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米国特許法の改正(先願主義の採用等)について

 2011年9月16日、オバマ大統領が米国改正特許法(Leahy-Smith America InventsAct)に署名しました。この結果、長年にわたって議論されてきた米国特許法が遂に改正されました。改正法案は、37のセクションから構成されています( 1)。
 改正の主な項目は、以下のとおりです。

―即時発効―
1.先使用権の改正[Sec. 5]
2.極小規模事業体に対する料金割引制度を導入[Sec. 10(b)]
3.ベストモード違反を特許無効理由から除外[Sec. 15]
4.特許表示の要件緩和 [Sec. 16]
5.虚偽特許表示に対する訴訟に関する改正[Sec. 16] 他
―2011 年9 月26 日に発効済―
6.優先審査[Sec. 11(h)]
7.特許庁料金の15%引き上げ[Sec. 11(i)] 他
―2011 年11 月15 日から発効―
8.電子出願の促進[Sec. 10(h)]
―2012 年9 月16 日から発効―
9.宣誓書・譲渡証に関する要件の緩和[Sec. 4(a)(b)]
10.当事者系レビューへの改正[Sec. 6(a)]
11.特許付与後レビュー制度の導入[Sec. 6(d)]
12.情報提供制度の改正[Sec. 8]
13.補充審査制度の導入[Sec. 12]
14.弁護士による鑑定書の取扱いの変更[Sec. 17] 他
―2013 年3 月16 日から発効―
15.先願主義への移行[Sec. 3]
16.公知・公用に対する世界主義の適用[Sec. 3(b)]
17.グレースピリオドの適用範囲に関する変更[Sec. 3(b)]
18.インターフェアレンス制度の廃止[Sec. 3(j)] 他

 なお、今回改正された米国特許法の規則および運用は、これから順次決まっていく見込みです。詳しくは、米国特許商標庁のHP( 2 )を参照下さい。次に、第1章で米国特許法改正の主な内容について、第2章で新規性等についての日米
特許法の比較について、それぞれご説明致します。
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ここに含まれる情報は一般的な参考情報であり、法的助言として使用されることを意図していません。従って、IP案件に関しては弁理士にご相談下さい。

第1章 米国特許法改正の主な内容
1.先使用権の改正
 従来「ビジネス方法」に関する特許に対してのみ認められてきた先使用による抗弁について、ビジネス方法の対象の限定が削除されました。
 先使用による抗弁のためには、出願日またはグレースピリオドが適用される発明開示日のうちいずれか早い日より少なくとも1年前に、当該先使用の技術について商業利用されていることが必要です。
2.極小規模事業体に対する料金割引制度を導入
 小規模事業体(small entity)に加え、極小規模事業体(micro entity)に対する料金割引制度が導入されました。小規模事業体では50%の減額、極小規模では75%の減額が実施されます。ただし、この減額を含む米国特許商標庁の料金設定権限は、法施行後7年で廃止されます(sunset 条項)。
3.ベストモード違反を特許無効理由から除外
 ベストモード(best mode)というのは主観的な概念であり、争いになった場合に立証が困難であるため、特許係争における特許無効理由からベストモード違反が除外されました。ただし、明細書の記載要件としては存続しています。
4.特許表示の要件緩和
 製品上の特許表示は、製品が小さかったり特許の数が多いと困難になります。そこで今回の改正では、より現実的な特許表示方法として、製品上ではなく、インターネット上に特許情報を載せることもできるようになりました(virtual marking)。インターネット上では、特許という表示および特許情報を含むインターネット上のアドレスを表示し、公衆
が当該サイトに無料でアクセスできることが必要です。
5.虚偽特許表示に対する訴訟に関する改正
 虚偽特許表示(false marking)に対し、これまでは誰でも提訴でき、かつ補償は1回の違反につき500ドルだったので、補償額が莫大になる場合がありました。そこで、今回の改正では、虚偽特許表示による被害を被った者のみが、適切な補償を得るために連邦地裁へ提訴できるという内容に改められました。
6.優先審査
出願人は、4800ドル(小規模事業体であれば2400ドル)の手数料で、優先審査
(prioritized examination)を受けられます。
7.特許庁料金の15%引き上げ
特許庁料金が15%値上げされました。
8.電子出願の促進
 出願人は、紙出願を行なった場合、400ドル(小規模事業体は200ドル)の追加費用が課されることとなりました。
9.宣誓書・譲渡証に関する要件の緩和
 宣誓書・譲渡証に関する要件が緩和されました。さらに、これまでは、米国憲法の精神から、発明者が特許出願をしなければなりませんでしたが、今回の改正により、発明者から特許を受ける権利を譲り受けた譲受人(企業など)も出願できるようになり、国際的調和が図られました。
10.当事者系レビューへの改正
 これまでの当事者系再審査(inter partes reexamination)が当事者系レビュー(inter partes review)に改められました。これに伴い、レビュー開始の認定要件が「特許性に関する実質的で新たな疑義(substantial new question of patentability)」から「合理的蓋然性(reasonable likelihood)」に引き上げられました。
 当事者系レビューの申立ては、特許付与後9月以降、または特許付与後レビュー終了のいずれか遅い日以降に可能となります。ただし、特許侵害訴訟の訴状受理後1年が経過した場合、当該レビューは行なわれません。当事者系レビューは、法改正で創設される特許審判部(Patent Trial and Appeal Board)において審理されます。
11.特許付与後レビュー制度の導入
 特許付与後レビュー(post-grant review)は、特許発行の日から9月以内に申立てることができます。ただし、ビジネス方法特許に関しては、特許発行後9月を経過した後も申立て可能です(法施行後8年で廃止(sunset 条項))。
 この異議申立ては、新規性、非自明性、明細書記載要件(ベストモード要件は除く)について可能であり、当事者系レビューと同様、法改正で創設される特許審判部(Patent Trial and Appeal Board)において審理されます。
12.情報提供制度の改正
 米国特許商標庁に係属中の特許出願について、第三者による情報提供( third party submissions)を認めることが法定化されました。情報提供ができる期間は、特許発行の日、または出願公開から6月もしくは最初の拒絶理由通知の日のいずれか遅い方までとなります。
13.補充審査制度の導入
 情報開示義務違反による瑕疵を治癒するため、自己の保有する特許に影響を与え得る情報を米国特許商標庁に提出し、補充審査(supplemental examination)を受けることができます。この補充審査は、特許権者のみが請求可能です。また、陳述書は提出できません。
 追加提出された情報が補充審査の結果、特許性に影響を与えないと判断された場合、当該情報は、後に提起される訴訟において、不公正行為(inequitable conduct)の証拠から除外されます。
14.弁護士による鑑定書の取扱いの変更
今回の改正により、侵害者が弁護士による鑑定書を得ていないことを故意侵害の立証に用いることができない旨が規定されました。
15.先願主義への移行
 米国はこれまで、個人発明家保護の名目から、世界的にもまれな先発明主義( first inventor to invent)を採用してきました。しかしながら、特許制度の国際的調和等の観点により、このたび先願主義(first inventor to file)へ移行しました。ただし、先発表主義と呼ばれる側面も含んでいます。
 今回の改正により、クレームされた発明に関して出願日を基準に特許性が判断されます。米国での先願主義の導入に伴う新規性等の改正内容につきましては、日本改正特許法の新規性等の規定に照らして、第2章で詳しくご説明致します。
16.公知・公用に対する世界主義の適用
 先行技術に関し、米国での出願を保護する観点から、これまで公知・公用発明については米国内のみの限定がありました。しかし、今回の改正により、世界公知・公用が採用され、主要国と同様の基準になりました。
17.グレースピリオドの適用範囲に関する変更
 従来の発明者保護の観点を残すため、グレースピリオド(grace period)、すなわち出願前の一年間の猶予期間の制度は存続しています。ただし、今回の改正では、その対象が「発明者の発表及び発明者に由来する発表」に限られています。
18.インターフェアレンス制度の廃止
 先願主義への移行および冒認出願を争う手続(derivation proceedings)が導入されたことに伴い、これまでのインターフェアレンス(interference)、すなわち米国特許商標庁において先発明を決定する制度が廃止されます。
(1)米国特許法改正法案の原文:http://dl.dropbox.com/u/18163578/bills-112hr1249enr.pdf
(2)米国特許商標庁のHP:http://www.uspto.gov/aia_implementation/index.jsp

第2章 新規性等についての日米特許法の比較
 米国特許法の先願主義への移行に伴い、新規性および非自明性の判断基準が“発明日”から“出願日”となりました。ここでの“出願日”とは、「有効出願日(effective filing date)」であり、具体的には、米国で出願された最先の現実出願日、または、最先の外国もしくはPCT出願に係る優先日となります。
 以下、改正された米国特許法の新規性等の規定について、平成23年改正の日本特許法の新規性等の規定と照らし合わせてご説明致します。

米国改正特許法 対応する日本改正特許法条文
および[注目点]
§102(a)(1) <新規性>
改正された米国特許法§102(a)(1)では、新規性の判断基準が発明日から有効出願日へ変更されました。また、改正前において公知・公用は米国内に限定されていましたが、今回の改正により、米国のみならず世界中で公然使用、販売、その他公衆に対して利用可能となった場合も、新規性なしと判断されることとなりました。
特許法第29 条1 項
[注目点]
今回の米国法改正により、出願日基準および世界公知・世界公用が日米で一致しました。
 §102(a)(2) <拡大先願>
 改正された米国特許法§102(a)(2)によれば、未公開の先願が公開または特許された場合に、後願の新規性が否定されます。

§102(d) <ヒルマードクトリンの廃止>
改正された米国特許法§102(d)では、拡大先願における引用先行技術の有効提出日を明確に定義し、いわゆるヒルマードクトリンの問題を解決しました。
 改正前の米国特許法§102(e)は「合衆国において・・・提出された特許出願」と規定していたことから、パリ条約優先権を伴う米国出願の後願排除日は、米国出願日であると判示されていました(Hilmer 事件)。今回の§102(d)の改正により、引用先行技術の有効提出日は、上記の有効出願日と同様の基準で判断されます。

 特許法第29 条の2
[注目点]
 米国において、PCT出願に基づく米国特許もしくは米国特許出願が先行技術とみなされるためには、PCT出願を英語で公開しなければならないという要件がなくなりました。
 その結果、PCT出願において国際公開(言語を問わず)がされれば、旧§102(e)による後願排除効を得るための米国仮出願を別途行なう必要がなくなりました。
 §102(b)(1)(§102(a)(1)の例外)
改正された米国特許法§102(b)(1)は、グレースピリオド(日本の新規性喪失の例外規定に類似)について規定しています。具体的には、有効出願日より前の1 年以内になされた「開示」は、以下の(A)または(B)の場合には先行技術とはみなされません。
(A)発明者等によってなされた「開示
(B)第三者の「開示」(ただし、その前に、発明者等が発明を開示していた場合)<先発表主義>。
 特許法第30 条
[注目点]
(1)左記(B)の要件は、先に発表していれば第三者のその後の発表に対抗できるという意味で先発表主義とも呼ばれています。
(2)日本では公知となってから6月以内の出願が日本出願でなければならないのに対し、米国では開示から1年以内の出願が第1国出願となっています。
(3)今回の日本法改正および米国法改正により、新規性喪失の例外となる対象が日米で概ね一致することとなりました。
 §102(b)(2)(§102(a)(2)の例外)
改正された米国特許法§102(b)(2)では、第三者の出願等は、その開示された事項が以下の(A)~(C)の場合には、先行技術とはみなされません。
(A)本件出願の発明者等から得られたものである場合
(B)第三者の出願等の有効出願日前に、本件出願の発明者等によりその発明が既に開示されている場合<先発表主義>
(C)本件出願等の有効出願日前にその発明が同一人に所有されるか、または同一人に譲渡する義務がある場合
 特許法第29 条の2(発明者同一、出願人同一、等)
[注目点]
左記(B)の要件は、先に発表していれば第三者のその後の出願に対抗できるという意味で先発表主義とも呼ばれています。
 §103 <非自明性>
改正された米国特許法§103 では、非自明性の判断基準も、発明日から有効出願日へと改正されました。
 特許法第29 条2 項
[注目点]
米国では、日本や欧州と異なり、拡大先願の出願や特許に基づいても非自明性が判断されます。

以上