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商標権侵害に関する裁判例(Dennis Perry v. H.J. Heinz Co. Brands, L.L.C.)

 合衆国第5巡回区控訴裁判所は、有名な大企業であるHeinz Co. Brands, L.L.C.(Heinz社)が個人(Perry氏)の登録商標「Metchup」を使用したが、Perry氏による当該商標の使用は局所的なものであり、わずかな売上と最小限の利益しか生まなかったことから、Heinz社による商標権侵害は認められないと判断しました(Dennis Perry v. H.J. Heinz Co. Brands, L.L.C., Case No. 20-30418 [5th Cir. Apr. 12, 2021])。
(1)事実関係
 Perry氏は、「Metchup」と名付けたブレンド調味料を自身のモーテルで販売していました。USPTOは当該商標の登録を認め、その5年後には不可争性も認められました。
 一方、Heinz社はマヨネーズとケチャップをブレンドしたマヨチャップという調味料を製造し、2018年に米国で販売を開始しました。Heinz社は宣伝のためにオンラインでネーミングコンテストを開催し、参加者の一人が「Metchup」という名前を提案したところ、他の候補とともに「Metchup」のモックアップ写真をインターネット上に掲載しました。この際、Heinz社の弁護士はPerry氏の商標登録を確認しましたが、Heinz社は「Metchup」という商品を実際に販売しているわけではなく、かつ、Perry氏による登録商標の使用の形跡がほとんどなかったため、宣伝に使用できると判断しました。
 ところが、これを見たPerry氏が商標権侵害を理由にHeinz社を訴えました。
(2)裁判所の判断
 本件における争点は主に下記の2点であったといえます。
A. Heinz社の使用(一時的な広告的使用)はPerry氏の商標権を侵害するか
 この点については、一審(連邦地裁)及び控訴審の両方で否定されています。控訴審は8つの考慮要素について下記の通りに判断しました。
〈Perry氏(原告)に有利な点=侵害を肯定する要素〉
①商品の類似性:両者の商品はともにブレンド調味料である。
②潜在的需要者の注意力:安価な商品であるため、低い。
③商標の類似性:同一。ただし、パッケージデザインは大きく異なるとの指摘あり。
〈Heinz社(被告)に有利な点=侵害を否定する要素〉
④商標の性質:商品との関連性が高い示唆的商標である(当所注:「示唆的商標」=「識別力が高いとはいえない商標」であり、強い権利が認められるべきではないとの認定と思われます)。
⑤販路と需要者の同一性:Perry氏は自分のモーテルでの限定的販売(売上本数60本、利益:50USドル)であるのに対し、Heinz社はインターネット及びほとんど全ての食料品店を対象とした広告であった。
⑥広告の同一性:Perry氏は自分のFacebookページ以外に広告を出しておらず、オンラインでの販売もしていなかった一方、Heinz社の広告と事業は大規模なものである。
⑦被告の意図:Heinz社はPerry氏による登録商標の使用はもはやないと想定していたため、侵害の意図はなかった。
⑧実際の混同:そのような実態を示す記録・調査はなかった。
 これらを総合的に考慮し、Perry氏による登録商標の使用はHeinz社の顧客に混同を生じさせる程広く普及していないため、Heinz社による「Metchup」の使用は商標権侵害を構成しないと控訴裁判所は判断しました。
B. Perry氏が所有する商標権は放棄されていないか
 一審では、Perry氏の僅少な使用(minimis use)の結果、当該商標権は放棄されたものであると判断されました。
 しかしながら、控訴審は、商標権放棄には標章の「完全な使用中止」を要すること等を理由に上記の判示は誤っていたとして、「商取引においてPerry氏は登録商標を使用し続ける誠実な意図があったのか」を判断すべく、この点について差戻しを命じました。

[情報元]McDermott Will & Emery IP Update | April 22, 2021
[担当]深見特許事務所 原 智典