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中国最高人民法院は、知的財産権関連各法に規定された懲罰的損害賠償に関する規定の適正な運用を図るべく、「知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈」を公布するとともに、懲罰的賠償制度を適用した民事事件判決の典型事例を公表しました。

1.中国における懲罰的損害賠償制度運用の動向
 中国では、商標法等においてすでに懲罰的賠償制度が規定されており、2021年6月1日に施行される改正専利法においても、懲罰的賠償制度が新設され、その運用が開始されます。このような背景の下、最高人民法院は、懲罰的賠償制度の適正な運用を図ることを目的として、知的財産権民事事件における懲罰的賠償の適用範囲、「故意」と「情状(状況)の深刻さ」の認定基準、倍数の確定などについて規定した、「知的財産権侵害の民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈(以下「解釈」とします)」を、2021年3月3日に公布しました。
 さらに最高人民法院は、2021年3月15日に、懲罰的賠償制度を適用した、6件の典型的な民事事件を公表するとともに、2021年4月19日には、上記「解釈」の起草背景、原則、適用範囲などをより明確にするために、同「解釈」の「理解と運用」と題した文章を発表しました。

2.最高人民法院が公布した「解釈」の概要
 「解釈」は6か条からなり、各条文の概要は以下のとおりです。
(1)第1条:被告が知的財産権を故意に侵害し、且つ情状が深刻であると主張して、原告が懲罰的賠償を請求した場合、人民法院は法律に基づき審理し、処理しなければならないことを規定。
(2)第2条:原告が懲罰的賠償を請求する場合、提訴する時に賠償額、算定方法及び根拠となる事実と理由を明確にしなければならないことを規定。
(3)第3条:知的財産権侵害の故意を認定する場合に考慮すべき事項を規定した上で、「故意」が初歩的に認定される場合として、以下の、6項目を列挙。
 (i)被告が原告又は利害関係者からの通知、警告を受けた後にも侵害行為を継続的に実施した場合、
 (ii)被告又はその法定代表者、管理者が原告又は利害関係者の法定代表者、管理者、実際の支配者である場合、
 (iii)被告と原告又は利害関係者との間に、労働、労務、協力、許諾、販売、代理、代表などの関係があり、且つ侵害された知的財産権に触れたことがある場合、
 (iv)被告と原告又は利害関係者との間に、取引関係があり、又は契約の締結などのために協議したことがあり、且つ侵害された知的財産権に触れたことがある場合、
 (v)被告が海賊版、登録商標の詐称行為を実施した場合、
 (vi)その他の故意と認定することができる場合。
(4)第4条:知的財産権侵害の情状深刻の認定に際して考慮すべき事項を規定した上で、情状が深刻であると認定することができる場合として、以下の7項目を列挙。
 (i)権利侵害により行政処罰を受け、又は裁判所の裁判で責任を負わされた後に、再度同一又は類似の侵害行為を実施した場合、
 (ii)知的財産権の侵害を業とする場合、
 (iii)権利侵害の証拠を偽造、毀損又は隠匿した場合、
 (iv)保全裁定の履行を拒否した場合、
 (v)権利侵害により獲得した利益が大きく、又は権利者が蒙った損害が大きい場合、
 (vi)侵害行為が国家安全、公共利益又は人の健康を損なう可能性がある場合、
 (vii)その他の情状が深刻であると認定できる場合。
(5)第5条:人民法院が懲罰的賠償額を確定する場合の算定基準を規定。算定基準として、原告の実際の損害額、被告の違法所得額又は侵害により得られた利益、当該権利の許諾実施料の倍数を参照して合理的に確定した額を挙げています。
 また、人民法院は被告に、侵害行為に関わる帳簿、資料の提出を命じることができ、被告が正当な理由なく提出を拒否し、又は虚偽の帳簿、資料を提出した場合、人民法院は、原告の主張と証拠を参考にして懲罰的賠償額の算定基準を確定し得ることが規定されています。
(6)第6条
 人民法院が法律に基づき懲罰的賠償の倍数を確定するときに、被告の主観的過錯の程度、
侵害行為の情状の深刻さの程度などの要素を総合的に考慮すべきことを規定。
(7)第7条:本解釈が2021年3月3日に施行され、従前発表の司法解釈が一致しない場合には本解釈に準ずることを規定。

3.懲罰的賠償制度を適用した判決の具体例
 最高人民法院が公表した6件のうち、1件は秘密技術に関する事件であり、他の5件は商標に関する事件です。6件の判決のいずれも、「情状の深刻さ」の認定に言及しています。専利事件の懲罰的賠償制度を適用した事例は未だなく、上述の第3条、第4条の各項目の規定が指針となります。
 6件の公表事例のうち、秘密技術に関する1件の事件の経緯は、以下のとおりです。
[広州天賜社等vs安徽Newsmy社等 技術秘密侵害紛争事件](2019年最高法知民終562号 最高人民法院)
 事件の経緯
 (1)広州天賜社等は、安徽Newsmy社等が「卡波」製造工程技術の秘密を侵害したことを主張して、広州知識産権法院へ訴訟を提起し、侵害停止、損害賠償、謝罪を請求。
 (2)広州知識産権法院は、侵害行為を認定し、故意的侵害と侵害経緯を考慮して、2.5倍の懲罰的損害賠償を適用。
 (3)広州天賜社、九江天賜社と安徽Newsmy社、華氏、劉氏は、一審判決に対して不服のため、最高人民法院に上訴。
 (4)最高人民法院は、審理において次の判断を示しました。
 訴えられた行為は、技術秘密に対する侵害に相当するが、一審判決において損害賠償を確定する際に技術秘密の貢献度を充分に考慮しておらず、また、懲罰的損害賠償を確定する際に侵害者の主観的悪意の程度及び権利侵害を業としたこと、侵害規模、侵害期間、挙証妨害行為など深刻な事情を充分に考慮していなかった。
(この判示より、懲罰的賠償の判定指針として以下の3項目が読み取れます。
 ① 技術秘密の貢献度を充分に考慮すること
 ② 侵害者の主観的悪意の程度及び権利侵害を業としたこと
 ③ 侵害規模、侵害の継続期間、挙証妨害行為などの深刻な事情を充分に考慮すること)
 (5)以上の判断に基づいて、一審判決の侵害差止を維持した上で、最高の5倍の計算で懲罰的損害賠償を適用し、安徽Newsmy社から広州天賜社、九江天賜社へ経済損失3000 万元の賠償を判決しました。

4.2021年4月19日発表の、「『知財侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈』の理解と適用」の概要
 最高人民法院が発表した「解釈」の「理解と適用」の文章(日本語仮訳:43字×29行×8頁)は、9項目にわたっており、その第1~第3項目には、「解釈」の起草の背景、起草の主要な原則、命名の経緯が記載されています。また、第4項目~第7項目には、故意・悪意の認定、情状深刻の認定、算定基準の確定、倍数の確定について、補足的に説明されています。
 さらに、第8項目には、「解釈」および知的財産関連各法の懲罰的賠償関連規定の施行期日が明記され、上位法である民法典の規定に基づいて懲罰的賠償を確定することには支障がないことに言及されています。
 最後の第9項目には、懲罰的賠償の濫用防止のために、懲罰的賠償の構成要件を正確に把握することの重要性が説明され、そのために「解釈」が規定され、その趣旨を正確に理解するために6件の判決例が発表されたことに言及されています。

5.改正専利法における懲罰的賠償制度の規定について
 2021年6月1日施行の第4回改正専利法では、専利権侵害の損害賠償について、第71条1項(改正前専利法第65条に対応)に、次のように規定されています。
『専利権侵害の賠償金額は、権利者が侵害によって被った実際の損失または侵害者が侵害により得た利益に基づいて確定することができる。権利者の損失又は侵害者が獲得した利益の確定が困難である場合には、専利許諾実施料の倍数を参照して合理的に確定する。故意に専利権を侵害し、情状が深刻である場合は、上記方法により確定された金額の1倍以上5倍以下により賠償金額を確定することができる。
 改正前専利法第65条の規定に上記下線部が追加されたことにより、専利法にも「懲罰的賠償制度」が導入されました。
 改正専利法のこの規定は、2013年改正商標法第63条の「悪意により商標権を侵害し、深刻な事情がある場合には、上述の方法で確定した金額の1倍以上5倍以下に賠償額を確定することができる。」との規定と同じ趣旨であり、専利法の「故意」と商標法の「悪意」とは、同義で用いられています。

[情報元] 1.Linda Liu & Partners IPニュース第139号にURLが添付された、「最高人民法院による知財侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈」(仮訳)
 2.中科専利商標代理有限責任公司 日本事務所 NEWS LETTER April 1, 2021
 3.Linda Liu & Partners IPニュース第140号に添付された、「知財侵害民事事件の審理における懲罰的賠償の適用に関する解釈」の理解と適用(仮訳)

  [担当]深見特許事務所 野田 久登