医療用カテーテル技術に関する特許について、IPRにおいてAAPAは背景知識として用いることは可能として、請願人の特許無効主張を支持したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、出願人が認めた先行技術(Applicant-Admitted Prior Art、以下「AAPA」)は、当事者系レビュー(IPR)手続きにおいて一般的な背景知識の証拠として引用することはできるが、IPR請願の根拠としては機能しないことを明確にしました。CAFCはまた、特許権者側の当事者による積極的に特許権を活用するという公的な発言が、相手側当事者の将来の侵害のリスクを具体的かつ差し迫ったものにしたとして、相手側当事者が合衆国憲法第III条に規定する訴訟適格の立場を有することを確認しました。
Shockwave Medical, Inc. v. Cardiovascular Systems, Inc., Case No. 23-1864 (Fed. Cir. July 14, 2025) (Lourie, Dyk, Cunningham, JJ.)
1.事件の経緯
(1)本件特許の概要
Shockwave Medical, Inc.(以下「Shockwave社」)は、電極およびパルス発生器によって生成される衝撃波とバルーンカテーテルとを組合せて使用したアテローム性動脈硬化症の治療に関する米国特許第8,956,371号(以下「本件特許」)を所有しています。この特許の明細書には、「オーバー・ザ・ワイヤー血管形成バルーンカテーテル」が当該技術分野において周知であることを認める記載があります。
本件特許の代表的なクレームである、クレーム1,2および5の試訳を以下の『』内に示します。これらのクレームの英語原文は、本件判決原文(下記「情報元3」)第4頁をご参照下さい。
(なお、試訳中の( )内の参照番号は、以下に掲載する本件特許の図2に対応させて、参考までに筆者が付したものです。)
『1.血管形成カテーテル(20)であって、以下の(i)~(iii)を備える。
(i)血管内に収まるサイズの細長いキャリア(21)。このキャリアは、その内部を通って延びるガイドワイヤーのための内腔(29)を有する。
(ii)キャリアの遠位端付近に位置する血管形成用のバルーン(26)。このバルーンの遠位端(23)は、キャリアの遠位端付近のキャリアに密閉されており、バルーンの近位端は、バルーンを膨らませる流体を受け取るように配置された環状チャネルを規定する。
(iii)前記バルーンに対して非接触の関係で前記バルーン内に位置する一対の電極(22,24)を含むアーク発生器(30)。前記アーク発生器は、前記一対の電極間にプラズマアークを発生させるのに十分な高電圧パルスを発生して、前記バルーン内に機械的衝撃波をもたらし、この機械的衝撃は、流体とバルーンを介して伝導され、前記バルーンは衝撃波の形成中に損傷を受けないように配置される。
2.クレーム1に従属する血管形成カテーテルであって、前記一対の電極は、一対の金属電極を含む。
5.クレーム2に従属する血管形成カテーテルであって、前記一対の電極は、前記ガイドワイヤ用の内腔に隣接して、該内腔の外側に配置されている。』
[本件特許の図2]
(2)IPRの請願
2018年12月、Cardiovascular Systems, Inc. (以下「CSI社」)は、「AAPAで開示された血管形成バルーンカテーテルを利用してEP0571306(以下「Levy’306」)を変更し、本件特許の全てのクレームに記載の発明を導くことは自明である」と主張するIPR請願書を米国特許商標庁(USPTO)に提出しました。
Levy’306は、レーザー生成パルスを使用して血管内のプラークを崩壊させることを記載しています。CSI社はIPR請願書において、本件特許の明細書に記載の「典型的な先行技術のオーバーザワイヤー血管形成バルーンカテーテル」の構成にLevy’306を変更することは自明であったであろうと主張しました。
(3)特許審判部の判断
2020年7月、USPTOの特許審判部(PTAB)は、AAPAは「特許または印刷出版物からなる先行技術」として適格であると述べて、本件特許クレーム1~17のうち、クレーム5を除くすべてのクレームが自明であるために特許性がないと認定する決定を下しました。
しかしながらその決定後の2020年8月18日に、USPTOは、AAPAは「特許または印刷出版物からなる先行技術」ではないと述べた「AAPAガイダンス」を発行しました。その後PTABは、USPTOの「AAPAガイダンス」に従って、AAPAを典型的なオーバー・ザ・ワイヤー・バルーン・カテーテルの分野の背景知識の証拠としてのみ依拠して再審理を開始し、本件特許クレーム1~17のうち、クレーム5を除くすべてのクレームが自明であるために特許性がないと再び結論付けました。
(4)CAFCへの控訴
上記PTABの決定に対して、Shockwave社は本件特許クレーム1~4,6~17の特許性欠如の認定を不服としてCAFCに控訴し、CSI社は本件特許クレーム5が特許無効ではないとの認定を不服として交差控訴(cross-appeal)しました。
2.CAFCにおける審理
(1)Shockwave社の主張とCAFCの判断
Shockwave社は、35 U.S.C. §311(b)[i]がIPR請願の根拠としてAAPAを使用することを禁止していると主張し、PTABのAAPAへの依存に異議を唱えました。CAFCはこれに同意せず、その理由として、以前のCAFCの2件の判決であるQualcomm Incorporated v. Apple Inc., 24 F.4th 1367 (Fed. Cir. 2022) (以下「Qualcomm I」)およびQualcomm Incorporated v. Apple Inc., 134 F.4th 1355 (Fed. Cir. 2025) (以下「Qualcomm II」)を引用しました。
Qualcomm IおよびQualcomm IIの判決においてCAFCは、特許と印刷された出版物のみがIPR請願の特許性がないことの根拠を形成するものの、AAPAは当業者の一般的な背景知識の重要な証拠となり得る」との見解を示していました。
Shockwave社は、PTABがAAPAに不適切に依拠していた証拠として、PTABの最終決定書に挙げられた、特許無効の根拠としての引例を挙げた表を指摘しました。それに対してCAFCは、IPR請願の要件を遵守すべきなのはPTABではなくIPR請願人であり、本件は、PTABではなくIPR請願人がAAPAを異議申し立ての「根拠」として明示的にラベル付けしたQualcomm IIとは全く状況が異なるとして、Shockwave社の主張を却下し、CSI社はAAPAをIPR請願の根拠として依拠していないと認定しました。
(2)CSI社による交差控訴
(i)CSI社の控訴人適格について
CSI社は、クレーム5が自明ではないとのPTABの認定に対して交差控訴し、それに対してShockwave社はCSI社の控訴人としての適格性に異議を唱えました。CSI社が臨床試験を開始する具体的な計画を持っており、Shockwave社の社長がクレーム5の特許権を積極的に主張することを示唆する公式声明を表明したため、CAFCはこれらの事実が将来の侵害の実質的なリスクを生み出すと結論付けて、CSI社が合衆国憲法第III条の地位[ii](控訴人適格)を有すると認定しました。
(ii)クレーム5の自明性について
IPRにおけるクレーム5の自明性の主張においてCSI社は、Uchiyama引例(日本特許公開公報:特開昭62-275446)を活用していました。Uchiyama引例は、腎臓や尿路結石等の排泄結石を割砕する技術において、一対の電極を備えた装置が流体を満たしたバルーン内に設けられ、バルーン内の流体を介して衝撃波を伝える技術を開示しています。
IPRの審理においてCSI社は、Uchiyama引例の教示を改変して電極を外側に配置することは、当業者の設計上の選択肢に過ぎないと主張し、そのことを裏付ける専門家の証言を提示しましたが、それに対するShockwave社の反証はありませんでした。
このようにクレーム5を自明とするCSI社の主張に対してPTABは、Uchiyama引例が特許クレーム5に記載の電極配置を開示していないことを理由として、クレーム5の自明性を否定していました。
CAFCは、PTABがUchiyama引例単独の電極配置のみを考慮し、その他の先行技術との組合せを考慮しなかったことに誤りがあったというCSIの意見に同意し、自明性の評価に際しては、個々の先行技術を単独で評価するのではなく、複数の先行技術の教示を組合せて評価する必要があると強調しました。
(3)CAFCの判決
CAFCはさらに、Shockwave社のその他の主張について考慮した上で、特許クレーム1~4および6~17についてのPTABの特許無効決定を支持し、特許クレーム5について自明性を否定したPTABの決定を覆す判決を下しました。
3.実務上の留意点
本件判決から、特許関連実務の遂行に際して、以下の点に留意すべきことが伺えます。
(1)IPR請願人は、35U.S.C.§311(b)の規定に従って、AAPAを明示的な根拠として提示することは避ける必要がありますが、AAPAは、当業者の一般的な知識あるいは技術水準を立証するための貴重なツールとなり得て、特許無効主張において先行技術と特許発明とのギャップを埋めるために使用する可能性があることを認識すべきです。
(2)特許出願人および特許権者の立場では、特許明細書において、発明の背景技術を説明するために「先行技術であることを認める文言(admission)」を含める場合、その記載が後にAAPAとして扱われ、それが当業者に周知の技術であると解釈されて、特許発明の特許性に関して不利な証拠となる可能性があることに留意し、できれば、当該背景技術を開示する先行文献を特定するか、admissionを最小限にするように工夫することが望ましいと言えます。また、クレームに含まれない限定事項を明細書において過度に開示すると、クレームを狭義に解釈されるというリスクがあります。
(3)本件特許のクレーム5の自明性判断において、CSI社の専門家証人の証言に対するShockwave社側の反証がなかったために、CSI社の主張が支持されたことを考慮すると、IPR請願や特許侵害訴訟においては、特に、クレーム解釈の問題や構成要件を充足するか否か等について、当事者双方にとって、専門家証人を準備して専門家証言に基づく主張・反証を行なうことが重要であると言えます。
(4)CSI社の交差控訴についての合衆国憲法第III条に基づく地位(控訴人適格)が認められた要因として、Shockwave社の社長がクレーム5を積極的に権利主張することを示唆する公式声明を表明した結果として、CSI社による将来の侵害のリスクを示唆することが挙げられています。このことから、特許権者側の当事者による公的な発言が、相手側当事者の訴訟適格等の立場を付与する可能性があることに留意すべきです。
[i] 35U.S.C.§311(当事者系再審査)の(b)は次のように規定しています。
(b)範囲:当事者系再審査の請願人は,第102条又は第103条に基づいて生じ得る理由のみ,及び特許若しくは印刷刊行物から構成される先行技術のみを根拠として,特許の1又は複数のクレームを特許性のないものとして取り消すよう請求することができる。
[ii] この場合に適用されているのは、合衆国憲法第III条第2節第1項であり、この条文が根拠とするのは、「連邦裁判所が『司法権(judicial power)』を行使できるのは実際の事件(cases)または紛争(controversies)が存在する場合に限る」という原則です。ここから導かれる実務的な要件がArticle III standing(憲法上の訴訟適格)であり、➀実際の具体的損害の発生、②損害が相手方の行為によって引き起こされているという因果関係、③救済可能性の3つの要件が満たされるべきことが、過去の最高裁判決等により確立されています。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Applicant-admitted prior art may inform but can’t be basis for IPR challenges” July 24, 2025
https://www.ipupdate.com/2025/07/applicant-admitted-prior-art-may-inform-but-cant-be-basis-for-ipr-challenges/
2.WHDA、LLP “The latest news for you-SHOCKING – APPLICANT ADMITTED PRIOR ART SINKS OWN PATENT”
https://cafc.whda.com/4261-2/
3.SHOCKWAVE MEDICAL, INC. v. CARDIOVASCULAR SYSTEMS, INC.事件CAFC判決原文
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1864.OPINION.7-14-2025_2543865.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登


