国・地域別IP情報

選択発明の進歩性判断基準に関する韓国大法院判決

韓国大法院は、構成の困難性有無について十分な検討をしないまま、先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果が認められ難いとの理由のみに基づいて、選択発明である本件特許発明の進歩性を否定した特許法院の判決を破棄しました。
 (大法院2021.4.8言渡し、2019Hu10609判決)

1.選択発明の進歩性判断基準に関する、本件判決に至る韓国裁判所の判決の推移
 (弊所ウェブサイトの「国・地域別IP情報」において、2021年5月20日付で配信した、選択発明に関する韓国特許法院判決(2020.12.10言渡し、2019HeO8095[取消決定(特)]))の記事の冒頭に、「韓国における選択発明の進歩性判断の動向」をやや詳細に記載していますので、ここでは、主な判決の概要に絞って説明致します。)
 (i)大法院2009.10.15言渡し、2008Hu736、743判決等
 先行又は公知の発明に上位概念が記載され、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要件の全部又は一部とする、いわゆる「選択発明」の進歩性に関して、韓国大法院は、「選択発明に含まれる下位概念の全てが先行発明の効果と質的に異なる効果を有しているか、質的な違いがなくても量的に顕著な違いがあるべきであり、この場合、選択発明における発明の詳細な説明には、先行発明に比べて前記のような効果があることを明確に記載しなければならない」との判断基準を示していました。
 (ii)韓国特許法院判決(2020.12.10言渡し、2019HeO8095[取消決定(特)])
 特許法院は、上記大法院判決を踏襲し、審決取消訴訟の対象となるフェナントレン化合物に関する特許発明について、「選択発明として、先行発明が有する効果と質的に異なる効果を有していたり、質的に差がなくても量的に顕著な差があると見ることができないので、先行発明によって進歩性が否定される」との理由で、特許を無効とした特許審判院の決定は適法であると結論付けました。
 なお、この特許法院判決は、以下の「2.(2)本件訴訟の原審である特許法院判決」で述べる判決とは別の判決であり、この特許法院判決の内容につきましては、弊所ウェブサイトの「国・地域別IP情報」において、2021年5月20日付で、「選択発明である本事件訂正発明の進歩性が否定され、その登録が取消されるべきであると認定した事例」と題して配信しています。
 (iii)本件大法院判決(2021.4.8言渡し、2019Hu10609判決)
 上述のような、選択発明の進歩性の判断において、構成の困難性を考慮せずに効果の顕著性のみを考慮するという、これまでの判断基準を覆して、単に先行発明に選択発明の上位概念が公知されているとはいえ、構成の困難性に関する検討をしないまま、効果の顕著性有無のみに基いて進歩性を判断してはならないと述べ、先行発明から構成を想到することが容易でないと見受けられる選択発明に対して、その進歩性を認めました。

2.本件大法院判決に関する事件の経緯
(1)事件の背景
 本件特許は、「因子Xa抑制剤としてのラクタム環含有化合物およびその誘導体」に関する発明に関しています。
 一方、本件特許の優先日前に公開された先行発明は、66個の含窒素ヘテロ二環式構造を母核として含む化合物群が第Xa因子抑制剤として有用であることを見出したことに発明の特徴があります。
 先行発明は、66個の母核構造より選択される化合物及び各母核構造に適用され得る置換基の種類等を、マーカッシュ形式で記載された化学式を通じて多様に並べているので、母核構造の選択と各置換基の組合せによって理論上、数億個以上の化合物が該化学式に含まれます。本件訴訟の被告となるA社は、特許権者であるB社を相手取って特許審判院に本件特許発明の進歩性が否定される旨主張をしながら無効審判を請求し、特許審判院は、本件特許発明は先行発明によって進歩性が否定されるとの理由で本件特許は無効である旨の審決を下しました。B社はそれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起しました。
(2)本件訴訟の原審である特許法院判決(2019.3.29言渡し、2018He02717(登録無効(特))の概要
 特許法院は、本件特許発明は先行発明に記載のマーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に含まれる化合物に該当する選択発明であると認定した上で、上述の韓国大法院判決(2009.10.15言渡し)の判旨を踏襲し、その明細書に記載されている効果を中心に厳格な特許要件を適用して特許性を判断すべきであるとの原則を示しました。
 そのような原則に基づいて、特許法院は、本件特許発明が先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果を有するという点が明細書に記載されておらず、かかる効果が認められ難いとの理由で本件特許発明の進歩性を否定しました。
 この特許法院判決については、下記情報元「3.HA & HA 特許&技術レポート 2019-06」に、より詳細に記載されています。
 この特許法院判決を不服として、B社は、大法院に上告しました。
(3)本件大法院判決(2021.4.8言渡し、2019Hu10609判決)の概要
 しかしながら、大法院は、先行発明に選択発明の上位概念が公知されている場合にも、構成の困難性が認められる限り、その進歩性は否定されないことを明らかにしました。よって、先行発明においてマーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれるだけであって、具体的に開示されていない化合物を特許請求の範囲とする本件特許発明の場合も、その進歩性を判断する際には、まず構成の困難性を検討しなければならないと述べました。
 特に、本件特許発明の構成の困難性を判断するにあたっては、次の事項等を総合的に考慮しなければならないとの見解を示しました。
 (イ)先行発明において、マーカッシュ形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれ得る化合物の個数
 (ロ)通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式で記載された化合物中から特定の化合物や特定の置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機又は暗示の有無
 (ハ)先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性
 なお、大法院は、発明の効果は、先行発明に理論的に含まれる数多い化合物中、特定の化合物を選択する動機や暗示がないため構成が困難な場合であるか否かを区別できる重要な指標になり得るとして、先行発明から特許発明の構成要件が容易に想到されるか否かを判断する際に、発明の効果を参酌する必要があると判示しました。
 また、発明の効果に関連して大法院は、過去の大法院判決を踏まえて、効果の顕著性は特許発明の明細書に記載されて当業者が認識または推論できる効果を中心に判断しなければならず、万一その効果が疑わしい場合には、その記載内容の範囲を超えない限度で出願日以降に追加の実験資料を提出するなどの方法によりその効果を具体的に主張・証明することが許容されると判示しました。
 大法院は上記のような判断基準にしたがって、本件特許発明は先行発明からその構成を導き出すことが容易であるといえず、改善された効果もあるので、先行発明によって進歩性が否定され難いといえると判断しました。その結果、構成の困難性有無について十分な検討をしないまま、先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果が認められ難いとの理由のみに基いて本件特許発明の進歩性を否定した特許法院の判決を破棄しました。

3.本件大法院判決の意義
 本件大法院判決は、効果の判断については選択発明として厳格な明細書の記載を要求しないなど、選択発明に一般発明と同じ進歩性の判断基準が適用される旨を明示的に判示した点において、最初の事例ということができます。
 今回の大法院の判決により、選択発明における構成の困難性があるとき、先行発明に比べて異質的な効果や量的に顕著な効果が認められ難い場合にも進歩性が肯定され得るので、今後選択発明に係る特許登録率の増加や無効率の減少に繋がる可能性があります。
 一方、本件大法院判決は全員合議体の判決ではなかったため、必ずしも、選択発明に関する従来の大法院判例を変更したものとは言えません。そのため、従来における選択発明の進歩性の判断基準が今後も依然として適用されるのかについては未だ不明確な部分が残ります。
 しかしながら、少なくとも本件大法院判決については、選択発明の場合に無条件に厳格な特許要件が適用されるといわれてきた従来の理解だけが大法院の見解ではなかったという点を明らかにしたという点に、大きな意義があると言えます。

[情報元]
 1.FIRSTLAW IP NEWS Issue No. 2021-02 (June 2021)「韓国大法院、選択発明に係る進歩性判断の基準を変更」
 2.知財判例データベース「選択発明の場合でも構成の困難性が認められれば進歩性が否定されないとした大法院判決」(日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所)
 3.HA & HA 特許&技術レポート 2019-06「特許法院2019.3.29.宣告2018He02727の判決[登録無効(特)]

[担当]深見特許事務所 野田 久登