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Bilski 事件 最高裁判決およびUSPTO が公表した暫定ガイダンスについて

 2010年6月28日、米連邦最高裁は、Bilski 事件に対して、申立人の発明は、米国特許法第101条のプロセスに該当しないと判示した連邦巡回裁判所判決を支持する判決を言い渡しました。
 2010年7月27日、米国特許商標庁(USPTO)は、Bilski 最高裁判決に鑑みて、暫定ガイダンス(Interim Bilski Guidance)を公表しました。
 Bilski 最高裁判決の概要および暫定ガイダンスの概要について下記の通りご報告申し上げます。

Bilski 事件(Bilski v. Kappos)最高裁判決について
-ビジネス方法発明の特許適格性について-

(1) 概要
 2010年6月28日、米連邦最高裁(以下、最高裁)は、Bilski 事件に対して、申立人(Bilski)の発明(以下、本件発明)は、米国特許法第101条のプロセスに該当しないと判示した連邦巡回裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit:CAFC)判決を支持した。
 最高裁は、プロセス特許の適格性を判断する基準としてCAFCが確立した「機械・変換テスト」が唯一の基準であることを否定するとともに、本件発明のようなビジネス方法(method)の発明も、特許適格性があると判示した。しかし、最高裁は、過去の判例に基づいて、本件発明は、「抽象的なアイデア」に過ぎないから、特許適格性がないと判示した。

(2) 事件の経緯
① 本件発明の内容
 申立人の出願(特許出願番号08/83892:1997年4月10日出願)は、商品の取引におけるリスクヘッジ方法に関するものである。
 争点となった代表的なクレーム1は、次の通りである。「商品供給者により定価で販売される商品の消費リスクコストを管理する方法であって、
(a) 商品供給者と前記商品の消費者との間の一連の取引を開始するステップと、この取引において、前記消費者は前記商品を過去の平均値に基づく固定レートで購入し、前記固定レートは前記消費者のリスクポジションに対応しており、
(b) 前記消費者と対抗するリスクポジションを有する前記商品の市場参加者を特定するステップと、
(c) 前記一連の市場参加者の取引が前記一連の消費者の取引のリスクポジションをバランスさせるように、商品供給者と前記市場参加者との間の一連の取引を第2の固定レートで開始するステップとを備えた方法。」

ここに含まれる情報は一般的な参考情報であり、法的助言として使用されることを意図していません。
従って、IP 案件に関しては弁理士にご相談下さい。

② 米国特許商標庁(US Patent and Trademark Office:USPTO)の判断
 審査官は、本件発明は、特定の装置で実行されるものではなく、抽象的なアイデアを操作しているだけであって、実用的なアプリケーションへの限定もない純粋に数学的な問題を解決するものであり、技術的な創造(arts)でないという理由で、申立人の出願を拒絶した。
 審判官は、本件発明は、物理的な物を変換するのではない精神的なステップのみに関するものであり、抽象的なアイデアを対象としているとして、審査官の判断を支持した。
③ CAFC大法廷(en banc)による判決(2008年10月30日)
 CAFC大法廷は、クレームされたプロセスが米国特許法第101条の下で特許適格性を判断するために用いられていた過去のテスト(発明が、有用、具体的、かつ有形の結果を生み出すか否か)を否定した。その上、CAFC大法廷は、特許適格性があるかは、以下の「機械・変換テスト」をパスしなければならないと判示した。
「(a)クレームされたプロセスが、特定の機械または装置に関連付けられていること、
または、
(b)クレームされたプロセスが、特定の物を異なる状態または物に変換すること。」CAFCは、この「機械・変換テスト」が唯一の基準であると述べた。CAFCは、本件発明に対して、この「機械・変換テスト」を適用して、申立人の出願は、特許適格性がないと判断した。
④ 最高裁へ上告
申立人は、CAFCの判決を不服として最高裁へ上告した。2009年6月1日に最高裁への上告が認められ、2009年11月9日に口頭審理が行なわれた。

(3) 判決の骨子
(A)米国特許法第101条について
① 米国特許法第101条は、次のように規定されている。
 「新規かつ有用なプロセス(process)、機械(machine)、生産物(manufacture)、組成物(composition)、またはその改良をした者は、それらに対して単一の特許を受けることができる。」
 米国特許法第101条は、これ以外に何も規定しない。これは、議会が、創意工夫は、奨励されるべきだとする寛容なアプローチを取ったためである。
② 一方、プロセスが「新規かつ有用」でなければならないことに鑑みて、過去の裁判例では、「自然法則、物理的現象、抽象的アイデア」が、米国特許法第101条の幅広い特許適格性の原則の例外として判示されている。これらは、「すべての人間の知識の宝庫の一部であり、すべての人間に公開されるべきであり、誰にも独占されるべきではない」からである。
③ 米国特許法第101条の「プロセス」について、米国特許法第100条(b)では、次のように規定されている。
 「プロセスとは、プロセス(process)、技法(art)、または方法(method)を意味し、公知のプロセス、機械、製品、組成物、または材料の新規用途を含むものとする。」

(B)「機械・変換テスト」は、プロセス特許の特許適格性のための唯一の基準ではない。
① 最高裁は、裁判所が議会が言及していない限定や要件を特許法に組み込んで解釈してはならない(法解釈の原則)ことを何度も警告してきた。また、最高裁は、「自然法則、物理的現象、抽象的アイデア」という十分に確立された例外があるという理由で、法令の文言、目的および設計にそぐわないその他の制限を課すことを許す裁量を裁判所に与えたとはこれまで述べたことはない。「機械・変換テスト」をプロセスの特許適格性の判断のための唯一の基準として適用することは、法解釈の原則に反する。
 また、米国特許法第100条(b)は、「プロセス」が「プロセス(process)、技法(art)、または方法(method)」を意味すると定義しているが、「プロセス(process)、技法(art)、または方法(method)」が、「機械または物の変換」に結びつくことはありえない。
② 最高裁は、過去の判例において、「機械・変換テスト」は、有用かつ重要な手掛かりであり、調査ツールであることを認めたが、同時に「機械・変換テスト」は、特許適格性を判断するための唯一の基準であることを明確に否定した。
③ 工業時代(Industrial Age)には、「機械・変換テスト」は、十分な根拠を提供するものであったが、今日の「情報時代(Information Age)」には、「機械・変換テスト」を唯一の基準とすることには疑義がある。また、「機械・変換テスト」は、ソフトウェア、先進の診断医療技術、リニアプログラミング、データ圧縮、およびデジタル信号の操作に関する発明の特許適格性に不確実性を生じさせる可能性がある。
 米国特許法第101条は、「新規かつ予見できない発明を包含するように設計されたダイナミックな規定」であり、予見できない分野の発明の特許保護を否定するルール(テスト)は、特許法の目的を混乱させる。「情報時代」において産み出される新たな技術の特許適格性は、「機械・変換テスト」だけでは判断できず、また、唯一の基準を策定することも困難である。

(C)ビジネス方法(method)は、米国特許法第101条に規定する「プロセス」に該当する。
① 米国特許法第101条は、プロセスが、ビジネス方法を断固として排除するという主張を排除する。米国特許法第100条(b)で規定される用語「方法(method)」は、辞書的な意味では、ビジネスをする何らかの方法(method)を含んでいる(Webster’s New International Dictionary 1548(2nd ed. 1954)を参照)。「方法(method)」の「普通の、現代の、一般的な」意味は、ビジネス方法を除外していない。
② 米国特許法第273条(b)(1)の規定は、ビジネス方法特許の存在を意図している。すなわち、米国特許法第273条(b)(1)によれば、特許権者が、特許された方法に基づいて侵害を主張した場合には、侵害者は、先使用権の抗弁を主張できる。また、米国特許法第273条(a)(3)には、本条の「方法」とは、「ビジネスの実施方法または運営方法である」と定義されている。したがって、ビジネス方法をいかなる状況においても特許可能としないとする結論は、米国特許法第273条の規定を無意味にしてしまう。
(D)本件発明は、「抽象的アイデア」であるので、本件は、特許適格性がない。
① 過去の判例では、「抽象的アイデア」は、特許対象から除外されている。たとえば、最高裁は、Benson 事件において、2進化10進数の数を純粋なバイナリコードに変換するためのアルゴリズムに関する特許出願が、米国特許法第101条のプロセスに該当するかどうかを検討した。最高裁は、「抽象的な原理は、基本的な真理、発端、動機であり、これらは特許されることができない」と述べ、この出願は、プロセスではなく、特許できない抽象的なアイデアであると判示した。
② 本件発明は、ヘッジの基本的な概念、またはリスクからの保護に関するものである。「ヘッジは、我々の商業システムにおいて古くから普及している基本的な経済プラクティスであり、入門経営学の授業で教示されている。」ヘッジの概念は、Benson 事件などで問題となったアルゴリズムと同じく、特許できない抽象的なアイデアである。本件発明に特許を与えたとすると、ヘッジが、あらゆる分野でこのアプローチの使用を先取りし(pre-empt)、抽象的なアイデアに独占権を与えるこ
とになる。

(4) 結論およびUSPTOの対応
① 最高裁は、本件発明は、米国特許法第101条に規定する「プロセス」に該当しないとするCAFCの判決を支持した。最高裁の判決理由は、CAFCと異なり、本件発明が「抽象的なアイデア」であるという理由である。一方で、最高裁は、CAFCが、プロセスの特許適格性を判断するための唯一の基準として確立した「機械・変換テスト」を有用ではあるが、唯一のものではないと判示するとともに、ビジネス方法発明も、特許適格性を有すると判示した。
② USPTOは、最高裁判決を受けて、米国特許法第101条の特許適格性に関する次のような暫定ガイダンスを公表した。

USPTOが公表した暫定ガイダンスについて

 米国特許商標庁(USPTO)は、先のBilski 最高裁判決に鑑みて、2010年7月27日付で暫定ガイダンス(Interim Bilski Guidance)を公表した*1。この暫定ガイダンスは、2010年7月27日から係属中のすべての出願に適用されることになる。なお、この暫定ガイダンスは、2009年8月24日付で公表された暫定ガイダンス*2 に対する補足であるとされている。
*1:http://www.uspto.gov/patents/law/exam/bilski_guidance_27jul2010.pdf
*2:http://www.uspto.gov/web/offices/pac/dapp/opla/2009-08-25_interim_101_instructions.pdf
 同時に、米国特許商標庁は、この暫定ガイダンスに対するパブリックコメントを募集している(期限:2010年9月27日)。なお、公聴会については、開催されないとのことである。
 新たな暫定ガイダンスは、発明適格性における「抽象的アイデア」の例外性に鑑みて、方法クレームの特許適格性を判断する際に考慮されるべきファクターについて述べられている。「機械・変換テスト」は、依然として調査ツールであり、かつ、クレームされた発明が米国特許法第101条の下でのプロセスに該当するか否かを判断するための有用なスタートポイントであるとされている。しかしながら、「機械・変換テスト」は、最高裁が明らかとしたように、特許適格性を判断するための唯一の基準ではない。そこで、新たな暫定ガイダンスは、クレームされた方法が抽象的アイデアに該当するか否かについての判断を助けるための追加のファクターを提示する。
 新たな暫定ガイダンスには、101条の下での方法発明についての特許適格性について審査官が判断する際に用いるクイックレファレンスが添付されている。このクイックレファレンスの内容について、以下に示す。
 ある方法クレームが抽象的なアイデアに向けられているか否かを評価するために、クレームを全体として(as a whole) 分析するときには、以下に示すファクターが考慮されなければならない。しかしながら、すべてのファクターがすべてのクレームに関連しているわけではなく、また、そのこと自体をそれぞれの分析において考慮する必要はない。クレームが特許適格性を有していると判断された時点で、分析は終了するであろう。特許適格性が容易には認識できないような場合には、結論を出すにあたって、すべての関連するファクターが慎重に比較考量されるべきである。加えて、いずれかのファクターだけで決定的となることはなく、各ファクターに与えられる重要性は、実際の出願に応じて変化するであろう。これらのファクターは、クレームの特定の技術に依存して関連性のより高いファクターとなるかも知れないが、これらのファクターが、専用的な、あるいは、網羅的なものとなることは意図されていない。
特許適格性を満たしているとの方向に作用するファクター
・機械または変換の記載(明示的あるいは内在的)
-機械または変換が特有(particular)である。
-機械または変換がステップの実行について意味のある限定となっている。
-機械がクレームされたステップを実現する。
-変換される物(article)が特有(particular)である。
-物(article)が状態(state)あるいは事物(thing)についての変化を受ける(たとえば、客観的に異なる機能または使用)。
-変換される物(article)が目的物あるいは実体的なもの(substance)である。
・クレームが自然法則の応用に向けられている
-自然法則が実用的に応用されている。
-自然法則の応用がステップの実行について意味のある限定となっている。
・クレームがコンセプトの単なる記述を超えるものである
-クレームが解決されるべき特有の課題を記述している。
-クレームがコンセプトを何らかの有形の方法で実現する。
-ステップが行なわれることが観測可能でかつ検証可能である。
特許適格性を満たしていないとの方向に作用するファクター
・機械または変換の記載の不存在(明示的あるいは内在的)
・機械または変換の不十分な記載
-ステップに対する機械あるいは変換の関連性が、ステップが行なわれることに対して、名目的に、わずかに、あるいは、ほとんど無関係に、関係しているに過ぎない。たとえば、データ収集、あるいは、その方法が適用されることが意図されている分野の単なる記述。
-機械がクレームされたステップを行なうことのできるすべての機械を含むように包括的に記述されている。
-機械が単に方法の実施される対象である。
-変換が物の位置(position)または場所(location)についての変化にのみ関連する。
-「物(article)」が一般的なコンセプト(general concept)*3 に過ぎない。
・クレームが自然法則の応用に向けられていない
-クレームが自然力を独占し、あるいは、科学上の事実を特許するものであること。たとえば、自然法則の効果を生み出すすべてのモードをクレームすることによって。
-自然法則が主観的な判断にのみ応用されている。
-自然法則が、ステップが行なわれることに対して、名目的に、わずかに、あるいは、ほとんど無関係に、関連しているに過ぎない。
・クレームがある一般的コンセプトの単なる記述である。
-方法として表現されていたとしても、コンセプトの使用が当該コンセプトに対して実質的に独占権を与えることになる。
-コンセプトの公知および未知の使用が含まれており、何らかの既知あるいは将来考案される機械によって、または、何らの装置も用いられない場合であっても、それらの使用が実施され得る。

-一般的なコンセプトが具体化されていない。
-ステップを実現するための機構が主観的あるいは知覚不能である。
*3
一般的なコンセプト(general concept)の例(但し、これらに限られない)。
-基本的な経済慣行あるいは理論(たとえば、ヘッジ、保険、金融決済、マーケティング)
-基本的な法律理論(たとえば、契約、紛争解決、法の原則)
-数学的なコンセプト(たとえば、アルゴリズム、空間的関係、幾何)
-精神活動(たとえば、判断、観測、評価、あるいは、意見の形成)
-対人的な相互作用あるいは関係(たとえば、交際、デート)
-教えることのコンセプト(たとえば、暗記、反復)
-人間の行動(たとえば、運動、服を着ること、規則や命令に従うこと)
-「どのようにビジネスを行なうか」について指示すること

以上