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米国特許商標庁による、当事者系レビューおよび付与後レビューに関する覚書の公表、および、当事者系レビューの管理規則変更の提案

 米国特許商標庁(USPTO)は2025年10月17日に「米国発明法(America Invents Act、以下「AIA」)下の審理手続きの長官による開始(Director Institution)」と題する覚書(下記「情報元2」)を発行し、当事者系レビュー(Inter Partes Review、以下「IPR」)や付与後レビュー(Post‑Grant Review、以下「PGR」)を含む、AIAに基づく審判手続きを開始するための基準と手順に関する最新のガイダンスを特許審判部(PTAB)に提供しました。

 またUSPTOは、上記覚書の発行と同日の2025年10月17日に、以前の手続きですでに異議を唱えられている特許クレームに対するIPR手続きの使用制限を設定するなど、PTABでのIPRを管理する規則の変更を提案しました。USPTOによると、この提案は特許権者に対する重複申請を防止し、特許紛争の公平性、効率性、予測可能性を促進することを目的としています。

 以下、上記覚書および規則変更提案のそれぞれの内容について、以下の項目「I」および「II」に分けて説明します。

 

I.20251017日にUSPTOが発表した覚書について

1.覚書の内容

 10月17日付の覚書(以下「本覚書」)は、IPRおよびPGRといった、AIA制度下の「審理手続(trial proceedings)」を「開始(institution)」するかどうかの判断を誰が行うか、あるいはどのように行うかに関するものであり、その主なポイントは以下の通りです。

 (1)開始判断の主体の変更

 本覚書では「Effective October 20, 2025, the Director will determine whether to institute trial for IPR and PGR proceedings.」と明記されています。すなわち、2025年10月20日から、これまでPTABの3人の審判官のパネル等が行っていた「審理の開始可否」の判断を、USPTO長官が直接かつ最終的に決めることになります。

 (2)判断プロセスと判断結果の通知

 長官は、少なくとも3名のPTABの審判官と協議のうえ、「裁量的考慮事項(discretionary considerations)」、「請願された実体的事項(the merits)」、および「法定外の非裁量的検討事項(non-statutory/non-discretionary considerations)」を総合的に検討して、審理開始の可否を判断します。

 請願対象のうちの少なくとも1つのクレームに対して少なくとも1つの理由(ground)が成り立つと長官が判断すれば、当事者に対して審理開始を認めるという簡略化通知(summary notice)を長官が発出します。

 審理を開始しないと判断した場合も、長官が簡略化通知でその旨を通知します。

 ただし、請願が新規かつ重要な事実や法律上の論点を含む場合には、長官が決定(decision on institution)によってそのような論点に対処する場合もありますが、論点に対するより詳細な対応が必要と長官が判断する場合(たとえば複雑なクレーム解釈、優先権の分析、現実の利害関係人の決定などが必要な場合)、その判断をPTABに付託する可能性もあります。

 (3)本覚書で示された規則変更の理由

 従来、多くの審理ではPTABのパネルが制度上の開始基準(35U.S.C.§314(a)[1]等)を満たすかどうかを判断し、また裁量的拒否(discretionary denial)を含めて判断がされてきました。なお、PTABによる審理開始の判断や過剰な作業量に関する問題意識は、本覚書において初めて示されたわけではなく、今年3月26日付で公表された別の覚書(Interim Processes for PTAB Workload Management)で既に、PTAB作業量管理の暫定プロセスの導入という形で表れていました。

 本覚書では、規則変更の背景的理由として、次の点が示唆されています。

 (i)本覚書冒頭には“To improve efficiency, consistency, and adherence to the statutory requirements for institution of trial, effective October 20, 2025, the Director will determine whether to institute trial for IPR and PGR proceedings.” とあります。この記載から、これまでの運用ではAIA制度の法定要件を十分に遵守していなかった可能性があるため、審理開始判断を長官自身が行うことで整合性および一貫性を確保する」という趣旨が読み取れます。

 (ii)また、本覚書の注釈1に「Congress provided that the Director determines whether to institute trials under the America Invents Act. See 35 U.S.C. § 314(a)…」と明記されています。

 これにより、「AIA制度化の規定では長官が開始判断すべきであることが明文化されている」ということが裏付けられており、PTABがそれを代行していた構図が明文規定の趣旨と整合的でないと考えられていたことが伺えます。

 (iii)加えて、本覚書と同日付で出された長官による公開書簡(Open Letter)[2]の第2頁において「1. Perception of Self-Incentivation(自らの利益になるように判断を誘導しているのではないかという印象)」という見出しを付けた項目には、PTABが自分たちの審理件数を増やす方向に制度が働いていた可能性があると考えられていたことを示す記載があります。

 このような背景的問題を解消するため、規則変更は、制度運用の効率性、一貫性、法令要件の順守を向上することを目的としています。

 (4)その他

 (i)本覚書発効前の案件の取り扱い

 本覚書に「All petitions referred … prior to October 20, 2025 will remain with the PTAB.」という記載があることから、本覚書発効日(2025年10月20日)以前にPTABに「実体的判断/非裁量事項」に関して既に審理を開始された請願は、従前のプロセスで進められます。

 (ii)他の関連規則について

 本覚書に関連して、開始決定に関する37C.F.R.§42.108[3]等の規則改正案も同時に公表されています。

 

2,実務上の留意点

 本覚書の内容を踏まえて、実務上次の点に留意すべきです。

 (1)請願の初期段階での戦略の重要性

 請願人および特許所有者の双方が、審理開始段階で長官の判断に直面することになるため、請願書や最初の反論の段階での戦略がより重要になります。

 また、たとえば、同一出願に関連する並行訴訟の有無や、既に同一特許クレームに関して別手続で判断が出ているか、請願のタイミング、証拠が重複していないかなど、各種の「裁量的考慮事項」が引き続き重要です。

 本覚書はさらに、「審理開始を認めない」ケースが増える可能性を示唆しており、審理開始の請願を行う側には「タイミングを早めること」、「重複手続や並行訴訟を整理すること」、「明確な証拠や論理を構築すること」などの戦略が求められることになります。

 (2)日本の実務、知財担当者に対する示唆

 本覚書に示された制度変更を踏まえて、日本企業における実務担当者や知財担当者は、以下の点を押さえておく必要があります。

 これまで、IPRあるいはPGRの審理開始の判断は、「PTABパネルによる制度的開始判断」として行われていましたが、今後はUSPTO Directorレベルの判断が入ることで、開始基準がより政策的かつ統一的になる可能性が高まります。

 また、請願人が請願を行う段階、あるいは出願人や特許権者が請願に対する最初の応答をする段階で、これまで以上に、審理を開始するかどうかを判断する際の長官側の裁量の幅が広がりました。例えば、並行訴訟の存在、既存の関連する手続や判決の有無、請願のタイミング、証拠や論点の重複などが、審理開始を却下する理由になり得ます。

 特に、請願者側(特許を無効化しようとする側)は、審理開始の段階で、重複する手続や訴訟を整理し、明確かつ強力な証拠および論拠を備えることが、開始を認められるか否かの第一関門となる可能性があります。逆に、特許権者側は、開始を拒否させるための戦略(初期段階での請願に対する反論や、並行訴訟が存在することを理由とした拒否主張など)を検討すべきです。

 日本企業が米国特許を保有したり、米国で特許訴訟やPTABでの手続を検討したりする場合、この制度変更を契機に、出願から特許付与、ポートフォリオ戦略、差止請求、PTAB対策までの全体戦略を見直す好機と考えられます。

 

IIUSPTOによるIPRに関する規則変更提案について

1.規則変更提案の概要

 USPTOにより2025年10月17日に公表されたIPRの管理に関する規則変更提案では、主に以下の点について、IPR制度に関する規則(37 C.F.R. §42.108、文末注釈3参照)を改訂しようという提案がなされています。

 (1)規則変更の背景

 規則変更の背景としてUSPTOは、重複あるいは並行して複数の異なる手続きで同一クレームの無効審理が行われることは、資源の浪費や特許権の信頼性の低下に繋がるため、IPRにおいて同じクレームが複数回審理される状況は、IPR制度の趣旨から外れているという認識を示しています。

 (2)重複あるいは並行する審理の制限

 裁判所、国際貿易委員会(international Trade Commission、以下「ITC」)、PTAB等の手続きの場(以下「フォーラム」と称します)において、既に他の手続で同じクレームについて有効と判断されたものについては、IPRの開始(institution)を認めないという条項を設けることを提案しています。

 また、裁判所、ITC等における他の手続きで、その特許クレームについて有効か無効かの決定が先に出る可能性が高い場合、IPRを開始しないことを規定する条項を加えることも提案されています。

 さらに、請願人がIPRを請願する際、裁判所、ITC等の別のフォーラムの手続きで§102または§103に基づく特許無効主張をしない」という趣旨の誓約書を提出しなければならないという規定案も提示されています。

 (3)例外的な状況を除く規制強化

 ただし、「例外的状況(extraordinary circumstances)」がある場合には、上述の規制を乗り越えてIPRを開始できるという条項の追加も提案されています。例外的状況として例えば、先の審理が悪意をもってなされた場合、あるいは法律や最高裁判例が大きく変わった場合等が挙げられています。

 (4)コメント募集と手続き

 今回公表された規則変更提案について、一般からの意見募集期限が設けられています。これにより、最終的な規則改正には調整が加えられる可能性があります。

 

2.今回の規則変更提案の意義

 USPTOが提案した変更により、連続的な有効性の異議申し立てが減り、重複手続きが最小限に抑えられて司法効率が向上し、訴訟コストの削減と投資インセンティブの強化が促進されます。その結果、特許権者にとってより大きな確実性がもたらされることになります。

 また、この変更は、自身が所有する特許権が弱体化することの影響に対してより脆弱で、しかも大企業に比べて訴訟リソースが不足していることが多い小規模な企業にとって、より有利に作用するものと考えられます。

 

3.実務上の留意点

 以上のように、USPTOの規則変更提案では、重複あるいは並行するIPR手続が生じることを抑制し、同一特許について複数の場で有効性を争うことを制限する方向が示されており、特に、①既に裁判所やITCで有効性が審理済みのクレームについては新たなIPRを開始できないこと、および、②請願者に他フォーラムで無効主張を継続しない旨の誓約を求めること、が重要な変更点であると言えます。したがって、IPR請願者側、特許権者側はそれぞれ、実務上以下の点に留意すべきです。

 (1)IPR請願者側が留意すべき点

 IPR請願者側としては、訴訟やITC手続との関係を早期に整理し、どのフォーラムで無効主張を行うかを戦略的に選択することが望まれます。また、IPR請願時に他フォーラムでの主張制限を受ける可能性があるため、手続の順序やタイミングを慎重に検討する必要があります。

 (2)特許権者側が留意すべき点

 一方、特許権者側にとっては、所有する特許が既に有効性判断を受けたクレームを含むことが、IPR回避の防御要素となる可能性があることなど、並行訴訟やITC手続の進行状況がIPR開始判断に直接影響するため、紛争管理を一元的に行うことが望ましいと言えます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “USPTO Director to decide AIA petitions”(October 23, 2025)

        https://www.ipupdate.com/2025/10/uspto-director-to-decide-aia-petitions/

 

2.A memorandum issued on October 17, 2025, titled “Director Institution of AIA Trial Proceedings”

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/Director_Institution_of_AIA_Trial_Proceedings.pdf

 

3.IP UPDATE (McDermott) “Double trouble: Proposed IPR institution changes would limit duplicative proceedings”(October 23, 2025)

        https://www.ipupdate.com/2025/10/double-trouble-proposed-ipr-institution-changes-would-limit-duplicative-proceedings/

 

4.Federal Register / Vol. 90, No. 199 / Friday, October 17, 2025 / Proposed Rules

        https://www.govinfo.gov/content/pkg/FR-2025-10-17/pdf/2025-19580.pdf

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 

[1] 35 U.S.C.§314(a)は、米国特許法において、IPRを開始するための要件を定めた中心的な条文であり、以下のように規定しています。

「USPTO長官は、次の条件を満たさない限り、IPRを開始してはならない。

 ・請願書(petition)および特許権者の予備答弁(preliminary response)に基づいて判断し、

 ・少なくとも1つのクレームについて、請求人が勝訴する「合理的な見込み」があると判断できる場合のみ、審理を開始できる。」

[2] 今回の公開書簡原文のURLは以下の通りです。

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/open-letter-and-memo_20251017.pdf?utm_source=chatgpt.com

 USPTOが発出する公開書簡は、USPTO長官が、特許コミュニティ全体に向けて発信する政策的、説明的な文書であって、法的拘束力はなく、あくまで長官の考え方、問題意識、方針の理由付けを説明するための文書です。

[3] 37C.F.R.§42.108は、IPRの開始判断に関する規則であり、IPR請願書が提出された後に、その審理を始めるか否かをPTABがどう決めるかを定めています。