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35U.S.C.§285等に基づく弁護士費用の負担およびその他の制裁を認めた連邦地方裁判所の判決を支持した、連邦巡回控訴裁判所判決

 EscapeX IP, LLC(以下「EscapeX社」)は、Google LLC(以下「Google社」)の製品がEscapeX社が保有する特許を侵害するとして米国テキサス州西部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起しました。それに対してGoogle社は、EscapeX社の訴訟が実質的に根拠のないものとしてEscapeX社に対して訴訟の自発的取り下げを求めるとともに、35U.S.C.§285[i]に基づき弁護士費用の支払いを求めたところ、EscapeX社は最終的に訴訟の取り下げには同意したものの弁護士費用の支払いには応じなかったことが裁判で争われ、地裁はEscapeX社による弁護士費用の支払いを認めました。その後の控訴審において連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、EscapeX社の訴訟が35U.S.C.§285に規定する「例外的」であると認め、地裁判決を支持しました。

              EscapeX IP, LLC v. Google LLC, Case No. 24-1201 (Fed. Cir. Nov. 25, 2025)

 

1.事案の背景

(1)本件対象特許の概要

 本件において対象となる米国特許No. 9,009,113(以下「’113特許」)は、音楽コンテンツ(特に「ダイナミック・アルバム」)をユーザーの機器上で管理し更新するシステムおよび方法に関しています。特許の目的は、音楽ストリーミングやダウンロード後のデータについて、アーティストが自らの意図に基づいてコンテンツを制御し更新できるようにすることにあります。’113特許のクレームには、アーティストからの指示を受けてコンピュータシステムが「アルバムパラメータ」を生成し、そのパラメータをユーザー機器に提供することで、ユーザーの機器上に保存されたアルバムを自動的に更新し制御する仕組みが記載されています。このような「動的アルバム」の更新は、従来の静的な音楽ファイル管理とは異なり、アーティストの意図に応じたリアルタイムのコンテンツ変更を可能にする点に特徴があります。

 ’113特許のクレーム1は以下の通りです。

  1. A computer implemented method for updating a dynamic album that includes a set of songs stored in relation to and played by an artist specific application associated with an artist, the method being implemented on a user device having one or more physical processors programmed with computer program instructions that, when executed by the one or more physical processors, cause the user device to perform the method, the method comprising:

              receiving, by the user device, one or more album parameters that specify a change to be made to the dynamic album that includes a plurality of songs, wherein the dynamic album is stored via information encoding the plurality of songs at the user device in association with the artist specific application that plays the dynamic album at the user device;

              accessing, by the user device, the information encoding the plurality of songs responsive to receipt of the one or more album parameters;

              modifying, by the user device, the information encoding the plurality of songs based on the one or more album parameters to change the dynamic album without intervention by a user of the user device;

              storing, by the user device, the modified information encoding the plurality of songs at the user device; and

              playing, by the user device, at least some of the dynamic album through the artist specific application based on the modified information encoding the plurality of songs at the user device.

 

(2)地裁での訴訟手続きの経緯

 i)紛争の発端

 本件は、EscapeX社が、「Google社が提供する特定のオンラインサービスおよびその機能が、’113特許のクレームに記載されたアルバムパラメータの受信、当該アルバムパラメータに基づく情報の修正、および、ユーザー機器上でのコンテンツの更新に関する各構成要件を充足する」と主張し、差止めおよび損害賠償を求めて、Google社を被告として地裁に特許侵害訴訟を提起したことにより開始されました。

 (ii) 地裁でのEscapeX社の当初の侵害主張とGoogle社の反論

 EscapeX社は地裁への提訴に際して、Google社の製品であるYouTube Musicが’113特許を侵害していると主張しました。

 これに対しGoogle社は、訴状提出後すぐにEscapeX社に書簡で応答し、侵害とされた機能が実際にはYouTube Musicに存在しないことを指摘し、EscapeX社が適切な訴訟前調査(pre-suit investigation)を行なっていないと主張しました。

 (iii) 被疑侵害対象の変更と、当該被疑侵害対象の優先日前からの存在の問題

 EscapeX社はGoogle社の反論を受け、当初の主張対象だったYouTube Musicではなく、“YouTube Video with Auto-Add”機能を侵害対象として追加した改訂訴状を提出しました。

 しかしながらGoogle社は、この“Auto-Add(自動追加)” 機能は、EscapeX社の特許の優先日より前から存在していたことが簡易なインターネット検索で明らかになると主張しました。すなわち、Escape社が主張するような特許侵害が成立するとすれば、当該機能は特許の優先日前から公知であったことになり、特許の有効性自体に疑義が生じるという論理的矛盾が生じるため、訴え自体の根拠が失われるという問題が浮上しました。

 そのためGoogle社は、EscapeX社に対して自発的に訴訟を取り下げることを求めましたが、EscapeX社はGoogle社の訴訟取下げ要求に応答せず、実質的な争点の整理や協議への対応に非協力的であるとの評価を受けました。

 (iv) 事件の移送と並行事件での特許無効

 Google社はEscapeX社の対応の遅滞と不十分な応答を根拠に、訴訟をテキサス州西部地区からカリフォルニア州北部地区へ移送する旨の申立を提出しました。EscapeX社はこの移送の申立に対しても実質的な応答をしなかったため、裁判所はGoogle社の申立を認容し、訴訟がカリフォルニア州北部地区地方裁判所へ移送されました。以下、「地裁」は移送後の連邦地方裁判所を指します。

 この移送の直後、EscapeX社と同じ’113特許を別件で主張していたニューヨーク南部地区連邦地方裁判所において、’113特許全体が35 U.S.C.§101(特許適格性要件)に基づき適格性を欠くとして特許無効であると判断されました(EscapeX社はこの判決に対して控訴しませんでした)。この別件判決は、’113特許に対する重大な疑義を生じさせ、主たる訴訟におけるEscapeX社の立場をより弱める結果となりました。

 (v) Google社による再度の訴訟取り下げ要求および訴訟費用の請求

 移送後、Google社は再度EscapeX社に対して訴訟の自発的取下げ(voluntary dismissal)を求めましたが、EscapeX社は応答しませんでした。その後EscapeX社は「共同取下げ協定(joint stipulation of dismissal)」の形で文書を提出しましたが、そこには「両当事者は各自の費用(弁護士費用を含む)を負担する」との表明があり、さらにEscapeX社の弁護士が Google社がこれに同意したと裁判所に述べていました。

 しかしながらこの文書は、Google社の事前同意を得ていない、事実とは異なる記載を含む申立てであることから、提出直後にGoogle社が撤回を求め、EscapeX社は即日その申立を撤回しました。なお、その後Google社の同意を得た上で、訂正された共同取下げの申立書が提出されました。

 この経緯を踏まえ、Google社は35U.S.C.§285に基づく弁護士費用等の支払を求める申立を改めて提起しました。Google社は、EscapeX社の訴訟提起と進行が根本的に瑕疵のある訴訟として不当あるいは不合理であったと主張し、費用請求の正当性を訴えました。

 (vi) 地裁の判断

 地裁は、Google社を「勝訴当事者(prevailing party)」と認定し、EscapeX社の訴訟が例外的事案(exceptional case)に該当すると判断しました。この判断に基づき、同裁判所はEscapeX社に対して$191,302.18の弁護士費用および訴訟費用の支払いを命じました。地裁は、EscapeX社の訴訟提起前の調査が不十分であり、特許侵害の主張が明らかに根拠を欠いている案件であったと認定しました。

 地裁は、Google社の費用請求を認めるにあたり、EscapeX社の訴訟遂行態度(Google社からの複数の書簡に対する応答の欠如、事実と異なる共同取下げ表明等)を考慮しました。

 (vii) 連邦民事訴訟規則59(e)[ii]に基づく申立

 EscapeX社は、この地裁判決に対し連邦民事訴訟規則59(e)(以下「規則59(e)」)に基づく「判決修正申立(motion to amend the judgment)」を提出しました。EscapeX社は、「新たに発見された証拠」として、EscapeX社の社長と訴訟前調査に関与した技術者の短い声明(declarations)を提出し、これが訴訟提起前調査の適切さを示す証拠であると主張しました。

 Google社はこの申立を不当であるとして反論し、規則59(e)の申立自体が裁判所命令に反して提出された点も指摘しました。地裁はEscapeX社が新証拠として提出した証拠が「新たに発見された証拠」の基準を満たしていないと判断し、この規則59(e)の申立を否認しました。

 さらにGoogle社は28 U.S.C.§1927[iii]に基づく追加費用と制裁を求めて、二度目の費用請求を行ないました。地裁はこの要請を認め、EscapeX社の代理人弁護士に対して追加の$63,525.30の費用負担と制裁を命じました。

 

2.CAFCにおける審理

 CAFCは、地方裁判所の判断が裁量の範囲内で適切になされたかを検討するために、以下の法的枠組みと判断基準に基づいて検討を行ないました。

(1)法的枠組み

 本件CAFC判決は、35 U.S.C.§285、Octane Fitness事件最高裁判決[iv]、28U.S.C.§1927、および規則59(e)を適用した、以下のような法的枠組みに基づいています。

 CAFCは、35U.S.C.§285の「例外的な訴訟(exceptional case)」に該当するかどうかの判断にあたり、Octane Fitness事件最高裁判決に従い、訴訟全体の状況、主張の強さ、訴訟行為の適切性など総合的に評価する裁量を有します。

 28U.S.C.§1927は、弁護士が「不合理かつ執拗に訴訟手続きを増大させた場合」に個人的責任として追加費用等を負担させることを認めるもので、弁護士の行為が「故意または無謀な無視」と評価されるかが焦点となります。

 また、規則59(e)による判決修正申立については、その申立が「新たに発見された証拠」に基づくものであるかどうかが判断基準となります。

(2)争点

 本件における主な争点は以下の通りです。

 (i)地裁が本件を「例外的訴訟(exceptional)」と判断し、Google社に弁護士費用を認めた判断に裁量の逸脱があったかどうか。

 (ii)EscapeX社の規則59(e)の申立が、判決を修正すべき「新たな証拠」に基づくものとして妥当かどうか。

 (iii)Google社の追加請求に対する28U.S.C.§1927に基づく制裁の判断が適切か、特にEscapeX社の弁護士が無謀または不合理な訴訟行為を行なったかどうか。

(3)各争点についてのCAFCの判断

 i)例外的訴訟としての弁護士費用

 CAFCはまず、地方裁判所が本件を例外的訴訟と認めた判断について検討しました。Google社は、EscapeX社が具体的な事前調査を行なっていないことを主張し、侵害されていない機能を対象に提訴していた点を挙げて批判しました。CAFCは、Google社が繰り返し訴訟の根拠が薄弱である旨をEscapeX社に通知していたこと、および、EscapeX社がこれらの警告にも関わらず訴訟を進めたことを理由に、地裁の判断は裁量権の範囲内であると支持しました。

 また、EscapeX社が提出した主張が「勝ち目のある合理的根拠に基づかないもの」であり、訴訟を続行することでGoogle社側のコストが不当に増加した点も、例外的訴訟と判断される重要な事情とされました。

 ii)規則59(e)申立の適否

 規則59(e)に基づく申立について、CAFCはEscapeX社が提出した「新証拠」とされた2つの宣誓書について、当初からEscapeX社が保有し利用可能であった情報であり「新たに発見された証拠」とは認められないと判断しました。また、「明らかな不正義(manifest injustice)」の主張は、地裁段階で適切に提出されておらず、控訴審で改めて主張することは認められないとの判断を示しました。

 iii28U.S.C.§1927による制裁

 CAFCは28U.S.C.§1927に基づく制裁についても、地方裁判所の判断を支持しました。具体的には、EscapeX社側の弁護士が規則59(e)の申立を撤回すべきであると度重なる警告を受けたにもかかわらず、それを無視して訴訟手続きを不必要に複雑化した行為が「無謀な訴訟行為(reckless litigation conduct)」であると評価されるべきであると認めました。CAFCは、弁護士には、代理する訴訟当事者を熱心に擁護する義務はあるものの、これが根拠のない申立を行なう理由にはならないと明言しました。

 

3.本件判決の意義および実務への示唆

 本件CAFC判決は、特許訴訟における訴訟行為の適切性と費用負担のあり方に関して、以下の重要なポイントを示しています。

(1)35 U.S.C.§285に規定する例外的訴訟の評価

 裁判所は単に勝訴・敗訴で終えるのではなく、当事者の主張の合理性や訴訟行為の誠実性を評価基準とするべきであると再確認しました。事前調査の欠如や反復した誤った主張が確認されれば、その訴訟は例外的と評価され得るという明確なメッセージが示されました。

(2)訴訟前調査の重要性

 EscapeX社の例では、十分な事前技術調査や法的検討の欠如が裁判所の厳しい評価につながりました。特に特許を主張する側は、技術的かつ法的根拠を慎重に検証し、軽率な申し立てにならないよう注意が求められます。

(3)弁護士の責任と制裁

 弁護士はクライアントを積極的に擁護する義務を負う一方で、裁判所への誤誘導や根拠の薄い申立を無批判に行うことは許容されないという明確な線引きが示されました。無謀な訴訟行為に対しては制裁が課され得ることが再確認された点は、特に特許訴訟の実務者にとって重要です。当事者企業は米国での訴訟に際し、現地代理人弁護士の主張・提案を鵜呑みにすることなくその訴訟行為をよく監視しコントロールする必要があると言えます。

 

 

[i] 35U.S.C.§285は、「裁判所は,例外的事件においては(in exceptional cases),勝訴当事者に支払われる合理的な弁護士費用を裁定することができる(may award)。」と規定しています。

[ii] 連邦民事訴訟規則59(e)は、判決の変更または修正の申立ては、判決言い渡しから28日以内に提出しなければならないことを規定しています。規則59(e)に基づく救済が認められるのは、一般的には、裁判所が法律の適用または事実認定を明らかに誤った場合、新たな証拠が発見された場合、および、判決後に関連する重要な判例法が変更された場合に限られます。

[iii] 28U.S.C.§1927は、弁護士等の代理人が、不合理かつ不誠実に訴訟を引き延ばした場合に、その結果生じた費用や弁護士費用を個人的に負担させることを可能にする制裁規定です。28U.S.C.(合衆国法典第28編)は、連邦裁判所制度と訴訟運営の基本法がまとめられた法律です。

[iv] Octane Fitness, LLC v. Icon Health & Fitness, INC. No.12-11842:2014年4月29日に米国連邦最高裁判所によって言い渡された、弁護士費用負担の条件を緩和する判決。詳細は、たとえばJETRO NYの記事「米連邦最高裁が弁護士費用負担の条件を緩和する判決を下す」(https://www.jetro.go.jp/ext_images/world/n_america/us/ip/pdf/20140505.pdf)をご参照下さい。

[担当]深見特許事務所 野田 久登

[情報元]

1.McDermott Will & Emery IP Update | “Complete inventive entity required to avoid “by another” prior art under pre-AIA § 102(e)” November 14, 2025

    https://www.ipupdate.com/2025/11/complete-inventive-entity-required-to-avoid-by-another-prior-art-under-pre-aia-%c2%a7-102e/

2.Merck Serono S.A. v. Hopewell Pharma Ventures, Inc., Case No. 25-1210 (Fed. Cir. Oct. 30, 2025) (Hughes, Linn, Cunningham, JJ.) 本件CAFC判決原文

    https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/25-1210.OPINION.10-30-2025_2596117.pdf