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米国特許商標庁に対する規則改正請願を却下した連邦地方裁判所判決を支持した連邦巡回控訴裁判所判決

(米国関連)

 本件は、US Inventor, Inc.およびNational Small Business United(以下集合的に「提訴団体」とします)が、米国特許商標庁(USPTO)に対して提出した規則制定請願(rulemaking petition)をUSPTOが却下したことを受け、提訴団体が行政手続法(APA)および米国発明法(AIA)に基づいてその却下を争ったものです。

 提訴団体は、USPTOが当事者系レビュー(IPR)および付与後レビュー(PGR)を運用する際の裁量を制限すべきだとして、複数の規則改正案を提案しました。これに対しUSPTOは、「既に公的コメント募集中の事項と重複しており、将来の規則制定において検討する」という回答をして、規則改正請願を却下しました。提訴団体はこれを受けて連邦地方裁判所に訴訟を提起しましたが、訴訟提起にあたっての資格(standing、以下「訴訟資格」とします)の有無が焦点となり、最終的に連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は提訴団体に協会的訴訟資格(associational standing)が認められないとして、原審判決を支持しました。

 本稿では、まず本件の背景を整理し、次に本件で争われた主要な論点を確認し、CAFCの判断を詳述したうえで、知財実務上押さえておくべき留意点に言及します。

 

1.事案の背景

 提訴団体は2020年8月、USPTOに対して、AIA下のIPRおよびPGR手続における、特にAIA制度開始後に導入された裁量的な制度運用を制限するため、それぞれIPRおよびPGRの審理開始の要件を規定する37C.F.R.§42.108および§ 42.208の改正を請願しました。当該請願では、特許権者が元の出願者(original applicant)であり、かつスモールエンティティ又はマイクロエンティティ[i]であるなどの条件を満たす場合には、特許に対する異議手続(IPRまたはPGR)の審理を開始すべきではない、という趣旨の新たなサブセクションを設けるよう求めていました。

 しかしながら、2020年10月、USPTOは別途「IPRおよびPGRの審理開始決定の裁量に関するコメント募集」を実施し、提訴団体の規則改正請願提出後にこの募集が始まっていました。

 その後、2021年10月、USPTOは提訴団体の規則改正請願を却下し、「提案された問題点は既にコメント募集中のテーマと重複しており、提出された提案事項は将来の規則制定において検討されるべきものとして、所定の手続を通じて考慮する」と説明しました。

 提訴団体は2022年7月、米国コロンビア特別区(D.C.)地区裁判所(以下「地裁」)において、規則改正請願のUSPTOによる却下がAPA(「適時に案件を結論づける義務」や「却下理由の十分な説明」)およびAIAに違反するとして訴訟を提起しました。

 地裁は、提訴団体に組織としての訴訟資格(organizational standing)および協会的訴訟資格(associational standing)がないとして訴訟を却下しました。要するに、団体自身が訴訟を起こす資格がなく、またその会員(members)も個別に訴訟を提起できる資格を有しているという証拠がないというのが、却下の理由でした。

 これを受けて、提訴団体はCAFCに控訴し、それに対して特許など特定の分野を管轄するCAFCは、訴訟資格の問題は特許法に特有の問題ではないことから、ワシントンD.C.を管轄する連邦控訴裁判所であるコロンビア特別区控訴裁判所が確立している協会的訴訟資格の法理を適用しつつ審理を行ない、2025年10月3日に最終判決を下しました。

 

3.本件判決の論点

 本件において、CAFCが検討した主な論点は以下の通りです。

(i)提訴団体が「協会的訴訟資格」を主張できるか。

(ii)もし主張可能であれば、そのために必要とされる要件を満たしているか。

(iii)特に少なくとも1名の会員が、自ら訴訟を提起できる資格を有しているか。

(iv)提訴団体が提起した、規則改正請願の却下の影響によって、提訴団体の会員が「具体的で差し迫った損害」を被ったか、あるいは損害が目前に差し迫っていることを証明可能であるか。

(v)規則改正請願却下後に発生しうる被害(例:将来のIPR、PGR請願を受けるおそれ、特許取消し等)と、USPTOによる規則改正請願却下との因果関係、および裁判所が提訴団体の望む救済を与えた場合に損害が実際に救済可能であるということが、訴訟資格を認め得る程に明らかであるか。

(vi)以上に加えて、本件では、「規則改正請願という手続きを却下された」という主張だけでは、訴訟資格を満たさないこと、すなわち、その手続きが「会員の具体的利益を保護するもの」であることの証明が重要であるとされました。

(vii)さらに、提訴団体の請願内容が制度変更を伴うものであるため、被害の発生が第三者の行動、審査官の裁量、将来の制度運用といった多くの予測不能なステップに依存しているという点も、論点となっていました。

 

4.CAFCの判断

(1)訴訟資格に関する基本法理

 CAFCは、コロンビア特別区控訴裁判所の法理を採用しており、米国憲法Article IIIに基づく訴訟資格要件として以下の(a)~(c)を挙げています。

 (a)実際の損害(injury in fact)があること、すなわち、具体的(concrete)かつ提訴団体に特有(particularized)で、実際に生じているかまたは差し迫って(actual or imminent)おり、仮定的あるいは憶測的(conjectural or hypothetical)ではない損害が生じていること。

 (b)因果関係(causation)があること、すなわち、本件の場合は、提訴団体側の損害と、USPTOによる特許取消等の行為との間に因果関係があること。

 (c)救済可能性(redressability)、すなわち、裁判所が出し得る判決や救済措置によって、その損害が軽減または除去される可能性があるかどうか。

 また、協会的訴訟資格の要件としてCAFCは、次の➀~③を挙げています。

 ➀団体の少なくとも1名の会員が独自に訴訟資格を有していること。

 ②団体が保護を求めようとする利益は団体の目的に直接関連(germane)していること。

 ③規則改正や救済の請願を個別の会員の参加なしに団体が代表して行えること。

(2)会員の訴訟資格の有無の検証

 提訴団体側は「会員が将来、第三者によるIPRまたはPGR提起を受け、その結果、自らの特許或いはクレームが取消されるというリスクを負った」と主張しました。

 しかしながらCAFCは、この主張を次の(i)~(iii)の理由により「不十分」と評価しました。

 (i)損害の可能性が、第三者が提訴するという完全に独立した行動や提訴が制度上成立し、さらにUSPTOの制度運用が変更され、そして特許取消が確実に生じるという、複数の段階(chain of contingencies)に依存しており、かなりの程度に憶測的である。

 (ii)損害について、「将来起こりうるリスク」という形でのみ主張されており、それが「目前に差し迫った」ものとは認められない。Lujan v. Defenders of Wildlife最高裁判決(1992年)[ii]等に、単なる将来予測型リスクの主張では訴訟資格を認めないという法理が示されている。

 (iii)提訴団体側が示した会員のうち、特定の者が既に被害を受けているとか定常的にIPR/PGRを受けているという証拠がほとんど存在しない。この点に関してCAFCは、例えばApple Inc. v. Vidal事件CAFC判決[iii]のように、自社が繰り返し制度を利用されてきたという実態があれば訴訟資格を認め得るが、本件ではそれに準ずる実績が示されていない。

 以上の理由によりCAFCは、「少なくとも1名の会員が自ら提訴できる訴訟資格を有している」という要件を満たしていないと結論づけました。

(3)その他の協会的訴訟資格要件について

 CAFCは、上記協会的訴訟資格の要件の②および③についても触れていますが、本件では主に協会的訴訟資格の上記要件➀の不充足、すなわち、独自に訴訟資格を有する会員が存在しない点を理由とすることで判断を終えています。団体の目的と本件の規則改正請願の内容との関連性や、団体が個別会員の参加なしに代表訴訟をできる構造かどうかについては、明確に否定も肯定もせず、審理を省略しています。

(4)結論

 以上を踏まえ、CAFCは、提訴団体に協会的訴訟資格はないとして、地区裁判所の訴訟却下判断を支持する控訴審判決を下し、当該判決は確定しました。

 

5.実務上の留意点

 本件判決は、特に特許制度運用規則の制定を巡る団体提訴を検討する際に参考にすべき重要な教訓を含んでいます。以下に主要な留意点を整理します。

(1)団体提訴を検討する際の訴訟資格の問題

 本件CAFC判決から、団体が制度変更の請願を経たうえで、損害を主張して訴訟を提起する場合、会員が「いつ/どのように/何の特許を/どのような態様で」損害を受けたという、具体的な記述が必要であることが読み取れます。単に「将来この制度により自らの発明が影響を受けるかもしれない」といった将来予測型の主張では、訴訟資格が認められにくいと指摘されていることから、実務者としては、規則変更請願を検討する段階から、会員の損害を受ける可能性を具体的に分析して提示できるように準備しておくことが推奨されます。

(2)スモールエンティティ等の視点からの戦略

 提訴団体が本件で提案したような、スモールエンティティあるいはマイクロエンティティの特許権者に対する保護規則の制定の請願は、制度運用上の意義があるものの、将来的に訴訟を起こすことを当て込んだ戦略としては、十分な損害立証を伴わないと難しいということが示唆されています。したがって、小規模発明者支援団体としては、まずコメント提出や規則改正ロビー活動といった手段を中心に据え、その上でさらに訴訟を視野に入れる場合には、会員の実際発生した損害または明確な損害発生の可能性をあらかじめ把握しておくことが必要です。

(3)特許制度におけるIPR/PGRの運用を巡るリスク対応

 本件でも争点となったIPRおよびPGRは、発明者および特許権者にとってリスクとなる手続ですが、制度運用が将来にわたりどのように展開されるか、多くの異なる可能性が存在します。したがって、特許権者としては、自らが繰り返しIPR/PGRを受ける対象となる可能性を把握し、過去にIPR/PGRを複数回受けている実績があるか、あるいは第三者から提訴を受け得る状況にあるかを冷静に分析する必要があります。損害リスクの主張を検討する際には、過去の実績および将来の可能性という観点の主張を行なうことが説得性につながるものと言えます。

(4)手続き型請願と訴訟資格について

 本判決は、規則変更請願を却下されたという手続き上の不利益だけを理由としては訴訟資格を認めないという明確なメッセージを含んでいます。すなわち、団体が規則制定を請願するというだけで、制定を請願する規則と団体との間に差し迫った具体的な利害関係が認められなければ、訴訟を維持することはできません。実務上、手続き型の主張を行なう場合には、その手続きが「団体を構成する会員の具体的利益を保護するための手続き」であるという点を明確に位置づけ、その利益が実際に侵害にさらされているか、あるいは侵害される危険性があることを示す証拠を整備しておくことが推奨されます。

 

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Associational standing requires concrete, non-speculative harm” October 16, 2025

        https://www.ipupdate.com/2025/10/associational-standing-requires-concrete-non-speculative-harm/?utm_source=chatgpt.com

 

2.US Inventor, Inc. v. United States Patent and Trademark Office, Case No. 24-1396 (Fed. Cir. Oct. 3, 2025) (Lourie, Reyna, Stark, JJ.)(本件判決原文)

        https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/24-1396.OPINION.10-3-2025_2583057.pdf

 

[i] 米国特許実務で用いられるスモールエンティティとは、大企業ではない小規模主体に対する特許庁手数料の減免制度の対象を指します。米国では、通常料金の50%減額となります。マイクロエンティティとは、スモールエンティティよりもさらに小規模の主体に対する制度で、通常料金の75%減額が適用されます。

[ii] https://supreme.justia.com/cases/federal/us/504/555/case.pdf

[iii] https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1249.OPINION.3-13-2023_2093598.pdf