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選択発明である本事件訂正発明の進歩性が否定され、その登録が取消されるべきであると認定した事例

 (特許法院2020.12.10.宣告2019HEO8095[取消決定(特)])

1.事件の背景としての、韓国における選択発明の進歩性判断の動向
 韓国では、選択発明の進歩性判断に関し、特許・実用新案審査基準の「第3部特許要件」の「6.4.1 選択発明の進歩性の判断」の項に、大法院および特許法院の判決を反映した改訂を経て、以下のように規定されています。
 まず、選択発明を、「引用発明において上位概念に表現されているが、請求項に記載された発明には下位概念に表現されている発明であって、引用発明には直接的に開示されていない事項を発明の必須構成要素の一部にして選択した発明」であると定義しています。
 また、選択発明であると認定された発明の進歩性の要件として、次のように規定されています。
 「……選択発明が引用発明に比べてより良い効果を有する場合には、その選択発明は進歩性が認められる。このとき、選択発明に含まれる下位概念のすべてが引用発明の有する効果と質的に異なる効果を有している、又は質的な差異はないが量的に顕著な差異がなければならない。」
 しかしながら、このような規定の下では、先行発明の下位概念の発明が選択発明であると認定された場合、進歩性の判断において、その効果を明細書に記載することが厳格に求められていたことから、選択に困難性があっても進歩性が否定されるという事例が生じる結果となりました。
 そこで、2019.29言渡し特許法院判決[2018HEO2717]を反映して、2020年1月1日改訂の特許・実用新案審査基準において、次の(イ)または(ロ)の場合には、出願発明を先行発明の選択発明とみなさずに新しい発明として扱い、一般的な発明と同様に進歩性を判断する必要があり、選択発明に適用される効果に関する明細書の記載要件を緩和する必要があることが追記されました。
(イ)先行発明から出願発明を排除する否定的な教示又は示唆がある場合。
(ロ)特許出願時の技術水準に照らして、上位概念の先行発明を把握できる先行文献に、先行発明を上位概念として一般化し、その下位概念である出願発明にまで拡大できる内容が開示されていない場合。
 (なお、日本の特許・実用新案審査基準では、その第Ⅲ部第2章第4節「特定の表現を有する請求項等についての取扱い」の項目7において、選択発明の定義、および、選択発明の進歩性の判断基準について規定されています。)

2.事件の経緯
 (1)訴外Aによる特許取消申立:訴外Aは、本件特許発明の登録公告日から6ヶ月以内に、本件特許の訂正前の特許発明は、進歩性が否定されるなどの取消事由があるので、その特許はすべて取り消されるべきであると主張して、特許取消申立を行ないました。
 (2)特許審判院の決定:特許審判院は、本件訴訟の原告となる特許権者に、「本件特許発明は、先行発明1、2によって新規性又は進歩性が否定される」などの取消理由を通知し、意見書を提出する機会を与え、これに対し特許権者は、訂正請求書及び意見書を提出しました。特許審判院は、「訂正請求は適法なので訂正を認めるが、本件訂正発明は、先行発明1又は2によって進歩性が否定される」という理由で、訴外Aの申立てを認容する決定を下しました。
 (3)特許権者は、上記特許審判院の決定を不服として、特許法院に提訴しました。

3.特許法院判決の要旨
 (1)選択発明であることの認定
 特許法院は、本件訂正発明のフェナントレン化合物について、「先行発明1に構成要素が上位概念として記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素とするものであり、選択発明に該当する。また、本件訂正発明の化合物は、先行発明2との関係においても選択発明に該当する」と認定しました。
 (2)進歩性の判断
 特許法院はさらに、本件訂正発明について、以下の理由によってその進歩性がないものと認定しました。
 「選択発明として、本件訂正発明の効果は、先行発明1が有する効果と質的に異なる効果を有していたり、質的な差がなくても量的に顕著な差があると見ることができないので、先行発明1によって進歩性が否定される。

(中略)

 ……高いガラス転移温度、高い酸化安定性、良好な可溶性、低い結晶性及び高い熱安定性を有するという点については、本件訂正発明の明細書には何ら具体的又は定量的記載がないので、結局のところ、OLEDの寿命及び外部量子効率だけが、本件訂正発明の進歩性判断に考慮し得るが、これは、先行発明1又は2に比べて質的に変わらない
 また、本件訂正発明の化学式の化合物の効果も先行発明2が有する効果と質的に異なる効果を有していたり、質的な差がなくても量的に顕著な差があると見ることができないので、先行発明2によって進歩性が否定され、結局のところ、本件訂正発明全体が、残りの化学式の化合物について見るまでもなく先行発明2によっても進歩性が否定される。
 さらに、本件訂正発明における発明の説明から把握される式の化合物は、いずれも寿命及び外部量子効率の効果データが一貫して記載されていると見ることができないので、本件訂正発明のすべての化合物が外部量子効率、又は寿命において量的に顕著な効果を有すると断定するのは難しい。」
 また、「選択発明であってもその進歩性の判断の際に設定の困難性も考慮されるべきである」との原告(特許権者)の主張に対して、特許法院は、「先行発明1又は2にフェナントレンの1番又は4番の位置にジアリールアミノ基を結合させることを排除することについて否定的な教示又は示唆が示されてもいないことから、通常の技術者が、先行発明1又は2から本件訂正発明の化合物を導出することが困難であると見るのは難しい。」と判示しています。
 結論として特許法院は、「本件訂正発明はその進歩性が否定され、これと結論を同じくした特許審判院の決定は、適法である。」と結論付けました。

4.実務上の留意事項
 上記項目1で述べたように、韓国の特許・実用新案審査基準には、選択発明の進歩性判断に際しての厳格な要件を緩和する趣旨で、「先行発明から出願発明を排除する否定的な教示又は示唆がある場合」等において、先行発明の選択発明とみなさずに一般的な発明と同様に進歩性を判断する必要があるとの規定が追加されています。
 しかしながら、上記特許法院判決[2018HEO2717]、本件特許法院判決[2019HEO0895]のいずれにおいても、そのような緩和規定が適用されることなく、選択発明の厳格な特許要件に基づいて、特許取消あるいは特許無効の判決が出されています。
 これらの状況を考慮すると、選択発明を一般的な発明と同様に進歩性を判断すべきであることを立証することは困難を伴うものであり、選択発明の権利化に際しては、選択発明の進歩性の要件としての下記のいずれかを立証可能な程度に、発明の効果を明細書に記載しておくことが重要になります。
 (i)選択発明に含まれる下位概念のすべてが引用発明の有する効果と質的に異なる効果を有していること。
 (ii)質的な差異はない場合には、量的に顕著な差異があること。

[情報元]
 1.HA & HA 特許&技術レポート 2021-03
 2.韓国特許・実用新案審査基準(2020.8.10改訂)の仮訳(日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所作成)
 3.HA & HA 特許&技術レポート 2019-06

[担当]深見特許事務所 野田 久登