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欧州単一特許制度

 1960 年代以来幾度も試みられてきた欧州全体をカバーする単一特許制度が、2012 年12 月17 日の単一特許規制の採用、および2013 年2 月19 日の統一特許裁判所(UPC)条約の調印によって、現実のものとなりそうです。
 単一特許制度は、単一欧州特許と欧州全体にわたって有効な判決ができる新たな裁判制度とを提供することを、目的としています。単一特許制度は、特許審査のための新たなシステムではなく、既存のEPC の審査手順を用いて、EPO によって許可された特許が、単一特許規制とUPC 条約との両方に署名している24 のEU 加盟国(スペイン、イタリア、ポーランドを除くすべて)で付与された単一の特許として効力を有する、とするものです。EPO では同じ審査官が審査をし、同じ弁理士が代理人として行動することができます。
 同一の国内で、従来の欧州特許と単一特許とによる二重の保護を受けることはできません。しかし、単一特許制度に参加している国で単一特許を有し、他のEPC 締約国(例えばスペイン、イタリア、ポーランド、スイス、トルコ、ノルウェー)で従来の欧州特許を有することはできます。
 単一特許の法的言語は、EPO における審査時に使用される言語となり、権利者はさらなる翻訳を提供する必要はありません。複数言語への翻訳が必要ないことで、単一特許は、EU 全体で従来の欧州特許を取得する場合と比べて、はるかに低額であることが期待されます。
 単一特許制度が発効すると、許可されたすべての欧州特許出願は、(スペイン、イタリア、ポーランドを除く)すべてのEU 加盟国を指定できるようになります。2009 年4月1 日以降の欧州特許出願は、EPC 締約国を全指定しているため、今後出願される欧州特許出願(そして多くの係属中の欧州特許出願)は、許可されたとき、単一特許にすることができます。
 単一特許制度では、単一特許に係る事件のための唯一の管轄権を有する、新しい裁判所構造と裁判所手続とを有することになります。控訴裁判所はルクセンブルクに置かれ、第一審裁判所の役割は中央部(パリ、ロンドン、ミュンヘンに支部を持つ)および地方部/地域部に分けられます。中央部のロンドン支部は医薬品および医療機器の発明主題を扱い、ミュンヘン支部が工学を扱い、パリ支部が他のすべてを扱います。各加盟国は、各国毎の地方部を有することを決定することができ、または加盟国は、他の加盟国と一緒に地域部を形成することができます。各地方部/地域部の裁判所手続は同じです。
 裁判所手続では、スピードと効率とに重点が置かれています。訴訟では、一部の欧州諸国における長い訴訟とは対照的に、一日のトライアルで主に書面によって審理されます。その結果、UPC のもとでの訴訟は、費用効率が高く非常に高速であることが期待されます。
 UPC 条約は、各地域部で2 人以下の裁判官がその加盟国出身であり、第3 の裁判官は別の加盟国出身とすることで、異なる地方部/地域部における法廷地漁りを最小限に抑えようと試みています。裁判官は巡回すると予想されており、このことは、ある地方部と他の地方部との一貫性を確保する効果があります。
 UPC は、単一特許に係る事件についての管轄権を有することに加えて、EPO によって付与された従来の欧州特許の訴訟に使用されます。経過規定によって7 年間(さらに7 年間延長されるかもしれません)は、権利者が新制度を使用したくない場合、従来の欧州特許を新制度から脱退(opt out)させることができます。従来の欧州特許にこの脱退が適用される場合には、侵害または無効手続は従来通り既存の各国の裁判所で行なわれます。
 単一特許制度の主な利点の1 つは、EU 全体に対して中央執行を有する1 つの訴訟となることです。これにより、複数国の裁判所で差止命令を求めることが通常必要になる現制度よりも、EU 全体への差止命令を得ることが非常に簡単になります。また、1 つの訴訟でEU 全体の特許を取消すことを可能にする、中央の無効プロセスがあります。
 しかしながら、単一特許制度の利点の多くは欠点にもなります。たとえば、無効訴訟を提起する当事者にとっては中央の無効は利点ですが、このような中央の無効は、特許権者には歓迎されるものではありません。
 UPC 条約の調印によって、新制度の最も早い開始日が2014 年1 月1 日と設定されました。しかし、UPC 条約の発効には、(英国、フランス、ドイツを含む)少なくとも13国による批准、および、加盟国の裁判所の管轄権及びそれらの裁判所の判決の執行に係るルールを扱うブリュッセルI 規則1215/2012 の改正が必要です。両方のプロセスが完了するまでに2~3 年(またはそれ以上)かかるかもしれず、そのため単一特許制度の現実の開始日は2015 年または2016 年になると考えられています。

[情報元]Venner Shipley’s Intellectual Property Magazine Spring/Summer 2013
[担当]深見特許事務所 村野 淳