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テキサス州西部地区連邦地裁Albright判事による裁判地移送申立の却下決定がCAFCによって覆され、移送を命じる職務執行命令が発せられた事例

CAFCは、テキサス州西部地区連邦地裁に対し、特許侵害訴訟の被告の申立に基づいてカリフォルニア州北部地区連邦地裁への訴訟の移送を命じました。
In re Juniper Networks, Inc., Case No. 21-160 (Fed. Cir. Sept. 24, 2021) (per curiam)

1.事件の概要
 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、テキサス州西部地区連邦地方裁判所が被告による裁判地移送の申立を却下したことについて裁量権の濫用にあたる明白な誤りを認定し、被告の申立を認めてカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所への訴訟の移送を命じる職務執行命令(writ pf madamus)を発しました。

2.米国における特許訴訟事件の裁判地について
(1)裁判地の原則
 米国において特許権は連邦法により認められる権利であるため、特許侵害訴訟の第一審は各州にある連邦地方裁判所に対して提起することになります。どの裁判地で訴訟を起こすかについて、近年の米国連邦最高裁判所の判決(TC Heartland LLC v. Kraft Foods Group Brand LLC、言渡:2017年5月17日)により、米国企業が被告の場合の裁判地は、被告企業が設立された地区の裁判所、または被告企業が常設の事業所を持って侵害行為を行っている地区の裁判所、であることが明確にされました。
(2)訴訟の移送
 米国の民事訴訟規則§1404(a)は、「当事者および証人の便宜のために、ならびに正義の名において、地方裁判所は民事訴訟を、それが提起された可能性のあるいずれかの他の地区または支部、またはすべての当事者が同意したいずれかの地区または支部に移送することができる」と規定し、連邦地方裁判所が事件を他の裁判地に移送することを認めています。ただし移送を申し立てる当事者にはその理由(なぜ移送先がより都合がよいかに関する明確な理由)を説明する責任が課せられます。

3.事件の経緯
(1)事件の発端
 Brazos Licensingの名称で営業しているWSOU Investments(以下、Brazos社)は、7つの異なる特許の侵害についてJuniper Networks(以下、Juniper社)を、テキサス州西部地区連邦地方裁判所ウェーコ(Waco)支部(Alan Albright判事)に訴えました(Brazos社はそのうちの1つの特許に関する訴えをその後取り下げました)。
(2)地裁での移送申立の経緯
 ① 被告による移送の申し立て
 被告のJuniper社はカリフォルニア州サニーベールに本社を置くデラウェア州法人であり、Juniper社は米国民事訴訟規則§1404(a)に従って、事件をカリフォルニア北部地区連邦地方裁判所に移送するようにテキサス州西部地区連邦地方裁判所に申立をしました。
 Juniper社は移送先のカリフォルニア北部地区が当事者や証人にとってより好都合であることの根拠として以下の主張を行いました。
 (ⅰ)原告であるBrazos社は特許を主張すること以外には何ら事業を行っていない自称特許主張団体(patent assertion entity)であり、Brazos社をこの管轄地区(テキサス州西部地区)と結びつけているものはすべて、この管轄地区での特許訴訟活動の目的で作り出されたものであること。たとえばBrazos社はテキサス州ウェーコ市に最近オフィスを開設しましたがそこでは特許訴訟を提起すること以外に何ら業務を行っていません。
 (ⅱ)訴訟対象のこれらの特許ポートフォリオをBrazos社が他社から譲り受けたときの譲渡契約書にはBrazos社の住所としてカリフォルニアの住所が記載されていたこと。特にBrazos社の役員リストのうちテキサス州在住者は1人だけで、そのCEOと社長の2人はカリフォルニア州在住であり、カリフォルニア州北部地区連邦地裁から強制召喚手続を受けることになるであろうこと。
 (ⅲ)Juniper社の被告製品は主に、カリフォルニア州北部地区内のサニーベール本社において設計され、開発され、そしてそこから市場に出され販売されたものであること。
 (ⅳ)Juniper社では被告製品の構造や機能、それらの販売について証言することが予想される潜在的に重要な証人はすべてカリフォルニア州北部地区に在住しており、これらに関与した従業員はテキサス州にはいないこと。
 これらのことからカリフォルニア州北部地区連邦地裁は訴訟手続を遂行する上でテキサス州西部地区連邦地裁よりも明らかにより便利な裁判地であること。
 ② 原告による反論
 この主張に対して原告であるBrazos社は、テキサス州西部地区の管轄区域内のウェーコ市に従業員2名が勤務するオフィスを維持していること、および本件訴訟の提起時には被告のJuniper社はテキサス州西部地区の管轄区域内であるオースティン市に小規模なオフィスを有していたこと、を主張しました。
(3)地裁の判断とCAFCへの職務執行命令の請求
 テキサス州西部地区連邦地裁は、Juniper社が、裁判地がテキサス州西部地区で正しいということ自体については争うことなく訴訟をカリフォルニア州北部地区連邦地裁に移送することの申立を行っており、このような申立はその理由を示す大きな責任をJuniper社に課すものであると指摘しました。地裁は6件の訴訟についてはカリフォルニア州北部地区連邦地裁でも提起し得たであろうことは認めながら、4つの私的利益の要因および4つの公的利益の要因の分析に基づいて、Juniper社は移送が必要であることを示す重要な責任を満たすことができなかったとして、Juniper社の移送の申立を却下しました。
 Juniper社はCAFCに対し、6件の訴訟をカリフォルニア州北部地区連邦地裁に移送するようテキサス州西部地区連邦地裁に指示する職務執行命令(writ of mandamus)の発行を請求しました。

4.CAFCの判断
(1)CAFCの基本的な立場
 CAFCは、テキサス州西部地区を管轄する第5巡回区控訴裁判所の判例法を適用し、移送先の裁判地が明らかにより便利であることを申立人が証明した場合には、米国民事訴訟規則§1404(a)に基づく移送の申立は認められるべきであると述べました。CAFCは、地方裁判所は移送の判断において広範な裁量権を有していると述べましたが、一方で、地方裁判所による移送申立の却下が裁量権の明確な濫用に相当する場合にはCAFCは当然のように職務執行命令(writ of mandamus)を発していると述べました。
(2)移送の是非に関する重要な判断要素
 ① 証人の出廷のための利便性について
 CAFCは、移送の是非の分析における「ひとつの最も重要な要素」は、証人の出廷のための相対的な利便性と費用であると説明しました。Juniper社は11人の潜在的な証人を特定しましたが、その全員がカリフォルニア州北部地区に住んでいました。一方、Brazos社はテキサス在住の従業員1人だけを潜在的な証人として特定しました。
 地裁は、両当事者および先行技術の証人に対してほとんど重要性を認めておらず、証人の多くは「証言する可能性が低い」とまで結論付け、移送を支持する立場に対しては11対1というこの事実に全く重要性を認めませんでした。CAFCは、両当事者の潜在的な証人の11対1の列挙という「著しい不均衡」に照らして、地裁がこの要素に十分に重要視していないことに明らかに誤りがあると判断し、地裁の見解に同意しませんでした。
 CAFCは、Juniper社の証人に適用される重みを無視するために地裁が使用した主張をCAFCが以前に却下したことに着目しました。2021年8月、CAFCはIn re Hulu, LLC No. 2021-142, 2021 WL 3278194 (Fed. Cir. Aug. 2, 2021)事件において、地裁による当事者および先行技術証人の無視は、「事実から切り離されたものであり」、「証人の便宜のためという移送目的に根本的に対立している」と判示しました。CAFCはまたその繰り返された判示を引用して、証人が証言する可能性が低いという地裁の「断定的な仮定」を拒否しました。
 ② 地域的な利益要因について
 CAFCはまた、地裁による地域的な利益要因の適用に誤りがあることを認定しました。地裁は、Juniper社がテキサス州オースティンに小さなオフィスを維持していたため、そのオフィスが被疑侵害品と関係のない最近獲得したスタートアップ企業に業務サービスを提供するだけのものであることを認めながらも、この要因が移送に対抗する重みを与えると結論付けていました。
 CAFCは再び、裁判地の申立に関する最近の複数の決定を引用して、地域的な利益要因は「特定の裁判地と訴訟を引き起こした事象との間の重要な関係」を考慮すると説明しました。CAFCは、In re:Apple Inc., 979 F.3d 1332 (Fed. Cir. 2020)事件におけるその判示内容を引用しましたが、その判決においてCAFCは、裁判地との当事者との「結びつきが希薄な関係」を地裁が重く評価したときには、地裁は法律と事実を誤って適用したものであると認定しました。
 CAFCはまた、裁判地における「最近のまたは一時的な」存在がほとんどまたは全く重みを持たないとCAFCが判断した以前の決定を引用して、その州におけるBrazos社の存在に地裁が適用した重みを拒否しました。
(3)CAFCの結論
 CAFCはJuniper社の申立を認め、テキサス州西部地区連邦地裁に対しカリフォルニア州北部地区連邦地裁に事件を移送するよう指示しました。CAFCは、この事件は、Alan Albright判事による移送申立の拒否を覆した案件の「近親者のような」繰り返しであることを明確にしました。
 さらに本件に引き続いて、2021年10月4日、CAFCは、In re:Juniper Networks, Inc., Case 21-156において、「同様の誤った結論」に基づく「明らかな裁量権の濫用」を再び認定し、Juniper社の別の職務執行命令の請願を認めました。これで前述の2021年8月のIn re Hulu、LLC事件から始まり、9月の本件を経てこの3ヶ月のうちに三度、職務執行命令が出されたことになります。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | October 7, 2021 “Federal Circuit to WD Tex.: Denial of Transfer Motion was Clear Error, Abuse of Discretion”
② In re Juniper Networks, Inc., Case No. 21-160 (Fed. Cir. Sept. 24, 2021) (per curiam)命令原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊