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「地裁がクレームの誤記を訂正してクレーム解釈した事件」に関するCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、クレームの自明で軽微な誤記を訂正してクレーム解釈をした地方裁判所の判決を支持しました。
Pavo Solutions LLC v. Kingston Technology Company, Inc., Case No. 21-1834(Fed. Cir. June 3, 2022)(Lourie, Prost, Chen, JJ.)

1.本件特許の概要
 本件特許(米国特許6,926,544号)は、一般的に「一体型の回転式カバーを備えたフラッシュメモリ装置」を対象としています。フラッシュメモリ装置はUSBポートを損傷や異物から守るためにカバーを使用しますが、従来はカバーが装置本体から分離可能であったために、カバーの紛失によってまたはカバーと装置本体との接合が緩むことによってUSBポートを損傷することがありました。
 本件特許では、使用中に装置本体から完全には分離されることのないカバーを使用することによってこのような課題を解決するものであり、以下に示す本件特許の図2は、本件特許のフラッシュメモリ装置を構成する装置本体30およびカバー40を示しています。
 装置本体30は、ヒンジ突起33を有するケース31を備え、カバー40は、U字状のキャビティとして形成され、その一方側に、ケース31上のヒンジ突起33を受け入れる円形のヒンジ穴41を有しています。カバー40の他方側は、装置本体30がカバー40に出入りできるように構成されています。ヒンジ突起33は、図2において手書きの数字41で示される位置にカバー40のヒンジ穴41がはめ込まれたときに、カバー40の回転軸として機能します。
 裁判で争点になったクレーム1は以下のように記載されています。
A flash memory apparatus comprising:
        a flash memory main body including a rectangular shaped case within which a memory element is mounted, an USB (Universal Serial Bus) terminal piece electrically connected with the memory element and installed at a front end of the case in a projecting manner, and a hinge protuberance formed on at least one side of the case; and
        a cover including pair of parallel plate members facing each other and spaced by an interval corresponding to the thickness of the case, the cover having an open front end and a closed rear end with a pair of lateral side openings; the parallel plate members having at least one hinge hole receiving the hinge protuberance on the case for pivoting the case with respect to the flash memory main body, whereby the USB terminal piece is received in an inner space of the cover or exposed outside the cover.
(クレーム1の試訳)
1.フラッシュメモリ装置であって、
 フラッシュメモリ本体を備え、前記フラッシュメモリ本体は、メモリ素子が内部に実装された長方形状のケースと、前記メモリ素子に電気的に接続されかつ前記ケースの前方端において突出する形態で装着されたUSB端子片と、前記ケースの少なくとも一方側に形成されたヒンジ突起とを含み、
 前記フラッシュメモリ装置は、
 カバーをさらに備え、前記カバーは、互いに面しかつ前記ケースの厚みに対応する間隔を隔てた一対の平行な板部材を含み、前記カバーは、開放された前方端と閉鎖された後方端とを有するとともに一対の側部の開口を有し、前記平行な板部材は、前記フラッシュメモリ本体に対して前記ケースを回動させるために前記ケース上の前記ヒンジ突起を受ける少なくとも1つのヒンジ穴を有し、これにより前記USB端子片は、前記カバーの内部空間に受け入れられるかまたは前記カバーの外部に露出される、フラッシュメモリ装置。

2.事件の経緯
 2014年8月22日にCATR Co.(以下、CATR社)は、本件特許を侵害したとしてKingston Technology Company, Inc.(以下、Kingston社)をカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に訴えました。なお、原告は、2016年10月3日にCATR社からPavo Solutions LLC(以下、Pavo社)に引き継がれました。
 Kingston社はこれに対してIPR(inter partes review:当事者系レビュー)を米国特許商標庁に請求して対抗しましたが、本件特許のクレームのいくつかはIPRを克服して存続しました。

3.地裁の判断
(1)クレーム解釈について
 地裁はそのクレーム解釈命令において、上記のクレーム1の下線部の“pivoting the case with respect to the flash memory main body”(前記フラッシュメモリ本体に対して前記ケースを回動させる)という記載は誤記を含んでおり、この部分が本来は“pivoting the cover with respect to the flash memory main body”(前記フラッシュメモリ本体に対して前記カバーを回動させる)とすべきものであった、という点においてPavo社と合意しました。
 地裁は、ケースは本体の一部分として説明されており、したがってそのケースを本体に対して回動させることは不可能であるとして、この誤りは本件特許の文面から明白であると判断しました。また、被告のKingston社は、この誤記に関して、“pivoting the case with respect to the cover”(前記カバーに対して前記ケースを回動させる)と訂正する代替案を提出しましたが、このように訂正しても結果としてもたらせる権利範囲に違いはなく、したがって、地裁は、このような訂正は合理的な論争(reasonable debate)に関するものではないと判断しました。最後に地裁は、このような訂正は審査経過とも整合することに注目しました。Kingston社は、そのような訂正は適切ではないという議論をサポートするように専門家証言を提出しましたが、そのような議論は内部記録と整合していないとして、地裁は証言を無視しました。
 以上に基づき、地裁は、クレームの当該箇所の文言について、特許明細書と審査経過にサポートされているとして、元の「ケース」という文言を「カバー」で置き換えるように裁判で訂正してクレーム解釈を行い、Kingston社による侵害を認定しました。
(2)損害額の算定について
 Pavo社側の損害額について専門家であるJim Bergman氏は、CATR社とIPMedia社(USBドライブの製造メーカー)との間の以前の和解合意に基づいて、合理的なロイヤルティの損害の利益ベースのモデルを提示しました。CATR社とIPMedia社との以前の合意では、IPMedia社は、その製品の将来の販売の販売からIPMedia社によって認識される利益のほぼ25%にあたる額を支払うことで合意していました。Bergman氏は、IPMedia社とKingston社との間の会社の規模や収益力などの相違点を考慮して、Pavo社とKingston社とは、18.75%の利益分割で合意できたであろうと結論付けました。これは、Kingston社にとって製品1個あたり40セントに相当します。
 Kingston社は、Bergman氏が25%に依拠したことは不正確で思惑によるものであるとして、Bergman氏の証言を排除することを求めましたが、地裁は、Bergman氏は単にIPMedia社とのライセンスの条項に依拠しただけで、その分析は許されない憶測を含むようなものではないとして、その申立を却下しました。
(3)故意侵害について
 審理の結論において、陪審員は、Kingston社は本件特許のクレーム1,4および24を故意に侵害したとして、Pavo社に20セントの合理的なロイヤルティを付加しました。これにより、補償的損害賠償額は50%増額となり、$7,515,327.40に到達しました。
 Kingston社はCAFCに控訴しました。

4.CAFCの判断
 CAFCは、控訴審において3つの争点に対処し、これらについて地裁の判決を支持しました。
(1)裁判での訂正について
 第1の争点は、地裁がクレームにおける明らかな軽微な誤記を適切に訂正したことです。そのような訂正は、①訂正がクレームの文言と明細書の考慮に基づく合理的な論争の対象とはならず、②審査経過がクレームの異なる解釈を示唆しない場合にのみ適切です。特定の訂正が適切であるかどうかを決定する際に、裁判所は、そのような訂正がクレームの範囲にどのように影響するか、および特許の記載内容に基づいて発明者が結果として生じるクレームの範囲を享受する権利があるかどうかを検討する必要があります。
 CAFCは、明細書によってサポートされているクレーム文言の文脈全体から誤りが明らかであり、クレームの範囲を拡大するものではない、と判断しました。さらに、訂正は合理的な議論の対象ではありませんでした。裁判での訂正は、出願人が意図し、審査官が理解した意味を与えるだけのものです。Kingston社による訂正の代替案は、クレームにおいて構造上の要素が記載される順序を逆にするものでした。
 審査経過もまた、クレームの異なる解釈を示唆しませんでした。出願人と審査官は一貫して、カバー内でケースを回転させることを説明するものとしてクレームを特徴付けたものであり、これは特許審判部と裁判所の両方が認めたものであります。審査にあたる機関はそれぞれ、発明の性質と範囲が「ケース」を「カバー」に訂正することと一貫性を有することを理解していました。Kingston社は、特許審判部が文言を訂正するという出願人の要求を拒否したと主張しましたが、拒否は手続き上の理由によるものでした。
(2)故意侵害について
 第2の争点について、Kingston社は、元々記載されていたとおりの(誤記を含む)クレームは侵害しておらず、そして裁判所が後でクレームを訂正するとは予想できなかったので、故意侵害の評決を支持するための必須要件である「意図(intent)」をKingston社は形成していなかった、と主張しました。このようなKingston社の主張は、地裁が特許の文言に重要な変更を行い、特許の範囲を変えてしまった、という議論に帰着します。しかしながら、地裁によって裁判でなされた訂正は、クレームを作り直すものではなく、むしろ、クレーム自体の明白な意味を有効にするものです。明白で軽微な誤記は、当然のことながら、その本来の意味を覆い隠すものではなく、Kingston社は、陪審員の評決を逃れるためにそのような誤記を盾にしてその背後に隠れるようなまねはできません。結論として、CAFCは、クレームの文言における明らかな軽微な誤記への依拠は、故意侵害に対する防御にはならない、と判断しました。
(3)比較可能なライセンスについて
 第3の争点について、CAFCは、IPMediaライセンスにおける25%の利益表示へのBergman氏の依拠を排除するKingston社の申立を地裁が拒否したことについて、地裁による裁量権の濫用はないと判断しました。Kingston社は、Bergman氏の方法論は、CATR社が実際に受け取った金額ではなく、代わりにKingston社が「拘束力のない不払い条項(non-binding non-payment term)」であると特徴付けた25%の利益表示に依拠したものであるため、不合理であると主張しました。
 陪審員の損害賠償額は、その金額が著しく過剰または巨額である場合、証拠によって明らかに裏付けられていない場合、または憶測や推測のみに基づいている場合を除き、支持されなければなりません(Bio-Rad Labs., Inc. v. 10X Genomics Inc., 967 F.3d 1353, 1373 (Fed. Cir. 2020)。両当事者の専門家は、IPMediaライセンスが比較可能なライセンスであることに同意しました。Bergman氏は、IPMedia社とKingston社との間の収益性およびビジネスモデルの違いを考慮して、利益分割モデルを使用して損害を分析しました。その結果、Bergman氏は利益分割をIPMediaライセンスの25%から18.75%に減額しました。Bergman氏の分析は、契約当事者の経済状況の差異を考慮したものであり、これはまさにCAFCの裁判例の要求するところに沿うものです。
 CAFCはまた、より低いコストを示す証拠に照らして、Bergman氏が非侵害に係る構成要素に対して損害額を適切に配分しなかったというKingston社の主張に同意しませんでした。より具体的に、Kingston社は、侵害品のケース部のコストとして35セントかかったことを示す証拠について地裁の審理で争いがなかったことを指摘し、この金額はBergman氏が提案した40セントのロイヤルティよりも低額であるため、Bergman氏は侵害に係る構成要素の価値を考慮していない、と主張しました。しかしながら、Kingston社が負担した材料のコストは特許取得された構成要素の価値と同じではないため、両者を比較することはあたかもリンゴをオレンジに対比するようなことであって同意できません。
 特許に係る構成要素とそれ以外の構成要素との間で損害額を分離または配分する証拠を特許権者が提示しなければならないこと(LaserDynamics, Inc. v. Quanta Comput., Inc., 694 F.3d 51, 67 (Fed. Cir. 2012))、複数の構成要素からなる製品の場合にはロイヤルティベースおよびロイヤルティレートの組み合わせは当該製品の侵害に係る構成要素に起因する価格を反映しなければならないこと(Ericsson, Inc. v. DLink Sys., Inc., 773 F.3d 1201, 1226 (Fed. Cir. 2014))、などが判例上確立されています。Bergman氏の分析は、すでに組み込まれている配分の十分な証拠を提供することにより、非侵害に係る構成要素に対して正しく配分されたものでした。特に、十分に比較可能なライセンスが適切なロイヤルティを決定するための基礎として使用される場合、さらなる配分は必ずしも必要ではありません(Vectura Ltd. v.GlaxoSmithKline LLC, 981 F.3d 1030, 1040 (Fed. Cir.2020))。なぜなら、配分が組み込まれた比較可能なライセンスに依存する損害賠償理論は、比較可能なライセンスの交渉者が、主張された特許の価値を具体化するロイヤルティ率とロイヤルティベースの組み合わせで解決したものとみなすことができるからです。

5.実務上の注意
 誤記を含むクレームを文言上は侵害していない場合であっても、そのような誤記が明白で軽微なものである場合には、裁判所はクレーム解釈中にクレームの文言の誤りを訂正して本来のクレームの意味を解釈する可能性があります。したがって、侵害に関する見解を提供するに際して、特に故意侵害を分析するときには、誤記に関わりなくクレームの本来の意味を理解していたかどうかについてよく考慮する必要があります。
 また、合理的なロイヤルティ損害額については、個別の配分について既に組み込まれている比較可能なライセンスが別にあれば、それに依拠することによって、製品を構成する要素に対する配分の議論は必要なくなることがあります。そのような比較可能なライセンスを検討する必要があります。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | June 9, 2022 “Can’t Hide Behind Minor Clerical Error to Escape Willful Infringement Verdict”
② Pavo Solutions LLC v. Kingston Technology Company, Inc., Case No. 21-1834(Fed. Cir. June 3, 2022)(Lourie, Prost, Chen, JJ.)CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊