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企業の代表取締役が完成させた発明について、代表取締役も「従業員等」に含まれるとして、職務発明補償金の請求権を認めた特許法院判決

 企業の代表取締役は、経営責任を負う「使用者」としての地位が強調されがちではありますが、技術中心型企業の場合、エンジニア出身の代表取締役が直接技術開発を主導する事例も多く、この過程で代表取締役が完成させた発明の帰属と補償の問題が生じることがあります。本件は企業の代表取締役が完成させた発明について職務発明補償金を請求できるかが争われた事案であり、特許法院は、韓国の発明振興法に基づいて、代表取締役も「従業員等」[i]に含まれるとして約38億ウォン(約4.2億円、1ウォン=0.11円換算)の職務発明補償金を認めました(特許法院2025年4月30日判決、2024ナ10379)。

 以下、本件特許法院判決の概要を説明するとともに、職務発明制度について、日本および欧米の制度との比較に言及します。

 

1.事案の背景

(1)事実関係

 A氏は、B社の代表取締役として在職し、電力技術に関する特許7件を単独又は共同で発明しました。B社はA氏からこれらの発明に係る権利を承継し、その後、事業構造の改編過程で当該権利をC社(B社の関連会社)に譲渡しました。C社は承継された特許に基づいて韓国政府から「新技術指定」を受け、A氏は退職後、B社およびC社がA氏の職務発明を通じて独占的利益を得たにもかかわらず正当な補償をしなかったことを理由として、特許法院に職務発明補償金請求訴訟を提起しました。

(2)主要争点

 本件における主な争点は、以下の2点です。

 (i)法人の代表取締役及び実質的経営主と特殊関係にある役員が発明振興法第2条第2号の「従業員、法人の役員又は公務員」に含まれるかどうか。

 (ii)発明当時にA氏が所属していたB社ではなく、特許権を譲り受けて実際に収益を得たC社に対して補償責任を問うことができるかどうか。

 

2.特許法院の判断

(1)代表取締役の地位と補償請求権

 特許法院は、発明振興法第2条第2号は職務発明の補償金請求権対象者を「従業員、法人の役員又は公務員」と規定しており、代表取締役は法人の役員の中で最も中核的な地位に該当するため補償対象から除外される理由がないと判断しました。特に原告が経営権を行使する地位にあったとしても、発明者として投入した創意的努力に対する代価は経営成果に伴う配当や給与とは別の法的権利であることを明確にしました。

(2)承継法人の補償義務(黙示の合意の認定)

 原則的に職務発明補償義務は発明当時の使用者にあるが、特許法院はB社とC社の関係、特許権譲渡の経緯、及びC社が当該特許を通じて実質的な独占収益を上げていたという点を総合的に考慮し、承継法人であるC社には特許権を承継して発明者に補償金を支払うものとする「黙示の合意」があったと認定し、B社と共同で補償金を支払う義務があると判示しました。

 

3.実務上の示唆

(1)企業における職務発明のリスク管理

 代表取締役や登記役員などの経営陣については、通常は会社の経営者としての立場が強く意識されるため、職務発明制度の適用対象になるという点が見落とされがちです。しかし、本件判決が示すように、経営者であっても発明者である場合には、一般の従業員と同様に職務発明に関する補償を請求できる可能性があります。

 そのため、技術系企業では、経営陣が研究開発に直接関与することも少なくありませんが、そのような場合には、退職後に当該経営者が発明者として会社に対して補償金を請求する可能性があります。つまり、経営陣であった者が、退職後には会社に対する「知的財産に関する債権者」として強い立場になることもあり得ます。

 このようなリスクを防ぐためには、代表取締役や役員を任用する際に、発明の権利の承継方法や補償の内容について、あらかじめ契約書などの書面で明確に定めておくことが望ましいといえます。

(2)M&A等における知的財産デューデリジェンスの重要性

 企業買収や企業再編(いわゆるM&A)では、対象企業の価値や潜在的なリスクを事前に調査する「デューデリジェンス(詳細調査)」が行われます。その中でも、特許や商標などの知的財産に関する権利関係やリスクを確認する調査は、知的財産デューデリジェンス(IP Due Diligence)と呼ばれます。

 本件のように、特許権を譲り受けた企業が、その特許によって収益を得ている場合でも、発明者に対する職務発明補償が十分に支払われていないと、後になって発明者から補償金を請求される可能性があります。その結果、特許を取得した企業が、予期していなかった高額の補償金支払義務を負うおそれがあります。

 このため、企業買収やグループ内での特許権の移転などを行う際には、当該特許の発明者が誰であるのか、また職務発明補償が適切に支払われているかといった点を事前に確認することが重要です。こうした知的財産に関する調査を十分に行うことは、企業価値の適切な評価や買収価格の決定においても重要な意味を持つといえます。

 

4.日本の職務発明制度(特許法35条)との比較

 上記韓国特許法院判決の内容を前提として、日本の制度(特許法第35条)と比較し、日本で同様の事案が生じた場合の結論に言及します。

(1)職務発明制度の基本構造の比較

 i)発明者の範囲について

 韓国では発明振興法において、従業員、法人役員及び公務員が対象とされています。これに対し、日本では特許法第35条において「従業者等」と規定されており、具体的には従業員、法人役員及び公務員が含まれます。

 ii)権利の帰属について

 韓国・日本のいずれの制度においても、原則として発明はまず発明者に帰属し、その後、会社がこれを承継するという構造が採られています。

 iii)補償制度について

 韓国では発明者に対して「正当な補償」を請求する権利が認められています。これに対し、日本では発明者に「相当の利益」を与えることが求められています。

 iv)事前契約の取扱いについて

 韓国では一定の範囲で事前の契約による定めが可能とされています。一方、日本では2015年の法改正により、あらかじめ契約等で定めることにより、発明の権利を会社に原始的に帰属させる制度を採ることも可能となっています。

(2)代表取締役の発明が職務発明になり得るかどうか

 日本の特許法35条1項は「従業者等」の発明を職務発明と定義しています。この「従業者等」には、従業員、法人の役員、国家公務員・地方公務員が含まれます。したがって、条文上は代表取締役も対象に含まれ得ます。

 ただし日本では、次の理由から、代表取締役の職務発明紛争はほとんど存在しません。

 代表取締役は会社そのものに近い立場であり、報酬は給与・役員報酬・株式で調整されます。研究開発企業でも、発明の権利帰属を契約で整理している場合が多いことから、理論上は可能でも実際の裁判例は非常に少ないとされています。

(3)日本で同様の事案が生じた場合

 韓国事件と同様の事案が生じた場合の事例として、技術系ベンチャー企業の創業者(=代表取締役)が自ら発明し特許を取得、その企業が特許を承継し、創業者が代表取締役を退任後に企業に補償金を請求した場合が想定されます。

 日本特許法第35条は役員を除外していないことから、発明者としての法的地位は会社とは別であり、日本でも理論上は補償金の請求が認められる余地があると言えます。

 韓国判決では、黙示の合意を理由に特許を譲り受けた会社の補償責任を認めました。しかし日本では、原則として、補償義務は発明当時の使用者のみです。特許譲受人に責任が及ぶのは例外的に、債務引受、契約上の承継、会社分割などがある場合です。

 したがって日本では譲受会社に直接責任が認められる可能性は低いと考えられます。

 

5.欧米および中国の職務発明制度の概要、および韓国制度との比較

 本件韓国特許法院判決を踏まえ、主として下記「情報元2」を参照しつつ、欧米および中国の職務発明制度の概要を整理するとともに、韓国制度との比較を行います。

(1)欧米の制度

 i)ドイツ

 ドイツでは、Arbeitnehmererfindungsgesetz(従業員発明法)により職務発明が詳細に規律されています。職務発明は原則として従業員に帰属しますが、従業員による発明報告後、使用者が一定期間内に権利を放棄しない場合には、法律上自動的に使用者が権利を取得する仕組みが採られています。

 使用者が権利を取得した場合には、発明の経済的価値、従業員の貢献度、企業の寄与等を考慮した相当な補償を支払う義務があります。補償算定はガイドラインにより比較的具体化されており、発明者保護の色彩が強い制度と評価できます。

 ii)フランス・英国

 フランスでは、職務内容としてなされた発明(いわゆる mission invention)は原則として会社に当然に帰属します。他方、従業員には追加報酬請求権が認められており、法定構造として使用者帰属と発明者保護の均衡が図られています。

 英国では、Patents Act 1977に基づき、職務の範囲内で完成された発明は原則として使用者に帰属します。ただし、その発明が会社に「特別に顕著な利益(outstanding benefit)」をもたらした場合には、裁判所に対して追加補償を請求することができます。もっとも、この要件は厳格に解されており、高額補償が認められる例は多くありません。

 iii)米国

 米国には統一的な職務発明補償法は存在せず、雇用契約および発明譲渡契約による処理が中心となっています。企業は通常、職務上の発明を会社に譲渡する旨の契約を締結しています。また、判例法上、使用者が無償の通常実施権を取得する「shop right」が認められる場合があります。

 このように、米国制度は契約自治を基礎とする点に大きな特徴があります。

(2)中国の制度(2020年改正を踏まえて)

 中国では、職務発明制度は主として中華人民共和国専利法およびその実施細則に基づいて規律されています。

 i)帰属構造

 専利法第6条は、従業員が職務の遂行過程において、又は所属組織の物質的・技術的条件を主として利用して完成した発明を「職務発明創造」と定義し、その専利出願権および専利権は原則として所属組織に帰属すると定めています。

 この点、中国制度は、韓国のように原始的に発明者に帰属し、会社が承継するという構造とは異なり、法律上当然に組織へ帰属する制度を採る点に特徴があります。

 ii)報酬制度

 専利法は、職務発明について組織が発明者に対して合理的な報酬を与える義務を明文化しています。具体的な金額や算定方法は、企業の内部規程や契約により定めることが可能であり、内部規程が存在しない場合には、実施細則上の基準が参照されます。

 2020年改正後も、発明者への合理的報酬義務は維持されており、中国制度は、企業の制度設計を尊重しつつ発明者保護を制度上担保する構造を維持しています。

 iii)本件との関係

 中国においても、董事長(法人の取締役会のトップ)や法定代表人(会社を対外的に代表する者)等の経営者が職務として発明を完成させた場合には、専利権は原則として組織に帰属し、当該経営者は報酬請求権を有するにとどまると解されます。

 したがって、退任後に報酬請求が提起されるリスクは理論上存在し、企業としては事前に明確な報酬規程を整備しておくことが重要です。

(3)韓国制度との比較

 米国、ドイツ、中国と比較すると、韓国の職務発明制度は、発明の原始的帰属を発明者に認めつつ、事前承継予約を有効とし、その代償として補償請求権を強行法的に保障する構造をとる点で、日本法と同様の、契約実務を重視する米国型と、法定補償を厳格に制度化したドイツ型との中間に位置する折衷型モデルに位置付けられます。

 米国では、契約自由の原則の下、雇用契約による包括的事前譲渡が一般化しており、法定補償制度は存在しません。これに対し、ドイツは法律に基づく制度的枠組みにより使用者取得と補償請求権を明確に規律しています。中国は、法律上当然に使用者へ帰属させる制度を採りつつ、合理的報酬義務を課しています。

 韓国の制度は上述のように、米国型とドイツ型との中間に位置し、発明者保護と企業の研究開発投資促進との均衡を図る制度設計であると評価できます。

 したがって、国際企業グループにおいては、米国型(契約中心)、ドイツ型(制度的補償重視)、中国型(法定使用者帰属)との制度差を踏まえ、各国ごとに承継条項、発明報告手続および補償規程を適切に整備することが実務上重要となります。

[i] 韓国発明振興法第2条(定義)第2号において、「“職務発明”とは、従業員、法人の役員または公務員(以下“従業員等”という)がその職務に関して発明したものが性質上使用者ㆍ法人または国家若しくは地方自治体(以下“使用者等”という)の業務範囲に属しその発明をするようになった行為が従業員等の現在または過去の職務に属する発明をいう。」と規定。

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登

[情報元]

1.Kim&Changニュースレター「代表取締役の職務発明を巡る法的争点及び示唆点」2026.2.13

https://www.ip.kimchang.com/jp/insights/detail.kc?sch_section=4&idx=34005

2.日本特許庁「我が国、諸外国における職務発明に関する調査研究報告書」平成25年3月

https://www.jpo.go.jp/resources/report/takoku/document/syokumu_hatsumei/syokumu_hatsumei.pdf