2025年後半に言い渡された、特許関連の4件の韓国大法院判決紹介
2025年の半ば以降に言い渡された韓国大法院判決のうち、特許実務に直結する判旨を含む以下の4件の判決の概要を紹介し、それぞれの判決から示唆される実務上の意義に言及します。
I.高血圧複合剤に関する特許発明において成分含量の表記の訂正が不適法であることから、特許を無効とした大法院判決(2025年06月26日言渡し、事件番号2023フ11487)(裁判所の判断理由等についての詳細は、下記「情報元1(2)」および「情報元2(1)」をご参照下さい)
1.概要
本件は、高血圧治療用の複合剤に関する特許発明について、請求項に記載された医薬品成分の含量表記を訂正することが、特許法上許される訂正に該当するか否かが争われた事案です。大法院は、特許法院の判断を破棄し、当該訂正は不適法であるとして差し戻しました。
2.事案の背景
(1)本件対象特許の概要
特許権者(本件訴訟の上告人)であるA社は、「血圧降下用薬剤学的組成物」を発明の名称とする特許について2012年に特許登録を受けました。請求項1には、アンジオテンシン2受容体遮断剤として「フィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30mg」、カルシウムチャネル遮断剤として「アムロジピンベシレート塩5mg」を含むことが記載されていました。
(2)特許無効審判の請求およびA社による請求項の訂正
一方、A社が販売・承認を受けた許可医薬品では、成分含量は「フィマサルタンカリウムとして30mg」および「アムロジピンとして5mg」と表記されていました。これを踏まえ、B社は、本件特許が記載要件違反および進歩性欠如に該当するとして特許無効審判を請求しました。
無効審判手続において、A社は請求項1を訂正し、各成分について括弧書きで「(フィマサルタンカリウム塩30mg)」および「(アムロジピン5mg)」と追記しました。特許審判院もこの訂正を「不明確な記載を明確にする訂正」に該当するとして適法と判断しました。
(3)特許法院への提訴および特許法院の判断
上記特許審判院の判断に対してB社は特許法院に提訴しました。
特許法院は、訂正前の請求項における成分含量の記載について、通常の技術者であれば、有効成分を基準とした用量を意味するものとして理解すると解釈しました。その根拠として、明細書の実施例・製造例、既存の医薬品承認実務、単剤医薬品の用量慣行などを総合的に考慮し、訂正は単なる意味の明確化にすぎず、請求項の実質的な変更には当たらないとしました。その結果、特許法院は特許審判院の決定に同意する判決を下しました。
3.大法院の判断
上記特許法院の判決に対してB社は、大法院に上告しました。
大法院は、特許の保護範囲は請求項の文言によって定まるという原則を再確認した上で、本件請求項の文言は通常の技術者にとって明確であり、「不明確な記載の明確化」には該当しないと判断しました。大法院は、医薬品分野では、塩や水和物と有効成分は明確に区別され、用量も別個に理解されるべきであり、訂正後の請求項1に関しては、「フィマサルタンカリウム塩の水和物」は「フィマサルタンカリウム塩」と互いに区別される化合物であり、「アムロジピンベシレート塩」は「アムロジピン」と互いに区別される化合物であると判断され、訂正前の請求項1における「アンジオテンシン-2-受容体遮断剤としてフィマサルタンカリウム塩又はこの水和物30㎎」でいう医薬物質とその用量は「フィマサルタンカリウム塩30㎎又はフィマサルタンカリウム塩の水和物30㎎」を指すのが明らかであり、「カルシウムチャネル遮断剤としてアムロジピンベシレート塩5㎎」でいう医薬物質とその用量も「アムロジピンベシレート塩5㎎」としか理解するほかなく、請求項の文言の一般的な意味内容の解釈に有効成分換算量を意味するとの解釈が入り込む余地はないとして、原審を取消し、差し戻しました。
4.実務上の意義
本判決は、請求項中心主義を厳格に適用し、業界慣行や実製品の仕様によって請求項の意味を読み替えることを否定した点に特徴があります。医薬分野では、成分・含量表記の僅かな差異が訂正の可否や権利範囲に直結するため、出願時から将来の製品設計や承認実務を見据えた請求項作成の重要性を改めて示したものと言えます。
II.物の用途又は使用方法を訂正により追加することで先行発明との差異点が明確となり、進歩性が認められた事例(2025年07月16日言渡し、事件番号2022フ10524)(詳細は、下記「情報元2(2)」をご参照下さい)
1.概要
本件の大法院における審理では、特許無効審判で行われた請求項の訂正が進歩性の有無に影響を及ぼす程度に先行技術との差異を明確にしたかどうかが争点となりました。
本件訴訟では、上告人(特許無効審判の請求人)であるA社と、被上告人(特許権者)であるB社が、当事者として対立しました。
本件の対象となったのは、クランプ装置に関する特許であり、その構成と使用方法を記載した請求項に関して、訂正前後で技術的差異がどのように変わるかが問題とされました。
本件訴訟では、大法院が原審(特許審判院の審決を支持した特許法院判決)を支持して、A社の上告を棄却しました。その結果、審決は確定しています。
2.事案の背景
(1)本件対象特許の概要および特許無効審判の請求
本件特許は、「物体を固定するクランプ」に関するもので、従来技術では固定部と締付部との間隔制限があり、大きな物体には機能が限定されるという課題がありました。被告の特許明細書はこの課題を解決することを目的とするクランプ構造を説明していましたが、訂正前の請求項1には使用方法に関する限定が記載されておらず、先行発明の技術と実質的に同一視される余地があるとして、A社は進歩性欠如を理由に特許無効審判を請求しました。
(2)B社による請求の範囲の訂正
そこでB社により請求の範囲の訂正が行われ、請求項1に「所定の長さを有する設置物に対して二つのクランプが互いに向かい合うように締結固定される構成」という表現が追加されました。この訂正によって、単一のクランプ構成から二つのクランプを併用する構成へと技術的焦点が変化し、従来の構成と明確な差異を示したと評価されました。
3.先行技術との比較と争点
A社は、訂正後の請求項1の発明が先行発明8と実質的に同一であり、差異がないため進歩性が欠如すると主張しました。先行発明8は、C型クランプにおいて締め幅を任意に調整できる技術を開示しており、A社はこれが本件訂正発明と本質的に同じであると説明しました。
しかしながらB社は、訂正によって「二つのクランプが互いに対向する形で締結される」という明確な差異が導入され、先行発明8とは構造及び使用方法が明確に区別されると反論しました。この点、すなわち、訂正発明と先行発明8との差異が本件特許に進歩性をもたらすかどうかが、本件の中心的争点となりました。
4.大法院の判断
大法院は、進歩性判断にあたっては、対象発明と先行技術との差異を正確に把握し、通常の技術者が当該発明を簡単に思いつくことができるかどうかを検討すべきであると指摘しました。
具体的には、訂正後の請求項1が二つのクランプを対向させる構成であり、先行発明にはこのような構造の直接の示唆や認識が存在しないことを理由に、本件特許の独自性が認められました。さらに、原審判決における進歩性認定に法理上の重大な誤りはないと判断され、結果としてA社の上告は棄却されました。
5.判決の意義および実務への示唆
この判決は、特許無効審判における訂正発明の進歩性判断に関して重要な指針を示しています。特に、「用途・使用方法の限定がどのように技術的差異を明確化し得るか」、および、「先行技術と区別される技術的効果をどのように評価すべきか」という点が明確になりました。
実務的には、特許請求項の訂正が単なる文言修正に留まらず、技術的特徴や効果を実質的に変えるものであることを示すことが、進歩性の立証において重要であることが再確認されました。これにより、特許権者側は訂正審判において先行技術との差異を効果的に主張し、無効審判請求側はより慎重な立証戦略が必要となることが示唆されます。
III.分割出願に基づく特許の機能的表現を含む請求の範囲において、原出願の意見書の主張等を参酌することにより、その権利範囲を限定解釈できるとした大法院判決(2025年07月17日言渡し、事件番号2023フ11340)(詳細は、下記情報元1(1)および2(3)をご参照下さい)
1.事案の背景
(1)確認対象発明の概要と争点
本件は、浄水器に関する特許の権利範囲確認訴訟において、請求項に用いられた「洗浄手段」という機能的表現の解釈をめぐり、その権利範囲をどこまで及ぼすべきかが争われた事案です。特に、本件特許が分割出願(第2世代)により登録されたものである点を踏まえ、原出願の審査過程における出願人の意見書での主張を、分割出願特許の請求項解釈に参酌できるかが中心的な争点となりました。
本件特許の請求項1は、濾過水を用いて貯蔵タンクを洗浄できる「洗浄手段」を備えた自己洗浄可能な浄水器を規定していましたが、請求項自体には洗浄方式(洗浄物質投与方式か、電気分解方式か)についての限定はありませんでした。一方、明細書には、洗浄物質又は殺菌物質を濾過水で希釈してタンクに供給する、洗浄物質投与方式のみが具体的構成として記載されていました。
本件訴訟の上告人(被疑侵害者)であるA社の確認対象発明は、洗浄物質を用いず、水を電気分解して生成した電解水により殺菌を行なう電気分解方式を採用しており、これが請求項1の「洗浄手段」に含まれるか否かが問題となりました。
(2)原出願および分割出願の審査経過
本事案の特徴は、原出願および分割出願における審査対応の違いにあります。原出願の審査段階では、審査官から新規性欠如の拒絶理由が通知され、出願人であるB社はこれを克服するため、「洗浄手段」を洗浄物質投与方式に限定する補正を行ったうえで、電気分解方式とは構成および効果(時間・電力消費)の点で異なることを意見書で明確に主張し、特許登録を受けました。
これに対し、第2世代の分割出願である本件特許の審査では、電気分解方式を開示する別の先行文献が引用されたものの、出願人は洗浄手段を洗浄物質投与方式に限定する補正は行わず、他の相違点を強調した結果として特許されました。この点が、後の権利範囲解釈において大きな意味を持つこととなりました。
(3)下級審の判断の対立
特許審判院は、洗浄手段が機能的表現であることを踏まえ、明細書に基づき洗浄物質投与方式に限定解釈すべきであると判断し、確認対象発明は権利範囲に属さないとしました。ただし、原出願の審査経過については、分割出願に影響を及ぼす明確な法理がないとして参酌しませんでした。
これに対し、原審である特許法院は、原出願と本件特許とでは請求項の記載が異なることを重視し、原出願審査時の限定的主張をもって、本件特許の権利範囲から電気分解方式を除外したと評価することはできないとしました。その結果、請求項を文言どおり広く解釈し、確認対象発明は権利範囲に属すると判断しました。
2.大法院の判断
大法院は、請求項が機能的表現であり、文言どおりに解釈すると明らかに不合理となる場合には、明細書の記載や出願人の意思、第三者の法的安定性を考慮して限定解釈が許されると指摘しました。本件については、特許の明細書に洗浄物質投与方式のみが記載され、原出願の審査段階で電気分解方式を明確に排除していた点を重視し、当該方式を権利範囲から除外すべきであると判断し、原審判決を破棄し、差戻しました。
5.実務上の示唆
本判決は、原出願での補正や意見書の内容が、分割出願に基づく特許の権利範囲解釈にも影響し得ることを明確に示しており、出願段階での主張の一貫性が将来の権利行使に与える影響に留意すべきことを示唆するものです。
- 構成要素の一部除去による執行回避を否定し、特許侵害差止仮処分の執行対象物特定に関する判断枠組みを明確化した、韓国大法院判決(大法院2025年9月29日付2025マ6304決定)。詳細は、下記「情報元3」をご参照下さい。
1.概要
本件は、特許侵害差止仮処分決定後に、債務者(被疑侵害者)が装置の一部構成要素を除去又は変更することで仮処分の執行を免れようとする行為に対し、その可否が争われた事案です。韓国大法院は、仮処分の執行対象物の特定に当たっては、単なる構成要素の有無に拘泥すべきではなく、装置全体の同一性を総合的に判断すべきであると判示して、下級審の判決を破棄し、差戻しました。
2.事案の背景
本件は、断熱パイプ製造装置に関する特許紛争であり、特許権者であるA社は、被疑侵害者であるB社が「断熱パイプ製造用ローリング装置」を生産・使用する行為が自己の特許権を侵害するとして、特許侵害差止仮処分を申請しました。これに対し、ソウル中央地方法院は2024年6月20日、A社の申請を認容し、当該装置の生産禁止及び執行官への引渡しを命じる仮処分決定を下しました。
仮処分決定の別紙目録には、対象装置の構成要素としてエンコーダが明示されていましたが、B社は決定直後、工場内に設置されていた装置からエンコーダを除去しました。その後、執行官が大邱所在の工場において執行を実施したところ、B社は「必須構成要素であるエンコーダが欠如している以上、当該装置は仮処分決定の執行対象物には該当しない」と主張し、執行に関する異議を申し立てました。
3.下級審の判断
第1審である大邱地方法院単独判事は、B社の主張を認め、執行を取り消しました。第1審は、特許発明が複数の構成要素からなる場合には、それらが有機的に結合した全体として保護されるものであるとした上で、必須的構成要素であるエンコーダを欠く製品は、原則として仮処分決定の対象物と同一であるとはいえないと判断しました。この判断は、第2審である同地方法院合議部においても維持されました。
4.大法院の判断
上記下級審の判断に対し大法院は、執行対象物の特定に当たっては、特定部品の有無に限定せず、装置の名称、構成、最終生産物等を総合的に考慮し、仮処分決定当時の装置と同一性を有するか否かで判断すべきであるとしました。また、部品除去による非侵害主張は実体的な権利関係に関するものであり、「執行に関する異議」で争うべき事項ではないと判断し、原審を破棄して事件を差し戻しました。
5.実務上の意義
本決定は、特許侵害差止仮処分の実効性を確保する観点から、極めて重要な意義を有します。もし仮処分決定後にB社が一部構成要素を一時的に除去するだけで執行を免れ得るとすれば、仮処分制度の実効性は著しく損なわれことから、本決定は、このような執行回避行為に対し、装置全体の同一性という実質的観点から歯止めをかけたものと言えます。
[情報元]
1.KIM & CHANG IP Newsletter | 2025 Issue4 | Japaneseより
(1)韓国大法院、機能的表現が含まれる請求範囲を文言どおり解釈すると明らかに不合理となる場合、特許権の権利範囲を制限して解釈できると判断
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=33350
(2)韓国大法院、高血圧複合剤に関する特許発明において主成分の含有量表記の訂正を不適法と判断
https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=33351
2.ジェトロソウル事務所 大法院知財判例データベースより
(1)高血圧複合剤に関する特許発明において成分含量の表記の訂正が不適法であるとした大法院判決(2025年6月26日言渡し、2023フ11487登録無効(特))
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2025/_546187.html
(2)物の用途又は使用方法を訂正により追加することで先行発明との差異点が明確となり進歩性が認められた事例(2025年7月16日言渡し、2022フ10524登録無効(特))
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2025/_547299.html
(3)機能的表現を含む請求の範囲において、原出願の意見書の主張等を参酌することにより、その権利範囲を限定解釈できるとした大法院判決(2025年7月17日言渡し、2023フ11340権利範囲確認(特))
https://www.jetro.go.jp/world/asia/kr/ip/case/2025/_546185.html
3.FIRSTLAW IP NEWS「韓国大法院、特許侵害差止仮処分の執行対象物の一部構成要素が除去されても執行免責事由にはなり得ないと判断」(大法院2025年9月29日付2025マ6304)
https://firstlaw.co.kr/jp/sub/insights/board_view.asp?board_idx=13&b_idx=376
担当 深見特許事務所 野田 久登

