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グレース・ピリオド制度に関するEPOの調査報告紹介

1.調査報告の趣旨
 欧州特許庁(European Patent Office: EPO)は最近、新規性喪失の猶予期間であるグレース・ピリオド(Grace Period)の制度について、特にEPCがこの制度を欠いていることの影響について、広くユーザに対して調査を行い、結果報告書を公開しました(下記の情報元③のURLからダウンロード可能)。
 グレース・ピリオドとは一般に、特許出願の出願日または優先日に先行する期間であって、その期間中に発明者がその発明の特許要件としての新規性を阻害することなく当該発明を開示することができる、という期間を指すものです。
 欧州特許条約(European Patent Convention: EPC)は今日まで、欧州特許(European Patent: 以下、EP特許)の主題について厳格な新規性を要求しており、現制度下では、EP特許出願前にクレームされた主題が公開されることにより、その公開が出願人自身に由来するかどうかの問題に関係なく、当該特許に対して異議を申し立てることが可能になります。すなわち、EPCでは、出願人の意に反する開示や国際博覧会での展示など、非常に限定された場合を除いて、グレース・ピリオドは認められていません。
 一方、他国(米国や日本など)の法制度ではグレース・ピリオド制度が採用されており、クレームされた主題が特許出願前に出願人によって公開された場合でも、グレース・ピリオドの期間内であれば有効な特許を取得することが可能です。
 グレース・ピリオド制度の問題は、特許の実体法の国際調和に関する世界的議論の開始点となったものであり、実務の最重要事項であり続けています。上記のようにEPCがグレース・ピリオド制度を設けていないことが米国の特許制度との主たる相違点となっており、欧州においてはグレース・ピリオド制度の導入の是非が長年の議論の対象となってきました。
 今回のEPOの調査は、EPCの現在の厳格な制度の影響、およびグレース・ピリオドを有する法制度がもたらすであろう影響を評価するものです。

2.EPCの現制度のユーザへの影響
 EPOの調査結果によりますと、EPOによる特許付与制度のユーザのほとんどは、現制度下での制約を認識しており、必要に応じて発明の開示を延期することでこの制約を遵守しています。そのような中にあって、一般的に、現在の制度の負の影響を最も被っているのは、研究結果の早期公開が必要な研究機関や大学です。
 大学は、出願する可能性の段階で主題が開示されてしまったことによりEP出願の権利化が妨げられた割合が最も高くなっています。大学に次いで、グレース・ピリオド制度を採用している米国の企業からの出願が、出願前の開示によって阻害されています。
 より具体的に、開示を延期せざるを得なくなることによって最も深刻に影響を受けているのは、ヨーロッパの中小企業、ヨーロッパの大学、日本/韓国企業であり、それぞれの68%、71%、82%が影響を被っています(EPOの調査報告書の第53頁の図3.25a参照)。
 出願前の開示によって最も深刻に影響を受けているのは、ヨーロッパの公的研究機関(Public Research Organization: PRO)、ヨーロッパの大学、日本/韓国の企業であり、それぞれの100%、95%、99%が影響を被っています(EPOの調査報告書の第53頁の図3.25b参照)。
 EPOの調査報告書は膨大な調査データを含んでおりますので、調査内容の詳細については調査報告書の原文をご参照ください。

3.グレース・ピリオド制度の類型について
 EPOの調査報告には、グレース・ピリオド制度の類型として、以下の4種類のグレース・ピリオド制度が挙げられ、それらが採用された場合にどのような影響があるか(特に第三者に対する法的安定性の見地から)について分析されています。
(1)グレース・ピリオドの恩恵を受けるために出願人が補足的な行為を行う必要がないグレース・ピリオド制度
 申請を必要としない米国型の制度であり、最初に開示した者が優先され第三者に対する保護は与えられません。
(2)出願人が出願前の開示を申告しなければならない申告ベースのグレース・ピリオド制度
 新規性喪失に関する詳細を申請する日本型の制度であり、第三者は出願前の開示がグレース・ピリオドによって保護されているかどうかを迅速に知ることが可能です。
(3)出願前の開示に基づく使用が侵害を構成しない先使用権制度を伴うグレース・ピリオド制度
 出願前の発明開示の結果として得られた発明の知識に基づいて善意で実施している第三者が先使用権を得ることができるオーストラリア型の制度であり、出願人にとってはリスクになり得るのでどうしても使用せざるを得ない場合にしか使用されません。
(4)上記の(2)および(3)を組み合わせたセーフティネットシステムの制度
 上記(2)の日本型グレース・ピリオド制度および上記(3)のオーストラリア型グレース・ピリオド制度の第三者の保護を結合して、第三者に対する法的安定性を強化したものです(EPOの関心事はグレース・ピリオド制度の導入によって第三者に対する法的安定性がどのように保たれるかにあるように思われます)。
 詳細についてはEPOの調査報告書の第4章(“4. Assessment of grace period scenarios for Europe”)をご参照ください。

4.今後の見通しについて
 上記データのように、EPCの一部のユーザはグレース・ピリオド制度の欠如について不自由さを感じていることは明らかでありますが、現時点でEPOからはグレース・ピリオド制度の導入の是非について今後の方向性は明確には示されてはおりません。この点に関して今回の調査結果がどのように活用され、EPCが将来修正されるのかどうか、修正される場合はどのように修正されるのか、などについて、EPCのユーザは注意深く見守る必要があります。

[情報元]
①LAVOIX IP ALERT MUNICH July 2022 “EPO Survey on grace period”
②EPO in Social Media News Archive “Users respond on grace period for patents” 17 June 2022 (https://www.epo.org/news-events/news/2022/20220617.html
③“The European patent system and the grace period, An impact analysis” June 2022 (https://documents.epo.org/projects/babylon/eponet.nsf/0/319885A87F357435C12588620043B592/$File/european_patent_system_and_the_grace_period_study_en.pdf)
④「欧州特許庁(EPO)、グレース・ピリオドに関するユーザー調査の結果を公表(2022年6月17日)JETROデュッセルドルフ事務所
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/europe/2022/20220617.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊