国・地域別IP情報

韓国大法院は、「調理容器用着脱式取っ手」の特許発明の技術思想の中核が、出願当時既に公知になっていたため、均等の可否が問題となる対応構成要素の個別機能、役割等を比較して、被告の実施製品が特許発明と均等な要素を含んでおらず、均等侵害は成立しないと判断し、原審を破棄する判決を下しました。

(大法院2021.3.11.言渡し 2019DA237302判決)

1.本件判決に関連した、均等論についての主な韓国大法院判決
(1)均等論の適用要件を提示した判決
 韓国大法院は、2000.7.28言渡し97HU2200判決において、下記の5要件を最初に提示しました。
 ① 両発明の技術的思想ないし課題の解決原理が共通又は同一であること
 ② 置換によっても特許発明と同じ目的を達成することができ、実質的に同じ作用効果を有すること
 ③ 置換すること自体がその発明に属する技術分野で通常の知識を持った者なら当然容易に引き出すことができる程度に自明であること
 ④ 確認対象発明が当該特許発明の出願時にすでに公知の技術であるか、それにより当業者が容易に導き出すことができるものではないこと
 ⑤ 当該特許発明の出願手続きを通じて確認対象発明の置換された構成要素が特許請求の範囲から意識的に除外されるなどの特別の事情がないこと
 なお、日本のボールスプライン事件最高裁判決(1998年)における均等の第1要件では、「対象製品等との相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと」とされていますが、韓国の第1要件では、「本質的部分」の語句を用いていない点で相違します。上記均等の第2~第5要件については、日本の第2~第5要件とほぼ共通しています。
(2)課題解決の原理が同じであるかどうかを判断する方法に関する判決
 上記均等の5要件を適用するに際して、特許発明と被告実施製品との間に課題解決の原理の同一性があるかないかを判断する方法に関し、2014年7月24日言渡しの2013DA14361大法院判決(下記情報元3(1)参照)において、以下のように判示しています。
『侵害製品等と特許発明の課題解決の原理が同一であるか否かを判断するときは、請求範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、明細書に書かれた発明の説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌して先行技術と対比した時に、特許発明に特有の解決手段が基になっている技術思想の中核(「核心」と訳している文献もあります)が何であるかを実質的に探求して判断しなければならない。』
 その後2019年1月31日に言渡しの2017HU424大法院判決(「焼海苔自動切断および収納装置」の特許発明の権利範囲確認訴訟判決)では、上記判示を適用した上で、先行技術を参酌して特許発明の課題の解決原理を把握すべきであることの理由、および、その際の先行技術の参酌方法について、詳細な技術内容に基づいて具体的に判示しており、均等範囲の判断基準をさらに明確にしたものと言えます。この判決については、下記情報元の3.(3)に詳細に説明されています。
(3)作用効果が実質的に同一であるかどうかを判断する方法に関する判決
 (i)原則
 2019年1月31日言渡しの2018DA267252大法院判決(下記情報元の3(2)参照)では、作用効果が実質的に同一であるか否かを判断する際の原則として、以下のように述べています。
『先行技術で解決できなかった技術課題として特許発明が解決した課題を侵害製品等も解決するかを中心に判断すべきである。したがって、発明の説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌して把握される特許発明に特有の解決手段が基になっている技術思想の中核が侵害製品等でも具現されていれば、作用効果が実質的に同一であるとみるのが原則である。』
 上記原則に関連して、2019年1月31日に言渡された他の判決である2017HU424大法院判決(下記情報元の3.(3)参照)は、『発明の詳細な説明に記載されていない公知技術を根拠として、発明の詳細な説明から把握される技術思想の中核を除外したまま、他の技術思想を技術思想の中核として置き換えてはならない』と述べています。発明の詳細な説明を信頼した第三者に、予測できない損害を及ぼすことを防止する趣旨です。
 (ii)技術思想の中核が公知等になっている場合の判断手法
 上記2018DA267252大法院判決(下記情報元の3(2))ではさらに、上述の原則を踏まえた上で、技術思想の中核が特許発明の出願当時に既に公知となっているか、又はそれに等しい場合について、『かかる技術思想の中核が特許発明に特有であるとは言えず、特許発明が先行技術で解決できなかった技術課題を解決したとも言えない。このような場合、特許発明の技術思想の中核が侵害製品等に具現されているかによって作用効果が実質的に同一か否かを判断できず、均等の可否が問題となる構成要素の個別機能や役割等を比較して作用効果の同一性を判断しなければならない。』と判示しています。すなわち、技術思想の中核が公知等であると判断される場合には、均等かどうかの判断の対象となる特許発明の構成要素と、被告の実施製品においてそれと置き換えられた構成要素との間に、機能や役割等の違いがある場合には、作用効果の同一性がないと認定すべきであるとしたものです。
 この判決については、弊所ウェブサイトの「国・地域別IP情報」の、韓国関連の2019.11.12付配信記事(情報元:KIM&CHANG Newsletter August 2019)においても紹介しています。

2.本件訴訟における大法院の判断
 本件訴訟は、「調理容器用着脱式取っ手」の特許発明について、均等侵害の成立の可否が問題となった事案です。
 大法院は、次の2つの技術思想が、発明の詳細な説明に基づいて把握できる、本件特許発明の技術思想の中核であることを認めました。
 (A)ロータリー式作動部を操作してスライド板を前・後方に移動させる技術思想、および
 (B)上面に形成されたボタンにより押し部材又はピン部材を上・下にスライドさせてスライド板の前・後方移動を制御し、ミスによるボタン加圧を防止する技術思想。
 しかしながら、これらの技術思想は、本事件特許発明の出願当時に既に公知となっていたと判断しました。そのため、上記2018DA267252大法院判決の判示事項を踏まえて、均等の可否が問題となる、本件特許発明と被告実施製品との、対応構成要素の個別機能、役割等を比較して、被告の実施製品が本事件特許発明の「上・下部材とスライド板を貫通して設置されたピン部材及び第2弾性スプリング」と均等な要素を含んでいないため、本件特許発明を侵害するとはいえないと判断し、これと異なる趣旨の原審を破棄して差戻しました。

[情報元]
1.HA&HA 特許・技術レポート2021-4
   [大法院2021.03.11.宣告、2019DA237302]「特許権侵害差止め等請求訴訟」
2.日本貿易振興機構(ジェトロ)特許侵害対応マニュアル韓国編(2013年3月)
    「第5章,1-4 均等領域における侵害(均等論)」
3.日本貿易振興機構(ジェトロ)韓国の知的財産権侵害判例・事例集より
 (1)「6.課題の解決原理に立ち返って被告実施製品が本件発明の構成と
          均等であると判断した事例」(大法院判決2013DA14361、2014.7.24言渡し)
 (2)「2.均等侵害の第2要件(作用効果の同一性)と第1要件(課題解決原理の同一性)
          との関係を明確に提示した事例」(大法院判決2018DA267252、2019.1.31言渡し)
 (3)「11. 均等範囲の判断要素として課題の解決原理の同一性判断における課題の解決原理の把握方法を具体化した事例」(大法院判決2017HU424、2019.1.31言渡し)

[担当]深見特許事務所 野田 久登