国・地域別IP情報

特許侵害に対する取締役の個人的責任を著しく制限したUPC控訴裁判所判決

 2025年10月3日、統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所はその判決において、経営担当取締役(managing director)が自社が引き起こした特許侵害について個人的責任を負う可能性がある状況について初めて対処し、明確な線引きを示しました。すなわち、個人的責任は、通常の経営上の義務を超える個人的な不正行為の場合にのみ発生し、個人の企業における地位や潜在的な特許侵害を過失により知らなかったことによる責任は発生しないと判断しました。

Philips v. Belkin(UPC_CoA_534/2024、UPC_CoA_19/2025、UPC_CoA_683/2024)

 

1.事件の経緯

(1)ドイツでの国内訴訟

 Koninklijke Philips N.V.(以下、「Philips社」)は、無線誘導電力伝送に関する欧州特許第2867997号(以下、「本件特許」)を所有しています。

 ・2019年8月にPhilips社は、本件特許のドイツ部分を侵害しているとしてBelkin GmbHおよびBelkin Limitedをデュッセルドルフ地方裁判所に訴えました。

 ・2022年3月10日にBelkin GmbHはドイツ連邦特許裁判所に本件特許の無効訴訟を提起しました。

 ・2023年3月20日にデュッセルドルフ地方裁判所はPhilips社の訴えを棄却し、Philips社はこの判決を不服としてデュッセルドルフ高等裁判所に控訴しました。

 ・2024年4月18日にデュッセルドルフ高等裁判所はPhilips社による控訴を棄却しました。

 ・2024年7月12日にドイツ連邦特許裁判所はBelkin GmbHが提起した無効訴訟を棄却しました。

(2)UPCでの訴訟

 ・Philips社は、Belkinグループの複数の事業体であるBelkin GmbH、Belkin International Inc.、およびBelkin Limited(以下、「Belkin社」と総称)およびその一部の経営担当取締役に対し、UPCのミュンヘン地方部(以下、「地方部」)に特許侵害訴訟を提起し、ドイツ、ベルギー、フランス、フィンランド、イタリア、オランダ、オーストリア、およびスウェーデンにおける差止命令、損害賠償、および追加の是正措置を求めました。

 ・Belkin社は本件侵害訴訟において本件特許の無効確認を求める反訴を提起しました。

 ・2024年9月13日に地方部は、Belkin社による無効確認の反訴を棄却するとともに、Philips社によるBelkin社に対する請求を概ね認め、その取締役個人に対し、Belkin社が侵害行為を継続することを可能にするような職務の遂行を一切控えるよう命じました(UPC_CFI_390/2023、2024年9月13日)。

 ・Belkin社は、第一審判決における特許侵害の認容および無効反訴の棄却に対して、Philips社は取締役の個人的責任の拡大を求めて、UPCの控訴裁判所に控訴しました。

 

2.控訴裁判所の判断

 本件の控訴審において控訴裁判所は、地方部によるこの決定の一部を覆し、取締役の個人的責任が生じる可能性のある条件を再定義しました。以下、本稿においては、本件訴訟における種々の争点のうち、取締役の個人的責任に関する控訴裁判所の判断について解説いたします。

 UPC協定第25条[i]は、特許権に基づいて防止される第三者の行為を侵害行為として列挙しており、第63条[ii]は、直接の侵害行為を行う「侵害者(infringer)」に限らず第三者が特許を侵害するためにそのサービスが使用される「仲介者(intermediary)」に対しても差し止請求が認められることを規定しています。控訴裁判所はこれらUPC協定第25条および第63条の規定に基づいて、「侵害者(infringer)」という用語は侵害行為を直接行った者に限定されない広範な概念を示すことを確認しました。この用語には、教唆者、共犯者、または幇助者も含まれ、会社の取締役も侵害者に該当する場合、特許侵害について個人的責任を負う可能性があります。

 控訴裁判所はその理由付けにおいて、UPC協定第25条および第63条における「侵害者」の概念は、国内法を参照するのではなく国際条約としてのUPC協定に鑑み自律的に解釈されるべきであると強調しました。これにより、UPCは、国内の従属責任の法理[iii]に左右されることなく、締約国間で統一的な基準を適用することが確保されることになりました。控訴裁判所によれば、このアプローチは、UPC協定の統一した執行システムの有効性と一貫性を維持するために必要です。

 控訴裁判所は、一般的な組織的義務または監督義務に基づく取締役責任の概念を明確に否定し、以下のように帰属の範囲を明確にしました。

i)自動的に責任が認められるものではないこと

 取締役の地位にあるだけでは、経営している会社による特許侵害に対する個人的責任を負うには不十分です。むしろ、取締役は、通常の経営上の義務を超える行為を行った場合にのみ、個人的責任を負います。

ii)故意の不正行為に対してのみ責任を負わなければならないこと

 取締役が個人的責任を問われるのは、以下の場合のみです。

 ・会社を特許侵害の手段として故意に利用した場合、または

 ・介入して阻止できたにもかかわらず、そしてすべきであったにもかかわらず侵害を故意に容認した場合。

iii)違法性の認識が必要であること

 特許侵害の事実関係を認識しているだけでは不十分です。取締役は、関連行為が違法であり、特許を侵害していることも認識していなければなりません。

)法的助言への依拠

 取締役が資格のある弁護士に助言を求める場合、通常、特許侵害を認める第一審判決が下されるまでは、その助言に依拠することができます。

 これらの(i)~(ⅳ)の原則は、取締役の個人的責任を、単なる経営責任の行使ではなく、積極的にまたは故意に関与した真に例外的なケースに限定するという控訴裁判所の意図を反映しています。

 

3.他の裁判管轄区域と比較してより厳格なドイツのアプローチ

 ドイツの確立された判例法では、取締役は、特許侵害を防止できなかった過失(例えば、適切な調査や法令遵守の体制を導入しなかった場合)であっても、個人的責任を問われる可能性があります。追加的な注意を払うことによって侵害を回避できていたような場合には、外部弁護士の意見は、取締役を過失から自動的に免除するものではありません。

 今回の控訴裁判所のより慎重なアプローチは、UPC協定の締約国における国内法の多様性によって正当化されます。いくつかの裁判管轄区域では、取締役の個人的責任という広範な概念を認めておらず、例えばドイツの判例法とは異なります。この多様性を踏まえ、控訴裁判所は、このような広範な形態の責任については、法的確実性を確保するために立法者による明示的な規定を必要としたであろうと判断しました。また、控訴裁判所は、特許ポートフォリオが密集し重複している業界では、個人的責任は予測不可能で不均衡なリスクを生み出す可能性があると指摘しました。これは、特許の有効性と保護範囲を取り巻く固有の不確実性を考慮すると特に当てはまります。

 

4.本件判決の意義

 このように、UPCの控訴裁判所は、本件判決において、特許侵害はなによりもまず会社の行為であるという、取締役の責任に関する統一的かつ限定的な欧州基準を確立しました。控訴裁判所の本件判決は、各国の判例法が相違している問題について重要な明確化を提供するものです。また、UPCが個人の責任について慎重かつ実践的なアプローチを取り、通常は企業経営陣ではなく侵害企業に重点的に執行を行うことを確認するものでもあります。

 UPCの領域内で事業を展開する企業にとって、本件判決は、企業侵害者に対する効果的な救済措置を維持しつつ取締役の個人的なリスクを軽減するという、一貫性があり予測可能な枠組みを導入するものです。

 

5.実務上の留意点

 上記のように本件判決は、取締役にとって満足できる程度の法的確実性をもたらしました。しかしながら、上記の項目「2.(i)」に記載の「取締役が個人的責任を負う場合」としての「通常の経営上の義務を超える行為」について、項目(ii)~(iv)にはその内容が十分に特定されておらず、抽象的かつ曖昧であるとも言えます。このことから、経営担当取締役が責任を問われるリスクを避けるために、今後発生する事件における「通常の経営上の義務」の境界を明確にするUPCの判例の積み重ねを注視していく必要があります。少なくとも現時点で健全なガバナンスと徹底した文書化は依然として不可欠であり、取締役は以下の点に留意すべきです。

 ・意思決定プロセスを綿密に文書化する。

 ・書面による法的意見を求め保持する。

 ・潜在的な侵害が明らかになった場合には迅速に行動する。

 特許権者にとって、本件判決は、主に取締役が侵害行為を故意に誘導または可能にした場合または特許と営業秘密の問題が重なり取締役の故意の関与が立証できる場合に、侵害企業の経営陣に対する訴訟が有効となることを明確にしています。しかし、差止請求や損害賠償請求は通常、侵害企業自体を対象とし、経営陣は対象としません。これは、侵害事業を営みかつその経済的利益を享受する企業を直接的に標的とするという点で意味を成します。

[i] UPC協定第25条は、「発明の直接的使用を阻止する権利」に関するものであり、以下のように規定しています。

“Right to prevent the direct use of the invention

A patent shall confer on its proprietor the right to prevent any third party not having the proprietor’s consent from the following:

(a) making, offering, placing on the market or using a product which is the subject matter of the patent, or importing or storing the product for those purposes;

(b) using a process which is the subject matter of the patent or, where the third party knows, or should have known, that the use of the process is prohibited without the consent of the patent proprietor, offering the process for use within the territory of the Contracting Member States in which that patent has effect;

(c) offering, placing on the market, using, or importing or storing for those purposes a

product obtained directly by a process which is the subject matter of the patent.”

[ii] UPC協定第63条は、「終局的な差し押さえ」に関するものであり、以下のように規定しています。

“Permanent injunctions

(1) Where a decision is taken finding an infringement of a patent, the Court may grant

an injunction against the infringer aimed at prohibiting the continuation of the infringement. The Court may also grant such injunction against an intermediary whose services are being used by a third party to infringe a patent.

(2) Where appropriate, non-compliance with the injunction referred to in paragraph 1 shall be subject to a recurring penalty payment payable to the Court.”

[iii] 「従属責任」は、主に法律の文脈で、ある人が別人の行為に対して負う法的な責任を指します。特に、雇用主と従業員といった「支配・従属関係」が存在する場合に発生します。

 

[情報元]

1.McDermott News: November 6, 2025

“UPC Court of Appeal significantly narrow director’s personal liability for patent infringement”

https://www.mwe.com/insights/upc-court-of-appeal-significantly-narrows-directors-personal-liability-for-patent-infringement/

[担当]深見特許事務所 堀井 豊