Inc.,事件判決文原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1359.ORDER.8-1-2025_2553055.pdf
4.McDermott Will & Emery IP Update | August 14, 2025 “Collateral estoppel remains inapplicable to unchallenged IPR claims”
[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠

