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インド特許制度の概要について

 近年、インドでは経済が急速に成長を続ける中、特許出願件数も急増しており、2004~05年の特許出願件数は17,466件でしたが、2008 ~09年には36,812件と2倍以上となっています。インドの特許事情を見ると、特許庁が複数箇所にあるなど、インドの特許制度特有の特徴もありますので、インド特許制度の概要について下記のとおりまとめました。


1.はじめに
 現行のインド特許法は、2005年に改正された1970年法です。以下に、この改正法を中心と致しまして、インド特許制度を概説致します。
2.加盟条約
インドは、パリ条約、PCT、TRIPs協定に加盟しております。
3.特許庁および出願件数
 インド特許制度の特徴の一つとして、特許庁が4つ存在することを挙げることができます。すなわち、コルカタ、ニューデリー、チェンナイ、ムンバイの4つであり、この4つの特許庁は、全く同じ基準に基づき審査を行なっているとされています。特許付与件数は、ニューデリー、コルカタ、ムンバイ、チェンナイの順となっているようです。
 日本からの出願の場合、在外代理人の土地管轄(長官に届け出た送達宛先)によって、出願すべき特許庁が決定されます(特許規則4、同規則5 )。審判部はチェンナイにのみ所在します。
 なお、インド全体の特許出願件数等の変遷は以下の通りです。

  2004-05 2005-06 2006-07 2007-08 2008-09
Filed 17466 24505 28940 35218 36812
Examined 14813 11569 14119 11751 10296
Granted 1911 4320 7359 15361 16061

 

4.出願言語
 特許出願は、英語で行なうことができます。この場合、ヒンディー語の翻訳文を提出する必要もありません(特許規則9(1))。
5.物質特許制度
 2005年改正法により、インドにおきましても、物質特許制度が導入されました。

ここに含まれる情報は一般的な参考情報であり、法的助言として使用されることを意図していません。従って、IP 案件に関しては弁理士にご相談下さい。

6.新規性
 絶対新規性が未だ導入されておりません。すなわち、公知公用はインド国内に限定されております(特許法25条(1)、同(2 )、64条)。
7.進歩性
 2005年改正法により、出願段階での特許要件として判断されるようになりました。具体的には、「技術的進歩」もしくは「経済的意義」を有し、当業者にとって自明でないものとされています(特許法2条(ja))。特に、「経済的意義」が考慮され得る点が注目されます。
8.不特許事由
 特許法3条に不特許事由が定められています。
<医薬系発明に関する特記事項>
 その特許法3条の(d)項は、「既知の物質についての新規な形態および単なる用途の単なる発見等」が原則として不特許である旨、規定しています。また、その説明において、既知物質の塩、エステル、エーテル、多形体、代謝物質、純形態、粒径、異性体、異性体混合物、錯体、配合物、及び他の誘導体は原則として同一物質とみなすとされています。
 この規定は、インド国内の後発製薬会社を保護するためのものとも言われていますが、他国の製薬会社にとって、物質特許に続く結晶特許、用途特許等の取得がほぼ困難になっているために問題です。それが表面化したのが、Novartis v. Union of India 事件です。メシル酸イマチニブ(グリベック)の新規結晶発明が特許法3条(d)で拒絶されたことに対して、TRIPs協定27条違反が争われましたが、裁判所で維持されました。現在、別経由の訴訟が憲法裁判所に係属中です。
9.出願公開/早期出願公開および権利付与
 出願は、出願日または優先日(いずれか早い方)から18ヶ月経過後に公開されます(特許規則24)。しかし、出願人は、この公開前に長官に対し、早期公開を請求することができます(特許法11A条(2))。インドでは、出願公開日以降特許付与日まで、特許が出願公開の日に付与されたのと同様の権利を有することが定められているため(特許法11A条(7))、早期出願公開によりこの権利を早期に発生させることが可能です。
10.審査請求期間
 2006年5月5日以降の出願は、出願日または優先日のいずれか早い方から48ヶ月以内に審査請求を行なう必要があります(特許規則24B(1)(i))。優先日が起算点になり得ることに注意が必要です。
11.出願を特許付与可能な状態にする期間(アクセプタンス期間)
 出願は、最初の拒絶理由通知書が発行されてから12ヶ月以内に特許付与可能な状態になっていなければ、放棄したものとみなされます(特許法21条、特許規則24B(4))。特許法21条に「特許出願については・・・所定の期間内に・・・本法により又は基づいて出願人に課された全ての要件を遵守しない限り、これを放棄したものとみなす。」と記載されていることからも明らかなように、所定の期間(12ヶ月)内に特許付与可能な状態になっていればこの要件を満たすことができますので、12ヶ月以内に特許査定が発行されることまでを要件とするものではありません。
 この期間を延長することはできません。実務上この出願放棄を回避する唯一の方法は、長官に対し、ヒアリング(特許法14条)を申請することとされています(デリー高裁2010年3月11日判決(Telefonaktiebolaget Lm Ericsson v. Union of India))。しかし、このヒアリングの申請は、期間満了の10日前までに行なうことが必要とされ、また到達主義が採用されているようです(特許法80条)。
12.異議申立
 特許付与前の異議申立(特許法25条(1))と特許付与後の異議申立(特許法25条(2 ))という2つの異議申立制度があります。特許付与前の異議申立は、出願公開後特許付与前までに何人も行なうことができるのに対しまして、特許付与後の異議申立は、特許付与公告後1年間に限り、利害関係人のみが行なうことができます。なお、異議申立理由(特許法第25条(1)および(2)の(a)~(k))は、両制度間において同一です。
 長官が、異議申立理由ありと判断した場合、出願人に通知がなされ、出願人は3ヶ月以内に応答しなければなりません(特許規則55 )。
13.特許取消
 インドでは、特許取消の制度が設けられています(特許法64 条)。利害関係人もしくは中央政府が申立てる場合は審判部が審理を行ない、特許侵害訴訟における反訴に基づく場合は高等裁判所が審理を行ないます。取消理由は、異議申立よりもさらに多くの理由が挙げられています(特許法64条(1)(a)~(q))。
 また、これ以外にも、公共の利益のための取消(特許法66条)や不実施に対する長官による取消(特許法85条)も認められています。
14.インド国外への特許出願の事前承認
 インド居住者が外国出願をする場合、長官の事前承認が必要とされております(特許法39条)。これに違反した場合であって、インドにも特許出願されている場合は、特許の取消理由とされます(特許法64条(1)(n))。
 したがいまして、インド企業との共同研究による成果物を出願する場合は、注意が必要です。ただし、インド国外の出願の6週間以上前にインドに出願されている場合は、長官への事前承認は必要ありません。
15.外国出願情報提供制度
 実質的に同一の発明について、インド以外の他国出願がある場合は、その情報を特許庁に提出する必要があります(特許法8条(1 ))。インド出願前だけではなく、インド出願後においても他国出願がある場合は、インド特許が付与されるまで情報の提供を要します(特許法8条(1)(b))。
 また長官は、特許が付与されるまで、他国の出願処理状況について情報を提供するよう求めることができます(特許法8条(2))。このため、出願人は、長官からの通知があった後、6ヶ月以内にその情報を提出する必要があります(特許規則12(3))。
16.強制実施権
 強制実施権については、従来、特許法84条(不実施等)、91条(利用)、92条(政府実施)がありましたが、実施権許可は少数に限られていました。2005年12月のTRIPs協定を改正する議定書を受けて、特許法92A条が加わり、製造能力のない国に輸出するための製造、輸出の実施権が認められることになりました。本実施権についてNatco 社による申請がなされています。
17.特許表示
 特許番号、特許年月日を記載していない場合、特許の存在を知らない人に対して損害賠償請求権を失う可能性があります。
18.その他
 仮出願制度(特許法9条)や追加特許制度(特許法54条(1 ))があります。
 仮出願制度では、仮明細書を提出してから12ヶ月以内に完全明細書を提出すると、完全明細書のクレームが仮明細書に記載されている事項を基礎としている場合は仮明細書の提出日が優先日となります(特許法11条(2 ))。仮明細書には、クレームや要約を含める必要はありません。
 追加特許制度は、完全明細書に記載された発明(主発明)の改良または変更について、当該完全明細書の提出日またはその後日に特許出願された場合、その改良または変更について特許が認められる制度です。この場合、当該改良または変更については、主発明が追加特許の出願前に公開されたり、実施されたりしても、それを理由として進歩性が否定さ
れることはありません(特許法56条(1))。

以上