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米国CAFC 判決

(1)先行技術における好ましい実施例の開示は、より劣った代替例を「排除するような教示(Teach Away)」とはならない
 USPTOの特許審判抵触部による自明性の発見を確認するにあたって、CAFCはある先行技術文献におけるある好ましい実施例の開示が、出願人の発明につながる複数の先行技術文献の組合せ(たとえその組合せが劣っていると記載されているとしても)を排除するような教示とはならないことを見出した。Blaise Laurent Mouttet(CAFC,No.11-1451, June 26, 2012)
 出願人の発明は、異なる交点または「交差点」において分子スイッチが形成されている交差する電線からなるナノスケールのクロスバー配列を含む演算プロセッサに向けられている。審査手続中、審査官は、Falkに対して発行された特許を含む3つの先行技術文献の組合せに依拠して出願のクレームを拒絶した。Falkが開示している演算プロセッサ装置は、Falkの装置が導電性に基づいた電線およびプログラマブルスイッチではなく光強度に基づいたプログラマブルスイッチを備えた交差する光学チャネルを有するクロスバー配列を含む点を除いては、出願人のプロセッサと類似している。他の2つの文献は、電線からなるナノスケールのクロスバー配列を開示しているDasによる公報と、Mouttetの装置のうち必要な構成要素であるアナログ・デジタルコンバータを開示しているTerepinに対して発行された特許とを含んでいた。特許審判抵触部が審査官の拒絶を支持した後、出願人はCAFCに提訴した。
 提訴の際に、出願人は、Falkの光学チャネルを電線と置換えることによりFalkの装置の動作原理および物理的構造が損なわれる虞があり、かつFalkが電気的クロスバー配列を排除するような教示となると主張した。
 CAFCは、Falkの光学チャネルを電線と置換えることでその動作原理が損なわれる虞はないだろうとする特許審判抵触部の決定が実質的証拠(substantial evidence)によってサポートされていると主張した。CAFCはまた、自明性があるとの決定には「構成要素の実際の物理的置換(an actual, physical substitution of elements)」は必要ないので、置換えられた要素の非均等性(nonequivalence)が不適切であることを見出した。
 CAFCはまた、Falkが光回路と電気回路との「根本的な違い」を記載しており、「特定の目的の場合には電気回路が光回路に劣っている」ことさえも示唆しているにも拘らず、Falkの好ましい実施例の記載が「排除するような教示」にはならないという特許審判抵触部の決定が実質的証拠によってサポートされていることも見出した。
 CAFCは、このようなFalkの記載や示唆が特許審判抵触部の決定を覆す十分な理由にはならないと説明した。その理由として、出願人が、クレームされた発明が電気回路を用いて作用する可能性が低いであろうことを示唆する如何なる証拠にも言及していないためであると述べている。CAFCはさらに、公知のシステムが、この場合の発明と同様に、単に、「同じ用途の他の何らかの製品よりもいくらか劣っていると記載されているために特許性がなくなる」ことを強調した。
<実務に関する備考>
「排除する教示になる」との主張をサポートするために、クレームされた主題また
は提案された組合せが意図の通りに作用または動作する可能性が低いであろうことを
文献によってはっきりと示さなければならない。
(McDermott Will & Emery, IP Update, July 2012, Vol.15(7))

(2)不抗争条項によって、特許有効性に対する将来の争いは禁止されない
 特許ライセンシングの文脈で契約法に焦点を当てると、米国連邦第2巡回区控訴裁判所は、ライセンスされた特許の有効性への将来の争いの禁止を主張する特許ライセンスの規定は法的強制力がないとみなした。Rates Tech. Inc. v. Speakeasy Inc. et al.,
(2d Cir., No. 11-4462 July 10, 2012)
 原告であるRates Technologyは、コストに基づく電話呼び出しの自動ルーティングに向けられた2つの特許を所有していた。2007年にRatesは、被告であるSpeakeasyに特許侵害の嫌疑を通知した。その後、Speakeasyは当該特許のライセンスを取得した。このライセンスには、Speakeasyが当該特許の有効性への争いを禁止することを主張する規定が含まれていた。
 2010年には、Ratesは、被告であるCovadに同じ特許の特許侵害の嫌疑を通知した。その時点では、SpeakeasyはCovadに買収されていた。Covadは、特許の無効性について確認判決訴訟を起こした。それに対してRatesは、2007年のRates-Speakeasy間のライセンスの不抗争条項違反を主張して本訴訟を開始した。
 第2巡回区控訴裁判所の決定は、特許ライセンス契約では、ライセンシーが将来特許の有効性を争うことを禁止することはできないとみなした1969年の米国最高裁判所のLear事件の判決を明確化した。Lear事件では最高裁判所は、無効な特許を取り除くという公益性は、ライセンシーが特許の有効性を争うことを許可しない、ライセンシーの禁反言の原則から逸脱するという、契約法上の問題に勝ると評決した。
 Ratesは、Lear事件後の不抗争条項を支持する判例を引用して、継続中の訴訟を解決する強い公益性によって、Lear事件により無効であるとみなされ得る不抗争条項の実施を正当化できると反論した。Ratesはさらに、Lear事件は、継続するロイヤルティの支払いに限定されるものであり、この件のように一度だけの現金支払いには限定されないと反論した。第2巡回区控訴裁判所は同意しなかった。
 第2巡回区控訴裁判所は、Lear事件において明瞭に表現された方針上の事項と、当事者同士を契約に拘束することに賛成する競合する方針上の利益とのバランスをとる必要性を認識して、最高裁判所のLear事件の判決の幅広い解釈を採用した。第2巡回区控訴裁判所は、Ratesが依拠した判例は当事者同士が、主張された特許の有効性に関して訴訟に携わった後で交渉された不抗争条項を扱っていたと述べた。対照的にRatesは、訴訟を始める前にSpeakeasyに特許をライセンスしていた。
 第2巡回区控訴裁判所は、「告訴された侵害者がひとたび特許有効性について争い、有効性の問題に対してディスカバリーを行なう機会を有し、かつ訴訟において特許の有効性および/または法的強制力について争いを行なわないとする明確かつ明瞭な保証を含む和解合意に基づき自発的に当該訴訟を棄却することを選択した場合、告訴された侵害者は、このような争いを如何なるその後の訴訟手続においても持ち出すことは契約上禁じられる」と説明した。しかしながら、当事者同士が訴訟前の状況において合意した場合、当該当事者は、特許の有効性を明らかにし得るディスカバリーを行なう機会を有することはなくなる。
<実務上の注意点>
 この事件は、将来の有効性の争いを禁止する特許ライセンス規定は法的強制力がない可能性が高いことを示しているが、特許の有効性を争わないことについてライセンシーに対するインセンティブを含む契約書の文言または裁判外紛争解決条項を含む契約書の文言は、未だ法的強制力がある可能性が高い。
(McDermott Will & Emery, IP Update, August 2012, Vol.15(8))

(3)共同侵害の成立要件に関するCAFC大法廷判決
 (Akamai v. Limelight 2009-1372他 & Mckesson v. Epic 2010-1291 (2012.8.31))
 2012年8月31日に、複数当事者が関与する方法特許の侵害についてCAFCの大法廷が判断を致しました。本判決は11名中の6名の多数意見によるもので、5名が反対意見を書いております。
(a)Akamai 事件の経過
 特許発明は、画像などの埋め込みオブジェクトを直接コンテンツ・プロバイダーから送信するのではなく、多数のコンテンツ・デリバリーネットワーク(CDN)のサーバーから配信することにより、ウェブコンテンツ配信スピードを改善することを目的とする方法に関する。被疑侵害者は特許発明の2つのステップ以外のすべてのステップを実施していた。CAFC パネルによる判決(2010)は、271 条(b)における「指示又は管理」基準を満たすには代理権を伴わない「指示」では不十分として、侵害を否定した(参照:知財管理 Vol.62(3), p.265 (2012))。
(b)判決
 271 条(b)の立法経過等を考慮した上で、特許権者が以下の(1)~(4)を立証すれば、誘発侵害の責任があるとして、地裁に再戻した。
 (1) 特許権の存在を被疑侵害者が知っていたこと
 (2) 特許方法の1つを除く残るすべてのステップを実行したこと
 (3) コンテンツ・プロバイダーに特許方法の最終ステップの実行を誘発したこと
 (4) コンテンツ・プロバイダーが最終ステップを実行したこと
(c)コメント
複数当事者が関与する特許侵害は、日米で話題になっているようです。日米知財裁判カンファレンス(2011年10月26-27日,東京)の分科会・パネル2で議論され(L&T, No.54 2012/1, p.93)、また裁判所と日弁連知財財産センターとの意見交換会(平成23年度)にも取り上げられました(判例タイムズ, No.1374 2012.9.1, p.4)。

(深見特許事務所 中村敏夫)