UPC協定第26条の間接侵害のいわゆる「二重の領域性」の要件について重要な明確化を行ったUPC中央部判決紹介
統一特許裁判所(UPC)の中央部(ミラノ支部)は、最近の判決(ORD_17811/2025)において、UPC協定第26条に基づく間接侵害のいわゆる「二重の領域性(double territoriality)」の要件について重要な明確化を行いました。すなわち、UPC協定第26条によりますと、欧州特許が有効な締約国の領域において「供給の申出」および「発明の実施行為」の双方が成立した場合にこの要件が満たされることになりますが、UPC中央部は、これら2つの行為が必ずしも同じ締約国内で行われる必要がないことを確認しました。この解釈は、国境を越えたオンライン販売およびサプライチェーンに対する権利行使の選択肢を拡大する可能性があります。
1.事件の経緯
(1)本件特許
Maschio Gaspardo S.p.A.(以下、「MG社」)は、農業機械(土壌耕作用農業機械を含む)の開発、製造、販売を手掛けるイタリアの多国籍企業であり、農業用サブソイラー用の可逆式工具に関する欧州特許第1 998 604号(以下、「本件特許」)を所有しています。本件特許は、2007年3月29日にMG社によって欧州特許庁(EPO)に出願され、2012年5月2日にEPOによって特許付与の公告がなされたもので、フランス、トルコ、イタリア、ドイツ、ルーマニア、チェコ、およびブルガリアの7ヶ国で有効化されています(このうち、フランス、イタリア、ドイツ、およびブルガリアの4ヶ国がUPC発足時および本件訴訟の提起時におけるUPC締約国であり、ルーマニアは本件訴訟の提起後にUPC締約国となりました)。
(2)訴訟の提起
MG社は、ギリシャの企業であるSpiridonakis Brothers GP(以下、「Spiridonakis社」)が本件特許の対象製品の偽造品を、“Bellota tool”という名称で、販売の申出をし、流通させ、宣伝したと主張し、UPC中央部のミラノ支部に侵害訴訟を提起して、Spiridonakis社による侵害行為に対する救済を求めました(UPC番号:UPC_CFI_513/2024)。
(3)裁判管轄
本件侵害訴訟は、UPC中央部のミラノ支部に提起されました。UPCの裁判管轄に関するUPC協定第33条の規定では、原則として、侵害訴訟は地方部/地域部が管轄し、取消訴訟は中央部が管轄することになっていますが、同条では、所定の場合には中央部が侵害訴訟を管轄する事態が想定されています。
UPC協定第33条(1)の第4段落[i]によりますと、UPC締約国が当該締約国を担当する地方部を有さずかつ地域部にも参加していない場合には、侵害訴訟をUPC中央部に提起しなければなりません。本件特許が有効化されているブルガリアがこれに該当しますので、本件侵害訴訟は正しくUPC中央部に提起されました。さらに、UPC協定第33条(1)の第3段落[ii]によりますと、被告の居所または主たる事業所がUPC締約国の域外にある場合には侵害訴訟をUPC中央部に提起できることが規定されており、被告がUPC非締約国であるギリシャ企業であることから、今回の訴訟がUPC中央部に提起されたことがより一層正当化されることになります。また本件特許の分類がクラスAであることからUPC中央部の支部の中でもミラノ支部に提起されたことに誤りはありません[iii]。
(4)欠席裁判
被告であるSpiridonakis社は、原告であるMG社の訴えに対して期限内に応答書面を提出せず、口頭審理にも出席しなかったため、UPC中央部は、被告が原告の請求を黙諾したものと見なして欠席判決(a decision by default)を下しました。
2.本件訴訟における法的争点
UPC協定第25条[iv]は直接侵害について規定していますが、直接侵害が立証できない場合でも、UPC協定第26条[v]に基づく間接侵害が発生する可能性があります。
UPC協定第26条は、「当該特許が効力を有する締約国の領域内において、特許権者の同意を得ていない第三者が、当該特許発明を実施する権限を有する者以外の者に対し、当該発明の必須要素に関連する手段であって当該発明を当該締約国において実施するための手段を、供給しまたは供給の申出をすることを、当該第三者が当該手段が当該発明の実施に適切でありかつ当該発明の実施に意図されていることを知りまたは知るべきであった場合に、阻止する権利」を規定しています。
本件訴訟における主要な法的問題は、上記のUPC協定第26条に規定する間接侵害の成立要件である「供給の申出(offering to supply)」と「発明の実施(putting it into effect)」との領域的関係に関します。これを、「二重の領域性(double territoriality)」の要件と称します。本件訴訟のように、供給の申出が複数の締約国で行われたものの、発明の実施がこれらの締約国のうちの1国でのみ行われた場合、すなわち、「供給の申出」と「発明の実施」とが異なる締約国に跨がっていても、全体としてUPC締約国の領域内であれば、UPC協定第26条に基づく間接侵害が成立するかどうかが法的な問題点となりました。
3.UPC中央部の判断
(1)直接侵害について
UPC中央部のミラノ支部は、欠席判決において、被告であるSpiridonakis社による“Bellota tool”の販売、流通、および広告に鑑みて、直接侵害が発生していたと判断しました。ただし、UPC中央部は、被告が争わなかった場合でも自動的に原告の主張を認める訳ではないことも示しました。侵害の宣言であれ特許の取消であれ、抗弁の欠如を認めるだけで「欠席判決」として決定を下すことはできません。UPC規則355.2[vi]は、UPCの第一審における欠席判決について規定しており、この規定は、UPC手続のフロントローディングな特性(訴訟提起時に全証拠を出すこと)を反映して、証拠の提出に関するUPC規則171.1[vii]および172.1[viii]に定められた立証責任の原則に照らして解釈されなければなりません。このことは、いずれの場合も原告は法的請求を正当化するために、自らが保有するすべての要素を提示しなければならないことを意味します。これらの要素は、請求の陳述が完全かつ受理可能であるとみなされるための最低限の要件を構成します。本件訴訟においてはUPC中央部は原告はこの要件を満たしていると判断し、直接侵害の認定を行いました。
より具体的に説明しますと、UPC中央部はまず、本件特許のクレーム1に記載された「固定手段(fixing means)」について、ピンやボルトそのものは含まれず、それらを受け入れるための「同軸の開口部(coaxial apertures)」のみを指すと解釈しました。したがって、被告がこの特徴を備えた製品(ピンやボルトを含まないツール単体)を市場で提供している事実をもって直ちに直接侵害が成立すると認定しました。そして、仮に上記のようなクレーム解釈に従わず、ピンやボルトがクレームされた発明の一部であるとみなした場合であっても、いわゆる「延長された作業台(verlängerte Werkbank)」の法理により、侵害者がユーザーの組み立て行為を自らの製造プロセスの一部として利用しているようなケースでは、間接侵害に留まらず直接侵害を認定できると判示しました。特に、本件で問題となっているピンとボルトは被告のウェブサイトで購入可能となっていることから、UPC中央部は、ユーザーによる組み立てを通じた特許製品の完成は確実であり、直接侵害が成立すると結論付けました。
(2)間接侵害について
このようにUPC中央部は直接侵害を認定しましたが、上記のような直接侵害の論拠に対して反駁されることを想定して、潜在的な間接侵害の問題についても相当な分析を行いました。
UPC中央部は特に、前述の二重の領域性の要件に重点を置いて検討しました。本件特許発明の少なくとも必須要素であると考えられていた“Bellota tool”は、締約国であるドイツ、イタリア、フランス、およびブルガリアの各国からオンラインで受注可能であり、そしてブルガリアに出荷可能でした。したがって、“Bellota tool”は、本件特許が効力を有する締約国であるブルガリアの領域内で、同国で実施するために供給されました。言い換えれば、“Bellota tool”は、ブルガリアで実施するためにブルガリアで供給の申出がなされたため、ブルガリアに関しては二重の領域性の要件が満たされました。
しかしながら、UPC中央部は、“Bellota tool”がブルガリア以外の締約国であるドイツ、イタリア、フランスに出荷されない場合、すなわちブルガリア以外の締約国では供給の申出はされるが発明の実施がされない場合であっても、これらのブルガリア以外の締約国についても二重の領域性の要件が満たされることを確認しました。特に、UPC中央部は、UPC協定第26条の二重の領域性の要件は、供給の申出および発明の実施が欧州特許が有効なUPC締約国の領域に関して成立する場合に満たされ、供給の申出と発明の実施との両方の行為が同一の締約国で行われる必要はないこと、を確認しました。したがって、例えば、“Bellota tool”をオンラインで注文できるドイツで、“Bellota tool”の出荷先であるブルガリアで実施するものとして供給の申出を行うことも、問題となっている特許の間接侵害に該当することになります。
UPC中央部はさらに、原告であるMG社は、ブルガリア、フランス、ドイツ、イタリアの4ヶ国における供給の申出のみを問題にしていたものの、このことは、当該欧州特許が有効化されているすべての締約国の領域内で差し止め命令を得るために十分であることを判示しました。ただし、本件判決は第一審裁判所であるUPC中央部の欠席判決であり、今後、他のUPC地方部/地域部、さらにはUPC控訴裁判所がこの点についてどのような判断をするのか注視する必要があります。
このように、本件訴訟においてUPC中央部は、直接侵害に加えて間接侵害も発生したと判断しました。たとえ、前述のピンとボルトからなる固定手段の解釈のように、クレームの特定の要素の解釈によって直接侵害が認められなかったとしても、被告の行為は、ブルガリアのみならず、ドイツ、イタリア、フランスという他の締約国においても、本件特許の間接侵害に該当することになります。
4.実務上の留意点
本判決は、UPC協定第26条に基づく間接侵害の二重の領域性要件の解釈に関して、特に、間接侵害の成立要件である「供給の申出」と「発明の実施」との場所的関係に関して、これらの行為がUPC締約国の領域内であれば必ずしも同一国内である必要はないということを明確にした点で重要な意義を有します。この二重の領域性の要件について、同一国での行為であることを要求する狭義の解釈を否定することで、UPCは国境を越えたオンライン販売およびサプライチェーンに対する権利行使の選択肢を拡大しました。
本判決ではブルガリア、ドイツ、イタリア、フランスという特定のUPC締約国での侵害の申出や発明の実施が証明されれば、本件特許が有効なすべてのUPC締約国に対して差止命令を出すことが可能であると判断されました。この判決は第一審判決ではありますが、UPCという単一の司法制度による、国境を越えた強力な特許保護を裏付けるものであり、特許権者にとって有利な先例になると思われます。一方で、UPCの手続きは「フロントロード型(訴訟提起時に全証拠を出す形式)」であるため、原告には訴訟初期段階での徹底した立証準備を促すものであるといえます。
[i] UPC協定第33(1)第4段落は裁判管轄について以下のように規定しています:
“If the Contracting Member State concerned does not host a local division and does not participate in a regional division, actions shall be brought before the central division.”
[ii] UPC協定第33(1)第3段落は裁判管轄について以下のように規定しています:
“Actions against defendants having their residence, or principal place of business or, in the absence of residence or principal place of business, their place of business, outside the territory of the Contracting Member States shall be brought before the local or regional division in accordance with point (a) of the first subparagraph or before the central division.”
[iii] UPC協定の付属書Ⅱ(Annex Ⅱ)は、UPC中央部の各支部が取り扱う事件の技術分野をIPC分類に基づいて定めており、当初ロンドン支部に割り当てられる予定であったIPCセクションA(生活必需品)は、イギリスのEU脱退により新たに設置されたミラノ支部の管轄になりました。このため、IPCセクションAに含まれる農業用器具に関する本件特許はミラノ支部で取り扱われることになります。
[iv] UPC協定第25条は直接侵害について以下のように規定しています:
“A patent shall confer on its proprietor the right to prevent any third party not having the proprietor’s
consent from the following:
(a) making, offering, placing on the market or using a product which is the subject matter of the patent, or importing or storing the product for those purposes;
(b) using a process which is the subject matter of the patent or, where the third party knows, or should have known, that the use of the process is prohibited without the consent of the patent proprietor, offering the process for use within the territory of the Contracting Member States in which that patent has effect;
(c) offering, placing on the market, using, or importing or storing for those purposes a
product obtained directly by a process which is the subject matter of the patent.“
[v] UPC協定第26条は間接侵害について以下のように規定しています:
“(1) A patent shall confer on its proprietor the right to prevent any third party not having the proprietor’s consent from supplying or offering to supply, within the territory of the Contracting Member States in which that patent has effect, any person other than a party entitled to exploit the patented invention, with means, relating to an essential element of that invention, for putting it into effect therein, when the third party knows, or should have known, that those means are suitable and intended for putting that invention into effect.
(2) Paragraph 1 shall not apply when the means are staple commercial products, except where the third party induces the person supplied to perform any of the acts prohibited by Article 25.
(3) Persons performing the acts referred to in Article 27(a) to (e) shall not be considered to be parties entitled to exploit the invention within the meaning of paragraph 1.“
[vi] UPC規則355は欠席判決について以下のように規定しています:
- Upon request a decision by default may be given against a party where:
(a) the Rules of Procedure so provide if a party fails to take a step within the time limit foreseen in these Rules or set by the Court; or
(b) without prejudice to Rules 116 and 117, the party which was duly summoned fails to appear at an oral hearing.
- A decision by default against the defendant of the claim or counterclaim may only be given where the facts put forward by the claimant justify the remedy sought and the procedural conduct of the defendant does not preclude to give such decision.
- A decision by default against the defendant of the claim or counterclaim may only be given where the time limits for the defence to the claim or counterclaim have expired and thus, it is established that the service of the claim or counterclaim was effected in sufficient time to enable the defendant to enter a defence.
- A decision by default shall be enforceable. The Court may, however:
(a) grant a stay of enforcement until it has given its decision on any Application under Rule 356; or
(b) make enforcement subject to the provision of security; this security shall be released if no Application is made or if the Application fails.
[vii] UPC規則171は証拠の提出について以下のように規定しています:
- A party making a statement of fact that is contested or likely to be contested by the other party shall indicate the means of evidence to prove it. In case of failure to indicate the means of evidence regarding a contested fact, the Court shall take such failure into account when deciding the issue in question.
- A statement of fact that is not specifically contested by any party shall be held to be true as between the parties.
[viii] UPC規則172は証拠の提出について以下のように規定しています:
- Evidence available to a party regarding a statement of fact that is contested or likely to be contested by the other party must be produced by the party making that statement of fact.
- The Court may at any time during the proceedings order a party making a statement of fact to produce evidence that lies in the control of that party. If the party fails to produce the evidence, the Court shall take such failure into account when deciding on the issue in question.
[担当]深見特許事務所 堀井 豊
[情報元]
1.“Double territoriality: indirect infringement under the UPC”
(https://www.dyoung.com/en/knowledgebank/articles/double-territoriality-infringement-indirect-upc)
2.本件UPC中央部判決・原文

