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Pre-AIA法における102条(e)の「他者による(by another)」発明の厳格な解釈を再確認したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(以下「CAFC」)は、多発性硬化症(Multiple Sclerosis:以下、「MS」)の治療のためのクラドリビン療法に関する特許クレームは自明であるとした米国特許商標庁特許審判部(以下「PTAB」)の決定を支持しました。CAFCは、特許法AIA改正前第102条(e)項に基づく先行技術文献として除外できるのは、当該特許クレームと同一の発明主体による共同研究を反映している場合のみであることを明確にしました。

 Merck Serono S.A. v. Hopewell Pharma Ventures, Inc., Case No. 25-1210 (Fed. Cir. Oct. 30, 2025) (Hughes, Linn, Cunningham, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)IPRの請願

 Merck社は、MSの治療法に関する特定の経口クラドリビン投与レジメンを対象とする特許(米国特許第7,713,947号および第8,377,903号、発明者はDe Luca博士他3名)を保有していました。

 Hopewel社は、Merck社の特定の特許クレームについて、先行技術文献であるBodor文献およびStelmasiak文献に基づいて自明であるとして、IPRを請求しました。

  • Bodor文献: Ivax社の従業員が発明者として記載された国際特許出願(WO 2004/087101 A2、発明者はBodor博士およびDandiker博士)です。本件特許の核心となった6行の投与レジメンと呼ばれる記載を含みます。6行の投与レジメンは、MS治療のために、クラドリビン10mgを最初の1ヶ月目と2ヶ月目にそれぞれ5~7日間投与し、その後10ヶ月間休薬するという特定の投与レジメンです。
  • Stelmasiak文献: MS患者に対してクラドリビンを異なるレジメンで投与した臨床試験の結果を報告した文献です。クラドリビン投与によるリンパ球数の減少や、MSの再発率が低下したという知見を教示しています。

(2)IPRにおける特許権者の主張

 IPRにおいてMerck社は、Bodor文献が先行技術文献には該当しないと主張しました。Merck社の特許に記載された発明者の一人であるDe Luca博士が、Bodor文献に開示されている6行の投与レジメンに貢献していたため、Bodor文献は、特許法AIA改正前第102条(e)項の「by another」(他者によるもの)に該当しないとして、自明性の判断において先行技術文献から除外されるべきだと論じました。すなわち、Merck社の主張は、特許法AIA改正前第102条(e)項においては、先行技術文献の発明者と特許クレームの発明者とが一致しているため、当該先行技術文献はIPRにおける自明性の判断から除外されるべき、という主張になります。

 (参考)特許法AIA改正前第102条(e)項

“A person shall be entitled to a patent unless –

 (e) the invention was described in

(1) an application for patent, published under section 122(b), by another filed in the United States before the invention by the applicant for patent or

(2) a patent granted on an application for patent by another filed in the United States before the invention by the applicant for patent, except that an international application filed under the treaty defined in section 351(a) shall have the effects for the purposes of this subsection of an application filed in the United States only if the international application designated the United States and was published under Article 21(2) of such treaty in the English language; or …”

(3)特許権者の主張の根拠となる事実関係

 本事件の根源は、Serono社(後のMerck社)とIvax社との共同研究契約にあります。本件特許は、MSを治療するための医薬品クラドリビンの経口投与レジメンに関するものです。本事件における重要な出来事の時系列を以下に示します。

 2002年: Serono社は製剤開発企業であるIvax社と提携し、MS治療用の経口クラドリビン製剤の開発に着手しました。この提携における役割分担は、Ivax社が経口製剤の開発を担当し、Serono社がその製剤を用いた臨床試験の実施を担当するというものでした。

 2003年8月: Serono社とIvax社の担当者が会合を開き、製剤開発の進捗や臨床試験戦略について議論しました。

 2004年3月26日: Ivax社の従業員であるBodor博士らが、Bodor文献となる国際特許出願を行いました。

 2004年12月22日: Serono社の従業員であるDe Luca博士らが、本件特許の基礎となる米国特許出願を行いました。

(4)PTABの判断

 PTABは、Hopewel社からIPR請求されたMerck社のすべてのクレームについて、Bodor文献とStelmasiak文献との組み合わせにより自明であるとする最終的な書面による決定を下しました。

 特に、PTABは、特許法AIA改正前第102条(e)項の「by another」の解釈について、先行技術文献と本件特許の発明者が完全に一致しない場合には、特許法AIA改正前第102条(e)項の先行技術文献の開示は「by another」(他者によるもの)とみなされ、先行技術文献として利用可能になるという原則を適用しました。

 PTABは、De Luca博士が6行の投与レジメンに実際に貢献していたことを証拠が示しているというMerck社の主張を拒絶し、さらに、仮にたとえMerck社がDe Luca博士の貢献を証明できたとしても、Bodor文献の発明者であるBodor博士とDandiker博士がその開示に十分な貢献をしているため、Bodor文献は依然として特許法AIA改正前第102条(e)項の「by another」として先行技術文献として利用可能であると判断しました。

(5)CAFCへの上訴

 Merck社は、上記のPTABの最終的な書面による決定を不服として、CAFCに上訴しました。

 

2.CAFCの判断

 CAFCは、以下の観点から、Bodor文献の6行の投与レジメンの開示は、特許法AIA改正前第102条(e)項の「by another」(他者によるもの)であるため、Bodor文献は先行技術文献に該当するとするPTABの判断に、法的または事実的な誤りはないと結論付けました。

 ・完全な発明者同一性の原則の再確認: CAFCは、本件特許の発明者と先行技術文献の発明者とが完全に一致しない場合、先行技術文献による開示は「他者によるもの」とみなされ、先行技術文献として利用可能になるという長年の原則(In re Land事件以来の原則)を再確認しました。

 ・発明者チームの共同作業の要求: CAFCは、「他者によるもの」として先行技術文献から除外されるためには、先行技術文献における開示部分が、特許に記載された同一の発明者集団(the collective work of the same inventive entity)の共同作業を反映している必要があると判示しました。

  •  「発明者の増減」は発明者集団の不一致と判断: 先行技術文献の発明者集団と特許の発明者集団との間で不一致がある場合、先行技術文献の開示は「他者によるもの」となります。この不一致は、特許の発明者から先行技術文献の発明者が減算された場合でも、Merck社の主張のように特許の発明者が先行技術文献の発明者に追加された場合でも同様であるとしました。

 ・MPEPの解釈の拒否: Merck社は、特許審査便覧(MPEP)の一部記述が「少なくとも一人の共同発明者」の作業であれば先行技術文献を回避できると示唆しているとして、PTABの判断は「明確なルール」(bright-line rule)を適用した誤りだと主張しました。しかし、CAFCは、MPEPがこの原則を定めたLand判例を引用し「他者」を「異なる発明者集団」と定義していることから、MPEPの解釈がCAFCの判例と矛盾する場合には、MPEPの解釈は支配的ではないとしてMerck社の主張を退けました。

  •  「合理性のルール」の適用: CAFCは、PTABがDe Luca博士の貢献を評価する際に、「合理性のルール」(rule of reason)を適切に適用し、提出されたすべての証拠(宣誓供述書、議事録、証言など)を検討したと認定しました。
  •  貢献の「重要性」の欠如: PTABは、Merck社がDe Luca博士がBodor文献の開示に対して「具体的で独創的な貢献」をしたことを示す、信頼性があり裏付けられた証拠を提出できなかったと認定しました。CAFCは、また、PTABが、その貢献が「十分な重要性」(significant enough)を持つかを検討することは適切であったとして、事実認定に誤りはないと判断しました。

 

3.実務上の留意点

 Serono社とIvax社の提携関係は、共同研究に潜むリスクを浮き彫りにしています。パートナー企業間で交換された情報が、一方の当事者によって異なる発明者集団で特許出願された場合、それが他方の当事者の特許に対する強力な無効理由(先行技術文献)になり得ます。これを防ぐためには、共同研究契約において、研究から生じる可能性のある全ての特許出願について、発明者を特定し文書化するための明確な規約やプロセスを設けることが不可欠であると思われます。

 

[担当]深見特許事務所 赤木 信行

[情報元]

1.McDermott Will & Emery IP Update | “Complete inventive entity required to avoid “by another” prior art under pre-AIA § 102(e)” November 14, 2025

    https://www.ipupdate.com/2025/11/complete-inventive-entity-required-to-avoid-by-another-prior-art-under-pre-aia-%c2%a7-102e/

2.Merck Serono S.A. v. Hopewell Pharma Ventures, Inc., Case No. 25-1210 (Fed. Cir. Oct. 30, 2025) (Hughes, Linn, Cunningham, JJ.) 本件CAFC判決原文

    https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/25-1210.OPINION.10-30-2025_2596117.pdf